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⑤──ダンジョン会議

「──という事で、恒例のダンジョン攻略の時期となりました」


 ある日の午後。


 ギルドの酒場の片隅のテーブルでチェニアがメンバーを見回しながら言った。


「とりあえず、近場のダンジョンで今解放期になってるのは滝壺のダンジョン、根っこのダンジョン、大岩のダンジョンの三つだね。どこが良いと思う?」


 チェニアが問いかけるとトミー、アイ、コリンの三人は、ふーむと考え込んだ。






 ダンジョン攻略は冒険者にとってはいわゆるボーナスイベントだ。


 通常のクエストは人間の生活圏に侵入したモンスター、あるいは侵入や被害をもたらす可能性のあるモンスターの討伐依頼を領主や個人が出す事で発生する。この場合、報酬は討伐したモンスターの素材の一部に加えて依頼料の現金がメインとなる。


 一方でダンジョン攻略とは依頼主の存在しないクエストとなる。そのため、ダンジョンでいくらモンスターを討伐しようともギルドから報酬金が支払われる事はない。

 あくまで冒険者達の自主的なクエスト。申請すれば多少の支給品は出るが、成功報酬は発生しない。


 では、なぜそんな報酬の無いダンジョン攻略に冒険者が臨むのか。それは、普通のクエストより遥かに儲かる場合があるからだ。


 ダンジョンとは大抵の場合、洞窟や廃棄された鉱山、あるいは大昔の遺跡などに形成されており、定義はやや曖昧であるが『モンスターの種類と生息数の密度が通常の自然よりも膨大で、特殊な磁場や魔力が存在する場所』とされている。


 ダンジョンはその特異な環境から、独自の生態系を築いてる事が多く、ほとんどが稀少な資源の宝庫になっている。

 さらには古代の宝や、モンスターが集めた貴重なアイテム等も隠されていることもあるのだ。



 多数の素材、レアアイテム、大昔の財宝。

 これらを一度に狙えるのがダンジョンだ。ギルドからの報酬が無いものの、上手くいけば一回の攻略で通常クエスト数十回分に相当する稼ぎが得られる。


 ただし、リスクも当然ある。


 まず第一に挙げられるのが時間。ダンジョン攻略は通常数日間かけて行われるため、その間は他の活動は出来ない。


 次に、ダンジョンの位置する場所。

 ダンジョンは大抵、文明から離れた僻地にある事が多い。どんなに近くても最寄りの町や村から三日から四日はかかる場所にある。


 そして費用。攻略中の食料や他消耗品は全て自腹で用意しなくてはならないので初期投資に金がかかる。


 最後に危険性。

 人間にとって有害なモンスターがひしめく巣窟に入るのだ。しかもダンジョン内はモンスターにとっては最良の空間でも人間にとっては劣悪な環境がほとんどである。



 これらのリスクを統合すると以下のようになる。


 他人の助けや援助の望めない僻地に大金をかけてサバイバルしに行き、アウェイで凶悪なモンスターの群れと戦わなければならない。



 以上のような観点からかなりのリスクがある反面、成功した時の報酬も多いのでハイリスク・ハイリターンという、冒険者好みの活動。それがダンジョン攻略だ。





「今回は20日分の活動が可能な金額を用意しました。なのでそのリミットを考慮して選んでね」


 そう言ってチェニアが三人の意見を促す。

 何時もはチェニアが提案したプランに三人が賛成するだけですぐにまとまる作戦会議であったが、メンバーの自発性を育てる意味で今回はチェニアが意見を求めた。


 トミー、アイ、コリンの三人は黙ったままテーブルの上のおつまみを睨んでいた。


「······」

(みんなちゃんと考えてるのかな?)


 チェニアはサトリの力をそっと使ってみた。



(どのダンジョンも最寄りの村から三日以内に行けるな)


 トミーは声もなく唸った。


(どうするか。どのダンジョンも何回か攻略してるしなぁ。どこもそんなに難易度は変わらなかった気がするし、まあ他の皆が居ればどこでも大丈夫だろうしなあ。俺はどこでも······)


 そこでトミーはふと思い出した。


(いや、待てよ。そういや大岩のダンジョンは俺の攻撃力を活かせるモンスターが多くて結構活躍できたな。うーん。強いて言えば大岩かなあ)


 チェニアはそのままアイに目を向けた。



(うーん。どこもレベルは同じくらいだしなあ。と、なると後は好みかな)


 アイは軽く目を閉じた。


(あ、でも滝壺のダンジョンは水場が豊富だったから水浴びも気軽に出来て良かった。それにあたしのスキル『水響』で隠し部屋見つけてお宝発見したし)


 アイはチラチラと左右に目を走らせた。


(あえて言うなら滝壺だけど皆はどうだろう)



 次にコリンの声を聞くチェニア。



(僕は根っこのダンジョンかなあ)


 コリンは顎を擦った。


(どのダンジョンも大差ないけど、根っこのダンジョンは素材が良く取れたからクラフトが捗った。一番貢献出来た気がするんだよなあ)


 悩ましく眉を寄せるコリン。


(でも他の皆と居ればどこでも同じだろうし、特に激押しって訳じゃないな)



 三人が顔を揃えたように上げる。


「どこでも良いぞ」

「どこでも良い」

「どこでも良いかな」

「······なんでそうなるよ」


 チェニアも頭を抱えた。


(でも、皆の意見はバラバラだったしなあ。それにそこまでこだわりある訳じゃないみたいだし、それなら本当にどこでもいいかなぁ)


 そこまで考えてからチェニアは頭をブンブンと振った。


(いやいや、それじゃあ駄目だ。皆には自分が選んだ場所で良かったと思ってもらえる経験をして欲しいんだ。そうすれば自信も付くはず)



 チェニアはぐるりと全員を見回した。


「あー、皆の意見は良く分かった。参考になったよ」


(え?)

(あれで?)

(何も言ってないのに?)


 表情には出さず、三人がうんうんと頷く。


「とりあえず、どこでもいいという事なのでどこでもいい。だけど少し趣向を変えてみようか」


 そう言ってからチェニアはこう切り出した。


「みんな。逆に行きたくないダンジョンってある?」


『え?』


(行きたくないダンジョン?)

(本当に真逆)

(そう言われるとどうだろう)


 再び考え出す三人。


(行きたくない場所かあ)

(正直行きたい所もあえて言うならって話だしねえ)

(別にどこでも)



『あ』


 と三人が同時に声を上げた。


(あった、行きたくない所!)

(そうだった!あそこだけはイヤ!)

(忘れてた!あそこはダメだ!)


 三人は揃って体を震わせた。


(滝壺のダンジョン!)

(根っこのダンジョン!)

(大岩のダンジョン!)



 トミーは顔を青くした。


(足滑らせて水に落ちたんだ。剣が重くて溺れるかと思った······幸いにも周りに誰も居なかったが、もしあんな醜態を見られたら追放される!)


 アイはプルプルと肩を震わせた。


(根っこのダンジョンは無理!だ、だってあそこでっかいゴキブリ居たもん!誰も見てなかったから良かったけど悲鳴上げて飛び退いたら根っこに足躓いて盛大にコケたんだ······)


 コリンは焦っていた。


(大岩のダンジョンにはクラフトで失敗したアイテムをそのまま置きっぱなしにしてたんだ!あんなの見つかったら無能だという事がバレてしまう!)



「え、えっと」

「そ、そうね~」

「う、うーん」


(でも滝壺が良い人が居たらどうしよう!)

(もし根っこ行きたい人居たらどうしよう!)

(大岩が推しの人が居たらどうしよう!)


「お、俺は特に行きたくない所は無いかな~。ただ、滝壺ダンジョンは湿気が凄くて食料の保存が難しいんじゃないかなーって思う。一応。念のため」

「根っこのダンジョンってさ、今考えてみるとちょっぴり遠いかな~なんて思ったり思わなかったり······あははっ、考え過ぎかな~」

「僕も嫌な所は無いさ。あ、でも大岩のダンジョンって食料調達難しいかも。うん。多分。もしかしたら······」


『·········』


 またもやバラバラの意見になってしまった三人。チェニアはそっと頭を抱えた。


(しまった。これじゃ状況悪化。どれか一つ選んだら必ず誰か嫌な思いをするじゃんか~)


 そんなリーダーの心の声など知る由もない三人はそれとなく心理戦を繰り広げていた。


「俺は皆とならどこでも平気だと思ってる。でも大岩のダンジョンなら皆の力を存分に発揮出来る気がするんだ」

「これさ、あたしの勘なんだけど滝壺のダンジョンってあたし達に相性良い気がするの」

「それも良いね。だけど根っこのダンジョンでのコンビネーションが一番上手くいった記憶があるんだ」


(どこでもいいなら大岩にしようぜ二人とも~!)

(どこでもいいなら滝壺でしょー!)

(どこでもいいなら根っこで良いじゃないか~!)


 最初と違い、妙なこだわりのような意見を始めた他メンバーに、三人はそれぞれ互いに戸惑っていた。


(ど、どうしよう。あんまし強く反対するのはマズイし······)

(嫌われるかもしんないし、これ以上意見するのはヤバいかも······)

(むしろ、ここで足並み乱した事で嫌悪感を抱かれて追放かも······)



 どんよりとした空気が辺りに漂い、三人はすっかり意気消沈して不安げな表情をうつむかせてしまった。

 そんな三人を見かねたチェニアは何時ものように助け船を出してしまった。


「······あー、みんな。もし良かったらなんだけどさ、私が決めちゃってもいいかな?」


 その言葉に三人が一斉に希望に満ちた顔を上げる。


「うん、チェニア頼むよ」

(流石チェニアだ!天使!滝壺以外で頼む!)

「お願いねチェニア」

(困った時のチェニア女神!根っこ以外で~!)

「チェニアありがとう」

(ベストタイミング!大岩来るなー!)



 どれを選んでも誰かが損をする。この問題の答えをチェニアはこう出した。



「ごめん、みんな。予算数え直してみたら2日分くらいしかなかった。よって今回はとりあえずダンジョン攻略無しという事で。次回にまた別のダンジョンに行こっか」


 と、元も子も無い提案であったが、この判断は他の三人にとっては名采配であったらしく、全員満足そうに頷いていた。



 その後。

 解散して自室に戻ったチェニアは地図を広げてガックリと肩を落とした。


「近場のダンジョン三つも失っちゃった······」





お疲れ様です。次話に続きます。

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