おまけ③
柔らかく、そして優しい微笑みのままシヴィが語り出す。
「もうどのくらい前かしら。あの頃は大変だったのよー? 魔王との戦いの後この世界は暗黒時代なんて呼ばれる時期に入っちゃってね」
「あー、そういやあ」
「なんかそんな話聞いた事あるわねえ」
「我は知らん」
(魔王か······)
チェニアも聖女候補として修行していた時代に、教会の座学にて聞いた事のある話であった。
今から三百年以上前。この世界には“魔王”が存在した。
魔王はモンスターを生み出し、それを軍団として使役して人間社会に宣戦布告。
戦いは百年以上も続き、その間に大陸に存在した人間社会は壊滅的な被害を受けた。
しかし、天命によって現れた勇者によって魔王は無事に倒され、教会が聖なる浄化魔法によって魔王とその崇める邪神を永久に消滅させたという、ありがたい伝説。
(というより、『なので、教会は偉いんです。凄いんです。さあ、神を信じなさい、崇めなさい。貴女も聖女として頑張りなさい!』っていう話にするための教育だったけど)
しかし、多少の脚色や都合の良い解釈などはあるものの、それらは史実として多数の文献が残っており、魔王との戦いの後の数十年間は特に苦しい時代だったと伝えられている。
「魔王に勝ったはいいけど、どこもかしこも荒れ果てちゃってね。放棄された農地は自然に還って、廃墟のまま放置された村や町は数えきれなくて。当時の政府はそれらを収拾出来るだけの力も残されてなかったし。でも、何よりも野生化したモンスターが厄介だったのよ」
「野生化したモンスター?」
聞き返すチェニアにシヴィが頷く。
「魔王の元で統制されていたモンスター達は魔王消滅と共にそのまま各地に散っていった。それが野生化して、それぞれの思惑──そんな知性のある物じゃないわね。それぞれの本能に従って動き始めた。その結果、生態系や人との境界線に大きな影響を与えたの。それでモンスターによる被害が各地で多発した。旅人は頻繁に襲われるようになり、森へ入ればたちまちモンスターに囲まれ、小さな村なんかは侵食されていって移住を余儀なくされたり」
「おいおい、冒険者ギルドは何やってたんだよ」
「そうだ。そんな事態に動かん腑抜けばかりだったと言うのか?」
「はあ~。あんたら馬鹿ねえ。話の流れから分かるでしょ」
ワキーナが呆れたようにため息を吐く。
「冒険者ギルドが設立されたのは大体三百年以上前。そして暗黒時代も同じ時代。つまり──」
「そういった時代背景の中誕生したのが冒険者ギルドって事ですか?」
「ちょっとチェニア! それあたしのセリフ!」
喚き散らすワキーナにススッと自分のジュースを差し出してなだめるチェニア。
「冒険者ギルドの最初の目的って、モンスターから人々を守る事だったんですか?」
「ええ、そうよ。他にも色々な事情があったのだけれど」
シヴィは懐かしそうに目を細め、どこか遠くを見るように視線を宙へと向けた。
「最初は何もかも手探りだったわ。モンスター討伐の料金はどうしようとか、討伐以外にも仕事があるんじゃないかとか、膨大な需要に応えるためにはどうするかとか。ふふ、今のギルドの制度やルールの原型を初期メンバーの皆で知恵を絞りながら考えていったの」
「そうだったんですか」
(ギルドの創立。初めて聞く話だ)
Sランクであるチェニアでも、冒険者ギルドの創立の話は初めて聞いた。
(そして、この話しぶりからすると、この女性はその初期メンバーの一人······)
「そして、このパデス支部から始まったわ。『冒険者ギルド』がね。最初はスレイヤー屋なんて名前だったりしたんだけど、なんだか味気ない名前だとか覚えにくいって不評とかあってね。他にもキラーハウスとか、何でもモンスター屋とか、魔物討伐専門本舗とか、ゴージャスエレガントヴァイオレットなんちゃらとか面白い名前が飛び出したんだけど。冒険者ギルドって名前がなんだか新鮮で良いんじゃないかって事で決まったの」
「そうだったんですか」
チェニアは感慨深く店の中を見回した。他の三人もそれを真似するように眺め回した。
「ここが······」
「冒険者ギルドの始まり······」
「ふうむ······」
「他にもね、沢山ここで生まれた物があるのよ」
それからも、シヴィの話は続いた。
今では当たり前になっているモンスターの素材を有効活用したアイテムや、食べられる肉など。それらもこのギルドが最初に考案した物であると。
昔はただの金属や木で作る武器が当たり前であったが、モンスターの素材を利用した強力な今の装備も、元はここから始まったのだと。
それらはあまりにも意外で、初耳な話ばかりであり、チェニア含めた四人は何時しかシヴィの話に聞き入っていた。
(まさか文明や文化にまで影響を与えた場所だったなんて······)
思わぬ見識の広がりに、感動すら覚えるチェニアなのであった。
「ごちそうさまでした」
「美味かったぜ」
「それに、まあまあ面白い話も聞けたしね」
「むう、なかなか頭が痛くなるぞ」
「ふふ、ごめんなさいね。あたしもついお喋りが長くなってしまったわ」
シヴィは満面の笑みで、子供っぽく笑っていた。
「久しぶりに色々話しちゃったわ。やっぱり冒険者の子を見るとつい昔を思い出しちゃって······。特に、あなた達を見てるとね」
「「「?」」」
「······」
「チェニアちゃんだったかしら?」
シヴィがスッと何かを手渡す。
それは革製のコースターであった。このパデス支部の看板と同じ冒険者の紋章ロゴが入っていた。
「これあげるわ。お土産にどうぞ」
「いいんですか?」
「ええ。ふふ、大切にしてね」
何か含みのある微笑みを残したシヴィに別れを告げ、四人は荷物を取るべく自分達の泊まっている宿へと戻った。
その後、もうこの町に用事のない四人はパデス西門にある定期便乗り場へと行った。ここから数日かけてウイードスへと戻るのだ。
馬車へそれぞれの荷物を乗せて乗り込む四人。
「それにしてもよ、なんか変な話聞いたな」
「ええ、そうね。まあ、興味深い話ではあったけど」
「ぬう、我はよく分からんかった······」
「チェニア、お前はどうだったよ。あの姉ちゃんの話。ん? 何してんだ?」
「ん。いや、何でもないよ」
チェニアはそれまで見つめていたコースターをポケットにしまった。
そのコースターの、ギルドマークの施された面の裏にはゴテゴテと描かれた様々な種類の武器と共に、次のような文言が書かれていた。
『記念品──パデス本部初代ギルドマスター。冒険者ギルド創設者。〈トレイル・“ラックス”〉』
数日後。
「ただいま~」
チェニアは一人、故郷の村へと里帰りしていた。久々の長期休暇を取ったのだ。
他の三人、トミー、アイ、コリンを連れて来なかったのは私的な用事での里帰りというのもあったが、以前に四人で来た時は大変な目にあったので(※“㉛里帰り”を参照)一人で帰って来たのだ。
「あら、チェニア~。お帰りなさいー」
帰ってきた我が子を母親の熱い抱擁が迎えた。
「ふふ、手紙ありがとね。チェニアが帰ってくるって聞いてね、みんなご馳走を買いに町へ行ってるわ」
「そんな大袈裟にしなくていいのに~」
照れてくすぐったそうにするチェニア。
母親が荷物を持ったり、チェニアの椅子へクッションを置いたり、水を汲んだりする。
そんな母親に「いいよいいよ、私がやるから」と苦笑するチェニアであった。
そして、一息ついてテーブルに寛ぐチェニアは、予てより聞こうと思っていた事を口にした。
「ねえお母さん。この家ってさ、元々は何をしていた家なの?」
「なあに、藪から棒に」
チェニアの好きなフルーツジュースをこしらえながら、母親が笑う。
「何をしていたって、ここは田舎よ。やる事と言ったら百姓か木こりじゃないかしら。それか狩人とかね」
「そっかあ。ねえ、お父さんって元々は冒険者だよね?」
「んー? そうよー。お父さんはあれでも若い頃は結構やんちゃな男の子だったのよ。今でも覚えてるわ。お母さんの住んでた村にね、肩で風を切るようにズンズン歩く男の子が来てね。冒険者ギルドはどこにある? とか聞いてくるんだけど、ここには無いって言ったら慌てふためいてっ、ふふふっ、思い出したらおかしいわっ」
「おかーさーん。その話は二百回くらい聞いたよー」
「あら、ごめんなさい。つい」
ふふふ、とまだ笑う母親。
「えっと、何の話だったかしら。ああ、そうそう、お父さんが冒険者だったって話ね。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも若い頃は冒険者だったって言うから、冒険者の家系なのかもね」
「そっか······」
「ただいま~」
と、そこへ。チェニアの祖父が帰ってきた。
「おお、チェニアや~。よく帰ったのう」
「お祖父ちゃんただいま」
祖父とも抱擁を交わし、あれやこれやと世話を焼かれて苦笑するチェニアなのであった。
ややして。
「ねえ、お祖父ちゃん。ウチって冒険者の家系なの?」
「なんじゃい藪から棒に」
祖父が白い顎髭をさすりながらふぉふぉっと笑う。
「さあて、どうかのう。ワシの親父はここで農家をやっとったのう。ワシが冒険者になるって言ったら凄く怒っての。大喧嘩したわ」
「そうなんだ?」
それは初めて聞く話であった。
祖父の話は続く。
「何でもワシの親父の親父。つまり、ワシの爺さんも冒険者だったらしくてのう。しかし、ワシの親父がまだ小さい頃に冒険先で死んだらしくて、それで親父は冒険者にもならず、ワシにもなって欲しくなかったようじゃ」
「そうだったんだ」
「ま、それでもワシは冒険者になりたくての。家を飛び出してギルドに登録して、数々のクエストに挑んだもんだわい。そんでもって婆さんと会ってのう。いや~、若い頃の婆さんは可愛いかったんじゃぞ~!」
「その話は五百回くらい聞いた~」
「そうですよお祖父ちゃん。何度も同じ事言ってるとボケちゃいますよ」
「え?」
「ふぉふぉふぉっ! いや、ついつい」
和やかに、特に何の変哲もなく笑う母親と祖父。しかし、チェニアは一人じっと考えた。
(まあ、そんな三百年も昔のご先祖の事なんかここに来ても分かんないよね)
「あ、そうじゃ。そんな話をしていたら思い出したわい」
と、祖父は何を思ったかおもむろに立って、家の外へと出ていった。
首を傾げるチェニアと母親の耳に、物置小屋からガラガラと物が崩落する音が聞こえてきた。
──バタンっ──
「ゴホッ、ゴホッ、いや~、やっちまったわい。後で片付けないとのう」
「もう、何したんですかお祖父ちゃん」
「なあに、この家に伝わる家宝じゃよ。ほれ」
と、祖父が二人の前に突き出したのは古い剣であった。鞘は埃だらけで、革のところどころにカビが生えている。
「まあ、またそんな物を持ってきて······何なんですそれは」
「これはの、我がラックス家に伝わる家宝での。親父いわく『魔王を倒した伝説の勇者の剣』だそうじゃ」
「何言ってるんですか。魔王を倒した剣なら王都の大聖堂に保管されてるじゃないですか」
「あり? そうじゃったかな」
ワイのワイの笑いあう二人に構わず、チェニアはそっとその剣を手にしてみた。思いの外軽かった。
「本当はチェニアが剣士になったらやろうと思ったんじゃがのう~。魔法使いじゃったからそのまま仕舞っといたんじゃよ」
「······」
チェニアは柄を握り、そっと引き抜いてみた。
汚れた鞘とは違い、中から顔を覗かせた刀身は一点の曇りも無い美しい煌めきを一同に披露した。
「あら、綺麗な剣ね~。錆びてないわ。売ったらいくらになるのかしら?」
「これっ、罰当たりな事言ってはいかん!」
完全に鞘から出して手に取るチェニア。
その美しい剣は銀色に瞬いて、何かを語りかけてくるようだった。
その刃の根元に、小さく名前が彫られていた。
『トレイル・ラックス』
────おしまい────
これで終わりです。ほんとにオチも何も無い話でした。すみません。
近日公開予定の作品にちょっとした繋がりのある話なので、もし良ければ一読して頂ければと思います。
それでは、またどこかでお会い出来れば幸いです。お付き合いどうもありがとうございました。




