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㊷──幸運とは(後編)

 


 もう勝負は着いていた。


 いや、最初から勝負になどなっていなかった。


 チェニアと、フェニックスを守る少女。両者の間には残酷なほど実力差があった。




「······あ······う············」


 地面に大の字に倒れた少女。動く事も出来ない。



「さて」


 その少女の側に立ち、チェニアが静かに見下ろして言う。


「貴女は負けた訳だけど、これからどうなると思う?」

「······ぅ······」

「教えてあげよっか。フェニックスは殺されて、素材は回収。貴女はいきなり私達を襲ったんだからねえ。正当防衛って事で殺されても仕方ない。貴女はただの山賊とか野盗扱いで処理される」


 少女はチェニアを震える目で見ていた。


「これで分かった?フェニックスみたいなモンスターを狙う輩は冒険者に限らない。密漁者とかだって狙う。だから、弱ければこうやって何もかも奪われる。貴女の大切な物も、貴女自身の命もね」


 ゆっくりと杖の先が少女に向けられる。


「今どんな気持ち?」


 チェニアがそう問い掛けると、少女の目からスーッと一筋の涙が流れた。


「うぅっ······ひぐっ······」


 悲しげな嗚咽が静かに響いた。



「······」


「······チェニア」


 そこへ。


 少女を庇うかのようにトミー、アイ、コリンの三人がチェニアの前に立ちはだかった。


「おや?みんな何をしているの?」

『······』


 三人は表情を曇らせたまま、静かに首を横に振った。


「なあ、もういいよ。チェニア」

「フェニックスは諦めましょう」

「ここまでして達成したくないよ」


 三人は悲しげに言った。


 チェニアがジロリと三人を見回す。


「へえー。三人とも私の方針に従えないんだ?」

「······すまん。でも、俺はこんな······」

「ごめんねチェニア······でも、あたしもこれ以上は見てられない」

「僕なんかが口出せる事じゃないのは分かってる。でも、どうか止めて欲しい······」

「······」


 そう言う三人の、一人一人の真っ直ぐな瞳を順に見ていくチェニア。



「············」


(·········ふふふ)


「ふふふ······」


 チェニアの口から小さく笑いが漏れた。トミー、アイ、コリンの三人はじっと見守っていた。



「まったく······みんな本当に私の期待を裏切らないんだから」


 そうして、チェニアが柔らかく微笑んだ。それは何時ものチェニアの顔に戻っていた。


 トミーら三人がキョトンと目を丸くする。


「チェニア?」

「笑った······」

「何時ものチェニアだ······」


「ふふふ」


 嬉しそうに、チェニアは屈託なく笑っていた。


「もう、みんなってば本当こういう時は臆する事ないんだから。最高なのかな?これじゃあ、私に勝ち目なんて無いね」

「え、えっと······」

「よくは分からないんだけど······」

「止めてくれるのかい?」

「止めるも何も、私はその子が現れた時からフェニックスを討伐するのは止めたよ」

「え?!」

「じゃ、じゃあ······」

「なんで······?」


 それには答えず、チェニアは少女の傍らに屈んだ。


「ごめんね。痛かったよね。今治すから」


 たちまち辺りに清らかな光が滲み始め、美しい詠唱が響いた。


「海より深く、天より澄みし慈愛を持って傷つきし者の痛みを癒したまえ『ヒーリング・レイ』」


 チェニアの全身から溢れた和かな光が少女を包み込む。それは陽の光のように明るく、ほのかな温かみさえあった。


「う············うぅ、うん?」


 ピクリと少女の指が動く。そして、その腕がゆっくりと動いて、そのまま起き上がった。


「······ど、どうして······?」


 少女は怯えたような目でチェニアを見た。

 チェニアは少しバツの悪そうな苦笑を見せると、そのまま立ち上がり、離れた所で這いつくばったままのフェニックスへ歩んだ。


「!!ま、待って!」


 と立ち上がって走りかける少女の肩をトミーの手が止めた。


「大丈夫だ。もう君らに危害を加える事は無いよ」

「で、でも······」


 少女の不安を他所に、チェニアは先程と同じ呪文でフェニックスの傷を癒した。


『ヒュイイイ······』


 すぐにフェニックスは翼をはためかせ、軽く跳躍して少女の元へ赴いた。


「ピューイ!!」


 少女も飛び込むように、その首に抱きついて頬を口ばしにすり寄せた。


「良かった!もう良いの?痛くないの?」


 心配そうに体のあちこちを見る少女にフェニックスは小さく(さえ)ずって応えた。



 少女はほろりと微笑むともう一度強くフェニックスを抱きしめた。そして、顔を離すと、チェニアの方を不思議そうに見て言った。


「で、でもどうして······貴女達はピューイの事を殺しに来たんじゃ······」

「そうだね。最初はそういうつもりだった」


 チェニアが頷いて言う。


「それが私達の仕事だったから」

「じゃあ、何で······」

「止めたのか?簡単だよ」


 チェニアは微笑んでから仲間達の方を見た。


「やりたくなくなったから。私も。そして仲間のみんなもね」

「······」


 少女は何か考えるように俯いていたが、少し恨めしそうな目を上げた。


「でも、さっきは私の事散々にしたじゃない」

「ごめんね。でも、必要だと思ったから」


 これにはチェニアも苦笑した。


「その子を討伐するのを止めたのは本当の事。でも、さっき貴女に言った事も全部本当の事」


 チェニアはフェニックスを静かな目で見て言った。


「例え私達がここで止めて引き上げても、他の冒険者が来るかもしれない。ううん。フェニックスと聞けばハンターだってやって来る。ここに居るなんて噂が広まれば、いづれかの連中が来るのも時間の問題。そうなった時、貴女はその子を守りきれる?」


 その問い掛けに、少女は目を伏せた。


「当然だけど冒険者にしろハンターにしろ、彼らはみんな戦闘のプロ。対人専門でなくとも貴女くらいなら簡単に亡き者に出来る。モンスターを保護するのは基本的に禁止だから、それを守ろうと攻撃する貴女は賊扱いになる。つまり、()()()()()人間だって当然居る」


 チェニアは自分の杖を擦った。


「貴女がその子を大切にしてるのはよく分かった。だから私は手を引いた。でも、そうはいかない場合もある。さっきのは、そういう場合はああなるって言う体験」

「······」

「今の貴女の力じゃ何も守れない」


 少女は唇を噛んで俯いた。今の言葉は偽りのない事実だった。その事は自分の体に痛いほど刻まれている。


「でも──」


 と、チェニアが言った。


「筋は悪くなかった」

「えっ?」


 チェニアは少女に歩み寄ると、その腕を取った。


「基本魔法とは言え、全属性の魔法をあんなに連射出来る人間はそうは居ない。貴女は知識や経験が足りないだけで、その能力は光る物がある」

「え、え?」

「どうする?」


 くるりと背中を見せてチェニアが問い掛けた。


「ほんの数日間。その間だけでもマシには出来ると思う。私の特訓やる?」


 少女は瞬きもせずに、その魔法使いの背中を見ていたが、やがて「はいっ!!」と大きく返事した。


 その返事を受けて、笑ったチェニアがトミー、アイ、コリンの三人を見やって言った。


「ということで皆。少しの間ここに滞在する事にしたいんだけど、良いかな?」


「ああ、もちろん」

「あたしは大賛成っ」

「反対なんかしないよ」


「決まりだね」



 チェニアが少女に手を差しのべる。


「私はチェニア。貴女の名前は?」

「私、ペリイです。この子はピューイ」


 二人が握手を交わし、フェニックスことピューイが高く鳴いた。








「なあ、チェニア」

「ん?」


 ペリイの家の横にテントを設営しながら、トミーがチェニアに尋ねた。


「最初から止めるつもりだったなら、何で俺らが止めに入るまで、その······悪役みたいな事を?」

「あ、あたしも気になった」

「僕も。ちょっとチェニアが怖かったよ」

「あー、あれはね」


 チェニアは少し意地の悪そうにクスリと笑った。


「ちょっとみんなの事も試したくなって。クエスト達成のためなら暴力や殺人を容認するようなリーダーをちゃんと咎められるかどうかってね。自分達の手柄のためなら平気で人の心を踏みにじるような人間に反対してくれるか期待しちゃってね」


 その答えを聞いて、三人は呆れたような困った顔をした。


「おかげでハラハラしたぞ」

「もう、チェニアも意地悪ね」

「心臓に悪いよ」

「ごめんごめん。でも、みんながとゃんと止めに入ってくれて嬉しかった。これなら、私が本当に間違った選択をした時も止めてくれるって信頼出来るからね」



 そんな悪戯っぽいリーダーの嬉しそうな顔に、三人は頬をほころばせたのであった。






 その次の日から。チェニアによるペリイの特訓が始まった。


「ウインドショット!」

「もっと集中。撃ったら満足するんじゃなくて、撃った魔法が消えるまで意識を集中して」

「はいっ!」

「ん。じゃあ、とりあえず五十本いこうか」

「え、ええ~?!」



 いつもクタクタになって倒れるペリイを、フェニックスのピューイは心配そうに見守っていた。




 チェニアは、初めて彼女らに対峙した時にサトリの目で二人の関係性を見ていた。


 ペリイは幼くして両親を無くし、一人でここに暮らしていた。そんなある日、大怪我をしたフェニックスが湖の側に横たわっていた。

 手当てをしてやると、フェニックスは彼女に懐いたので、ピューイと言う名前をつけて一緒に暮らす事になった。


 ピューイはペリイにとって家族同然の存在となり、しばらくは穏やかな日々が続いた。


 ところが、ピューイの姿を目撃する冒険者や旅人が増えてきて、生活範囲が段々と知られるようになってしまったのだ。


 密猟者にとってフェニックスは空飛ぶ金塊のような物だ。その希少性故に欲しがる金持ちが多く居るからだ。

 ピューイは何度も襲われ、二人の家が発見されるのは時間の問題となってしまった。



 そしてとうとう目の前に現れたのが──四葉だったのだ。



 その後の事は語るまでも無い。







「トミーさんっ、お鍋持つの手伝ってくれませんか?」

「おう。重いだろ?俺がやっとくよ」

「ありがとうございますっ」

「ペリイちゃん、ピューイの爪切り終わったわよ」

「アイさんありがとうっ。ピューイも喜んでますっ」

「ペリイ、あのランプなんとか直せたよ。後で使ってみて」

「流石、コリン君っ。器用だね」



 ペリイとピューイは四葉の四人とすっかり打ち解けて、和気あいあいとした日々を送っている。



 そして──


「トルネード・バスター!」


 ──ビュオオオオオッ──


「で、出来たっ!チェニアさん、出来ましたよ!」

「ん。お見事。でも、最後まで集中」

「はいっ!」


 わずか数日でペリイの魔法は驚く早さで上達した。今では中級魔法も使えるようになっていた。


「はあっ、はあっ、はっ、はっ」

「うん。今日はここまでにしよっか」

「いえっ!まだっ······」


 まだ意気込むペリイであったが、体力はもう限界であった。


「うっ······」

「もう限界だね。無理は良くないよ。続きは明日やればいい」

「······でも」


 ペリイがふっと面を陰らせた。


「もう、チェニアさん達は帰っちゃうじゃないですか」

「そうだねえ」


 遠征の為の食糧は底を尽きかけていた。それに、帰還が遅くなれば別の冒険者が調査に来る恐れもある。


 四葉は次の日には帰る事になっていた。


「そろそろ帰らないとね」

「······」

「そんな顔しないで」


 チェニアは自分より少しだけ低いペリイの頭を撫でた。


「別に死別する訳じゃない。またいつか会えるよ」

「······はい」


『チェニア~、ペリイちゃ~ん。夕飯よ~』


「お腹減ったね。行こっか」

「はい」



 この日が四葉とペリイ達の最後の夕飯となった。


 穏やかで楽しい時間であったが、どこか寂しいような雰囲気もあった。






 そして。


 チェニア達との別れの朝が来た。




「よし、と」


 ピューイの首に荷物をしっかりと掛けたペリイは自分でも荷を背負った。それが二人の持っていく全財産だ。


 チェニアの提案により、ペリイとピューイはしばらくどこか違う地で暮らす事となったのだ。





「今は多くの人間がこの場所に注目してるからね。しばらく何処かに身を潜めていた方が良いと思う」


 そして餞別(せんべつ)に10万ゴールドを渡したのだ。




「みなさん」


 あとはピューイに乗って飛び立つだけとなったペリイが四人に振り返る。


「本当にありがとうございました。みなさんのような人達が最初に出会う冒険者で良かったです。ほんの数日間でしたが、とても楽しくて大切な時間になりました」


 深々と頭を下げる彼女を、チェニアは穏やかな目で見ていた。


「······ペリイ」


 チェニアがペリイに一冊のノートを差し出した。大分傷んだノートであった。


「これは?」

「私の魔法ノート。詠唱の省略とか組み合わせとか記してある。他にも練習方法やコツとか」

「え?それって、チェニアさんが作ったんですか?」

「うん。昔、作って使ってたんだ」

「受けとれませんっ、そんな大切な物······」

「ううん。受け取って。それに」


 チェニアはトントンと自分の頭を叩いた。


「その内容は全部こっちにも入ってるから」

「······」


 ペリイは受け取ったノートを胸にしっかりと抱いた。



「······じゃあ、そろそろお別れだね」


 その言葉が別れの合図だった。


 ペリイはピューイに跨がると、もう一度四葉の面々を振り返り見た。


「みなさんっ。私、みなさんに会えて本当に良かった。感謝してもしきれません。皆さんは私達の恩人です」


 彼女のその言葉に、四人は互いに顔を見合わせて笑った。そして、何か申し合わせたかのように交互にこう言った。



「そんな大したもんじゃないさ」

「あたし達はヒーローでもないしね」

「たまたま君と運良く巡り会えただけさ」


「そう、例えるなら──」


 チェニアが微笑んで言った。


四葉のクローバー(幸運)を見つけたようなものだよ」







 遠ざかる影が何時までも手を振っているのが見えていた。


 四人もずっと手を振って見送っていた。



「さて、と」


 チェニアが踵を返す。



「もう一仕事やんなきゃね」


お疲れ様です。次話に続きます。

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