㉝──慰問の休息
軽いクエストを終えた四葉がいつもの店で祝杯を上げようとギルドのカウンターに背を向けた時であった。
「おう、チェニアちゃんや、ちっと」
と、何者かの声がチェニアに掛かった。
チェニアが振り向くと、受け付けカウンターに一人の老人が立っており、ニコニコと手招きしていた。
チェニアがキョトンとする。
「あれ?ギルドマスター?」
「おお、今日も可愛いのーチェニアちゃん」
そう言っていかにも好好爺なギルドマスターは手招きを続けた。
「クエスト終わりで疲れてるところ悪いのー。ちっとお話があるからこっち来てくれんかの」
「え?あ、うん」
呼ばれてチェニアも他のメンバー三人に振り返った。
「みんな、ちょっと呼ばれてるから先に帰ってて」
トミーらにそう告げてからチェニアがマスターの元へ赴く。
「どうしたの?マスター」
「おう、立ち話もなんじゃ。部屋に来なさい。美味しい茶菓子もあるでの」
「わーい」
まるで孫と爺の関係のような二人はギルドマスターの執務室へと入った。普段は来賓用に使われているソファに向かい合って座る。
「さ、アメちゃんじゃ。お食べ」
「ん。クッキーも貰うね」
「おうおう、お食べ」
和やかな雰囲気で二人は菓子を食べた。
ギルドマスターとはその名の通り、ギルドにおける先生、模範的指導者を指す名称である。
大抵は、若い頃に名を轟かせた冒険者だった者が任命され、その経験や実力を持って若い世代に技術や知識を伝える大先輩である。
ここウイードスギルドのマスターも、若い頃は名のあるAランクパーティーでリーダーをしていた強者であり、良き責任者であった。
「それで?何の用なの、マスター」
「ほほ、せっかちじゃのお。若い時は何でも事を急く。それが玉に傷じゃよ」
「年老いてからだと時間無いからね~」
「グサッ!チェニアちゃんキツいの~。そこが良いんじゃが」
カラカラと笑った後、マスターは優しく目を細めた。
「チェニアちゃん、ギルドでは冒険者のクエスト活動だけではなく、冒険者本人に寄り添った支援があるのは知っとるな?」
「えーっと。たしか怪我のお見舞いの品とか、脱会時のお見舞い金とか、手紙の無料配達だっけ?」
「そうじゃ、そうじゃ。それでな、そう言ったサービスの中に孤児院があるのは知っとるか?」
「孤児院?」
マスターが頷く。
「子持ちの冒険者がクエスト中に死亡した場合は残された子供を引き取る事があるんじゃよ。無論、親戚とか引き取り先があったり、領地に定められた未成年保護の法がある場合は覗くがのう。引き取る先が無くて、ギルド所属の親が死んだ場合、残された子供はギルド管理下の孤児院に引き取られるんじゃ」
「そう言えば聞いた事もあるような」
「そんなにしょっちゅうある事でも無いでのう。大抵はどっかしら引き取る相手が居るもんじゃ。それに、その判定はシビアでなかなか引き取ろうとはせんからな」
そこでマスターは皺を深めて苦笑いした。
「まあ、ギルドの印象を良くするために作られた制度じゃ。教会との合同でな。ギルドはあくまで営利目的の民間組織。慈善事業団体ではない。とは言え、引き取った子供達には出来るだけ良い人生を送って欲しいと思う人間もまた多い」
「うん」
「それでのう、このウイードスにもギルド管理下の孤児院があるんじゃが、そこで何か楽しいイベントを開く事になったんじゃが······子供達のリクエストがの──」
定期的に行われる孤児院のイベントを決める話し合いを教会のシスターと子供達が相談していた所
『Sランクパーティーに会いたい!』
という声が多数上がったと言うのであった。
「孤児院には冒険者の親を持っていた子供も多いからのう。やはり強い冒険者には憧れを持つものなんじゃろな」
「そっか。私達がねえ」
「ほほっ、誇らしいかのう?」
「うん。悪い気はしない」
そう答えてからチェニアが問いかける。
「でも、ただ会うだけでいいの?」
「そこじゃよ!」
マスターは子供じみた笑顔をニイッと広げた。
「完全無敵な四葉の交流イベントなんじゃっ、ただ会うだけじゃ味気ないじゃろう?そこで、チェニアちゃん達には何か楽しい催しをしてもらいたいんじゃよ」
「他人事だからってまた無茶を······それで?何をすればいいの?」
「それを考えてもらいたいんじゃよっ」
「全部丸投げって訳ね······」
カラカラとマスターが笑う。
「まあ、これもSランクパーティーの務めだと思って堪忍しとくれ。もちろん、案によってはギルドからも資金、資材の面で協力するぞ。予算は少ないがの~」
「それは頼もしくて泣けてくるよ」
こういった会話と、幾つかのやり取りを終えてチェニアは執務室を出る事となった。
(う~んイベントかぁ。子供達の喜ぶような······)
しばらく考えながらチェニアは帰路についたのであった。
夕方になり、他メンバーも外出から戻ってきたところで、チェニアは早速ギルドマスターから言われた内容を話した。
「と、言う事で。ぜひ皆さんの意見を仰ぎたいと思います。いえ~、パチパチー」
──パチパチパチパチ──
「でも、楽しいイベントかぁ」
トミーが腕を組む。
「いざそう言われると難しいな」
「そうね。相手は子供だし、堅苦しいのは駄目よね」
「うーん。ただ行って話すだけにもいかないし」
アイとコリンも考え込んでいた。
しかし、チェニアにはもうアイディアが既に浮かんでいた。
と言うより、正確にはアイディアを出すアイディアが浮かんでいた。
(ふふ。サトリの力様々だね)
チェニアの隠された目が金色に光る。
「うーん。とりあえず、私は話語りで良いと思う」
「話語り?」
チェニアが頷く。
「そう、吟遊詩人的な奴ね。つまり、私達四葉の冒険をお子様でも楽しく聞けるように語り聞かせてあげるの。でも、それだけじゃ~な~」
チラリとチェニアが三人の反応を伺う。
(ふむ。語りか。それでいくなら······)
(ただ口で語るだけじゃ子供は飽きちゃうかも。何か工夫しないと)
(そうだ、絵とか描くのはどうだろう)
(大きくて一枚で場面を表すのが良い。そして、それを何枚も用意してどんどんめくっていく)
(あっ!紙芝居なんかいいかもっ!)
(あと、場を盛り上げるために軽い演奏とか)
(おお~)
チェニアの狙い通り、三人の頭の中にはどんどんアイディアが浮かんできていた。
とかく、娯楽に関しては、三人の出身世界の方が圧倒的に充実していると踏んでいたのだ。
(なるほど、紙芝居か。確かに絵があれば子供達も楽しめる。軽い演奏なら私の笛でいける。うん、いいぞいいぞ~)
「そうだ。ただ語るだけじゃ分かりにくいし、地味だよね。絵とか描くのはどうかな?」
「お、いいな。俺もそう思ってた」
「なら、絵はあたしに任せて」
「なら、どんな話にするかだね。僕らの今までのクエストで一番絵になるのは何だろう?」
「やっぱレッドワイバーンか?」
「フェンリルは?」
「フォロウはちょっと怖いかな?」
段々に会議は盛り上がりを増していった。
「なら、いっその事ここにはフィクション入れようか」
「そうだね、多少は劇的にして──」
「あ、ここで登場キャラに動物とか──」
「いっそのこと、チェニアの生まれを──」
「で、そこで伝説の剣が──」
「お、おお······」
(なんだか凄い事になってきちゃったぞ?)
四葉による紙芝居劇場が壮大な物語になっていく。
アイディアを出す事に夢中な三人は、自分の正体発覚の危険性など忘れたかのように、出身地で培ったあらゆる物語の要素をどんどん継ぎ足していった。
こうして、四人による会議は夜遅くまで続き、更なる演出の進化を加えていき、準備がなされた。
数日間、四葉がロクにクエストをやらなくなり、ウイードスギルドには困惑の声も上がっていた。
中には悪態をつく者も。
「あの野郎ども、最近たるんでるんじゃねえか?」
「ええ。ふふん、今の内に出し抜いてやるわ」
「ふん。万策尽きたのであろう」
そんな声には構わず、四葉一行はイベントに向けての準備に力を注ぎ続けた。
そして当日。
孤児院に訪問した四葉の元に、たちまち子供達が群がって、熱烈な歓迎が始まった。
「わあっー、四葉だあ!」
「ねえねえっ、本当に本物?!」
「ええー!トミーってトロールより大きい大男じゃないのー?」
「アイって本当に色んな人の姿を持ってるね!しかも背中に羽生えてるんだよね!」
「コリンって眼鏡白髪のお爺さんって聞いてたー!」
どうも噂や伝聞に間違いや誇張が多分にあったようで、子供らの中からは驚きの声などが上がっていた。
何より──
「うわーっ!チェニアってチビだなあ!」
「あはっ、チェニちゃん、あたしがお姉ちゃんになってあげるねっ」
「僕が聞いてた話じゃ、チェニアは百歳を越えた化物老人のはずなんだけど」
「私でも勝てそー!」
「·········みんな。特大魔法を一発ぶっぱなしていいかな?」
「お、落ち着けチェニア!」
「チ、チェニアったら、子供のジョークよ~!」
「わ、悪気は無いんだよきっと!」
「冗談、冗談。別に気にしてないよ」
(本当は少しだけむかついたけどね)
「まあ、このくらい庶民的というか親しまれてるくらいが私達の性に合ってるね」
そう言って笑いながら、あまり背丈の変わらない子供達の頭を撫でていくチェニア。
四葉一行は早速この日のために用意した出し物の準備を整え、大広間に子供達を集めた。
保護者代わりシスターが、床に座る子供達に呼び掛ける。
「はい、みんな。今日はSランクパーティーの四葉の皆さんが来てくれました。お忙しい中みんなの為に来てくれたんですから良い子にして四葉のお話を聴きましょうね」
『は~~いっ!!』
元気な返事を聞いてから、チェニア達はそれぞれの持ち場についた。
トミー。紙芝居をめくる位置。
アイ。その横の語り手の位置。
コリン。小道具の起動の位置。
そしてチェニア。まずは挨拶の位置、一番前。
コホン、とチェニアの咳払い一つがいよいよ開演の合図となった。
「えー、ただいまより、私達四葉の冒険を紙芝居にしてお送りします。紙芝居とは、絵を見ながらお話を聴く物です。良い子のみんなー、最後まで楽しんでね~」
『はーーいっ!!』
チェニアは一番後ろまで下がると、小さな縦笛を取り出して吹き始めた。いわゆるリコーダーに近い楽器で、簡単かつ親しみ深い。
──ピッピピッポポーピ~ポポ~──
「ミッスルのある所に、小さな家族が居りました」
アイが朗々とした声で語り始める。部屋の明かりが落とされ、紙芝居横のマジックランプだけが辺りをほんのり照らした。
「その家に、小さな女の子が産まれました。女の子の名前は、チェニアとつけられました」
──ピ~ポッポ~──
チェニアの笛に合わせて、コリンが手元の小道具をいじる。ポンッと、紙吹雪が小さく打ち上がった。
「チェニアはすくすくと成長していき──」
トミーがアイの呼吸に合わせて紙をめくり、場面を移していく。
「たくさん魔法を覚えたすごい魔法使いになりました」
──ピッピピポー──
コリンにより、ランプの色が調整される。
「そんなある日の事です。ウイードスの町に、それは恐ろしいモンスターがたくさん現れたのです。困った人々を助けるため、チェニアはモンスターを倒す旅に出る事にしました」
──ポ~ポ~ピ~──
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、チェニアにキビクッキーを持たせてやりました。さあ、いよいよ、チェニアの冒険が始まります!」
ランプがキラキラと光の色を変える。
「チェニアが歩いていると、森の近くに男の人がお腹を空かせて倒れていました。チェニアがキビクッキーをあげるとその男の人はぜひお供にして欲しいと言ったので、チェニアはトミーと名付けて連れてく事にしました」
──ピッポポ~ポ~──
「そして、二人が町に差し掛かると、そこに女の子が倒れてました。女の子は大変お腹を空かせていたのでキビクッキーを与えると、女の子はアイと名乗ってお供をすることになりました」
──ピーピーポポ~──
「そして、三人が町から出ようとすると、男の子が倒れていました。男の子がすごくお腹を空かせていたのでキビクッキーをあげたら、お供になってくれました。男の子はコリンと呼ばれる事となりました」
笛の音が明るく弾んで辺りを飛び回り、照明は若葉色に染まって、太陽の明るみに色を変えた。
「そして、三人のお供を連れたチェニアは自分達を四葉と名乗って、モンスター退治を始めたのでした──」
実際の事実と作り話を織り混ぜた紙芝居は、呑気な演奏と、鮮やかな色彩の照明と共に進行されていった。
「そして、チェニアは天空の城に行って伝説の剣を抜いて──」
──ポピ~ピ~──
「毒リンゴを食べてしまったお姫様を救うべく魔女と戦い──」
──ポッポポッピー──
「虐められていた亀を助けてあげ──」
──ピーッポッポピー──
「お菓子で出来た家で満腹に──」
──ピ~ポ~ポピー──
「そして、いよいよ悪いモンスターとの戦いになり、四人の力でレッドワイバーンを倒しました。こうしてウイードスは平和になりましたとさ。めでたしめでたし」
『わーーーっ!!』
終わるや否や子供達の歓声が上がり、四葉に割れんばかりの拍手が送られた。
一緒に聞いていたシスターまでもが興奮して目を輝かせる始末であった。
「素晴らしいっ!なんてロマンチックで情緒的な物語なのかしら!まさか、みなさんの冒険がそんなに壮大だったなんて!」
「四葉すごーいっ!」
「あたしも冒険したーいっ!」
「かっこいいー!」
「面白かったー!」
想像以上の絶賛に、当の本人達がしどろもどろになってしまう程であった。
(結構めちゃくちゃに盛ったんだけどなぁ。まさか全部信じるとは思ってなかった······)
「俺、大きくなったら四葉に入るんだ!」
「私も王子様にキスしてほしーっ!」
「その絵ちょーだいー!」
「俺もー!」
「僕もー!」
少し罪悪感もあったが──
イベントは大成功に終わったし、子供達は心底喜んでいたので、それはそれで良いかと思うチェニア達であった。
お疲れ様です。次話に続きます。




