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②──四葉のメンバー

 レッドワイバーンの討伐が終わり、四葉の四人は行きつけの酒場で祝杯を上げていた。

 ギルドの酒場ではなく、冒険者があまり来ない静かな酒場であった。


「みんな、今日もお疲れさま」


 そう言って白ローブの少女がジョッギ片手に他の三人を見回す。


「今日は私の(おご)り。ガッポリだったからね。食べて飲んで」


 カチンっと交わされた乾杯の音がその日の無事を祝った。







(ああ、良かった。今日もなんとかなったか)


 ビールを喉に流し込みながら長身の男トミー・ストレイルはホッと胸を撫で下ろした。


(まさかレッドワイバーンに勝てるとは思わなかった。いや、勝てないんだ、本来なら。俺なんかの実力じゃ······)



 トミー・ストレイル。Sランクパーティー四葉のメンバーであり、最年長。

 二十代後半の細身の男性で、これといった特徴は他に無い。

 パーティー内ではアタッカーを務めており、身の丈ほどあるバスターブレイドを駆使して戦う。

 攻撃の要であり、前衛として一番前に飛び出て戦う彼はパーティーの華とも言えた。


 しかし、彼には悩みがあった。とても大きな悩み。それは──



(ああっ、いつ追放されんだろう!いつまで俺はここに居られるだろう!)


 ビールの苦みを噛みしめながらトミーは不安を抱いていた。


 彼には他の三人に話してない秘密がある。


 トミー・ストレイル。それは仮の名前。

 彼の本当の名前は富野貴史という。日本に住んでいた時の名前だ。


(うだつの上がらない社畜生活、残業地獄に耐えれず、ある日クラッときて······)


 過労と不規則な生活がたたり、彼は命を落とした。


(あ、死んだなーって思ってたらいつの間にか見知らぬ森の中で目覚めて──)


 さ迷う内にモンスターに襲われ、その場所が異世界らしいと悟った。

 モンスターとの死闘をなんとか制し、やっとの事で森から抜け出た富野であったが空腹と疲労に力尽きて倒れてしまった。


(そしたら不思議な美少女が現れて······)


 白いローブの少女が怪我の手当てをして、食べ物も与えてくれたのだった。

 その少女と話してる内に彼女は冒険者であり、新しいパーティーを立ち上げてそのメンバーを募集しているところだというのを富野は知る事となった。


(いきなり冒険者パーティーに入らないかって言われた時は驚いた。ついさっきまでデスクに向かってパソコンいじってた俺が漫画やゲームの中にしか無い職業にスカウトされたんだからな)


 少女のスカウトを戸惑いながらも承諾し、富野は四葉のメンバーとなった。

 その後すぐに新しいメンバーが二人加入し、四葉は今の形になったのだ。


(このパーティーは本当に良い。仲間はみんな良い奴だし何も不満は無い。そう、不満は······)


 しかし、彼は不安だった。何が不安かと言うと──


(俺はいつ追放されてもおかしくないんだ)


 富野ことトミーはジョッギを空にして虚ろな目を残り泡に落とした。


(この世界はRPGのように魔法やモンスターが存在する。レベルやステータスは無いけど身体の感覚で自分の大体の実力は分かる。俺は攻撃力がめちゃくちゃ高い。だが──)


 それだけであった。トミーはスキルもなければ他に取り柄は無い。攻撃力だけが異常に高いアンバランスなステータスをしていた。

 今の彼の活躍は他のメンバーのサポートがあってこそのものであった。


(スタミナはすぐに切れるし、前衛の癖に打たれ強くもない。他の仲間のサポートのおかげで、その事実は気付かれてないが······)


 また新しいビールを一気にトミーは煽った。


(だが、俺は知っている。実力不相応な人間がSランクパーティーなんて所に居るとどんな目に合うかを!)


 彼の前世には小説投稿サイトなるものがあった。当時このコミュニティにて、とある一大ジャンルが流行っていた。


 それが『追放系』と呼ばれるカテゴリーの小説作品群だ。


 簡単に言えば、主人公が高ランクの冒険者パーティーなどに所属していながらも目立たない能力や地味な才能のせいで回りからの評価が低く、無能呼ばわりされたり裏切られたりしてパーティーを追放されるというジャンルだ。

 散々に罵倒を浴びせられ、無能と罵られ、問答無用でクビを言い渡され、ゴミを見るような目で嘲笑され、追い出される。そんな残酷な運命を主人公が送るのだ。


(俺がそんな目にあったら耐えられる自信がない。ていうか絶対自○する)


 自分がSランクの実力に満たないと思っているトミーはいつか追放系主人公のような末路を辿るのではないかと怯えているのである。


(ここのパーティーメンバーはみんな良い奴らだ。そんな事にはならないと思いたい。だけど······とにかく、俺は無能だとバレないように頑張るしかない······)





「トミー、どうかしたの?」

「へ?あ、ああ。なんでもない。ちょっと飲み過ぎたかな」

「そう?気をつけてね。あなたが欠けたりでもしたらみんな困るし」

「はは、ありがとう」

「はい、お水」


 そう言って、トミーに水を差し出しながらもう一人の前衛アイ・スターフィールドは尖った耳を指でつまんだ。


(トミー、何か考え事かな)


 少し大人びた雰囲気の少女アイはゆっくりとグラスを口に運んだ。


(もしかして今日のクエストであたしが何かヘマでもしてたのかな······)


 そんな不安が頭をよぎるアイなのであった。


 アイは四葉のもう一人の前衛であり、斥候役でもある。

 頭の逆巻く角、赤い瞳、尖った耳。それらはそれぞれ龍人、魔族、エルフといった、亜人種としての特徴を表していた。

 仕様する武器は二対の細い短剣で、素早い動きと多彩なスキルで戦場を撹乱する。


 そんな四葉きってのトリックスターたる彼女には誰にも言えない秘密があった。


(アイ・スターフィールド、か。我ながら安直······)


 アイの本当の名前。それは星原愛。

 アイは元々こことは別の世界の出身だ。前の世界では日本という国に住んでおり、女子高生というジョブに就いていたが、下校途中に交通事故に遭い命を落としてしまった。


(気づいたら薄暗い地下牢の中で焦ったなぁ)


 自分が死んでしまい、異世界に転生してしまった事は朧気に理解しつつ、アイは周りの異様な光景に驚愕した。


(あいつらどう考えてもヤバい邪教徒か何かよねえ)


 アイの目覚めた地下牢には黒いフードに姿を隠した魔道士らが大勢おり、何か喚き散らしていた。その回りには事切れた魔族や龍人やエルフなどが倒れていた。


 アイが周囲の声を拾い、頭の中でつなぎ合わせて把握した状況は次のようなものであった。


(あいつらは最強の新種族を生成するために黒魔術を研究していて、魔族と龍人とエルフの力を掛け合わせた人間──つまりあたしを作るのに成功した)


 この把握した内容は合っていた。


(まあ、でもアホだったんだろうな)


 あらゆるスキルを持って生まれたアイにとって地下牢を抜け出す事も、邪教徒のアジトを脱出し、森に逃げ込むのも簡単な事であった。


(チートスキルで無双!みたいな展開を期待したっけ)


 生前によく小説投稿サイトを巡回していたアイは転生チート主人公になれたと思った。

 しかし、そんな上手い話はなかなか無いようで、アイには重大な欠点があった。


(あたしのスキルって隠密、斥候、仲間の補助スキルしか無かったんだよなぁ)


 基礎能力に関してはむしろ低くめで戦闘には向いていなかった。新種族生成には成功したものの、その実情は失敗作だったのだ。

 モンスターとの戦いも苦戦して満身創痍でなんとか森を抜け、町に着いた所でアイは力尽きてうずくまっていた。

 すると、そこに一人の少女が通りかかった。


(ヒールして、ご馳走までしてくれたんだよね······)


 その白ローブの少女は冒険者で、現在パーティーメンバー募集中だと話し、アイにも入らないかと持ちかけた。

行く当てもなかったアイはこの話に乗り、結成したてのパーティーメンバーとして迎えられた。


(トミーも入ったばかりだったみたい)


 その後程なくして四人目のメンバーも加わり、四葉が誕生したのであった。


(トントン拍子で驚いたけど、もっと驚いたのはこのパーティーのレベルの高さ)


 四葉のメンバーは精鋭で優秀だった。難関と言われるモンスター討伐も難なくこなしてしまい、たった一年でSランクの称号を手に入れた。

 このパーティーはその称号を受けるに相応しい。アイはそう思った。


(あたし以外はね······)


 誰にも悟られない程度に小さくため息をつくアイ。彼女にはある不安があるのだ。その不安とは──


(あたしの弱さがバレたらきっと追放される)


 彼女が読み漁っていた小説投稿サイトには追放系というジャンルがあった──その内容は先に述べた通りだ。


(小説なら追放された後に『勘違いで無能扱いされて追い出されたけど、実は超有能でしたーwwえ?今さら戻れって言われても遅いけどwwwwザマア!』ってオチになるんだけど、あたしの場合はそうもいかない。そう、本当にSランクに満たない実力なんだから······)


 味方へのバフ、補助、へイトの引き受け。アイの功績は目に見えにくい。しかも自身の戦闘能力は事実低いのだ。

 周りのメンバーとの連携のおかげでその事実は浮き彫りにならなかったがもしバレたら追放されるとアイは考えていた。


(みんな良い人達だし、あたしもこのままでいけるような気も······いやいや、そんなに甘くはない。今まで何人もの主人公達の悲惨な運命を見てきたじゃないか)


 もし、自分の実力が知られたら追放される。そして追放されたら一人で生きていける自信がない。

 アイは常にその追放への不安に(さい)なまされていた。


(ううっ、あたしはいつ追放されちゃうんだろう!)






「アイ、このポテトサラダ食べる?」

「え?あ、うん。ありがとう、いる」

「はい、どうぞ」

「ありがとうコリン」

「どういたしまして」


 アイに料理を手渡してコリン・ヘルスエルははにかんだ。


(よし、こういう何気無いところでもメンバーに貢献していければ······)


 コリンは四葉の後衛を務めている狙撃手だ。

 ハンドメイドのオリジナルパーツでカスタマイズしたロングボウは周囲からすれば弓というより、一種のバリスタと揶揄される。

 まだ十代前半の、華奢な身体付きをしており顔も中性的で、少女と間違われる事もあるが、四葉で活躍する男性冒険者だ。

 戦闘中の弓の技術もさることながら、クエスト前に調合する特製の毒や、作成する多彩なアイテムの数々は敵を弱体化させ、パーティーをサポートしている。


(外れスキル、『クラフト』か······ダメスキルかと思ったけど······)


 陰ながらパーティーに貢献出来、今ではスキルにも愛着を持ち始めている。


(本当に良い人達に巡り会えて良かった。こんな何もかも未熟な僕を受け入れてくれる)


 慣れないビールの味に思わずむせるとトミーが背中をさすってくれた。


(この人達になら······)


 いつか自分の秘密を教えても良いかもしれない。そう思うコリンであった。


 彼の秘密。それは本名と出生である。


 古里路健太。日本出身。


 生まれつき体が弱く、それが理由で不登校になってしまったコリンは部屋に引きこもりネットの掲示板や動画を見たり、小説投稿サイトを眺める生活を送っていた。


(本当に辛かった。死のうと思った)


 そんなある日。鬱状態に陥っていた彼はスマホをいじってる内に、いつの間にか奇妙なページを開いていた。そこには『人生やり直しますか?』という文字と『はい』『いいえ』という回答だけが記されていた。


(無意識にはいを選んだら──)


 その途端に意識が途切れ、気づいたら見知らぬ船の上に居た。

 船は古めかしい木造の帆船で、大きく揺れていた。

 わけが分からず、狼狽えていたコリンの背中を何者かが蹴った。それは絵に描いたような海賊達で、コリンはそこに捕まった少年の奴隷であった。


(散々にコキ使われた。掃除に大砲の手入れ、帆の手入れ、薬草の管理に調合、壊れた道具の修理······)


 そんな作業をしてる内に異世界であるらしいと認識したのであった。


 一応、自身にスキルなる特殊能力があることが分かったが、それは『クラフト』という用途不明の能力であった。後に判明したのは、材料と知識さえあればそれなりの工作を道具なしに行えるという利便性の高い能力ではあった。

 が、少なくとも逃げ出すのには役に立ちそうになかった。


(それで何日かしたら船が嵐にあって僕は海に投げ出されて······)


 海岸に打ち上げられていた。

 なんとか命は拾ったものの、右も左も分からない土地で食料も金も持たないコリンは彷徨うしか手立てがなく、やがて一つの町の前で行き倒れた。


 そんな彼を、たまたま通りかかった白ローブの少女が助けてくれたのだ。


(まるで天使だった。あのままだったら僕は転移して間もなく死んでいただろう)


 ケガの手当てまでしてくれた少女に何度もお礼を言う内に、彼女が冒険者でありパーティーメンバーを集めていると知ったコリンはダメ元で加入を頼んだところ、少女は最初から誘うつもりだったのだと言って事は決まった。


 コリンは材料さえあればある程度の消耗アイテムを作れたり、武器の性能を上げるオプションパーツを作れる能力を最大限に活かして陰ながらパーティーを支えた。


 こうして、自らをコリン・ヘルスエルと名乗り、四葉は晴れて今のパーティーになったのだ。

 四人のパーティーとなった四葉は次々とクエストをこなしていき、その驚異的な快進撃でSランクにまで登りつめた。


 本来なら両手放しで喜びたいコリンであったが、彼は不安な気持ちを抱えていた。


(みんな強い冒険者なのに、僕はただの援護とクラフトという目立たない能力。アニメで何度も見た。Sランクパーティーに相応しくない人間がどんな末路を送るのか······)


 前世で見たアニメの話に多くあった──割愛するが──追放を思い出し、コリンは震えた。


 もし、この中で一人役立たずを決めるのならそれは間違いなく自分だろうとコリンは思っていた。


 彼は追放への恐怖に毎日怯えている。そう、トミーとアイの二人と同じく。





「コリン、どうかしたのか?」

「え。ああ、うん。なんでもないよトミー。この肉美味しいよ。食べなよ」

「コリンもたくさん食べなよ。あたしはほら、こっちのサラダで良いから」

「アイ、ジョッキが乾いてるぞ。遠慮せずに飲みなよ。功労者なんだから」

「いやいやあたしなんて。トミー達には敵わないよ」

「僕はアイもトミーも凄いと思うけど」

「いやいや、俺なんかよりコリンやアイの方が······」



(とにかく、皆に嫌われるわけにはいかない)

(出来る限り信頼関係を築かなきゃ)

(みんなのために頑張ればきっと認めてもらえる)



 トミー、アイ、コリンの三人は飲み物を飲み干して、不安そうな顔をブンブンと横に振った。




 そんな三人の様子を白ローブの少女は静かに見ていた。




お疲れ様です。次話に続きます。

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