⑥──怪しい講習会
ある日。
その日も何時ものように、四葉の面々がシェアハウスの居間で一緒に食事を摂っているとチェニアがふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。みんな、今日の予定なんだけど言っとかなきゃいけない事あった」
「なんだ?」
「なあに?」
「なんだい?」
「私、ちょっとギルドマスターに呼ばれててさ。なんかSランクになった事について色々と本部の人に報告するために調書作んなきゃいけないらしくて、協力してくれー、とか言われてるんだ。まあ、良くは分かんないけどちょっとしたお仕事みたいな?」
「へえ、そうだったのか」
「頑張ってねチェニア」
「あれ?ていうことは今日は······」
「うん。クエストは無し。お休み。あ、別に三人で行ってきてもいいんだけど──」
三人とも俯いたのでチェニアは
「うそうそ。私だけ仲間外れは寂しいからナシで」
と取り繕った。
チェニアが居ない時に三人だけでクエストに行った事がないのだ。理由はいくつかあるが、一番の理由はチェニアがパーティーのムードメーカーでもあるので、不在だとぎこちない空気になるからであった。
「じゃあ、行ってきまーす」
『行ってらっしゃい』
──パタン──
『······』
チェニアが出ていき、場には言い様のない微妙な空気が取り残された。
「えっと······」
(どうしよう。チェニア以外の仲間だけと過ごす事ってクエスト時以外あんまし無いしな)
「あー、うん」
(なんとなくだけど、リーダーが居ないと話しにくい感じしちゃうのよね)
「とりあえず······」
(このままだと妙に気を遣わせちゃうかもしれないから一人で外に行って過ごそうかな)
「俺、外に出かけてくるよ」
「あたしも出かける」
「僕も外に」
『······』
とりあえず、三人は揃って外へと出た。
「······じゃあ、また後でな」
「うん。また······」
「後でね······」
そうして三人はそれぞれ別の方角へと歩き出して行ったのであった。
繁華街を一人で歩きながらトミーはぼんやりと考えた。
(とは言ったものの、特に用事とかあるわけじゃないしな······適当に飯屋にでも入って何か食って過ごすか。たまには食べ歩きなんかも良いかもしれんなぁ。金も貯まってるし)
トミーが手頃な店を探して見て回っていると、一つの店の壁に一枚のポスターが張り付けてあるのが目に止まった。
「ん?」
〈冒険者講習会開催!話を聞くだけであなたも高ランク冒険者!?〉
というタイトルがでかでかと書かれていた。
(どうしよっかなー)
図書館の方向へ足を運びながらアイはこれからの予定を考えていた。
(うーん。やっぱり図書館かなぁ。他に行く所ないし。本当はショッピングとか楽しみたいけど、リーダーが仕事してるのに自分だけ遊んでるのもなあ。ここは大人しく図書館で面白そうな本でも······)
と、目的地の図書館に到着したアイが中へ入ろうとした所で、入り口付近に貼られた一枚のポスターが目に止まった。
「ん?」
〈冒険者講習会開催!話を聞くだけであなたも高ランク冒険者!?〉
声高らかに謳うポスターの文言が堂々と記されていた。
人の賑わう公園をゆっくり練り歩いてコリンは一人考えた。
(僕の力はパーティー内で最も地味で、かつ戦闘には直接関係ない能力だ。つまり現時点でクビにされる可能性は極めて高いと見ていい。こういう自由な時間を使って何か有意義な事をしたいけど······うーん。何も思いつかない。やっぱり普通に休んでおくか)
そう決めたところで、近くに屋台があるのを見つけたコリンは、小腹でも満たそうかと思いそちらへ向かったが──
「ん?」
その屋台に妙なポスターが貼ってあることに気づいた。
〈冒険者講習会開催!話を聞くだけであなたも高ランク冒険者!?〉
町の一角。
あまり人目のつかないような寂れた通りの片隅に若い冒険者達が数十人集まっていた。
ほとんどが駆け出しのルーキーや、実績の振るわない若手で、皆ソワソワした様子であった。
「······」
「······」
「······」
そんな中。半ば呆然として固まっている人間が三人。
「······二人ともなんでここに?」
「いや、それはあたしのセリフ······」
「聞きたいのは僕の方だよ······」
トミー、アイ、コリンら三人は互いに顔を見合わせて目をパチクリと瞬かせていた。
彼らと、集まった冒険者らの前方には簡易的な壇が設けられており、その上には
『冒険者講習会!一日聞くだけでランクアップ!』
と大きな字の書かれた垂れ幕が掲げられていた。
『············』
(なんで二人ともこんな所居るんだよ!?お前らこんな所に来る必要ないだろ!)
(二人ともなんでー?!こんな講習会受けなくても平気でしょうが!)
(こ、この二人が居るなんて予想外すぎる!というか何故、居る?!)
三人はそれぞれ別の場所で『冒険者講習会』なるイベントのポスターを発見し、そのキャッチコピーに思わず惹かれ、こうして開催所にやってきたのであった。
そう。ここで本当の高ランク冒険者になるために。
「二人ともこんな講習受ける必要ないんじゃないか?Sランクなんだし」
「それを言うならトミーとコリンもでしょ?」
「いやいや、そう言うアイだって来る理由ある?」
『············』
「俺はさ、ホラ、アレだよ。初心を忘れないようにって言うか?そういう気構えを思い出すのが大事かなって思って」
「あたしもそんなとこ。Sランクだからこそ、見識広げとかないとな~って」
「僕も似たような感じかなあ。情報収集や勉強は大事だからね」
(ぐっ!?俺のはただのハッタリなのに、流石はSランクの二人!心構えが違う!)
(口からでまかせ吐いちゃった!二人とも意識高すぎ~~!)
(こ、これが真のSランクのあり様なのか!な、なんか自分の嘘が惨めになってくる!)
「と、とりあえず」
「ま、まあそういうことなら」
「いいんじゃない、かな?」
気まずい空気になりながらも、三人は互いの理由に納得して、それ以上は何も言い合わなかった。
そして、三人が会話をちょうど終えた時だった。
「お待たせ、諸君!」
という自信に満ち溢れた声が辺りに鳴り響き、壇上に一人の男が駆け上がった。
中年のパっとしない容姿と、胡散臭い雰囲気を醸し出した男で、冒険者風の格好をしていた。
そして胡散臭い笑みを自信まんまんにかざして一堂に集まった冒険者らに呼び掛けた。
「よく来てくれた!君らのような若き逸材達を私は待っていたのだ!君達は運が良い!いや、見る目がある!ここに来たということは、すなわち冒険者としての素質があり、より高みに行けるという事なのだ!」
と豪語する男を、その場に集まった者達が期待を滲ませた目で見上げる。
男は大袈裟な身振りで一礼をとった。
「さあっ、まずは自己紹介からしよう!私の名はグレート・スパトラ・アルティメ・ペリアル!この町とは違う遠い地で冒険者をやっている者だ」
おおーっという声が薄く広がる。
「私は十年近く冒険者をやっている。もちろん、クエストを失敗したり放棄したことは一度も無い。そして言うまでもなく、Sランクパーティーの人間だ。私はそこでパーティーリーダーを務めている」
今度はどよめきに近いおおーっという声が観衆の間から沸き起こった。
トミーら三人の顔色もサッと変わった。
(Sランクの人間だと?!)
(本物のSランク!?)
(仲間の三人以外では初めて見た!)
「私の実績を挙げるならそうだな······二十体以上は居たであろうデスウルフの群れを討伐したり、ゴブリンの軍団を壊滅させたり、レッドワイバーンを倒したり。と、まあ話し出すとキリが無いがとにかく到底なし得ない功績を上げていると理解してもらえればいい」
(流石はSランクだな。俺らのパーティーもデスウルフの群れと戦った事があるから凄さが分かる)
(改めてSランクってとんでもないわよね。あたしの所もゴブリン軍団壊滅させたりしてたもんね)
(レッドワイバーンは手強かったけど、他の三人のおかげで倒したし、Sランクの実力は底知れないな)
男の流暢な自慢話や武勇伝を冒険者の少年少女らは目を輝かせながら聞いていた。
「──であるからにして、冒険者に必要なのは良き情報と、積み上げた経験であると言える」
(成る程。勉強になるな。流石はSランク)
(一々ためになる話よね。普段は他のメンバーに質問とか出来ないから助かる)
(よし。ここでもっと自分を磨いて本当のSランクになるんだ)
「さて。ここまで私は諸君に冒険者としての心構えや必要な要素を話してきた。しかし、そうは言っても全員に私と同じ事が出来る訳じゃない。何故なら、高ランク冒険者にするためには膨大な知識や経験談を話さなければならないが、今この場で全て授けるのは不可能だからだ」
聴衆が一様に項垂れる。四葉の三人も同じく項垂れた。『やっぱりそんな簡単に実力が上がる訳ではない』と。
「だが!安心したまえ!」
男が気合いの入った声を辺りにぶちかます。
「ただ話すだけなら誰にでも出来ること!しかし私はSランクパーティーのリーダーだ!当然、人への指導という面においても一流だ!備えはある。君達駆け出し冒険者の、未来の勇者達を次のステージへと昇華させるためのてだてがね!」
その言葉を受けて、若き冒険者達、そして四葉の面々がパッと明るい顔を上げた。
(おお!流石!)
(Sランク!)
(本物は違う!)
男は懐に手を入れると一冊の本を取り出して、それを天高く掲げてみせた。
「見たまえ!この本には私がこれまでの活動で得た知識や経験、さらにはお得な情報が盛りだくさんに記述されているのだ!誰にでもマネ出来るよう、分かりやすい解説と美麗なイラスト付きだ!今ならたったの5,000ゴールド!!」
『おおおーっ!!』
(な、なんだってー!?)
(Sランクの真似が出来る?!)
(しかも5,000ゴールドで?!)
5,000ゴールドと言えばそれなりの額であったが、その場の人間は皆欲しそうに見つめた。
そこへ男が追い討ちをかけるように、こうつけ足した。
「しかしっ!諸君はまだ駆け出しで金銭面的にも困ってるだろう!よって、特別価格!なんと、今だけ限定で3000ゴールドだ!」
この言葉に、居合わせた冒険者らはどっと沸き立ち、男の元へ殺到した。
「私にちょーだい!」
「俺にくれー!」
「ふざけんな!俺だおれー!」
「俺がもらうんだー!」
「あたしっ!あたしー!」
「くれええええー!!」
「俺によこせー!」
もはや暴動寸前にまで興奮した若者達を男の白い歯がニカッと迎えた。
「慌てなくとも大丈夫!私はSランクだ!」
男はそう言うと、足下に置いてあった木箱を掴んでひっくり返した。中からは今しがた男が提示した物と同じ本が大量に出てきた。
「この通り十分な数を用意してある!さあっ、並びたまえ!」
『うおおおおーっ!!』
本は飛ぶように売れ、男の元に金貨が何枚も投げつけられる。
「さあさあっ!輝かしい未来を3000ゴールドで手に入れよう!!」
「俺一冊!」
「あたしもーっ!」
「俺にも!」
「俺は三冊だ!友達にもやる!」
「素晴らしい!まいどーっ!」
わらわらと群がって本を買っていく冒険者の群れ。トミーら三人はそれを焦りながら眺めていた。
(あのままじゃ売り切れるかもしれないっ!早く買わないと!でも······)
(買ってる所を二人に見られたらあたしのクソザコがバレるかも!)
(ど、どうしよう!?ああっ、買わない手はない!でもっ······)
『~~~~~~っ!!』
互いの目が気になってしまい、動けない三人。本当は今すぐ走り出し、喉から手を出してでも買いたい物であった。
しかし、初心者のための指南書なんて買ったあかつきには回りにSランクパーティーに相応しくないと思われ追放されるかもしれない。そんな考えが彼らを縛っていたが──
「さあ!残りは僅かだ!まだ買ってない人間はここでSランクへの道を閉ざしてしまうのか~?!」
『!!!』
大金を袋に詰めた男は邪な笑みを浮かべて荷物を纏め
「まいどあり!Sランクになれるといいなっ!」
ガハハハと高笑いしながら去っていった。後に残されたのはトミー、アイ、コリンの三人だけであった。
『············』
三人は互いに相手の胸に抱かれている本を見て首を傾げた。
(なんで二人とも買ってるんだ?)
(どうして二人とも買ってるの?)
(なぜ二人が買ってるんだろう?)
「お、俺はこれで初心に······」
「あ、あたしも本好きだから······」
「ぼ、僕はこれで情報を······」
『············』
そして、三人が妙な空気のまま帰宅するとすでにチェニアが帰ってきていた。
「あ、三人ともお帰りー。どっか行ってたんだ。もしかして三人一緒に?」
「あー······」
「うん······」
「まあね······」
「?」
何故か微妙な反応をする三人。
チェニアは少し首を傾げていたが、何か思いだしたようにポンっと手を打った。
「あ、そうそう。皆に言っとかないといけない事があるんだった」
『なに?』
「最近この町に変な詐欺紛いの商売やってる男が来てるみたいでさ。ギルドの方から注意喚起があってね。なんか、色んな分野の一流を名乗っては駆け出しの人間とか初心者を集めて口先で上手い事言ってからどうでもいいような商品売りつけるんだって。えーっと、なんて言ったかなあ。グレートスーパーウルトラインペリアルみたいな名前らしいんだけど······って、聞いてる?」
呆然と立ち尽くす三人の胸の中に同じ本があることにチェニアが気づく。
「ん?本?皆で同じのを?」
三人が黙ったままだったのでチェニアはいつものごとくスキルを使い──把握した。
「······えっと、みんな。今日はせっかくの休みだし。私が奢るから美味しいもの食べに行かない?」
その夜。落ち込む三人をチェニアは慰め続けていたという。
お疲れ様です。次話に続きます。