⑧──追放パーティー
とある一日。
ギルドに用のあったチェニアは、手早く事を済ませ、繁華街にある大衆食堂に向かっていた。そこで他のメンバー三人と落ち合う予定だ。
(たまにはこういう所で食べるのもいいよね)
この日はいつもの店ではなく、チェニアお薦めの違う店で食事をする事になったのだ。
チェニアは約束の店に一人入った。
中はかなりの盛況で、家族連れやギルド所属の冒険者らも多数入っていた。四葉メンバーの姿は見えない。
(まだ皆来てないな。先に席とっとこう)
「えーっと。空いてる席は、と」
ちょうど四人用のテーブルが空いており、チェニアはその席をとった。
壁に掛けられているメニュー表を眺めるチェニア。
(三人ともすぐに来るだろうし、おつまみとかは今の内に頼んどこうかな)
「おっ、チェニアじゃないか」
「ん?」
自分の名を呼ぶ声にチェニアが顔を上げると、顔見知りの冒険者の男性が隣のテーブルに着いていた。
「あ、サブ。やっほー」
「よう。今日は一人か?珍しいな」
サブなる男性は首を傾げた。
「一人飲みか?」
「ううん。待ち合わせ。もうすぐ三人とも来るよ」
「そうか。お前ら本当に仲良いよな。ほぼ毎日一緒じゃないか?」
「まあね~。でも、サブの所だって仲良しだよね」
「はは、まあな。ウチらは欲がねえからな」
かつてソロ活動をしていたチェニアは一時期サブのパーティーにも加わっていた事もある。Cランクパーティーで、五人から構成されている。
(結構雰囲気の良いパーティーだったし、悪くはなかったんだよね)
ただ、逆を言うと、既にメンバーが完成されている感があり、自分が加わるのは厚かましいと考えたチェニアは加入は控えたのだ。
「サブ達もお昼?」
「ああ、まあな。でももう一つやらなきゃいけない事あって今は待ち合わせ中だ」
「やらなきゃいけない事?」
チェニアが首を傾げるとサブは少し寂しそうに笑んだ。
「ああ、実はウチのメンバーの最年長のロージが冒険者を引退する事になってな。もう五十の半ばだから」
「あ、それはそれは······」
冒険者寿命は戦闘スタイルによって異なるが、一番長命の魔法使いでも六十歳が限界とされている。そもそも、この世界の平均寿命もそのくらいなのだ。
「そっかぁ。寂しくなるねそれは」
「まあな。でも仕方ない。だからせめて最後はパーッとやってやろうと思ってな」
「あ、もしかして······」
「ああ、『追いパ』やってやるんだ」
追いパとは『追い出しパーティー』の略で、これは冒険者らの伝統的な文化の一つだ。
引退とはすなわち、パーティーの脱退である。しかし、引退という概念は冒険者にとってはあまり好まれないのだ。それは自らが旅に限界を感じ、諦めたという形に見えてしまうからだ。
そこで、パーティーの仲間がさっさと追い出して次の冒険に出させてやるという意味合いで、追い出しパーティーなる呼び名の卒業式的なお別れ会をする文化が根付いたのだ。
「そっか。なら大事な催しだね」
「ああ。これから本人以外のメンバー集めて追いパの打ち合わせするんだ。派手にやってやらないとな」
「いいね。私もお世話になった事あるし、プレゼントに何かレアアイテム送るよ」
「お、悪いな。ありがたく頂くよ」
「うん」
(そっか。引退かぁ。私達はまだ若いし先の事だろうけど、いつかはそういう日も来るかな)
そうして雑談したり、注文をしているうちに、四葉のメンバーがやって来た。
「悪い、遅くなった」
「お待たせチェニア」
「ごめん、待たせたね」
「ううん。おつまみ先に頼んでおいたよ」
四人が食事をとり始めた頃に、隣のテーブルのサブの元にも仲間が合流し始めた。
リーダーのサブを始めとし、副リーダーの女性、後方支援の青年、狼を連れたテイマーの少女がテーブルを囲む。
一方、四葉は四葉で食事を楽しんでいた。
「これ、旨いな」
「うん。繁華街は繁華街でメニューが違うのね」
「どちらかと言うと冒険者好みの濃い味付けじゃなくて家庭的なのが多いね。落ち着くなぁ」
「ここは一般人もよく来るからね。私もソロ時代はよく来てたよ」
「へー、そうだったのか」
「あ、スイーツもあるのね」
「ソフトドリンクもあるみたいだね」
「せっかくだし頼もっか」
食事が一段落し、四葉はデザートやジュースを注文してリラックスしていた。
トミー、アイ、コリンの三人もゆっくりとくつろいでいた。
(ふう、旨かったな)
(ここ結構良いかも)
(賑やかなのも悪くない)
『──でだ。予てよりの話なんだが、どうやって追い出す?』
『え?』
幸福感に包まれていた三人の耳に、突如として不穏なワードが飛び込んできた。
(あれ?今······)
(追い出すって······)
(空耳、かな?)
『そうねー。せっかくだし大々的に追い出してあげないとね』
『!!!?』
三人の体が強張る。その不吉な言葉を囁くのは隣のテーブルの冒険者一行──つまり、サブ達であった。
三人の顔が緊張にひきつる。
そんな三人の顔色にチェニアがすぐに気づいた。
「ん?みんなどうかした?」
「い、いや?」
「え?な、何が?」
「ど、どうもしないよ?」
「んんー?」
(いや、様子が変だ。どうしたのかな?)
事情を知らないチェニアは訝しげに思い、そっといつものごとく心の声を聞いた。
「·········んん?」
心を聞いてもすぐには状況が把握出来なかった。
(どういう事?追放?え、そんな話してる人居るの?)
チェニアも辺りを見回してみた。すると、隣のサブ達の会話が聞こえた。
「しかし、まさか俺らがあいつを追い出す事になるとはなぁ」
「うん。感慨深いね」
「でもよ、最期なんだ。派手にやってやろうぜ」
「そうね」
(隣ではサブ達が追いパの話してるだけだし······あっ。ああ~!そういうこと?)
そこで気づいたチェニアが合点した。隣の席の追い出しパーティーの打ち合わせを、トミー達は本当の追放計画の話と勘違いしていたのだ。
(まあ、この文化知らなければ勘違いはするかもね。よし、皆に教えてあげようっと)
「あ、みんな──」
と、言いかけてチェニアはふと考え直した。
(いや。待てよ······)
そしてすぐにニヤ~っとした笑みを浮かべた。
(そーだ。このままちょっと観察してみよ。面白そうだしっ。にししっ、ごめんね皆)
「さて、まずは初めのプログラムからだ」
サブがニヤリと笑う。ただの楽しそうな笑みであったが、トミー、アイ、コリンら三人には邪悪な企みの笑みに見えた。
「とりあえず、何時もの酒場の二階の部屋を借りてやろうぜ。あそこなら邪魔も入らないだろうし、色々用意出来る」
宿の一部屋を貸しきってパーティーを執り行う話。それを四葉の三人はこう捉えた。
(なっ、まさか何時もの部屋でサクッと殺る気か?!)
(部屋を丸々借りて追放だなんて気合い入りすぎじゃない?!)
(誰も来ない?み、密室殺人か?!)
「まずはこいつからやってやろうか」
メンバーの一人の青年が懐からビンを取り出す。中にはいわゆるシャンパン的な飲み物が入っている。
「こいつを頭からぶっかけてやる。やっぱ伝統的だよなあ。これでキョトンとするロージを見てやろうぜ」
「あははっ、程々にね」
(お、おい。いきなり頭から飲み物ぶっかけるだと~?!)
(すごく屈辱的に辱しめるつもりね!な、なんて残酷なっ······)
(まるでスポーツ大会勝った時の祝い方みたいだけど、酷い事するな~)
チェニアの顔に笑いが込み上げる。
副リーダーの女がテーブルにコトリと金属製の筒を置いた。
「これ、手作りなの。結構上手く出来たと思うわよ」
「わあっ、さすがメロ姉っ。これ、あれでしょ?ほら、この糸を引くと、パアンッってなるやつでしょ?」
「ええ。クラッカーってやつよ」
この世界のクラッカーは魔法の仕掛けなども交えて少し独特だが、おおよそは同じパーティー用に使う小道具であった。
しかし、三人はクラッカーをそのまま素の意味では捉えていなかった。
(く、クラッカー?いや、どう見ても筒!あれ、ダイナマイトとかじゃねえのか?)
(パアンッって言ってたわよね?!もしかして、仕込み銃みたいに弾が出るの?!)
(わ、わざわざ隠語で“クラッカー”なんて呼ぶなんて!きっと裏社会では有名な暗殺器具に違いない!)
「ぷっふぅ!?」
思わず吹き出すチェニア。
隣ではまだパーティーの話が続く。
「ああ、俺はそういやもうプレゼント用意したぜ?ロージのためにな」
「へえ、何にしたの?」
「へへ、驚くなよ。じゃじゃんっ」
「わあっ、これレオネロじゃん!」
「ああ、これはあの爺さんの好物だからな」
レオネロとは真っ赤な小粒の木の実で、とてつもない辛さを誇る。
一応食用ではあるが、そのあまりの辛さに古くは毒とも勘違いされていた。しかし、滅多に手に入らないレアアイテムで、辛い物好きにはたまらない一品であった。
ちなみに、四葉の三人もこの実を食べた事があり──
(あっ!あ、あれ、前に食った事ある!)
(ここに来たばっかの時に木になってたから食べてみたら死にそうになったやつっ!)
(うっかり口にしたら死にそうになったんだ!あんな劇物を食べさせる気か?!)
すっかり毒の実だと思い込んでいた。
「楽しみだなー。そうだっ。ロージはポンタの事好きだったから沢山相手させてあげよっ」
テイマーの少女がお座りしている狼を撫でる。ちなみに名前はポンタ。
「えへへ、ロージは噛まれる(甘噛み)の好きだもんね。たっぷり噛み噛みさせてあげよっ」
四葉の三人は戦慄した。
(お、狼に食わせる気か?!)
(生きたままなぶり殺しにするのね!?)
(まさか、死体の処理に使うのか?!)
チェニアは笑いを堪えた。
リーダーのサブが明るく笑う。
「おう、みんな気合い入ってるなー!きっと追い出されるロージも喜ぶぞ!」
(な訳ねえだろ!!)
(な訳ないでしょ!!)
(な訳ないよっ!!)
「くっ、くくく······」
心の声を揃える三人に、チェニアは腹を押さえて笑いを耐えた。
リーダーのサブがニコニコと愉快そうに笑う。それを、四葉三人は残酷な黒い笑みと捉えて見た。今まさに、彼は追放系作品に出てくる無能で卑劣な悪漢なのだ。
などと、トミー達に思われている事など知る由もないサブが残忍に──三人にはそう見えるが、普通に笑っているだけ──笑った。
「実はさ、俺、とっておきを用意してあるんだ」
ニヤリと殺人を楽しむ愉悦な笑み(トミー達にはそう見えた)を浮かべて、サブがゴトリとリンゴ程のサイズの玉をテーブルの上に置く。
「これ、何か分かるか?」
「あっ、それもしかして!」
「ああ、ちょっと高かったが奮発した。花火だ。魔法火玉のほうな」
この世界には花火が二種類ある。普通の火薬花火と、魔昌石を用いて魔法の光や煌めきを出す魔法火玉だ。後者はなかなか高価である。
サブがニヤリと笑う。
「最後はこいつでドカン。ロージもぶったまげるぞ」
トミーがサアッと顔を青くする。
(あ、あれで止めを刺す気か?!きたねえ花火だって奴か?!)
「いいわねぇ。きっとキレイよ。一生の思い出になるわよ」
アイが思わずスプーンを落とす。
(その大事な一生を終わらせる気のくせに何言ってんの!?)
「おう、ロージの泣く姿が目に浮かぶぜ」
コリンが飲み物をむせる。
(ど、どこまで痛めつければ気が済むんだ?!)
「あははっ、楽しみーっ!でも驚かせすぎてポックリ逝っちゃったりしてー!」
(『サイコパス?!』)
「ぷっぶふふっ······うくくっ·········」
チェニアは一人悶えて笑いを必死に堪えていた。
「楽しみだぜ。あー、早くやりてえな(パーティーを)」
(は、早く殺りたいだとっ?!)
「たっぷり料理してあげる(ご馳走的な意味)」
(出たーっ!悪役のセリフ!)
「うん!思いっきり泣かせてあげよう!(感動させて)」
(この子ドSすぎないか?!)
隣の和気あいあいとした雰囲気から発せられる物騒な追放計画。その驚愕の内容にトミー、アイ、コリンの三人は戦慄していた。
そんな戦々恐々たるメンバーの横ではチェニアが一人テーブルに突っ伏して悶えていた。
そんな勘違いの席が温まってきた時だ。
「おっ、噂をすれば、来たぜ」
と、サブ達パーティーが店の入り口辺りに目を向けた。
今しがた店に入ってきたその魔法使いの老人に妖しい目の光(四葉の三人には以下略)を走らせて、口元に黒い感情(三人には以下略)を忍ばせて、大きく手を振って手招きする。
「おーい、ロージ~、こっちだあー」
サブが陽気にその名を呼ぶと、ロージなる魔法使いも微笑んで近づいた。
『!!!』
──ガタッ──
「うえ?」
と、そこで。トミー、アイ、コリンの三人が音を立てて突然立ち上がり、一人笑いを我慢していたチェニアが驚いて三人を見上げる。
「あ、あれ?どしたの?みんな?」
『············』
(見殺しには出来ない!)
(あたしの勇気で一人のお爺さんを救えるんだ!)
(この判断が尊い命を救う!)
「へ?あ、ちょ」
チェニアが止める間もなく、三人はサブ達が座るテーブルの前に立ちはだかるようにして老人を引き止めた。
「待ってくれじいさん」
「ほ?」
「貴方、今とても危ない立場にいるわ」
「ほい?」
「今日は何も言わず帰った方がいい」
「はて?」
「あ、みんな、ちょっと······」
「お、おいおい、なんだなんだ、お前らー?」
サブ達が怪訝な顔をして立ち上がる。
「ウチのメンバーに何してるんだ!?」
「あ、サブっ、これには誤解がっ!」
「じいさん、俺が守ってやる」
「あたしが時間を稼ぐわ。逃げて」
「さあ、今の内に」
「あー、もうっ、みんな~!」
こうして、あわや騒動になりかけた二つのパーティーであったが、チェニアの説明により、追い出しパーティーなるイベントを知った三人は大変恥ずかしそうにした。
そして、後日。お詫びとして三人からもパーティー用の差し入れを送り、これをキッカケに両パーティーの仲も近づいたそうな。
お疲れ様です。次話に続きます。