おまけ②
ギルド内は一般的な酒場となっていた。古びた椅子やテーブル、壁際に気前よく置かれた樽には酒がたっぷりと入っている。
壁にはメニュー表がいくつも並んでいる。文字がほとんど読めない者のために、イラストと数字の番号が振ってあるのも冒険者ギルドの酒場の文化だ。
しかし、そのギルドの酒場は、他のギルド支部とは漂う雰囲気がどことなく違うようにチェニアには感じられた。
「なんか······こう。アットホームだね?」
それがチェニアの率直な感想であった。
殺伐とした雰囲気の代わりに、妙に気が抜けるような空気が漂っているのだ。
良く言えば、居心地が良いのであった。
「変わったギルドだよなあ、ここ。お、メニューが多いな?」
壁のメニューを眺めていたモブドが感心したように言う。
「なんだよ、大皿料理以外にもランチセットなんかあるのか。まるで普通のレストランだな」
「それに、ケーキやパフェまであるわ。スイーツが充実してるギルドなんて初めてだわ」
「だが、肉料理も豊富だ。ぬう、この店なかなか出来るわ」
成り行きでついてきただけ三人も、浮かれたようにメニューを見比べていた。
チェニアはと言うと、メニューよりも店内の内装などを見回していた。
(たしかに。どれかと言うとギルドって言うよりレストラン。それも、家族向けのあったかい感じの)
建物その物はかなり古い物であったが、何度もリフォームや模様替えを行っているのだろう。年季は入っていても古びてはいなかった。
造りはオーソドックスな二階建ての物だ。ウイードスギルドなどのように三階建て以上のギルドも増えてはいるが、基本は二階建てとされる。
「おい、チェニア」
「なに?」
「お前も早く注文決めろ。お子様ランチでいいか?」
ニヤっと笑うモブドにチェニアは首を傾げた。
「モブド、大人だよね? お子様ランチは子供しか頼めないと思うけど······」
「俺じゃなくてお前のだっ!」
「オッホッホッ! やあねえ~。こんなチャラ男にお子様ランチなんか似合う訳ないじゃない」
「ああ? んだとコラ! 俺のどこがお子様ランチ似合わねえんだ!」
(そこ怒るとこなんだ······)
その横ではエキストが一人真剣に悩んでいた。
「ぬう~······豚の丸ごとベーコンの炙りやきにするか、トットンのフライパン丸ごとステーキにするか······迷う!」
「トットンかあ」
チェニアはぼんやりとトットンの姿を思い浮かべた。
トットンはモンスターの中でも数少ない家畜化された生物だ。大きさは牛より一回りほど大きくなり、草食で大人しい。
季節によって多少色変わし、抜けやすいという特徴的な体毛に覆われているが、その下の皮は衣服やポーチなどの材料にする事が出来て有用。
何より、一頭から取れる肉の量は一般的な家畜よりも多く、都市の人口の基盤を支えていると言っても過言ではない。
しかし、そんなトットンは昔は食べられなかったという話をチェニアは聞いた事があった。
(て言うか、モンスターって基本的には食べられなかったんだよね)
それがある時代から下処理の技術が確立されて、可能になった。
「ぬぐ~。チェニア、お前はどう思う?」
「何が?」
「ベーコンか、トットンか。どちらの肉を食らうべきだ?」
「······」
チェニアはじーっと、エキストの背に掛かってる枝肉を見つめていた。
「私、そっちのお肉が食べたい」
「これはやらんぞ!」
「いっつぁじょーく。怒らないで」
「ぬううっ、馬鹿にしとるのか!」
ややして。四人の注文はおおよそ決まった。
「うっし、頼むか。おーい、注文だー」
モブドが声を上げるが、ウエイトレスの女性は他の客の対応中であった。
「ち、ここ姉ちゃんの数が少ねえな。二人しか居ねえじゃねえか」
「まあまあー。急いでる訳でもないんだしー」
「我は急いでるぞ! このままでは腹が空きすぎて土産の枝肉を食ってしまうからな!」
「私はその真ん中辺りがいいなー」
「やらんと言ったろ!」
「はあ。ほんと男どもって辛抱無いわよねえ」
本来ならこれくらい騒がしくて荒れているのが冒険者らしいのだが、店内の雰囲気からは浮いていた。
(どうかこの三人がトラブル起こしませんよーに)
「あら、見かけない顔ね」
と、四人のテーブルが暖まってきたところで、誰かの声がした。
チェニア達が振り向くと、そこには美しいエルフの女性が立っていた。
エルフは長寿の種族で、見た目の若さだけではその年齢を測る事は出来ないが、美しい容姿な事に変わりはない。
少しくすんだようなアッシュブロンドを絹のようにサラサラと腰に揺らし、魅惑的な微笑を口元に漂わせている。瑠璃色の瞳の上にはきめ細かい雪の結晶のような睫毛が張り付いていた。
「他の町から来たのかしら? 珍しいわね、みんな中枢区のパデス支部に行くのだけど」
と、その女性が近寄ってくる。
(······綺麗な人だなあ。でも、なんだろう。どこか雰囲気が······)
そのエルフは落ち着いた大人の気品を纏っており、いかにも面倒見の良い宿の女将といった印象を与える。
しかし、その柔らかい物腰に内包された鋭い実力をチェニアは見抜いた。
(この人、相当強い。多分、Sランク冒険者に匹敵するくらい······冒険者の雰囲気に似てるけど······)
しかし、着ている服は一般的な物で、戦闘職の人間が纏う物ではなかった。
一見すると、冒険者達に人気な美人女将なのだ。
「どうかしら? このギルドは気に入ってもらえた?」
そう尋ねてくる女性にチェニアはコクリと頷いた。
「はい。他のギルドとはちょっと違う雰囲気がありますね。アットホームであったけーやーって感じの」
「そう言って貰えると嬉しいわ。そこが売りなの」
「あれ? もしかしてギルドマスターですか?」
その口ぶりからこのギルドの人間であるらしいと感じたチェニアが尋ねると、女性は頷いた。
「ええ、そうよ。“旧”パデス支部ギルドマスターのシヴィエッタ・ピンサリッド。シヴィで構わないわ」
「私はチェニアです。で、こっちの三人が左から愉快な知人A、愉快な知人B、愉快な知人Cです」
「うおいっ!」
「雑じゃないっ?!」
「何で我がCなんだ!」
「すみません、騒がしくて。でも、悪い人達ではないんです。愉快なだけなんです。許してあげてください」
「あら、まあまあ」
何か喚き散らす三人を眺めて、子供っぽくクスリと笑ったシヴィエッタマスター。しかし、何かに気づいたようにふっと真顔になった。
「あら? 貴女······昔どこかで······」
「?」
シヴィエッタはチェニアの顔をまじまじと見つめていた。
「そんな事より、お姉さんよー」
モブドが話に割り込む。
「姉ちゃん達が注文取りに来てくんねーんだ。急ぐように言ってくんねえか?」
「あら、ごめんなさいね。あたしで良かったら承りますわ」
行儀が良いとは言えないモブドの態度にも怒る様子は見せず、シヴィエッタが懐から注文用の紙を取り出してペンをくるっと回す。
「さ、どうぞ」
「お、サンキュー。んじゃあ、俺はスパイスグリルセットとピラフ。あとベーコンポテトとビール」
「あたしは玉子サラダとフレッシュ野菜のサンドイッチ、それと魚肉入りトマトスープ。あ、ワインもお願い」
「我は三種の肉セットとハンバーグ。それとトットンのステーキにビールだ」
「えっとー、私はねー。じゃあ、お子様ランチとオレンジジュースください」
四人の注文を書いていくシヴィエッタ。
「分かったわ。少し待っててね」
ふわっと上品な香水の香りを残して奥へと消えていくその背中をチェニアは不思議そうに眺めた。
「なんだか、こう、う~んマンダム~って感じの人だね」
「んな事よりチェニア。お前マジでお子様ランチなんかにしたのかよ」
「貴女ねえ、いくらなんでもそれは無いんじゃない?」
「仮にもパーティーの長がそんな子供じみた物を頼んで恥ずかしくないのか」
「······分けてあげないよ?」
「「「要らない!」」」
三人の見事なハモリに、他の客が振り向いた。
ややして。
「はーい、お待ちどうさまー。いっぱい食べてねー」
先ほどのギルドマスター、シヴィが配膳用カートに料理を乗せて現れた。
「ふふ、ウチのギルドは料理が美味しいって評判なの。腕の良いコックを雇ってるから、味は保証するわ」
貴婦人のような物腰や雰囲気にしては、手慣れたメイドのように料理をスッスッと並べていくシヴィ。
最後にチェニアの前にお子様ランチが置かれた事で配膳は完了した。小さなピラフ山の上にギルド印の旗が立っている。
「わーい、ミニハンバーグとポテトフライに目玉焼きもある。おいしそー」
「つうか、子供以外でも頼めんだな」
子供のようにスプーンを持つチェニアを微笑ましく眺めていたシヴィが一同にこんな申し出をした。
「ねえ、皆さん。あなた達の冒険の話を聞きたいわ。良かったら席をご一緒してもいいかしら?」
「あん?」
「あたし達の席に?」
「ぬう?」
モブドら三人が顔を見合わせる。
「別に構わねえが······あんた美人だし」
「男って単純ねえ」
「よし。ならば我の武勇伝を聞かせてくれよう」
「ふふ、ありがとう。若い子達の席って楽しいのよね。若さを吸い取れるみたいで」
「なんだそりゃ」
「ちょっとっ、あたしの若さと美貌は奪わないでちょうだいよ?」
「むう。我も若い、か」
(なんだか面白いマスターだなあ)
見た目は落ち着いた大人の女性であったが、中身はどこか飄々として軽やか。
しばらく、五人は談笑を交えながら食事を楽しんでいた。
酒が進んでなのか、はたまたシヴィの話の振り方が上手いのか、モブド、ワキーナ、エキストの三人は普段あまり話さない身の上話などを語った。
それらはチェニアにとって初耳な物が多かった。
「へー。ワキーナって元々貴族だったんだー」
「まあ、貴族って言うか、貴族の家系に入ってるらしいわ。一応」
「どうりで偉そうな訳だ。高慢チキジャジャ馬伯爵家だな」
「あんですってえ?!」
「しかし、気品が無いな······」
「馬鹿イノシシ、あんただけには言われたくないわ」
「ねーねー、モブドとエキストは? なんかそういうビックリなカミングアウト無いの?」
「あん? ビックリねえ」
モブドがうーんっと首を捻る。
「あー。なんだっけか。俺のご先祖様は昔は騎士だったって話は親父から聞いた事あったな」
「えっ! 嘘?! あんたが? 冗談は顔と服のセンスと虚言癖だけにしときなさいよ」
「ぶっ飛ばされてえのかクソアマ!?」
「まーまー。モブド、続けて続けて」
「あー、ほら、あれよ。昔はまだ王が支配していた時代とかあっただろ。そん時に王城を守る騎士をやってたって話だ」
へえー、と感心したチェニアは、次にその関心をエキストへと向けた。
「エキストはー?」
「ぬう、我にはそんな物無いぞ。せいぜい、我にはドワーフの血が流れてるという事くらいだ」
「あ、そうなんだ。でも、ドワーフって普通体が小さくなるよね?」
「そんな事知らん。もう血が薄いのだろう」
「そうなんだあ。だからハンマーとか扱うのが板についてるのかなあ」
意外な三人の話にチェニアがうんうんと頷く。
(そっかー、ルーツかあ。私の仲間達は異世界人だからルーツも何も無いけど、この三人のご先祖様達は案外立派な人達なのかも)
そこでふっとチェニアが首を捻った。
(そう言えば、私の実家って先祖代々受け継がれてきたふるーい家だけど、元は何をしてたのかな?)
「ふふ、貴女も自分のルーツが気になっちゃった?」
と、そこでシヴィが謎の微笑をチェニアに傾けて言った。まるでサトリの目で心を見透かされたような感覚にチェニアは不思議な気持ちになった。
「たまにはご先祖様の事とか考えてみると面白いわよ。王様だったのかなーとか、貴族だったのかなー、とか、あるいは冒険者ギルドが出来る前の冒険者だったのかな。とか」
「冒険者ギルドの出来る前?」
チェニアが聞き返すとシヴィはクスっと笑った。
「ここね、実は最初の冒険者ギルドなのよ」
「「「「えっ?」」」」
驚く一同四人にシヴィはおかしそうに笑った。
もう少し続きます。




