③──リーダーのチェニア
今日もほとんど被害なくクエストを完了。名声や地位にはさほど興味がない私でもSランクの称号は誇らしい。事実このパーティーはみんな優秀なのだから。
私の名はチェニア。チェニア・ラックス。このSランクパーティー四葉のパーティーリーダーをやっている。白いダボダボローブがチャームポイントの魔法使いだ。
別にリーダーでなくとも良いんだけど、ギルドの規定上リーダーは必要だし、私が立ち上げたパーティーだから私がリーダーなのだろうという消極的な理由でリーダーしてる。
何より、他の三人は絶対やりたがらないし。
私達のパーティー四葉は結成から一年しか経ってないルーキーチームだけど、今では全ギルドの中でもトップクラスの実力派として名を轟かせている。
普通に考えて凄い。いや、あり得ないくらい凄いのだ。優秀という言葉では足りないくらいに。
しかし、どんなに強いパーティーでも弱点や欠点というものはある。私達だって例外ではない。
もっとも、短所と言うよりは奇妙な事情と言った方が正しいかもしれないが。
私達四葉の弱点。
それは、私以外の三人が常に不安症に悩まされているという事だ。三人が三人ともパーティーを追放されるんじゃないかとビクビクしている。
パーティーメンバーの事情より先に私の話をしよう。
私はとある田舎の極一般的な家庭に生まれた。両親に祖父母に兄に妹の七人家族。裕福でもなかったけどみんな元気で平凡なちょっぴり幸せな家庭だった。
そんなノーマルな家庭だった訳だけど、私自身は少しだけ特殊だった。
それは、魔法の才能に恵まれていたということ。
自分で言うのもなんだが、いわゆる天才というやつだった。それも数十年に一度クラスの。
膨大な魔力と魔法のセンスは噂になり、十歳になる頃には王都にその噂が知れ渡り、私は次期聖女候補として教会で修行を受ける事となったのだ。数年間の修行の後、私は大陸で五指に入る魔道士と謳われるようになった。
でも、私は教会のような堅苦しい思想や生き方には性が合わず、申し訳ないと思いつつも聖女への推薦を辞退して冒険者の道に進んだ。
これが十五歳の話。
駆け出し当初はソロでやっていこうかと思いソロパーティーを立ち上げた。人見知りだったし。
最初の内は自由気ままに一人でやるのが気楽で良かった。大抵のモンスターにも問題なく勝てたしランクはどんどん上がっていった。
でも世の中そんなに甘くはなく、受注するクエストの難易度が上がってくると段々に苦しくなっていった。
魔法の効きが悪いモンスターや、集団戦法を仕掛けてくるモンスターには分が悪かったし、女の身一人だと認識されると夜党に襲われるリスクが高まるのもソロの欠点だった。実際、何度か襲われた事もある。烏合の衆相手だから大事なかったが、怖いものは怖い。
そんな事情もあり半年くらいした辺りで、さらなる活動のためにも仲間を集めようと思い立った。
もう一つ白状するなら、周りでワイワイやっている他パーティーを見ているうちに羨ましくなったのだ。
そんな事もあり一時的に他のパーティーに混ぜさせてもらったりもしたのだが······思っていたのと違った。
ほとんどのパーティーは表では互いに協力し合う関係でいたが、裏ではパーティー内での自分の地位にばかりこだわっていた。
ある者はリーダーに気に入られようと肉体関係を持ったり、ある者は他人を陥れる策を講じたり、ある者は手柄の独占を目論んでいたり。
挙げ句の果てには、私に対して歪んだ妬みを抱く者や淫猥な妄想を膨らませるものまで居たりした。
楽しそうなのは上辺だけ。内心はドス黒い感情で渦巻いていた。
なぜ、そんな他人の考えている事が分かるのか。憶測で言ってるのではない。
実は私には誰にも言っていない秘密があるのだ。
それはユニークスキル『サトリ』という能力を持っているという事。
このスキルは簡単に言うと読心。つまり他人の思考などを読みとれるというものだ。
厳密に言うと、『読む』というよりは『聞く』に近い。スキルを使うと内心の声が丸聞こえになるのだ。
普段は髪の毛に隠されている私の左目は右目のブラウンとは違い、ゴールデンだ。この左目にサトリの力が宿っているのだ。
目にある能力で心を聞くというややこしいことこの上ない能力だ。
任意で発動でき、相手の考えている事はもちろん記憶さえ覗く事が出来る(記憶に関しては映像として見えてくる)優れものだ。ただし、勝手に記憶を見るのはやはりお行儀悪いので控えている。
このスキルの事はパーティーの仲間も家族さえも、誰も知らない。心が読める人間と一緒に居たい人なんて居ないだろうと思ったから黙っておくことにしたのだ。
ただ、まことに身勝手な理由ながら、私はこの能力を使っては他人に幻滅したりして、結果的に一人になる事を好んだ。
それでも私は仲間が欲しかった。
手柄とか自分の地位とか関係なく、仲間のためパーティーのために一生懸命頑張ってくれて、みんなで仲良く活動してくれるようなそんな人だけで構成したパーティーが欲しかった。
実力は強いに越した事はないけど、そこまで重視してなかった。弱くてもいいから仲間思いのメンバーだけで構成されたパーティー。それが私の夢。
そんな願いを込めて、私は新しいパーティー『四葉』を立ち上げた。クエスト帰りにたまたま見つけたクローバーからつけた名前だ。
せっかく四葉のクローバーから取った名前なのだからやはり四人パーティーにしようと思い、メンバーを探した。
高ランクを目指すのなら四人は人数不足だったが、構わなかった。ただ、仲の良いパーティーにしたかった。
でも、思うように仲間は見つからず、寂しい気持ちで過ごしていたある日の事。
近くの森で薬草とかを採集していた帰り道、行き倒れている男性を発見した。
もちろん放っておく訳にもいかず、助ける事にした。怪我なども負って弱っていたのでヒールをかけてみたら
「な、何か食い物を······」
と呻いていたので私のお弁当をあげた。
お弁当に夢中の男性を見てみると変わった趣向の服を着ていることに気づいた。軍服に似てるけどちょっと違う、何かの制服かフォーマルなスーツのようだったけど、シンプルで洗練されていて味気なかった。
失礼ながらもサトリの力で彼の記憶を読ませてもらうと、驚愕の事実が判明したのだった。
なんと彼はこの世界とは違う異世界という所からやってきた『しゃちくさらりーまん』とかいう人種だったのだ。
もちろん、その記憶をすぐに信じた訳じゃない。頭のおかしい人間の奇妙な妄想だと思った。でも、彼の記憶は混濁しているものの、思考は正常な人間そのものだった。
ならば嘘なのかとも思ったが、こちらはあり得ない。人間は言葉に偽りを施せても思考にまで嘘は施せない。
あまりにも突拍子もない事実に戸惑ったが、男性がすっかり困り果てていたので間借りしていた私の家に案内して保護してあげる事にした。
翌日。少し落ち着いてから話をしてみたところ、しどろもどろな答えばかり。心を読んでみたところ事実を話すのを躊躇っているようだった。
男性の名前はトミノ・タカシというものだったが、自らをトミー・ストレイルと名乗った。
今後の処遇をどうしようかと思い、失礼ながらもさらに記憶を読ませてもらったところ、興味深い事実が判明した。
トミーはこの世界に来てすぐにモンスターと戦っていた。そのモンスターというのが頑丈でしぶとい事で有名なオロデトムというやつだったのだが、なんと彼は物理攻撃だけで撃退していたのだ。ロクな装備も無く、傷付けられる相手じゃない。Aランク冒険者にだって滅多に居ない攻撃力をトミーは有していたのだ。
どうやら能力がアンバランスなようだったが、そこはサポートさえすれば何とかなると判断した私は思い切ってパーティーに勧誘してみた。
トミーは驚きながらも承諾してくれ、私は早速彼に必要な服や装備を買い、他にも用事があって一人で町へ出掛けた。
すると、人気の無い道の片隅に蹲っている少女を見つけた。
一見するとエルフのようでもあったが、魔族特有の紅い瞳や、龍人の角も見受けられ、第一印象はものすごい混血人種であるということ。
「あ、あの······水······」
なんだか疲労困憊といった様子だったので、ヒールをしてあげ、近くの食堂でご馳走することにした。
事情を訪ねても曖昧な答えが返ってきたので失礼ながら記憶を勝手に覗かせてもらった。
なんということだ。と、その時の私は驚愕のあまりに言葉を失った。
なんとその少女もトミーと同じく別世界から来たのだ。記憶の映像からして同じ世界から来たっぽかった。
そして、怪しい邪教徒らによって生成された合成人間らしいという事は分かったが、それ以上は本人も理解していなかったので詳細は分からない。
ともかく、トミーに引き続きその少女もホシハラ・アイという本名を隠し、アイ・スターフィールドと名乗った。
異世界から来たという事実はやはり信じがたかったが、同じ空想や妄想を持つ人間に立て続けに出会う可能性の方が低いように思われ、私は半信半疑ながらもアイも異世界人だと悟った。
異世界の事も気にはなったが、私はそれ以上に彼女のそれまでの経緯の方が気になった。
なんと、記憶の中に散見されたスキルの多くが種族固定のスキルであったのだ。つまり、努力や才能によって会得出来る代物ではなく、生まれた時から種によって定められている力だ。
それを三種族分持ち合わせていた。保有スキルの数も一個人が持つにはとんでもない数だった。
基礎能力に若干の問題はあるようであったが、それを加味しても二人とない逸材なのは間違いなかったのでダメ元でスカウトしたらあっさりと承諾してくれたのだ。
かくしてトミーに続いてアイというメンバーを迎えた私のパーティーは三人になったのだ。
あまりに棚ぼたな展開にウキウキになった私は町の外周を散策して鼻唄を歌っていた。
「だ······誰か······」
そんな時、すっかり見慣れた光景。行き倒れている人影をまた一つ見つけたのだ。
例の如くすっかり衰弱していたのでヒールしてあげ、近くの露天で売っていた串焼き肉をあげたら、その少年はずっとペコペコていた。
身なりや、足の枷ですぐに奴隷だという事が分かった。
お馴染みの事情聴取を敢行しようとしたところ、海賊船の話はしてくたが、それより前の話をはぐらかしていたので──またまたサトリの力を使った。
唖然としたというか、呆れたというか、そんなことあるのか?とその時は思った。
なんとその少年も異世界人だったのだ。
流石に三人連続ともなれば、私も異世界の存在を信じざるを得なかった。なにしろ三人の人生は三者三様であったが、その背景の社会や世界観が同じだったのだから。
少年はコリジ・ケンタという本名は伏せ、コリン・ヘルスエルと名乗った。
どうも目が覚めたら海賊船の上で、嵐にあって海に放り出されて海岸に打ち上げられたというなかなかハードな経緯があったようだが、私が注目したのは彼の持つスキル。
『クラフト』なんて聞いた事もなかった。おそらく、私と同じような唯一無二のユニークスキルだろう。彼が嵐で助かったのも、そのスキルで浮き輪なる物を簡易的ながら作ったからだ。
そのスキルは魅力的だった。まだ未知な部分が多かったが、上手く使いこなせるようになれば、装備や道具の性能を底上げし、パーティー全体の力を向上させる事も十分に考えられたからだ。
本人は全く戦闘経験もなく、戦闘能力は一般人と変わらないようだったが、そこは他の二人の力でカバーが利くだろうと私は判断した。
スカウトしようと思い、パーティーメンバーを集めている話をしたところ、コリンの方からいきなり土下座してきたので、なだめてからぜひお願いした。
改めて三人を一同に会して紹介させてみて、同じ異世界人同士なんらかの反応があるかと期待したけど、互いに相手の事を現地人だと思っていたので特に何も起こらなかった。
ともかく。
こうして私達四ツ葉は晴れて今の形である四人パーティーになったのだ。
何日かして初クエストに挑んでみたところ、私達の連携は恐ろしい程に噛み合っていた。
トミーはスタミナに問題があったけど、それをアイの支援スキルが補助し、アイの火力不足をコリンの作った毒や属性付与のアイテムが補い、コリンがサポートに集中出来るよう、トミーは暴れた。
私はそんな三人の動きを全体に見渡し、魔法攻撃と回復魔法を使い分けて支援し、指示を出す役割を担った。
三人はすごく一生懸命で、自分の手柄とかそんなのより仲間の為に動いてくれていた。そしてその動きが結果的に相乗効果となり大きな結果を出した。
たった一回のクエストで私は確信した。私達は相性が良い。きっと凄いパーティーになると。
なにより、トミー、アイ、コリンは皆が皆、他人を思いやって尊重してくれる人間だったのだ。
私は三人の特異な能力を見て衝動的にスカウトしてしまったのだが、三人の素晴らしいのは何よりもその心だった。私が本来求めていた仲間想いの優しい人達だったのだ。
本当に素晴らしかった。強くて相性が良いだけじゃなく、私が一番求めていたものを全員が持っていたのだから。まさに完全に完成された理想のパーティー。
·········ではあるのだが、一つだけ問題があった。
それは、三人とも不安症に陥りやすいということだ。と言うか自己評価がものすごく低い。
事ある毎に『俺はクビにされる』とか『あたし追い出されちゃう』とか『僕はきっと追放される』とか。あまりに卑屈な心の声が聞こえてくるのだ。
そもそも、なんなんだ、その『追放系』とかいうジャンルの本は。別世界でありながら、この世界のような舞台を描く想像力は素晴らしいが、随分と妙な物語が三人の世界で流行っていたようだ。
まあ、実際に無い話ではないが、パーティー脱退はもっと事務的なのが普通だ。
やれクズだのカスだのバカだの無能だのとかわざわざ言って侮辱してくる人間なんてほとんど居ない。
ましてや私がそんな事言う訳ないじゃないか。自分からスカウトしたのに。
しかし。そういった不安のおかげというか、そのせいでというか、三人は常に全力で必死にやってくれており、結果的にはパーティーに貢献してくれている。
そう、結果としては有益なのだ。なので無理にみんなの本音を私が暴露したり代弁したりする必要はないんじゃないかという判断。
そもそも、そんな事をするには私のサトリの事を話さなくちゃいけないし。
それと、もう一つの本音を言うなら、この三人のちぐはぐな思い込みや勘違いが微笑ましくて面白いのでもう少しの間一人で姑息に楽しんでいたいという私の歪んだ気持ちもあるのだ。
だけど、いつかは私の事も、みんなの真実も話そうと思っている。
きっとその頃にはみんな自分に自信を持っているはずだと信じて。
お疲れ様です。次話に続きます。