㉜──もう一つの転生
日の出る勢い。飛ぶ鳥落とす勢い。四葉の活躍は凄まじく、この日も難関ダンジョンを楽に攻略して、最下層部屋の隠し部屋まで発見していた。
最下層の部屋はかつての冒険者達の亡骸がチラホラ置き去りにされており、そのドクロの数がこのダンジョンの難易度を物語っていた。
「どう?コリン」
「うーん。これはかなりのレアアイテムじゃないかな。向こうの祭壇も後で調べてみるよ」
「お願いね。アイ、トミー、そっちは?」
「こっちは行き止まりだな」
「エコースキルでも空間は発見出来なかったわ。ここで終わりみたいね」
「オッケー。じゃあ、もう少ししたら引き上げの準備しよっか」
既にダンジョンの主と思われる上級モンスターも討伐済みであり、四葉はやることが無くなっていた。
なんという事のない、いつもの四葉の日常であった。
(さて、今日も祝杯を上げに行きますか······ん?)
コツっと何かが爪先に当たったのを感じて、チェニアが足元に目を向けると、黒ずんだ板状の物体が落ちていた。
(何だろう。インゴッド?にしては薄すぎるか)
拾ってみるとそれは思いの外軽く、不思議な材質をしていた。
「?」
チェニアは薄汚れた表面を袖で拭ってみた。汚れが落ちると、表面がガラスになっているのが分かった。クモの巣状にひび割れている。
「ガラス?」
「チェニア、どうした?」
立ち止まって謎の物体を見ていたチェニアにトミーが声を掛ける。
「何かあったか?」
「うん。なんか変なの落ちてた」
「変なの?」
と、近くに居たアイも寄ってきた。
「何か見つけたの?」
「うん。これ」
チェニアが謎の物体を二人に見せる。
『んん?』
トミーとアイの二人は訝しげに目を細めていたが、その目がすぐに大きく丸められた。
「えっ?!」
「それって?!」
「え?」
トミーとアイの驚きようにチェニアが首を傾げると、二人は直ぐに作り笑いを浮かべた。
「う、うおおー。なんか凄そうなだなー」
「うんうん。お宝かもー」
「?」
不審な二人の反応を変に思いながらも、チェニアはコリンも呼んだ。
「おーい。コリンー」
呼ばれてコリンがすぐに来る。
「なんだい、チェニア」
「変なの拾ったんだけど、コリンは分かる?」
「変なの?どれどれ······え?ええっ!?」
と、コリンも驚愕の表情になった。
「そ、それは······い、いや~。わかんないなー」
「?」
(ふーん?三人とも妙だな。もしかしてこれの正体に見覚えあるのかな······おや?)
とそこで、チェニアもあることに気づいた。
(そう言えば私もこれどこかで見た事あるな。どこだっけ?)
記憶を辿り、思い出す事が出来た。
(そうだ、思い出した。前にみんなの記憶を覗いた時に見た道具だ。異世界にある不思議な道具の一つで、名前は確か······えっと、す、スーホマンだっけ?違うか)
そこでチェニアはサトリの目を使って三人の心の声を調べた。
(な、なんでスマホがこんな所に?!)
(そうだ、スマホだ)
チェニアが心の中で相槌を打つ。
(なんだか便利なアイテムらしい)
そこでチェニアもふと首を傾げた。
「あれ?でもどうしてここに······」
サトリの目は三人の困惑する心の声を伝えていた。
(で、でもどうしてこの世界にスマホが?俺の持ってたのはここに来た時バラバラに壊れたし······)
(おかしい。あたしは転生したから持ってこれてないはずだけど······)
(僕の物ではない。はずだけど······)
どうも三人の所有物ではないようであった。
「······」
チェニアは少し考えるようにスマホの黒い液晶を眺めていたが、やがてこう言った。
「せっかくだから持って帰ろっか。もしかしたらお宝かもしれないし」
「お、おう」
「え、ええ」
「う、うん」
そえして、一行はダンジョンから撤収した。
誰の物かも分からないスマホを携えて。
翌日。
「じゃ、行ってくるね」
「気をつけてな」
「行ってらっしゃい」
「また後で」
トミー、アイ、コリンの三人を宿で待たせて、チェニアは一人で外へと出た。
一行が居るのはウイードスの町ではなく、今回攻略したダンジョンの最寄りの町だ。過去に何度か立ちよった事もあり、チェニアもこの町には詳しくなっていた。
(勿体無い気もするけど、持っててもなあ)
結局。昨日に拾ったスマホはトミー達の所有物ではない事は明らかだったので、チェニアは売る事にしたのだ。
何度か起動を試みたが、当然失敗に終わり、直す事も無理だったので売るのが良いと判断したのだ。
(本当は、珍しい物だしとっておいても良かったんだけど)
使い道もなく、他のメンバーがソワソワしていたので手放すのが良策と結論づけた。
チェニアは何軒かの商店にスマホを持ち込んだが、どこの店でもゴミ扱いして買い取ってはくれなかった。
(まあ、予想通りだけど)
チェニアは裏通り街に足を向けた。
本通りから外れた場所にある店は、マニアックな店が多く、普通の店では取り引き禁止の商店を扱っている所も珍しくない。そう言った所なら或いはと考えたのであった。
「おっ」
チェニアの目に陰気臭い店が目に入った。冒険者の勘が、その店を推していた。
(ここだな)
──チリリン──
チェニアが中へ入る。外観通り、中も寂れていた。
古い甲冑に、錆びた剣、正体不明のポーションが入ったビン。それらが狭い店内に雑然と置かれている。
「らっしゃい」
そんなゴミの群れに埋もれるようにして、カウンターに座った無愛想な老人が顔も上げずに迎えた。チェニアには見向きもせず、時計を分解している。
「あの、買い取って欲しい物があるんですが」
チェニアがそう声を掛けると
「ん」
老人が作業を止めてジロリとチェニアを見た。その時初めて、チェニアは老人の右腕が無い事に気がついた。
「さっさと出しな」
人相も悪く、ぶっきらぼうな口調。顔には大きな傷痕もあった。元冒険者か何かだろうとチェニアは診ていた。
「えっと、これなんですけど」
──コトッ──
「珍しい物です。特にこれと言った力も無いですけど、こんなフォルムは二つと無い。未来的な造形でしょう?もしかしたら太古の遺物かもっ!」
(セールストーク、セールストーク)
チェニアが愛想笑いのまま老人にスマホを見せると、老人の顔色が変わった。
「これは······」
穴の空く程そのスマホを見て驚愕する老人。プルプルと震える手を伸ばし、喘ぐように
「こ、これをどこで?」
と言った。
「い、一体どこでこれを······」
「え?ここの近くのダンジョンです。ほら、ナハロコの深穴っていう所の」
「············」
老人はスマホをゆっくり手に取ると、しげしげと眺めていた。先程までとは別人のように、その顔には人間の哀愁を深めた感が湛えられていた。
「あの、それがどうかしたんどすか?」
「·········これはな」
老人は小さなタメ息を漏らして答えた。
「これはワシが若い頃に持っていたモンなんだ」
「えっ?」
驚くチェニアに老人はゆっくり語り始めた。
「もう、五十年か、もっと前か······ワシは冒険者だった。お嬢ちゃん、今から話すのは現実離れした話だ。老いぼれの妄言だと思って聞いてくれ」
「·········」
チェニアの髪の奥でサトリの目が光っていた。
「この世界とはまた別に世界というものが存在していてな。異世界、なんて呼び方をする。ワシはその異世界から来たんだよ。ここよりもずっと科学文明の発達した場所でな。でも、魔法も無ければモンスターも不思議な冒険も無いような味気無い世界さ。想像しにくいだろう?ワシはそんな世界からこの世界に転移した。その時に一緒に持ってきたのが······これだよ」
トントンと、スマホの画面を指で叩く。
「これはスマホと言ってな。ワシが元居た世界の道具でな。色々な能力があったんだ。幾つかの能力はこっちに来てから使えなくなってたが、写真や動画の撮影機能は生きてた。ふふ、想像出来んかもしれんが、その場にある光景を切り取って一枚絵にしたり、そのまま動きや音を保存して、何時でも見返す事が出来る力さ。はは、信じられんだろう?」
老人は在りし日を懐かしんでか、しんみりとした穏やかな目を細めた。
「この世界に来たばかりの時。初めて出会った女の子が居た。とても可愛くて優しい子だった。ワシはその子が好きだったし、その子もワシの事を好いてくれていた。よくスマホでその子の写真とか動画とか撮ってやって見せたもんだ。すごく喜んでくれてなぁ······」
しかし、回顧に緩んだ面持ちはすぐに陰りを見せた。
「ここに来た時のワシは強かった。お嬢ちゃんには聞き慣れない単語かもしれんが、チート能力とかいうやつでな。右手で触れるだけで他人のあらゆる力をコピー出来るスキルがあったんだよ。だからな、ワシも若かったんだろう。その力に酔いしれて何時しか傲慢な人間になっていた」
老人は自嘲気味に笑って言った。
「強い能力にスマホ。この二つでワシはトントン拍子にこの世界で活躍した。色々あってスマホは電池切れ──魔力が尽きる事は無かったからな。不思議な道具と強いスキルを持った男として有名になったもんだ。それで馬鹿なワシは有頂天になっていた」
チェニアはじっと金色の瞳で老人を見つめていた。
「何時しか、ワシは仲間への信頼や、本当に愛してくれてる人の気持ちにも気づけないくらい愚か者になっていた。媚びてへつらう輩が寄ってきても良い気になって、他の女にうつつを抜かしていたりした。それに苦言を呈してくれた子や仲間をせせら笑って追い払ったりしてな。はは、本物の馬鹿だった」
そして──と老人は静かな瞳をした。
「周りをイエスマンだけで固めたワシは、ある時、とあるダンジョンの最深部で裏切られた。ボスと戦って疲れていた所への不意打ちだったからどうしようもなかった。裏切った奴らは最初からワシを消そうとしていたらしい。理由はいくつかあったが、スマホを奪う事と、気に入らなかったという事が大きかったようだ。身から出た錆びとはこの事さ」
そう言いながら、肘より先の無くなった右腕を擦ってみせた。
「その時にはもう右腕はほとんど使い物にならなくなっていた。相手は複数人だった事もあってワシは負けそうになった。そんな時。あの子が助けに来てくれたんだ。そう、この世界で初めて恋したあの子が······」
深い皺の一筋一筋に、人生の苦楽が染み込んでいるかのように、老人の表情だけではその胸の内まで読み取れなかった。
「ワシらは戦った。死闘だった。そして辛くも勝った。だが、ワシはその闘いで右手と大切なその子を失った。そしてそのまま自分も力尽きてしまい······次に目が覚めたのは町の病院だった。誰かが死にかけたワシを運んでくれたんだ。だが、生き延びても······ワシに残されていたのは深い喪失感だけだった」
老人が深く息を吐き出す。まるで、今まで胸につっかえていた物が今取れたかのようにゆっくりと椅子に沈んだ。
「ずっと昔の話さ。その時にスマホも落としたんだろう。そんな事どうでもよくなるくらい絶望していたから気づかなかったんだが······そうか、あの時あそこで失くしたのか」
老人は何か考えるようにスマホをじっと見つめていたが、おもむろに金貨を取り出すとそれをカウンターに置いた。
「ありがとな嬢ちゃん。こんな作り話に付き合ってくれて。これはその礼さ。このスマホは持って行ってくれ。どこかで捨てるも良いし、好きにしてくれ。ただ、ワシは受け取れんよ」
「·········分かりました」
スマホと金貨をもって、チェニアは店を出ていった。
その次の日。
昨日のダンジョン最下層に四葉一行の姿があった。
「ここだな、昨日来た場所は」
「そうね。チェニアここみたい」
「えっと、何かやり残した事があるのかい?」
「うん。ちょっとね」
辺りを見回すチェニア。そこら中にかつての冒険者達の屍が横たわっている。ダンジョンならどこにでもある珍しくない光景だ。
「············あった」
チェニアはその亡骸を見つけた。
骨と服だけであったが、その服も、近くに落ちている剣も、サトリの目で見た老人の記憶の物と一致していた。
何より。右手だけの骨が、その亡骸に寄り添うように落ちていた。
チェニアはその骨をそっと慎重に持って、亡骸の腕と重ね、持って来ていたスマホと花束を添えて置いた。
お疲れ様です。次話に続きます。




