表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/46

④──報酬を分けよう

この話から基本的には一話読み切りとなります。一話毎に起こる日常の話をぜひ楽しんでいただけたらと思います。長々と失礼いたしました。

 四葉のメンバーがケンタウロイ討伐クエストに出向いてから一時間近くが経過していた。


 対象のモンスターは一体。農村付近の森で目撃された。近隣への被害を考慮し、早期討伐が求められている。


「···············」


 神経を研ぎ澄ませ、スキル『探知』の範囲を広げていくアイ。


「どう?」

「······見つけた」


 アイがチェニアに振り向く。


「この先、北の方に居る。多分歩いて10分かそこら」

「おっけー。トミー、コリン、準備は良い?」

「ああ」

「いつでも大丈夫」


 メンバー全員がいつでも動ける状態を確認してチェニアが頷く。


「じゃ、行こっか。アイお願いね」

「任せて」


 アイがスッと手を掲げる。


『天翼』


 というアイの言葉と共にパーティー全員の体を煌めく光が包み込み、ふわりと体が浮き上がる。

 スキル『天翼』。このスキルを受けた人間は一定時間体が軽くなり、機動力が大幅に上がり、なおかつ肉体的疲労もほとんど無くなる。


「アイ、先導お願い」

「ええ」


 アイが駆け出し、他の三人もすぐその後を追い出す。

 木の枝葉をすり抜ける風の如く、四人は森の中を素早く駆け抜けていった。



「······近い」


 少し進んだ所でアイがそう言うと、チェニアがトミーを振り返った。


「トミー、前に」

「ああ」


 トミーが先頭に移り代わり、アイが斜め前、コリンがトミーの後ろ、チェニアは三人を全員視界に捉える形に陣形を整えた。


『ウウゴゴオオ······』


 という獣の唸り声のような音が前方から響いている。


「みんな、いつも通りのフォーメーション。コリンは先制射撃用意」


 チェニアの指示を受け、各々が武器を構える。すぐ目の前の木々の間から巨大な影が見えていた。


『グゴゥ』


 上半身はトロールなどのような巨人の様な姿、下半身は馬の如く形のモンスターのケンタウロイが毛深い顔の中でギョロリと目を動かした。


「っ」


 そのケンタウロイの眉間に向けてコリンが矢を射る。風を切った矢は高い鳴き声を短く上げて飛んだ。


『ゴオオォ』


 ケンタウロイが丸太のような腕を上げて矢を防ぐ。その一瞬、視界は完全に遮られていた。


「おりゃああああ!」


 そこへ距離を詰めたトミーが一気に大剣を振り下ろす。凄まじい重撃がケンタウロイの頑強な腕を一撃で斬り下す。


『グガアアアアッ』


 腕を失うと同時に対象は大きく飛び退いて、距離を取った。退いた地面に第二の矢が深々と突き刺さる。


『影縫い!』


 一度目の攻撃で仕留められなかった事を即座に判断したアイがスキルを発動する。自身の影と相手の影を重ねて、そこに剣を突き刺す事で相手の動きを自分に同期させるスキルでケンタウロイの動きを止める。


『ゴオオオッ』


 咆哮が辺りの木をなぎ倒す勢いで放たれ、トミーとアイの前衛二人が思わず足を止める。


 ───ヒュッ──


 そこへ新たな矢が放たれ、その切っ先がケンタウロイの首に突き刺さる。矢じりには即効性の神経麻痺毒が仕込んであった。


『グガアガッ』


 思うように声を出せずに悶える巨体にアイは影縫いを解いて接近し


「せいやぁっ!」


 一瞬で後ろ足の健を切断して駆け抜けた。


 体制を崩したケンタウロイにトミーが肉薄し、再び巨刃を振り下ろす。

 血がほとばしったが、厚い皮膚は致命打を防ぎ、すぐさま反撃をトミーに向けた。

 かろうじてその攻撃を避けたトミーをアイが受け止めて後退すると


「大いなる火の精の力を貸したまえ『サラマンドルルーデ!』」


 というチェニアの声が辺りに響き、その次の瞬間には一面が真っ赤に染まった。


『グゴオオオオアオオッッ』



 大木の頭をも越える程の火柱が立ち上がり、それは森を突き破って空を焦がす程の勢いを轟かせた。


 熱風が周囲を席巻し、焦げ臭い黒煙が薄らぐと、その中からケンタウロイの巨体が揺らいで出てきた。


「でやあああ!」


 火の粉を弾いて飛び掛かったトミーの一撃により、ケンタウロイの首が宙を舞って勝敗は決した。






「こちらが証拠品となります」


 ケンタウロイの角と蹄をチェニアがカウンターに置くと、周囲の冒険者らがどっと声を上げた。



「すげえ!もうケンタウロイを倒してきたのかよ!」

「Aランクパーティー10人がかりで挑んでも半分は全治1ヶ月の負傷をするあの相手を!」

「まーた無傷じゃねえか!」


 歓声を浴びゆく四人はクールにその場を後にしてギルドから出ていった。



 そして、いつもの行きつけの酒場にて。


「えー、みんなの活躍のおかげで大物を仕留める事が出来ました。拍手ー」


 と、チェニアが音頭をとるとパチパチと拍手が鳴った。


「みんなお疲れ様」

「うん、おつかれー」

「お疲れ様」


 互いに労いながらトミー、アイ、コリンらはそれぞれはにかみあった。



(まあ、今日もみんなのおかげなんだけどな······)

(あたしは何もしてないけどね······)

(僕が居なくても勝てただろうけど······)


「······」


 三人のそんな心の声を聞いてチェニアはそっと肩を落とした。


 チェニアには最近悩みがあった。

 三人の自己肯定感の低さだ。

 今の所良い方向に作用しているようではあったが、Sランクパーティーならば自信をそろそろ持って欲しいという彼女なりのリーダー心であった。


(うーむ。私達はSランクになってからまだ日も浅い。これからはもっと困難なクエストを受ける事になるだろうし、そろそろ皆には各々自信をつけてもらって自分はSランクなんだという自覚を持って欲しいなぁ)


 なにより、功績を立てているのにしょんぼりとする三人を不憫に思う今日この頃のチェニアなのであった。リーダー特有の悩みと言えた。



(うん、そうだ。自分でどれだけの仕事をしたか分かりやすくするためにはやっぱり自分で自分の報酬を決める所からだ)


 現在、四葉のクエスト成功報酬はリーダーであるチェニアが平等に配分して三人に与える方式となっている。

 これを、自分で自分の報酬を決めて貰う事にすれば成果の自覚が芽生えるのではないか。と、チェニアは考えた。


(私はみんなのご主人様じゃないんだ。私が報酬まで決めるのはおかしいのかもしれない。うん、そうだそうだ。わーい、チェニアちゃん頭いいー)


 今しがた閃いたアイディアをチェニアは早速三人に伝えてみる事にした。



「えー、みなさん。お食事はそのままでお耳だけ拝借。少し聞いて欲しい事があるんだけど」


「ん?」

「え?」

「なに?」


 三人がキョトンとした顔を上げるとチェニアはコホンと一つ咳払い。


「今日の報酬に関してなのですが、たまには私の独断ではなく、それぞれが、このくらいは欲しい!とか、このくらいの仕事はした!みたいな感じで主張して頂きたいと思います。いえーい」


『え!?』


 トミー、アイ、コリンの三人は声を揃えて驚いた。


「では、早速今日の報酬~。拍手」


 力無いパチパチが鳴った。


「まず、現金だね。これが3万ゴールド。後、現物支給品で高級ポーションが2本とケンタウロイの素材が幾つか。さあさあ、お立ち会い、安いよ安いよ、どんどんじゃんじゃか選んでってー」


『············』


 三人は神妙な顔を浮かべて、誰ともなく顔を見合わせた。

 そんな三人の心の声をチェニアのサトリの目が捉えていた。


(じ、自分で決めろったて、どうしよう?)

(あたしが自分で自分の報酬を?そんな事したら図々しい女だって思われるじゃん!)

(もし勝手にそんな事してみろ、きっと誰かが不満を爆発させて──)


(『追放だ!!』)


(·········いやいやいやいや)


「え、えっとー、とりあえず現金を分けるとこから始めよっか。うえ~い。パチパチー」

「う、うえーい······」

「わー、やったー······」

「待ってましたー······」


(テンション低っ。みんな報酬だよ?自分の報酬)


 チェニアはめげなかった。


「じゃ、じゃあ、現金ね。どう配分しよっか。一応、皆で4等分できるけど」


『·········』


(サイレンス!なんで、みんなっ。お金だよ?お金は大事だよ?)


 チェニアはそれぞれの考えを覗いてみることにした。




(3万ゴールドか。何もしなくても1ヶ月は遊んで暮らせる額だな······)

(単純に割れば一人7500かあ。一応割り切れる)

(でも、僕なんかがみんなと同じ額を申し出たら嫌だよなぁ······)

(ここは皆に1万ゴールドずつ分けてもらって俺は素材だけとかなら良さそうだ)

(ポーションはどうしよう。流石に無報酬ってのはキツいし、あたしはこれにしようかな)

(それとも現金を3000ゴールドだけ貰って後は皆に任せるってのはどうかな)

(いやぁ、でもなあ。あんまりへりくだりすぎるのも駄目かあ。自分から無能申告してるみたいなものだし、それを続けていたら段々と軽んじられて酷い扱いをされるかも)

(かと言ってもあたしが多く貰うのは論外だし······)

(ど、どうしよう······)


「·········」


 三人の考えを聞いたチェニアはとりあえず助け船として提案した。


「えー。とりあえず現金は私が少なめで皆が多めというのはどうかな?」


『え?!』


(俺がチェニアより多いだと!?)

(ムリムリ無理無理!そんな事をしたら絶対反感買うって!)

(僕みたいなのがリーダーより貰うなんて愚策にも程がある!)



「······チェニア。俺は少なめでいいよ」

「え?なんで?」

「あー、あれだ。ほら、最近アイが欲しい物あるって言ってたからそっちに回して貰えると」

「え?!あ、あたし?」

(うわぁ、トミー優しい!だけどそんな訳にはいかないよね!)



「あ、ならさ、それよりコリンに多くあげるのはどうかな?」

「え!?僕?!」

「うん。ほら、あたし達の為に日頃から色々作ってくれてるじゃん。それだって自腹で用意してるんでしょ?ならコリンの方がお金必要かなって」

「い、いやあ」

(アイはなんて気遣い上手な女の子なんだろう!でも、この状況はマズイ!)



「僕が思うにトミーが一番多くていいんじゃないかな。ほら、一番体力使うから一番食べる量も多いし」

「お、俺?」

(く~、コリン良い奴だなあ。そうそう、いつも腹ペコだし、たまにはガッツリ食いたい······いやいやいや!何言ってんだ俺!)



「いやさ、俺最近ダイエットしてるんだよね。だからそんなに金無くて大丈夫なんだ。ありがとなコリン」

「あたしも。欲しいのはもう手に入ったから大丈夫」

「僕は貯金してるから心配ないよ」


『·········』


 気まずい空気が座に落ちた。


 チェニアがゆっくりとメンバーの心の声に耳を傾ける。


(う······まずかったかなあ。なんか俺のせいで空気が気まずくなってる気がする)

(はぁ。せっかくトミーがああ言ってくれたのにあたし、好意を無下にしちゃったかな······)

(僕はもうダメだ······自分の意見すらロクに述べられない無能だったんだ······)



 なんとも言えない複雑な苦笑を浮かべるしかないチェニアであった。

 このままでは進展しないと判断したチェニアは現金に関してはいつも通りにする事にした。


「えー、みなさん。議論が白熱してまいりましたので、ここは私がリーダー権限で決めちゃってもいいかな?」


(助かった!こういう時のリーダーだ!)

「良いと思うぞ」


(チェニアナイス~!いつもありがとー!)

「いいんじゃない?」


(やっぱり天使だ!)

「いいね」


「はい、じゃあ4等分。それでも一杯だー。わーい。喜んでー」


『わーい』


「てな訳で、次は現物の分配をしよっか」


『え?!』


 安堵の表情になっていたトミー、アイ、コリンの三人はサッと顔を青くした。


(し、しまった!まだクエストは終わってなかった!)

(し、しかも現物なんてますます分け方が分からない!)

(ポーションなんて2本だし!)


 表情は冷静さを装いながらも、三人の心はさざ波立っていた。


「じゃ、じゃあ、とりあえず報酬アイテム出すね」


 チェニアはギルドから受け取った報酬品の詰まった風呂敷をテーブルの真ん中にドンっと置いた。


「さっきも言ったけど高級ポーション2本」


 ──コトッ──


「で、ケンタウロイの素材。加工済み」


 ──ドゴドゴッボゴンッドンボゴゴッ──


 消毒、洗浄済みの角や牙、骨などがテーブルの上に広げられる。部位によってはポーションの素材や武器の材料にもなるそれらは使い方も様々。よって需要も高いため、売却すれば相当の金銭も得れるし、残しておいても後々役に立つ物ばかりであった。


「はい、好きなの取ってね。ケンカせずに」


『············』


 報酬の山を眺めてトミー、アイ、コリンは呆然としていた。


(ど、どうする!?これどうやって分ければいいんだ?)

(そ、素材に関しては詳しくないし、どうしよう!)

(間違って良い素材を引いたらアウトだ。まさに報酬ババ抜き。しかもジョーカーが分からない!)


 トミーが平然とした体でチェニアに尋ねる。


「この素材って何に使えるんだ?」

「いろいろ」


 アイも質問する。


「これって役立つ物なのよね?」

「もちもちろん」


 コリンが問いかける。


「なら、普通なら誰もが欲しがるんだよね?」

「とーぜん」


『·········』


「さあさあ、どんどん取っていってー」


 チェニアが急かすように言うと三人は考え込んだ。


(こ、ここは、あの牙らしき物にしよう。一番小さいし)

(あたしはあの牙を貰おう。一番パッとしないし)

(あの牙が良い。一番大した事なさそうだ)



「よし」

「決まった」

「貰うね」

「どうぞどうぞ」


 三人の手が一斉に牙に伸びた。



「あ」

「え」

「う」



 三人は同時にピタリと手を止めた。


(うっ、なんで二人ともこんなショボい物を取ろうとするんだ!)

(遠慮してるの?レディーファーストなの?そんな事しなくてもいいの!)

(二人はもっと良いのを取った方がいいって!)



「おおー、三人ともお目が高いですなぁ」

『え?』

「その牙が一番貴重なんだよ。うんうん、取り合いだねこれは」


(な、なんだってー?!)

(あたしのバカ!ドジっ娘!)

(痛恨のミス!無能すぎる!)


「······あ、間違えた。俺はこっちの毛だ」

「あ、あたしも。こっちの角の方ね」

「僕はこっちの爪を取りたかったんだ」


 三つの手はスルリと牙以外に別れた。


(よし!)

(今度はバラけた)

(ほっ)


 安堵した三人にチェニアの無情な声がかけられる。


「ささ、まだまだあるからどんどん取ってこー」


(う、まだあるのか)

(つ、次はどうしよう)

(とにかくジョーカーは牙だ)


 まるで地雷原を探るような手つきで三人は慎重に素材を取っていった。


 そして最後に牙だけが残った。


「あ······」

「牙······」

「残ったね······」


 三人は互いを見合った。その目には『どうぞお取りください』という強い意志が込められていた。


「あ、俺はもういいよ。二人のどっちかが取りなよ」

「あたしも良いやつばっか取っちゃったから平気」

「僕もポーチが一杯で」


『············』


「あー、お三方」


 チェニアがコホンとしてポーションを見せる。


「こちらもお忘れなく」


(げげっ!まだラスボスが残ってた!)

(どうしよう。あ、そうだ、貰えなかった人にこの牙とかどうかな?)

(よし。僕が無し。後の二人でポーションと牙を分ける。これで決定)


 と、三人が似たような事を考えていた時だった。


「ん?」

「あれ?」

「うん?」


 三人ともあることに気づいてハッとした。


(ああっ!?チェニアが素材一つも貰ってない!)

(やっちゃった~!一番ショボいのを取る事に夢中になりすぎてた~!)

(僕のマヌケ!よりによって命の恩人を!)



「ご、ごめん、チェニア!俺勝手にお前の分まで取ってた!」

「チェニア、あたしの素材全部あげる!」

「ぼ、僕のも!」

「あ!俺のも!」


「え?」


 ──ドサドサドサドサ──


「·········」


 素材の山がチェニアの手元を埋める。


(······いや、なんでこうなるの)


 チェニアが素材山から手を抜いて三人を見回す。


「いや、私はお金だけでも十分だから、頑張った皆はもっと素材とか──」


「大丈夫!」

「平気!」

「問題ない!」

「あっ、俺トイレ!」

「あたしも!」

「僕も!」


 三人が逃げるようにして退席してしまったのでチェニアは深いため息と共に分配を諦めた。






 その後。

 チェニアが全ての素材を現金化してそれを平等に分けたそうな。


お疲れ様です。次話に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ