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㉛──里帰り

 

 その日は遠征クエストを終えて帰路についていた四葉の一行。


 しかし、その途中で彼らは困った顔を互いに見合わせていた。



「どうする?」

「うーん」

「これじゃあね······」

「無理かなぁ······」


 そんな会話を交わす四人の目の前には、茶色の大蛇のごとくうねり狂う濁流が轟音を立てていた。


 遠征クエストの帰り道にある川を渡ろうとここまで来た一行。しかし、前日に降った大雨の影響で川は増水していた。今や、泥水の激流の中に橋が沈んでしまっていた。

 ここを通れなければ、帰還は一日遅くなる。


「私の魔法で一時的に橋作ってみようか」


 そう言ってチェニアが杖を振るう。たちまち氷の橋が出来上がった。しかし──


 ──バキッバキッバキッ、ガシャーンッ──


「あらら」


 即席の橋は濁流の凄まじい勢いの前にあっけなく崩れて流されてしまった。橋の形を維持していたのは五秒と無かった。


「ダメかあ」


 他にもアイのスキルで一時的に機動力を上げて突破しようかという意見も挙がったが、荷車と馬も居る事と安全面から止めとく事にした。


 どうやら強行突破は出来そうになかった。

 チェニアが決断を下す。


「みんな、回れ右。遠回りしよう。南の町に行って、そこから湖を船で渡ろう」

『了解』


 一行は元来た道を戻り、ルートの確認をした。予定の道に繋がる最短ルートでも大幅に回り道をしなければならなかった。


「こっちのルートだと山を越えるから結構かかるな」

「南の町までは早くても半日かあ。しかももう日も傾いてきたし、着くのは夜中になるかも」

「荷物の事を考えるとそれも厳しいかもね。今日は野宿になりそう」


 トミーにアイ、コリンの三人は小さく肩を落とした。既にここ数日間、野宿を繰り返しており疲れが大分溜まっていたのだ。諸事情により食糧も多くは残っておらず、食事もあまり期待出来そうにない。野宿となればモンスターを警戒してゆっくりと休めない。残念に思うのは当然と言えた。


(水浴びばっかりだからなあ。お湯で汗を流したい)


 と、チェニアもそっと襟を摘まんで匂いを嗅いだ。


(今に思えば、私達の家って贅沢にも風呂付きなんだよね。普段当たり前に使ってたけど恵まれてたんだなあ。あーあ、お風呂恋しいなぁ。私は実家にも風呂あったから馴染みがありすぎ──ん?)


「あっ」


 と声を出してチェニアが立ち止まる。

 急に立ち止まった彼女に、前方を進んでいた三人が気づいて振り返る。


「どうした?チェニア」

「何かあったの?」

「?」


「······そう言えばさ」


 チェニアが三人の顔を順に見てから言う。


「私の実家ってこの辺りなんだよね」

『え?』







 ──それから二時間程して──



 夕陽がほんのりと空をオレンジ色に染め上げた頃、四葉一行は小さな村『シロツメク村』に到着日した。


「とうちゃく~」

『おお······』

「ようこそシロツメク村へ~」


 スカートの裾をチョイっと摘まんでカーテシーのような動作をするチェニア。


「いやはや、まさかSランク冒険者ご一行様をお迎え出来るとは思いませなんだ。どうぞ、ゆっくりしていって下さいまし」


 芝居がかって言うチェニアに三人が苦笑する。


「いやいや」

「そのSランクパーティーのリーダーは

「チェニアじゃないか」

「おや、そうでしたなぁ。まあ細かい事は置いといて、どーぞどーぞ」


 田畑に囲まれた細い道の繋ぎ目にポツポツと家が立つだけの小さな田舎で、その中を行く四葉一行に農作業をしていた村人らが物珍しそうに見る。

 そして、一行の中にチェニアの姿を見つけると「おや?」と言って声をかけてきた。


「チェニアじゃないか」

「ただいまー」

「あ、チェニ坊」

「女の子だよ」

「チェニちゃん今回は早いのね?」

「色々あってね」


 親しく声をかけてくる村人らに挨拶していき、トミーら三人に振り向くチェニア。


「たまに数日の休み取る時とかに帰って来てるんだ。前に帰ったのは1ヶ月前くらい」


 村人らの好奇の目が突き刺さるのを感じて、トミー、アイ、コリンの三人はむず痒い気持ちでチェニアの後についていった。


 そして、チェニアは一軒の家の前で止まった。


「ここが(うち)だよ」


 そこにあったのは昔ながらの素朴な平屋であった。石を積み上げて出来た壁、少しだけセメントで増強してあり、そこに嵌め込むように木の扉。やや粗い造りで、手作りだというのが見て分かる。

 藁葺きの屋根の上にはツタが絡んでいた。唯一、玄関の上に掛けられたランプだけが文明の香りを漂わせていた。


「どお?」


 チェニアが三人の感想を仰いだ。


「何て言うか······」

「えーっと······」

「あ、あれだね······」

「む。なーに?その反応ー」

「あ、いやいや!別に悪く思ってる訳じゃないんだ、すごく良い!」

「うんっ、こういうのノスタルジー?て言うのかしら?」

「一度泊まって見たかったんだよっ、こういうの」

「······ふーん?」


(ほーう?私から本音を隠せるとでも?)


 サトリの目が三人の心の声を全て暴く。


(てっきりチェニアって良い所のお嬢様かと思ってた)

(意外だったけど、のどかな村の素朴で素敵な家だし)

(なんか温かみがあるって言うか)

(良い家だよなあ)

(これぞファンタジーってやつ?)

(こんな家に一度住んでみたかったなぁ)


 思いの外、本当に気に入ったらしい三人の本音に、チェニアはバツが悪そうにサトリの目を閉じた。


「ふう。まあ、いいや。さ、みんな入って」


 気を取り直したチェニアが扉を開ける。


「ただいまー。お母さんー」


「あら?チェニア?」


 家は入ってすぐ居間となっており、女性一人と、老夫婦がテーブルについて豆のサヤを取っていた。


「まあ、帰ってくるのは今日だったかしら?来週のはずだったけど」

「うん、そうなんだけど少し訳あって」


 老夫婦も手を止めてチェニアにニコニコと笑顔を向けた。


「おお、チェニアや。お帰り」

「今回は早かったねぇ」

「うん、お祖父ちゃんお祖母ちゃんもただいま」

「どうした、ギルドをクビにでもなったか?」

「なってないよ」

「ちょっと、おじいさん。私達の孫がクビになるわけないでしょうが」


 二人もチェニアを嬉しそうに迎えた。


「お帰りチェニア。ちょうどリンゴジュースを絞ったところさね。要るかい?」

「うん、いる。あ、お祖母ちゃん、四人分ちょうだい」

「駄目よチェニア。太るでしょう?」


 横から制してきた母親にチェニアが首を横に振る。


「ううん。私が一人で飲むんじゃなくて」


 と、後ろで恐縮して控えている三人を見せる。


「みんなの分も」

『え?』





 それから数分後。

 チェニアの家族と、トミー、アイ、コリンらはテーブルを囲んで談笑していた。

 もっとも、当の三人には『談笑』と言えるかどうか。



「ふふふ。娘から話は聞いてるわ。貴方達が愉快なお仲間さん達ね。いつも娘がお世話になってます」

『い、いえっ!こちらこそ!』


 三人が声をハモらせる。


「俺の方こそいつも世話になって······」

「あたしなんかチェニアに助けられっぱなしで······」

「僕は彼女に恩もありますし······」


 クスクスと母親がおかしそうに笑う。


「チェニアが言ってた通りね」

『えっ?』

「この子がよく言ってるのよ。三人ともすごく良い人達だけど、遠慮し過ぎてて心配だって」

「お母さん、そういう事はしーっ」

「ほっほ。しかしチェニアが冒険者仲間を連れて来るとはのう。長生きするもんだわい」

「ええ、本当ですねおじいさん」


 老夫婦は皺を深めて喜びを溢れさせた。


「そうじゃ。婆さんや、せっかくだからバルシューラ(モンスターの血や肝などを使って発酵させた酒。クセが強いが、滋養強壮効果、大)持ってきてやろう」

「まあ、良いですねえ。裏山の氷室にありましたねえ」

「うんうん。一緒に取りに行こうか婆さんや」

「はいはい」


 トミーらが辞退して止める間もなく、おしどり夫婦は家から出て行った。


「お祖母ちゃんもお祖父ちゃんも張り切ってるね」

「ええ。チェニアがお友達を連れて来るなんて初めてですもの。嬉しいのよ」


 母親が改めてトミー達を見回して言う。


「では、皆さんは今日ここに泊まっていくのね?」

「え、えっと······」

「それは······」

「もちろんありがたいんですが······」


 遠慮がちに言葉を濁す三人にチェニアが無邪気に笑いかける。


「いーの、いーの。遠慮しなくて。みんなの事はよく話してるから家族も分かってるよ。そろそろお父さんに、お兄ちゃんと妹が──」


『帰ったぞー』


「お、言ったそばから」


 外から声がしたかと思うと玄関ドアを開けて、無精髭の濃い中年の男が入ってきた。


「外に大きな馬車が停めてあったがあれは──ん?チェニア?」

「ただいま、お父さん」


 チェニアがそう言うと、男──父親が目を丸くした。


「帰ってたのか。帰りは来週になると聞いてたはずだが」

「うん。訳あってね。それでさ──」


 チェニアはメンバーの紹介と、今夜一晩停めても良いかと父親に話をした。


「ふむ。そうだったのか。もちろん良いぞ」

「わーい」

『あ、ありがとうございますっ』

「うん。しかし君達が例の三人かあ」


 父親がトミーらの対面に腰を下ろす。


「初めまして。娘から話は聞いてるよ。こうしてお目にかかれるとは思ってなかったがね」

『は、初めまして!』


 ピシッと背筋を伸ばして声を揃える三人に父親が笑う。


「はは、そんなに堅くならなくていいよ。ゆっくりくつろいでいってくれ」

『は、はいっ!』

「げ、元気がいいね三人とも」


 苦笑する父親の横でチェニアはじっとりした目を三人に向けていた。


(この緊張具合······まーたみんなの悪い病気が出てると診た)


 サトリの目が瞬く。


「············」


(う、うおおお!チェニアの父ちゃん?!つまりはこの家のボス!)

(だ、大黒柱だもんね!これは粗相出来ない!)

(もしここで何か失言してみろ!?それはすなわち死を意味する!!)


(はい?)


(ここでお父さんの機嫌を損ねて『もうこんな奴と冒険なんかするな!』とかなったら······)

(大事な愛娘だもんね······そんな子に変な子がついてたら『チェニア、この子と一緒に居るのは止めなさい!』ってなるかも!)

(あるいは、お父さんに失礼な事したらチェニアに『私の父上に何をする!!追放だー!』とかってなるかもしれない!!)


(······いやいや)


(きっと『トミー!父親一人の機嫌も取れないのか!君は無能だな、クビだー!』ってなる!)

(多分『アイ!ひどいよ!パパにそんな失礼な事言うなんて!もう出てけー!!』ってなる!)

(恐らく『コリン。私の親父殿を侮辱するとはな。万死に値する。追放だー!!』ってなる!)


 チェニアがため息を吐いてる間にも三人の妄想は暴走していった。


(ここは誠意を見せねば!)

(あたしは良い友達だって思ってもらいたい!)

(親公認の仲間になりたい!)


「いや、しかし、なんだね」


 場を和ませるために父親が話題を振る。


「みんな若いのに大したものだ。えーっと、君が最年長の······」

「トミーです!!」

「そうそう、トミー君。どうだい?娘は迷惑かけてないかな?」

「全くです!サー!」

「さ、サー?」


(サーって何よ、サーって)


 父親はそのまま愛想笑いをアイに向けた。


「チェニアにも同い年くらいの同性の仲間が居て良かったよ。話が合うだろうからね」

「はい!日々勉強させてもらってます!!」

「そ、そうかい?ちなみに、娘とは普段はどんな話をするのかな?」

「え、えっと······あれです!世界平和と、人間の愛と幸福についてです!」

「ず、随分と意識が高いんだね?知らなかった、チェニアはそういう話が好きなのか」


(そんな話したこと一度もないんだけど)


 続いてコリンへ向く父親。


「えーっと、君は確か──」

「はいっ!自分の趣味は魔道具集めです!」

「まだ何も聞いてない?!」

「そうです!娘さんは、チェニアさんは女神です!」

「め、女神?」


(私、神だったのか······)



 若干引き気味な父親は、それでもなんとか笑顔を保っていた。


「い、いやあ。なんかこう、個性的というか唯一無二のメンバーじゃないか。なあ、母さん」

「ええ、そうねー」


 母親はおかしそうにクスクス笑っていた。


(お母さんは楽しんでるな)


「オホン。まあ、とにかくだ」


 場を取り直すように父親が咳払いする。


「冒険者という職業は危険が伴う。ぜひ、娘の事をよろしく頼むよ」

「はい!必ず幸せにしてみせます!」

「結婚?!」

「あたし、毎日スープ作ります!」

「新妻?!」

「毎日、花束買います!」

「新婚?!」

「それでどっか良い所(クエスト的な意味で)へ一緒に旅します!」

「ハ、ハネムーン?!」

「一緒に住んでいる家の(シェアハウス)共有スペースの掃除はあたしがやります!」

「ど、同棲?!」

「とっておきの指輪(便利なマジックアイテム)を彼女に贈ります!」

「エンゲージリング?!」


「あ、あの、みんな······」



 三人の勢いと、父親の驚愕とが重なりあっていき、チェニアの止める余地が無いまま──すっかり夜になった。



 やがて、兄妹、祖父母が戻り、家族が揃った頃には妙な騒ぎになっていた。




「うおお~ん!チェニア~!結婚するなら、一言お父さんに言って欲しかったぞ~!」

「泣くな親父!男なら一緒に笑って見送って······うおお~ん!」

「お姉ちゃん、おめでとー!でも、三人と同時に結婚なんて重婚だね!」

「今日はご馳走じゃ、婆さんや」

「はいはい、お爺さん」

「あらあら、まあまあ。ふふふ」


「あ、あの~、皆さん?ねえ、話を聞いて······お母さんも笑ってないで一緒に誤解を解いてよ~!」


「う、うぐお~!父さんは、笑顔で見送るぞ~!酒だー!酒飲むぞー!」

「親父~!今日はとことん付き合うぞ~!」

「お姉ちゃん、カンパーイ!」







 翌日。



 家族の誤解を解くのに奔走したチェニアと、緊張のあまり意味不明な事を口走ったトミー、アイ、コリンら四葉の四人はゲッソリとした体で村を出発したのであった。



「実家には······一人で来よう·········」


 そう心に決めたチェニアであった。


お疲れ様です。次話に続きます。

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