㉑──故郷の味
クエストも終わり、一段落ついた四葉のメンバーは、いつもの店で静かな乾杯を交わしていた。
「ぷはぁっ!やっぱクエスト終わりはこれだな」
「はい、おつまみ」
「サンキュー、アイ」
「あら?コリンそれは?」
「これ、燻製したチーズなんだって。スモークチーズ?ってやつかな」
「あ、美味しそうね。おつまみにぴったしっぽい?」
「うん。食べてみなよ」
「ありがと。いただきまーす。うん、美味しい」
「コリン、俺も良いか?」
「もちろん。飲みっぷりの良いトミーには似合うと思うよ」
「うんっ、旨いっ」
仲良く食事をするメンバーにチェニアのご飯も進むのであった。
(このクエスト終わりの後のご飯いいよな~。皆お腹減らしてるから一層美味しく感じるんだろう。美味しいと雰囲気が良くなって、雰囲気が良いと美味しくなる。まさに美味しいご飯の愉快大車輪)
クエストは肉体労働である。故に、体力の消耗も激しく、冒険者は腹を空かせるのだ。
空腹の冒険者にとって食事とは、まさに生き甲斐と言っても過言ではない。
食べねば働けず、働かなければ食べられない。食べる事は義務であり、幸福の権利である。それは異世界であっても変わらない。
トミーは元々多くの量を食べるが、アイやコリンもクエスト後は負けじと食べる。
(旨いなぁ。こっちの料理は天然の調味料しか使ってないから飽きが来ないっていうか、いくらでも食える)
(素朴な味付け。でも、スパイスとかでバリエーションは豊富だし味しっかりしてる)
(素材の味も活かしつつ、味付けも濃くて美味しい)
進んだ文明である現代社会の食事を口にしていた転生組三人も唸る程の料理。料理のレパートリーに差こそあれど、そのクオリティは決して劣る物ではなかった。
しかし、それでも故郷の味が懐かしくなることもある。
(でも、やっぱりというか和食はほぼ無いんだよな)
(うーん、おにぎり恋しい。あと味噌汁)
(お茶漬け好きなんだよなぁ。渋いかも)
(でも、やっぱり──)
(アレ、食べたくなるのよね)
(アレは流石に無いかぁ)
三人は申し合わせたように、それぞれが秘かに苦笑を小さく浮かべた。
(まあ異世界には無いよなぁ)
(他にも無いのはあるけど、アレ食べたいな)
(似た物は作れるかもしれないけど)
「·········ねえねえ、みんな」
そんな三人にチェニアが声を掛ける。
「みんなの好きなメニューって何?」
「え?そうだなぁ」
「あたしはね──」
「うーん、僕は······」
和やかな雑談が食事をさらに美味にした。
それから何日か経って。
四葉の休みがやってきた。
「はい、お休みです。皆さん自由にお過ごしくださいませ」
と、なぜかチェニアが静々と三つ指ついてお辞儀する。旅館の女将さながらであった。
トミー達が首を傾げる。
「ど、どうしたんだチェニア?」
「なんかのマネ?」
「妙に重々しいね?」
「いえいえ。皆様には大変お世話になっておりますゆえ。今日は私からおもてなしいたしたく思います」
「あ、ああ?」
「え、ええ?」
「う、うん?」
「では皆様、夕飯までにはお帰りなさいますようお願いいたします。むしろ夕飯ぴったしくらいに是非お越しくださいまし」
チェニアの謎の言動に軽い困惑を覚えながらも、三人はそれぞれ出掛けて行った。
「······よし。やるぞ~」
チェニアは一人拳をグッと握り締めた。
財布をポーチに仕舞い、キリリっと表情を引き締めて大きなリュックを背負って家から出る。
──ウィードス東街の定期市──
「さあっ!見てらっしゃい、寄ってらっしゃい!東方から渡った珍品の数々だよー!」
「お客さん、お目が高いねえ!これは北国でしか取れない永結氷晶っていう宝石でねぇ──」
「ふふ、この美しい羽、見事でしょう?これは南東に行った諸島群でしか生息してない珍鳥の羽で──」
「へーいっ!ガルダン国の鍛冶屋の作った極上の一品だ!剣士ならこいつを持つのが誉れよぉ!」
ウィードスは元々交易の地として栄えた歴史があるだけに、今でも大陸各地の品々や別大陸の珍品までもが並ぶ。
冒険者御用達の武器に防具から、一般的な日用品までもが売られているのはもちろん、各地方の特産品も多く出されている。
ここでなら、普通は無いような物が手に入る。
そんな市の間を、チェニアの小さな影が人波を縫うように進んでいた。
(ふーむ。まずは······)
チェニアは乾物系の店に立ちよった。干し肉を中心に様々な乾燥食料が売っている。肉も、普通の動物の肉もあれば、食用に使えるモンスターの肉もあった。
肉だけではない。
乾燥させたハーブもあれば、魚の干物と、この地方では珍しい海藻の乾物もあった。
チェニアはジーッとその乾物たちを見て回った。
(ふーむ。多分これとこれだな。後は······)
「お、お嬢ちゃん。熱心だねえ」
その店の店主が声を掛ける。
「さっきから熱心にその昆布を見てるが、もしかして南から来た料理人かい?」
「ううん、冒険者。でも、今は料理人かも」
「ははは、そいつは良い。ゆっくり見てってくれよ。こっちの地方には馴染みの無い食材も多いから分かんない事あったら遠慮なく聞いてってくれ」
「うん。この昆布ってやつは茹でればいいの?」
「ああ、そうさ。でもあんましクタクタになるまで煮込むと苦味とか出ちまうからな、上手いコツは──」
店主の説明を聞きながらチェニアは食材を吟味していった。
(多分これとこれかな)
「えっと、この三つお願いします」
「はいよ!まいどっ」
目当ての物を買ったチェニアは次の店を目指した。
次に立ち寄ったのは南東地方の食材を扱う露天であった。
南東地方は温暖で湿度の高めな半島地域や諸島群からなる地域で、大陸北部に位置するミッスル地方と文化が大きく異なる。
中でも、食文化はかなりの差異があり、豆類を作った調味料や、魚介類から作る発酵食品などが特徴的でえる。
(ふーむ。あれはどこかな?ん?これかな?)
並べられている小壺を順に見ていくチェニア。中には調味料が入ってる。
「おや?旅人さん、その調味料気にナルカネ?」
やや南東訛りの商人がチェニアに声をかける。
「それはソイユって言う調味料にござり。豆を発酵させた物だ」
「中身を見ても?」
「ああ、いいヨ」
小壺の蓋を取ると、そこには真っ黒な液体が満たされていた。
商人がスプーンを入れて掬ってみせる。
「ほれ、こんな感じでサラサラしてる。真っ黒に見えるけどこれは赤みがかってるだろう?これは新鮮な証でな」
「本当だ。ソースとは違うね」
(これっぽいなあ。よし、これだ、多分)
キチンと栓をした何本かの竹筒に移し変えてもらい、三種類ほどの調味料を購入したチェニア。
(多分、独特な材料はこれで終わりだ。後は似たような物がこっちにある)
チェニアはしばらくの間市を見回り、他にもあれこれ購入していった。
昼頃、チェニアが大量の荷物を抱えて家に帰る。他のメンバーはまだ帰ってきていない。
と言うより、三人とも夕飯までは大体帰ってこず、帰る時間帯もほぼ同じであるという事をチェニアは経験上知っていた。
(うん、ちょうどよし。さあ、ここからが本番だっ。皆が帰ってくる前に仕上げるぞ~)
台所の窯でいそいそと火支度にかかるチェニア。大きな鍋に水をたっぷり入れていく。
ふつふつと煮たってきたところで、買ってきた昆布を入れる。
煮え立つ前に取り出し、今度は魚の干物を大量に入れていく。小魚の物や、乾燥させた身を薄く削った物など複数の乾物があった。
そこへさらに、肉屋で購入した骨などを投入していく。臭み取りのハーブも欠かさず、玉ねぎやニンニクは外皮だけ剥いて丸ごと入れる。
たちまち、部屋中、いや家中に湯気が充満していく。
(うわぁ、これは凄い。火加減があってるか分かんないけど、少し落とすか)
グツグツと煮えたぎる鍋をオタマでかき回し、火の調整をするチェニア。鍋周りの温度は急上昇しており、早くも額に汗が滲んでいた。
(う~っ、オタマがおもーいっ!こ、これは肉体強化魔法無いと無理っ)
戦闘やクエストでもないのに身体能力向上の魔法を唱えるチェニア。そうでもしないと、鍋の密度が高過ぎてかき回せられない。
かき回し、アクを丁寧に取り除いていくチェニア。本人も気付かぬ内に、クエスト時よりも真剣で渋い職人のような表情をしていた。
鍋の中が白濁色のスープに変わり、黄金の油が表面で煌めき始めてきた頃にチェニアは火を弱めた。
(よし、次は具材だ)
ネギを切りきざみ、市で手に入れた海苔を手頃なサイズにカットする。
茹でた玉子の殻を丁寧に剥がしていき、近所で購入した魚のすり身を茹で上げる。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
いくら身体を強くしているとは言え、これまでの作業はとてつもない重労働であった。流石のチェニアの息も上がっていた。
(これは想像以上に大変だ!)
それでも、未知の味に対する探求心も相まってチェニアは疲労よりも楽しさの方が勝っていた。
買ってきた豚肉のブロックを紐で縛り、フライパンで全面を焼いていく。
スパイスや香り付けのハーブで風味を整えたら、一旦置いて、小さな鍋を用意する。その中に、先ほどから煮込んでいるスープを少し注ぎ、そこへ例のソイユなどの調味料を加えていく。
(えーっと、多分この調味料はしょっぱいから、砂糖を加えて、あとこっちの南東伝来のお酒も入れて······)
豚肉ブロックは真っ黒なスープの中でグツグツと煮えていた。
「よしっ!」
タオルで汗を拭いながらも、チェニアの作業はまだ続く。
今度は麦粉に片栗粉などの粉を混ぜ合わせ、それを水で練って生地にしていき──
──数時間後──
すっかり日の落ちた時間になり、トミー、アイ、コリンの三人が帰路につく。
「おっ」
「あ、トミー、コリン」
「やあ、アイ、トミー」
「コリンにアイ。二人も今帰りか」
帰り道、ばったり出会った三人はそのまま一緒に帰る事にした。
「うーん」
「どうしたの?トミー」
「いや、今朝のチェニアのあれは何だったんだろうって思って」
「そうだね。僕も気になったよ」
(俺の追放に関係はあるかな?)
(うーん。あの感じだとあたしの追放には関係なさそうだけど)
(でも、気になるよなぁ)
不安とも言えない程度の気がかり。三人は小首を傾げながら歩いた。
辺りにはポツポツと窓の明かり。開いたドアや窓から夕飯の良いにおいが漂ってくる。
(ああ、腹減ったなぁ)
(ふふ。懐かしい感じ。ちっちゃい頃は公園から帰る時こんな感じだったなぁ)
(風情と言おうか、情緒と言おうか)
夕暮れ時の雰囲気は独特だ。しかし、空腹に吹き込んでくる料理のにおいが多分に含まれた時間帯であるのは間違いない。
『ただいまー』
シェアハウスに着き、三人が連れ立って中へ入る。すると──
『?!』
(あ、あれ?)
(何だろう、このにおい······)
(なんか嗅いだ事あるような)
玄関に入った途端、何か覚えのある香りが三人の鼻を打ったのであった。
『!!!』
(あっ!)
(これってまさか!)
(でもっ、アレは──)
「へい、らっしゃーい」
『!!?』
玄関に佇む三人に声がかかる。無論、その声を掛けた人物はリーダーたるチェニアなのであったが、何やら格好がおかしい。
スカートはいつもの物だが、珍しく肩が露になるくらいのシャツ一枚と、頭にハチマキを巻いてるという出で立ち。
それが腕を組んで台所で待っているのだ。
当然三人は困惑した。
(な、何やってるんだチェニア?)
(ど、どうしちゃったのチェニア?)
(チ、チェニアだよな?)
「へい、三名様だね。さ、席に座ってくんな」
戸惑う三人にお構いなしにチェニアが竈の前で何やら用意をしだす。
トミーらは言われるがまま、いつものように席に着いて、台所で忙しなく動いてるチェニアを眺めていた。
そして三分としない内に。
「へい、お待ち!」
──ゴトッ──
『──?!?!』
チェニアがテーブルの上に置いた料理に三人は目を見張った。
(え?!こ、これって······ラーメン?!)
(ラ、ラーメンじゃん!)
(嘘だろ?!ラーメンだ!?)
それは紛れもないラーメンであった。具材がやや個性的な形のものの、濃い琥珀色のスープに、黄金の麺、チャーシューと玉子、青いネギに海苔、やや形の不格好なかまぼこ。
「さ、熱い内にどうぞ」
と、チェニアが笑顔で促す。
未だに困惑しながらも三人は用意された箸を手に取った。
(箸まである······)
(色々聞きたい事あるけど······)
(まずは······)
スープスプーンでラーメンの汁を啜る三人。
「っ?!」
「お、おいしい!?」
「こ、これは?!」
思わずもう一口啜る三人。
(ラーメンだ!醤油味?か?)
(独特な感じだけど醤油ラーメンじゃん!)
(間違いなく醤油だ!醤油ラーメン!)
次に麺。
(おおっ、少しモッチリしてる)
(うどんとかに近いけど、麺の細さがグッド!)
(これもラーメンだ!うまいっ!)
そして具材。
(チャーシューうめえぇ!?)
(このかまぼこナルトの代わりね?!)
(海苔も本物だ!?)
その後はもはや夢中で食べる三人。
なんで他の二人は箸使えるのかとか、そもそも何故チェニアがラーメンを作れたのかとか、そういう事すら忘れ、ズルズルッと麺をすする。
(ああ、ラーメンだ。懐かしい!)
(おいしい~!これ食べたかったのよね!)
(まさか異世界で食べれるなんてっ!)
「ふふふ······」
(苦労した甲斐あったなぁ)
一心にラーメンを食べる三人をチェニアは微笑んで見守っていた。
そう。そもそもの話は、数日前のあのたわいもない食事の雑談に遡る。
数日前。食事をしていた三人の脳内にラーメンが浮かんでいたのをチェニアがたまたまサトリで見ていたのだ。
(何だろう、こっちには無い料理なんてたくさんありそうだけど)
とりわけ三人が欲していたので、チェニアは日常会話を織り混ぜてそれとなくラーメンの情報を三人の記憶から引き出したのであった。
(なんかおいしそー)
興味を持ったチェニアは早速三人の記憶を元にレシピを作成。
と言っても三人とも素人なので正確なレシピは不明であったため、類似した料理を本で調べたりしながら食材を集めたのだ。
曖昧な記憶、不確かな情報、全くのラーメン素人。
にも関わらず、チェニアの作ったラーメンはかなりの完成度を誇っていたのであった。
(みんながっついちゃって)
「みんなー、美味しい?」
「マジうまいっ!!」
「すっごい美味しい!!」
「もう最高に美味しいよ!!」
「えへへ。お代わりの麺もあるからね」
「俺いるっ!」
「あたしもっ!」
「僕もっ!」
異世界ラーメンの思い出が刻まれた四葉の一夜なのであったとさ。
お疲れ様です。次話に続きます。




