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⑦──最高のキャンプ

 



「では出発ー」

『おおー』


 チェニアの号令と共にSランクパーティー四葉はウィードスの町を出て大森林へと入っていった。

 一人一人が大型の荷物を背負い、いつもとは違う様相であった。



「チェニア。目的地はどの辺だ?」

「ん。このまま何時ものクエストで行くポイントまで行く。そこからさらに行った所、北に移動する。多分2日はかかる」

「結構遠いわね」

「ハンバルバだからね。奥深い所じゃないと居ないから」



 この日の四葉は、大森林奥に生息する大型のモンスター、ハンバルバの討伐依頼をギルドから受けて目的地に向かっていた。

 対象のモンスターは大型、二足歩行、人形、植物質という特徴を併せ持ったモンスターで、通称“木巨人”と呼ばれている。

 ハンバルバは森の奥深くに行かなければ遭遇しないため、討伐までにそれなりの日数がかかると予想されている。


 メンバーの持つ荷物はテント、食料、医薬品、燃料などの遠征用のアイテムだ。



「地図によると六時間くらい歩いた所に川があるみたいだからそこの近くにキャンプしよっか」

『おおー』


 道中、小型のモンスターとの遭遇戦が何度かあったものの、一行は無事に最初の目的地に到着した。木々が開けて、緩やかな川の流れるほとりだ。


「水も綺麗だし、視界も開けてて野営するには最適だね。よし、ここにしよー」

『了解』


 野営地も決まり、一行はそれぞれの荷をほどいて、中の物資を分けていった。


「じゃあ、とりあえず分担なんだけど」


 チェニアが他メンバーを集めて指示に移る。


「トミーはテントの設営をお願い。アイは近場で食料の調達よろしくね。コリンは生活用水の確保とその設備を頼むよ」

「分かった」

「おっけー」

「うん」

「私はもう少しだけ進んでルートの確認とかしてくるよ」


 そう言ってチェニアが杖を持って歩きだし、三人もそれぞれの仕事にかかろうとした。


「あ、そうそう」


 と、そこでチェニアが何か思い出したように立ち止まり、振り向いた。


「みんなの働きには何時も感謝してるからね。今回も頑張ってね」


 そう言ってから微笑み、今度こそ去っていくチェニア。


(みんなすぐ自分はダメだー、役立たずだーとか思い始めるからな。こうやって一言労いの言葉をかけておけば多少は不安も取り除かれるよね)


 リーダーとしてのチェニアの気遣いであった。



 森の中に入っていくチェニアの後ろ姿を三人は黙ったまま見送っていたが、その表情に徐々に焦燥の影が這い寄り始めていた。


(ど、どういう意味だ?なんで突然あんなことを?)

(いきなりどうしたのチェニア。もしかして何か特別な意味が?)

(ただの労い?いや、それとも······)


 一度燻り始めた不安の火種はあっという間にある種のネガティブ思考に火をつけた。そしてそれは被害妄想とも言うべきものへと進化していった。


(はっ!もしかして、あの言葉は俺以外の二人、アイとコリンに向けての言葉!?)

(でも、あたし個人に対しては単なる皮肉のつもりで言ってたとか?!)

(それとも役立たずの自覚を持たせるためにワザとああやって?!)


 悪い方向へ向かう時の思考は急流のようになる事が多い。特にこの三人には。


(マ、マズイ。もしかしたらチェニアは俺の無能さに薄々感づいているのかもしれない!)

(と、なれば何時追放されてもおかしくない!役立たずと思われてるなら!)

(だったら戦闘以外にも何か役立っているってアピールしないと!)


(『追放だ!!』)



 トミー、アイ、コリンの三人はその場で顔を見合わせた。そして誰ともなく強がりな笑みをニッと作ってみせた。


「二人とも待っててくれ。最高の寝床を作るから」

「こんな所でもお腹一杯になれるっていう事を教えてあげる」

「最高のインフラ設備。お見せしよう」


 ジャリっと石を踏みしめて、三人はバラバラの方角に散っていった。




 大剣片手にトミーは森へと走った。


(よし!こうなったらテントなんて物じゃない!もっと凄いのを作るぞ!)


「うおおお~!」


 森に駆け込んだトミーは真っ直ぐに伸びた木を手当たり次第薙ぎ倒していった。


「でやあああ!」


 愛用の剣をナイフのように使いこなし、枝葉を落としていき、あっという間に丸太を生み出していく。


「おりゃああああ~!」


 岩を幾つも担いでいき、テント設営地点に積み上げて土台にし、その上に丸太を設置していく。ツタや枝を上手く使い分け、丸太を組み合わせては固定していき、どんどん高くしていく。


「だあああああ!」


 段々と形を成していく積み木の周りや上を行ったり来たりしながらトミーは吠え続けていた。自身の有用性を示すために必死であった。





(現地調達?いいえ。もっと凄い事しよう!そう、完全なる自給自足、食料問題解決!)


「はあああああ!」


 多数のスキルを同時発動しながらアイが駆け出す。彼女の走った跡には岩はおろか、石ころ一つ残らず除去され土がむき出しにされていく。


「えいやああああー!」


 両手に剣を持ち、それを高速回転させて土を掘り起こしていく。


「たあああああ!」


 土がふかふかになった所で、次にアイは森を掻き分けて、スキルの探知能力で果実や山菜を採っていく。


「てえええええい!」


 それらの採取物から種などを取って、種を土に埋めていき、水をかけ、エルフのスキル『樹木促進』を発動する。

 土の中から新芽がニョキニョキと顔を覗かせた。






(ここは文明から離れている。でもそんな所で普段と変わらない生活が出来たら?)


「ええええええい!」


 クラフト能力を存分に活かし、道具もなく石を加工していくコリン。


「そおおおおおい!」


 そしてそれらをくっつけたり、強度を上げたり、はたまた砕いて新たな素材へと変えていく。ただの砂利や石ころはガラスやコンクリートへと姿を変え、木の破片は瞬く間に桶や浴槽に変わっていった。


「そりゃああああ!」


 精密機械のように動く手先がそれらをあるべき所に配置していき、やがて川縁にオブジェが出来あがっていく。


「はいやああああ!」


 最後の細かい仕上げも抜かりない。大自然の真ん中に似つかわしくない人工物がその場に現れ始める······。






 それから数時間後。



「ふいー」

(思ったより時間かかっちゃったなあ。みんな心配してないといいけど)


 下見を終えたチェニアが来た道を辿り、拠点へと戻ってくる。


(もう夕方かあ。今日の晩御飯は何かなあ。誰が作ってくれるかなあ。でも、みんな拠点の設営で疲れてるかもしれないし、私が何か作ろうかなあ)


 く~っ、と鳴るお腹をチェニアが押さえる。


(えっと、ここら辺だったかな。さあ、みんなは気楽にやれてるだろう──ふえぇ!?)


 その場で思わず立ち止まるチェニア。

 拠点に戻ってきた。はずであった。

 しかし、そこには見知らぬ光景があった。


「あ、あれ?」


 天然の木材をふんだんに使用したウッドハウス。まるで今日立ったばかりのような綺麗でお洒落な佇まいであった。小さな家族なら十分に暮らせる大きさだろう。


 その少し横に目を移せば、小さな畑を確認出来る。

 小さいと言ってもかなりの果樹が植えられており、それを仕切る柵も立派であった。さらには、緑の葉を青々と揺らす作物のある畑の真ん中にはユニークなカカシまで哨戒していた。


 そして川の辺りに目を凝らせば、謎の施設があるのが分かる。近づいてみると、それは石や木材を加工して作られた野外用のカマドと、その火を利用して沸かすことの出来る露天風呂であった。しかもロウソクでライトアップ出来るようにもなっている。


「············」


 目を丸くして呆然と立ち尽くしていたチェニアであったが、すぐにハッと我に返った。


(あ、いかん、いかん。道を間違えたらしい。ここは知らない人の家だ。良い家だなー。自給自足も完璧でインフラまで整ってる。ここまでするのに苦労したろうな。それにしてもこんな森の奥に住んでるなんてどんな人だろう?)


 と、思いながら踵を返したチェニアの目に、木で作られたイスの上で鎮座している自分の荷物が映った。


「あるぇ?」


 チェニアがその荷物に近寄り確認してみると、それは間違いなく自分の荷物であった。

 そして改めて周りの地形や景色を見てみる。やはり間違いではなく、そこは確かに拠点として選んだ場所であった。何より、自分の荷物があるのだ。


「あ、あれ?でも」


 もう一度見回す。家、畑、風呂。たったの数時間離れていた間にこの地に何が起きたのか。チェニアには全く分からなかった。

 むしろ何かの幻覚を疑ったが──現実であった。


「あ、そうだ。そうなると皆は?」


 三人の姿が見えなかったのでチェニアが辺りを探すと、家の裏側から何やら呻き声のようなものが聞こえてきた。


「?」


 声のする方へチェニアが回り込み、覗いてみると──


「え?」


「ア、アイ、コリン。ム、ムリはしない方が、いいぞ······」

「そ、それを言うなら、と、トミー。貴方も休んだ方が······」

「ア、アイだってすごく、疲れた顔してる、みたいだけど······」



 そこには疲労困憊(ひろうこんぱい)満身創痍(まんしんそうい)と言った体で地面を這ってる三人の姿があった。三人の中心には食材と調理器具が置かれている。


「お、俺が何か作るから······二人は休んでて······くれ······」

「あ、あたし、こう見えて······結構料理出来るよ······任せ、て······」

「ぼ、僕も······得意、なんだ······料理······」


「·········」


 サトリの目を使い、それぞれの記憶を見たチェニアはやっと状況を把握した。


「ぐ、ぐぐ······」

(こ、こんな雑用俺が!だ、だが体が動かん。体力の限界か?で、でもここで一人休んでたら好感度ダウンだ!)


「う、うぅ~······」

(身体がガタガタ言ってる。スキルを乱発しすぎた。ああっ、休みたい!でも、一人怠ける訳には······)


「あ、あがが······」

(もう手が震えてる。箸だって持てるかどうか······でも、ここで働かなきゃクビだ!)



「·········はぁ~」

(しまった。余計な一言だったな、私······)


 チェニアは深いため息を吐いて三人のヒールにかかった。


 結局。その後はチェニアが手料理を振る舞って三人の働きを労い、リーダー権限で次の日はまる一日休む事にした。

 その次の日も出発せずにゆっくりと休養し、せっかくのウッドハウスでお茶を楽しみ、畑で採れた作物たっぷりの食事に舌鼓を打ち、満天の星空の下風呂を楽しんだのであった。


 そして次の日には出発し、無事に対象モンスターの討伐を終えてクエストが完了になると、その帰路に再び一行はその拠点に立ち寄った。



「休暇とかにさ、またここに来よっか。ここ気に入っちゃった。私達の別荘だね」


 とチェニアが言い、嬉しがる三人なのであった。




お疲れ様です。次話に続きます。

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