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㊵──裏切りの一幕

 


「おい、さっさとしろよ。この······無能めっ」

「······ごめん」


 そう言われたチェニアはしゅんと項垂れて、トボトボと情けなく歩いた。

 その背中を見ながら、トミー、アイ、コリンの三人は申し合わせたように


『チッ』


 と大きく舌打ちした。


「·········」


 チェニアは俯いて自分の足下を見つめた。




 四葉一行はやけに薄暗い所に居た。チェニアは細い木に寄りかかっており、トミー達三人は少し離れた所で座りこんで何か話をしていた。


「流石俺らだな。今日だけでSランクモンスター三体を討伐だからな」

「ふふふ、そうね。あたし達の右に出る冒険者パーティーなんて無いでしょうね」

「僕らが強すぎるというのもあるけど、周りが雑魚ばかりなんじゃないかな?」


 くべられた薪には火が点いてなかった。


「くくく、喜べお前ら。次のダンジョン攻略が上手くいったら俺らは王様に呼ばれて王城で祝賀会を開いて貰えるぞ」

「まあ、素敵!ふふふ、ドレス買っとかなきゃ」

「やっと僕らの価値が分かってきたみたいだね。少し遅いくらいだよ」

「ああ。俺の天下無双の剛剣と、アイの比類なきスキル数、コリンの神業的射撃。この三つがありゃ、敵無しって訳だ」

「そうね」

「だね」

「だけどなあ──」


 と、そこでトミーがわざとらしく声を大きくした。


「そんな完璧な俺らのパーティーにも一人役立たずが居るんだよなぁ!」


 その声に、離れて休んでいたチェニアがビクリと体を震わせた。そして、暗い面持ちになると力なく項垂れてみせた。


「たくっ、穀潰しが」

「本当よね。あたしらSランクパーティーに置いといてやってるだけでも感謝して欲しいわ」

「魔法も使えない、剣も駄目、あるのは『神眼』とかいう訳の分からないスキルのみ。何の力も無いお飾りだ」


 吐き捨てるような三人の悪態に、チェニアは黙ったまま立ち上がると、力無い足取りで三人の横を通った。通りざま


「じゃ、じゃあ、夕御飯······作るよ······」


 消え入りそうな声でそう言った。

 そんな彼女を三人は苦虫を潰したような表情で睨みつけていた。





 ············次の日だろうか。


 今度は薄暗い石の壁が続く場所に一行の姿があった。


「よし、もうすぐでダンジョン最下層だ」


 隊列の先頭を行くトミーが後ろを振り返って言う。


「このダンジョンを攻略すれば初めての快挙だぞ。気合い入れろお前ら」

「ええ」

「うん」

「······」

「おい、荷物持ち。さっさと罠アイテムの準備しとけ」

「う、うん」

「ほんとグズね!」

「まったく、僕らの足を引っ張るなよ」

「よおし、行くぞ!」


 そうして、意気揚々と進んだ一行であったが······。


 少しして、彼らは悲鳴を上げながら走り回っていた。


「うわあああっ!まさか、ダンジョンボスがこんなに強いとは!」

「ど、どうしよう!このままじゃあたし達っ······」

「い、嫌だ!死にたくないっ!」


「み、みんな、落ち着いて······」

「うるさいっ!役立たずの無能の癖に!黙ってろ!」

「そんな······」


「そうよ!あんたのせいでこうなったんだからね!あんたがグズだから!」

「わ、私はちゃんとみんなのサポートを······」

「黙れっ!みんなお前のせいだ!」


 トミーら三人はヒステリックを起こしたかのように、意味の無い罵詈雑言をチェニアにぶつけた。


「ちくしょう!ここまで上手くいってたのに!お前みたいなカスウィザードのせいでっ!」

「この出来損ないの疫病神のノロマ!」

「そうだっ、責任とれ!この足手まといのクズめ!」


 そうやって息巻いた挙げ句、トミーがこう言った。


「そ、そうだ!チェニア、お前、(おとり)になれ!」

「えっ?!」


 驚愕するチェニアには構わずトミーが意気込む。


「そうだよ!お前の役目があった!俺らが逃げるまでモンスターの注意を引き付けろ!」

「そ、そんなっ······!」


 何かを訴えかけるチェニアを押し退けるようにして、アイも叫ぶ。


「そ、そうよ!元はと言えばあんたのせいなんだから、責任取りなさいよ!」

「な、なんで私がっ······」

「分からないのか?!」


 コリンが吐き捨てるように言う。


「お前と僕らじゃ命の価値が違うんだ!お前みたいな奴の死で僕らが助かるなら本望だろう!?」

「い、嫌っ!嫌!」


 叫んで逃げ出そうとするチェニアを三人が取り押さえる。


「は、離してっ!」

「おい、二人ともこいつを押さえてろ。今俺が足を使えないようにしてやるからよ」

「いやあああああ!!」


 トミーの剣がギラリと光を瞬かせ、チェニアの足元をヒュッと走り抜けた。

 チェニアの体がガクッと崩れ落ちた。


「あ、あうう······あ、足が······」


 絶望の表情を浮かべるチェニアに三人の嘲笑が振りかけられた。


「ハハハハっ!無能のカスでも最後は少し役に立ったな!」

「ウフフフ。チェニア、ばいばい。今だけは感謝してあげる」

「皆には、お前は進んで囮になった勇敢な奴だったって話しておいてやるよ!」


 歪んだ笑い声を囃し立てながら逃げて行く三人の背中にチェニアは必死に手を伸ばした。


「嫌っ!お願いっ、待って!置いてかないでっ!助けてええ!いやああああぁ!!」


 悲痛な叫び声に応じたのは不気味な静けさと、ゆっくり落ちてくる闇だけであった。





 それからどれくらい経っただろう······。




 その薄暗い場所に、再びチェニアの姿を確認する事が出来る。もう、今は一人しか居ない。


 鋭い眼光に憎しみの焔を宿した彼女は、虚空に向かって手を掲げた。


「ヘル・フレイム」


 冷たい詠唱と共に、真っ赤な炎が恐ろしい唸りを上げて逆巻く。空気が、空間がざわざわとどよめいた。美しく、鮮烈な紅の炎はチェニアの身を包み、その中で彼女は薄く笑った。


「ついにこの時が来た······」


 そして、上を見上げて静かに言うのであった。


「待っていろ。この三年間、私がこの地獄で味わった苦しみをお前らにたっぷり味わせてやる······」




 そして············。








「ああ~、美味かった。今日は腹一杯に食い過ぎちまったなあ」

「ウフフ。ねえ、トミー、コリン。このブローチ似合うかしら?」

「もちろん似合うよ。ああ、僕もまだ買いたい物あったな。そうだ、二人共。また今夜カジノに行かないかい?」

「ああ、いいな。ククク。また綺麗な姉ちゃん達集めて豪遊するか」

「あたしはイイ男。ウフフ」

「僕はまた貧乏人にイカサマして破滅させるのを楽しみたいな」



 邪な笑みと言葉を交わしながら、トミー、アイ、コリンの三人は暗い道を歩いていた。

 木の箱やタルが置かれた、町の路地裏特有の陰湿な空気が漂っていた。


 三人は、酒ビンやゴミなどをそこら辺に捨てながら笑い声を立てて話していた。


「ククク、今日もまた一人追放しちまったなあ」

「ええ、あの駄目サモナーでしょ?フフフ。今頃はどっかの寒空の下で野垂れ死んでるんじゃないかしら?」

「本当バカだよな。黙って僕らの言う事だけ聞いてりゃ長生き出来たのに。馬鹿ほど早死にするのが好きなのかな?」

「ちげえねえ!ハハハ!しかし、これで俺らが追放したのは十人くらいか?」

「その内何人かはあたしらのスケープゴートになって死んだわねえ」

「そう言えば、最初の生け贄のお陰で俺らは難関ダンジョンからの生還を果たして名が上がったんだったな」

「あー、居たね、そんなザコウィザード。チェニア、だっけ?彼女には悪い事したねえ」

「お、コリン、同情してんのか?」

「ああ、もちろん。だって······僕らは結局、チェニアは逃げ遅れて死んだマヌケだったなんて言う真実を報告してしまったんだからね」

「アハハ!そうそう、一人で勇敢に戦ったって言ってあげるつもりだったのにね!」

「面倒っちいから、トロかったって本当の事言っちまったんだったな」

「いや、悪い事したよ。真実は残酷だね」



 どっと笑いが起こり、三人がゲラゲラと声を響かせていた時だった。

 前方の暗がりに、スッと一つの人影が立った。三人がその存在に気づく。


「おっと、誰だか知らねえが今の話を聞いちまったか」


 と、トミーが残酷な笑みを浮かべて舐めるように影へ言った。


「運の無い奴だな。死んでもらうしかねえな」

「ほんと、ツイてないわねアンタ」

「アンラッキーのマヌケってとこか」


 三人がそれぞれの得物を構えて殺気立つ。しかし、殺気を向けられている当の人影は全く動じる事なく、そこに立ち続けていた。


 不審に思ったトミーが声を飛ばす。


「おい、聞いてんのか!お前だよ、何とか言ったらどうだ?ああん?」


「············久しぶりだね」


 人影が応える。少女の声であった。そして、その声を聞いたトミー達三人の表情が驚愕へと変わった。


「な······!」

「えっ、嘘っ······!」

「ま、まさか······!」


 立ち尽くす三人の前に、その人影はゆらりと現れた。上から降りるボンヤリとした明かりに照らされたのは紛れもないチェニアであった。


「お、お前はっ······!」


 トミーが思わず叫ぶ。


「ば、バカな!お前はもう三年前に死んだはず!」


 アイも目を疑っていた。


「うそ、うそよ!生きてるはずないわ!あの時フェンリルに食われたはずだもの!」


 コリンも声を震わせていた。


「ま、まさか、アンデッドになって戻って······」



 狼狽する三人に、チェニアは口元を薄く歪めて笑いかけた。


「三人とも久しぶり。元気そうで良かったよ。この三年間、貴方達の事を考えない日はなかった」


 ふっと息を漏らして、チェニアは夢見心地な表情で上を見上げた。


「長かったー。泥水すすって、腐った肉を喰らって、日も無いダンジョンの奥深くで何度死にかけたか。何度気が狂いそうになったか。でもね、その度に貴方達を思い出して生きられた」


 そう言うと、突然その薄い顔が崩れ、血走った目と、狂ったように割れた口を見せた。


「アハハハハハハ!今日やっと殺せるんだ!私を裏切ったアンタらを!生きててくれてありがとう!そして──」


 ギラリとナイフが懐から出た。


「死ね」


「こ、こいつ!」

「このくたばり損ない!」

「なら、もう一度······いや、今度こそ本当に死んでもらおうか!」


 トミーら三人がチェニアに襲い掛かる。が──


「ふっ!」

「ぎゃああああ?!」


 アイが悲鳴を上げて倒れる。壁にベッタリと赤い液体が飛び散っていた。


「な?!」

「な、なに?!」


 トミーとコリンが驚愕する。


「い、一体何を······」

「何って、殺しただけだよ?」

「ひっ?!」


 いつの間にか、チェニアはコリンの後ろに回り込んでいた。


「う、うわあああああ?!」


 コリンが恐怖に振り向くが


「ぎゃあああああ!!」


 絶叫して倒れた。地面に赤黒い水溜まりが広がってゆく。


「ひ、ヒイッ!」


 トミーがその場で尻餅をつく。目の前にチェニアが音もなく立つ。手には、赤くベトベトに汚れたナイフが握られていた。

 チェニアがナイフをペロリと舐める。


「ふふ。おいしい。やっぱり血の味は格別だね」

「お、お前のその力は一体······」

「私のスキル『神眼』だよ。死の淵に際して初めて目覚めたんだ。この眼はどう動けば相手が死ぬかを見せてくれるの。どう動けば殺せるか。ね、簡単で素敵な力でしょ?」

「ひ、ひいっ?!い、命だけはっ······!」

「ふふ······」


 チェニアはニコリと笑った。


「ダーメ」

「ぎぃやああああああぁ······!!」




 トミーの断末魔と共に、その場所はどんどん暗くなっていき、最後には分厚いカーテンの幕が下りた。


 その幕に向かって幾つもの拍手が叩かれ、どよめきと共に天井のランプが明かりを取り戻す。

 そして、そのホールに大きな声が響き渡った。



「さあ、みなさん!いかがだったでしょうか?!サドレイド氏の新作『悲劇 裏切りのエリージョ』は!あまりにも斬新、あまりにも奇抜!これぞ氏による全く新しい劇なのです!冒険者と言う、夢やロマンのある職業に裏切りと憎しみ織り込んで新たな一枚絵へと完成させられたこの未来的な物語!この形式の物語はこれからの劇界に多大な影響を与えるでしょう!なお、サドレイド氏の知人であるチェニア氏と、その仲間から成る冒険者パーティー四葉が今回役を演じて下さいました。現役冒険者のおかげで、よりリアリティのある素晴らしい作品になったのは言うまでもありません!皆様、今一度惜しみの無い拍手を!」



 観客の興奮を表すかのように、拍手の音はホールを割らんばかりに続いた。









「いやー!素晴らしかったよ!」


 幕の下りた舞台で、この劇の作者であるサドレイドがチェニアの手を持ってぶんぶんと振った。


「チェニア君は名女優だな!僕も思わずゾッとしたよ!」

「ぶい」


 ナイフ型のアメに付いたイチゴジャムをペロッと舐めてチェニアがピースする。


「私、女優に転職出来るかも」

「おお、ぜひ僕専属の女優にっ!」

「うそ。冒険者が良い」

「ガーンっ!」



 サドレイドはチェニアの王都での修行時代の知り合いで、劇作家だ。変わった作品を出す事で有名である。



 今回の劇の始まりは数日前に遡る。






「もう、僕はダメだ······」

「ありゃりゃ」


 彼はスランプに陥っていた。冒険者をテーマにした新作を作ろうとギルドを回ってアイディアを探していたのだが、何も浮かばずヤケ酒を煽っていた所でたまたまチェニアと再会したのだ。


「くそ~。久しぶりの再会なのに、すまんチェニア君~」

「まあまあ、誰でもそういう時ありますよ」

「ううっ。こう、胸を締め付けられるような哀しく憐れな主人公の出だしに、誰もが同情出来る展開、そして目を背けたくなる醜悪な人間模様、そしてどんでん返し!みたいなのを作りたいんだ······」

「それは難しそうな物を······んん?」


 そこでチェニアが閃いた。


「私の仲間達からアイディアを聞くのは?」

『え?!』


 驚くトミー、アイ、コリンの三人とサドレイドであったが──


 数分の後。



「それで主人公が裏切られる」

「おおっ!」

「なるべく悲惨に。罵声を浴びせられたり」

「な、なるほどっ!」

「で、悪役はのうのうと生きてる」

「そ、それだっ!」


 三人のアイディア(前世での知識)はサドレイドの創作意欲を大いに刺激した。


「す、素晴らしい!これだっ!こういうのだ!これは大衆の心を鷲掴みにする物語だ!いや、一大ジャンルにすらなるぞ!」

「良かったね」

「ああ、ありがとうチェニア君。お仲間の諸君」

『いえいえ』

「そうだ!良かったら君らが役を演じてくれないか?!」

『えっ!?』

「うん、それがいい!現役冒険者のリアルな演出。これはイケるぞ!」

「面白そー」

『チェニア?!』



 こうして、サドレイド指導の元、本日の劇が発表されたのだ。



 四葉一行はサドレイドからの感謝の言葉と報酬を受けて帰路についた。穏やかな町の中を歩く。


「あー、楽しかったー。こんな経験めったに出来るもんじゃないもんね」


 満足そうに伸びをしてチェニアが後ろの三人を振り返る。


「みんなも楽しかっ······た?」


「お、俺はチェニアに何て事を······」

「台本とは言えチェニアにあんな事を······あたし、最低のクズ女だ······」

「僕······人として終わってるな······チェニア······許してくれ······」


「お、おーい。みんな~?」


 死んだ魚の目のような瞳を空に向けたままブツブツと独り言を呟き続ける三人。それは家に帰っても続いていた。



 そんな三人を励ますのにチェニアは奔走したそうだが、これはまた別のお話(喜劇)



お疲れ様です。次話に続きます。

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