㉙──太客
──とあるダンジョン近くの村──
ダンジョンに近い村はモンスターの脅威に晒される可能性が高く、決して理想郷とは言い難いが、その地理故に恵まれた側面もある。
すなわち、ダンジョン攻略に挑む冒険者達による経済効果だ。
ダンジョン攻略を行うにあたって、冒険者はその最寄りの村や町に多額の金を落とす。
宿泊費、食材や消耗品の購入、医薬品から嗜好品の購入、テントや野営用の器具、設営の道具、攻略後の宴会は料理屋にて行われる。
とにかく、ダンジョン攻略はあらゆる需要が発生するイベントだ。冒険者は一攫千金を狙うが、その為の準備に相当の初期投資が行われるので、ダンジョン周囲の村は潤うのだ。
ダンジョンと冒険者のための産業集落と称しても過言ではない。
ここにも、ダンジョン攻略した冒険者による恩恵を受ける者達が居た。俗に言う解体屋である。
一見すると肉屋と倉庫を合体したかのような建物の前で若い青年と、厳つい中年の男とが話していた。
「親方、ウルフの解体終わりやした」
と、青年が言うと親方なる男は渋い顔で頷いた。
「おう、ご苦労。ブリッジ横にサーペントがあるからな。昼までに皮剥いどけ」
「うっす。しかし、やっぱダンジョン攻略の時期になると忙しいっすね。正直もう冒険者に来て欲しくないっす」
青年がそう言うと男は睨むように見返した。
「バカやろう、だから稼ぎ時なんだ。いいか?この時期はまさに、金が地から湧いて空から降ってくるようなもんなんだ」
男はしかめっ面でナイフを研いだ。
「冒険者は絶えずダンジョンに潜ってモンスターの素材を持ってくる。それを専門的に処理するのが俺らの仕事な訳だが、どいつもこいつも考える事は一緒で同業者が多い。解体業者はこの村だけでも五つある。隣町や村を合わせりゃもっとだ。そんな競争の中を生き残りてえんなら忙しいなんて考え方は負けちまう」
ギラリとナイフを光らせる男。
「シーズンの間にどれだけ冒険者の需要に応えられるかが、この先もやってけるかどうかの判定になる。気合い入れろ」
「う、うっす!」
「······と、話をすりゃあお客さんだ」
男がそう言って見る方向に青年も顔を向けた。
ダンジョンの位置する方角から一人の少女が向かって来ていた。
随分と小柄で、白いローブはダボダボであり、風呂敷の様な荷物を背負っているのだが、本人の小ささのせいで風呂敷が巨大に見えた。
男が青年に耳打ちする。
「いいか?相手の人相を見てどれくらいの仕事が来るかとかも予測出来るようにしとけ。そうすりゃ従業員への指示や配分も早くなる。今だって俺はあの子の肩に付いたギルドの紋章を見分けたから即座に客だと判断出来たんだ」
「なるほど。ちなみに、あの子の見立てはどんな感じっすか?」
「ふむ······」
男は少女をじっと見てから首を横に振った。
「それほど高ランクの冒険者ではないな。しかもソロときた。得物が杖って事は魔法使いか。まだ若いし経験も浅いだろう。それに、強者の纏うオーラってやつが無い。まあ、駆け出しのマイペースな冒険者少女ってとこだな。多分、ランクはDかEってとこだろう」
「すげえ、そこまで分かるんすか!」
青年から尊敬の眼差しを向けられて男は得意そうに笑った。
そうこう話してる内に少女が二人の前までやってきた。
少女は眠たげな、覇気の無い抑揚で青年と男に声をかけた。
「すみません。モンスターの素材を加工して欲しいんですが」
男は無愛想な表情のままながら
「はいよ。いくらでも任せてくんな」
と活きの良い受け答えをした。
少女が風呂敷を下ろす。
「鮮度が落ちやすい素材だけを集めたんですけど」
「ほう、どれどれ······え······?」
広げられた風呂敷の上を見て男が目を見張る。
「こ、こりゃあ、デスウルフの肝か?それにこっちはサラマンドの延髄、こっちはヤクージャの目玉?」
他にも高レベルモンスターの素材が溢れんばかりにあった。
少女がゆっくり頷く。
「保存が難しいので、すぐに加工してもらえればなと思って」
「·········」
男にとっては、どれもこれも毎日は見れない程度の素材ばかりであった。少なくとも、一度にこれだけの種類と量を突き付けられた事は三十年のキャリアの中で初めてだった。
男は少女に「すまん、ちょっと待っててくれ」と言って、青年の肩を掴んで少し距離をとって背を向けた。
「どうしたんすか?親方」
「あんな量は異常だ。ただ事じゃねえ。少なくとも、俺の知る限りであんなに持ってきた奴は居ねえ。Aランクだって無理だ」
「え?じゃあ、どうやって?」
「·········考えられる事は一つ」
男はスッと目を細めた。
「ありゃ盗賊だな。きっと他の冒険者の集めた素材を盗んできたに違いない」
「ええ?!マジっすか?」
「良く考えろ。持ってきたのはどれも希少な部位だ。つまり、荷物は軽めで儲けは大きい。普通の素材じゃ盗むのも難しかったから運びやすい物だけ集めたんだろう」
「な、成る程!確かにそうっすね!」
「よし、中の若い衆から腕っぷしの立つ人間集めて扉の裏で待機しとけ。そんでもって俺が合図したら飛びかかってあいつを縛り上げろ」
「了解っす」
弟子の青年が解体倉庫の中へと入って行くのを見届けてから男は少女の元へ愛想笑いを振り撒いて戻った。
「いや、お待たせして申し訳ない。それじゃあ早速処置していこう」
「お願いします」
専用の溶液や、魔法石に、薬品の類いを使って素材の保存処置をしていく男。
(こんな若い子が盗みなんてな。世知辛い世の中だ。だが、大切な資産を盗まれた冒険者の為にも見過ごせねえ。とりあえず、鮮度が落ちねえように俺が加工しといてやろう)
少女は今来た道の方を見ていた。
(余所見してるな。よしっ、今がチャンスか)
男が合図をしようとしたところで少女が振り向いた。
「あの、すみません」
「おん?何だい?」
上げかていた手を引っ込め、代わりに愛想笑いを差し出す男。
「何かご注文ありかい?」
そう尋ねると少女はもう一度、後ろを振り返ってからこう言った。
「この後に他の素材も到着する予定なんですけど、それらも一括で加工出来ますか?」
「なに?他の素材?」
「はい。今処理してもらってる素材らの本体とかそういうのなんですが」
「······なに?」
男が聞き返そうとしたところで少女が「あ、来た」と頬をほころばせた。
少女の見る方を男も見やった。遠くから、馬に引かれた荷車がやってきているのが見えた。
「?」
男が見守る中、その馬車が目の前まで来て止まった。同じ村の知り合いが御者を務めており、降りるや白ローブの少女にニコニコと笑った。
「いやー、まさか俺の馬車が役に立つなんてな。村の皆に自慢出来るよ」
「いえいえ。どうもありがとうございました」
「んじゃ、馬車はそのまま置いといていいぜ。後で取りに来るからさ」
満足そうに笑いながら去っていく知り合いを男は不思議そうに見送っていたが、そこへ少女が声をかけた。
「あ、今到着しました。降ろすのを手伝って欲しいんですが」
少女がそう言うのと同時に、荷台からスルリと滑るように下りた三つの人影。
一人は長身の男。
もう一人は亜人の少女。
もう一人は中性的な少年。
その異質な組み合わせの三人が、白ローブの少女に近よって言葉を交わす。
「待たせたな、思ったより多くて乗せるのに苦労したんだ」
「うん。お疲れ様」
「あたしらの方でそれなりに種類分けしといたから、下ろし易いとは思う」
「うん、ありがとね」
「じゃあ、こっちの方から下ろしていくね」
「うん、お願い」
少女が解体屋の男に向き直る。
「あ、こちらの荷台に、さっき渡した素材達の本体というか、大部分の素材が積んであるんで降ろすのを手伝って貰えればなと」
「なんだって?」
慌てて男が荷台を覗く。そして息を呑んだ。
そこには、高ランクモンスターらの毛皮やら骨やらが山のように積まれていたのだ。無論、そんな光景は見た事がなかった。
そして、いくら何でもこれ程の量を盗んで、正々堂々と馬車で運んでくるとは思えなかった。
「······なあお嬢ちゃん」
「はい?」
「あんたら、ランクは何だい?」
「えっと、Sランクです。Aの上です」
「············」
この仕事を長くやっている男は、その称号の話は聞いた事があった。
「親方ー!」
呆然とする男の背に、先ほどの青年が走り寄って来て言った。
「もう裏でみんなやる気まんまんっす!すぐにとっちめてやりますよ!いつやりやすか?」
「馬鹿やろう!!」
途端に男のカミナリが落ち、青年が飛び上がる。男の叱咤が唾と共に飛ぶ。
「この人達は高名な冒険者ご一行だ!少しでも粗相してみやがれっ、俺が生皮ひんむいてやるからな!」
訳が分からず、目を白黒している青年と、倉庫の扉の裏に隠れている弟子達に男の大音量の声がかかった。
「てめえら!何ボサッとしてやがる!お客様がお待ちだ!さっさと荷物下ろしにかかれっ!」
後に、村人達は知る事となる。この四人こそミッスル地方で既に伝説となりつつある最強パーティー『四葉』であるという事を。
村はしばらく、このSランクパーティーの話で持ちきりだったと言う。
お疲れ様です。
次の話までがプロローグ的な扱いです。




