⑬──ダンジョンの激戦
一つの区切りです。
「うーん······」
とある難関ダンジョンの最下層部分にて、Sランクパーティー『四葉』のリーダー、チェニアは困っていた。
「······うーん」
『···············』
虚ろな目で宙を見つめている他の三人。みな絶望を顔色に漂わせ、力無い足取りでチェニアの後をついてくる。
その様はまるで、看守に引き連れられて処刑場に向かう囚人のようであった。
「はあ~······」
チェニアがそっとタメ息を吐く。想定外の現状に、流石に頭を抱えていた。
今現在、四葉一行が進んでいるのはウイードスの町から七日程かけて行ける場所にあるダンジョンで、ギルドからは難関ダンジョンとして認定されている。
このダンジョンは地下迷宮という形のダンジョンで、いくつものフロアを下っていく流れで奥へと進む事となる。
Bランクパーティー以上でなけれ中層にたどり着く事すら困難で、下層に潜った事のあるパーティーは一部のAランクパーティーに限られる。
しかし、四葉の実力の前では中層までは脅威らしい脅威もなく、下層に到達してもなおメンバーには余裕があり、攻略は極めて順調に進められていた。
ダンジョン入り口付近に設置したキャンプにはすでに希少な素材やアイテムが確保されており、攻略遠征にかかった費用はとっくにペイバック出来ていた。
物資も余裕があり、あと三、四日は活動可能である。
つまりダンジョン攻略は極めて順調。現時点で凄まじい戦果を出していた。
·········にも関わらず、パーティーの雰囲気は暗澹たる様であった。
「···············」
『···············』
チェニアはそっと後ろを振り返った。そこには生気の無い顔をぶら下げた三人が居る。
暗い通路を進んでいくうちにチェニアの心も暗く沈んでいった。
(なんでこうなるの······)
キッカケは些細な事。というよりは、キッカケとすら呼べない事であった。
──一時間前──
「ふう」
ガーゴイルの素材回収作業が終わり、一段落ついた四葉一行はその場で休憩をとることにした。
「みんな、少し休憩してから行こう。今の内に段取りとかも確認しておきたいし」
「ああ」
「ええ」
「うん」
携帯食料で簡単な調理を行い、即席の料理をこしらえてありつく四人。粗末な料理であったが、疲れた体と空腹にはよく染みた。
「ふう、旨かったなぁ」
「ご馳走様」
「人心地つけるね」
食事が終わり、寛ぎ始める三人をチェニアはじっと見た。
(リラックス自体は悪い事じゃないけど、みんな少し気が抜けてるなあ。余裕なのは分かるし、実際ここまでは問題なく来てはいるけど難関ダンジョンだし、······油断は禁物だ)
少し気を引き締めた方が良いと判断したチェニアは三人を呼んだ。
「みんなちょっと注目」
三人がチェニアを見る。
「どうした?」
「なに?」
「何か相談かい?」
「えっとー」
チェニアは軽く咳払いしてから地図を懐から取り出した。それは今現在攻略中のダンジョンの地図であった。しかし、下層に潜っていくだけの単純構造のダンジョンであった。横路や、ちょっとした部屋などは存在するが、複雑に入り組んでいる訳ではないため、迷いにくい。
よって、地図というよりは断面図に近い。今までの冒険者らのギルドへの報告を元に作成された物である。
「これを見てください。今我々が潜っているダンジョンの地図になりまーす」
「?ああ」
「さっきも見たけど?」
「それがどうかしたの?」
「この地図のこの辺りにご注目。ほら、ここ。ここが現在地」
そう言ってチェニアは地図の一番下記された通路を指で指し示した。通路はそこで途切れていた。
「ご覧の通り、この地図はここで終わり。つまり、この先に行く人間は私達が初めてである。多分」
『おお~』
「前人未到のチャレンジという事だね。はい、拍手」
──パチパチパチパチ──
「ということで、ここから先は何が起こるか分からない場所。何があっても誰も助けには来てくれないし、何をしても誰にも知られる事のないゾーンになってるという事です」
『···············』
「という訳でより一層の気合いを入れて進んで行こうかと──ん?みんな?」
『···············』
突然、何故か固まってしまった三人にチェニアが戸惑う。
(あ、あれ?どうしたの、みんな?)
これまでの経験からして、また三人が追放に関連する内容で停止しているのだろうと予測したチェニアは、すぐにサトリの目を発動させた。
「············」
(そ、そう言えば······)
(こ、こういう所······)
(ダンジョンの最奥とかって······)
三人の顔が一斉にサアッと青くなった。
(追放の定番地の一つ!)
(追放されるスポットじゃん!)
(追放されやすい場所!)
「え?」
(何かの作品で読んだ事あるぞ。こうやって人があまり来ないような高難易度ダンジョンに赴いて······)
(後ろからブスっとやる!もしくは半殺しにしてから放置!)
(滅多に人も来ないし、凶悪なモンスターばかりが彷徨いているから追放にはもってこい!)
(一人置き去りにされれば死亡率は99パーセント!)
(ダンジョン内の死亡ならよくある事故とか、モンスターの仕業とかで片付けられるしっ!)
(役立たずを人知れず処理するのにうってつけだ!)
(大体のパターンは一人だけ先頭に立たされてひどく消耗させられて······)
(疲れ果てて助けを求めた瞬間、裏切られて······)
(嘲笑われながら武器とかアイテムを奪われて······)
(『追放』)
「············」
(いや、そんな訳あるかいっ)
「みんなー······」
「?!な、なななななんだ、チェニア!」
「な、ななななななにかご用!?」
「な、ななななななにかな?!」
「······あー、その。これからどうなるか分からないから気をつけようね。実際、私達が初めて来たパーティーっぽいし、果たしてダンジョン全体でいくと下層なのか最下層なのか、はたまた全然上層なのか分からないし」
そう話してからチェニアはもう一度三人を見回して言った。
「まあ、あの。気合い入れてこう」
「お、お、おおおうう」
「え、えええ、え、ええ」
「う、う、うううう、うん」
「じゃあ、出発しよっか」
『え゛っ?!』
押し潰されたカエルのようなダミ声を三人が一斉に上げる。
「やややややっぱり行くのか?」
「すす、すすす進むの?」
「こ、こここここの先に?」
チェニアはゆっくり頷いた。
「せっかくここまで来たんだからね」
『·········』
「えーっと、じゃあ先頭は──」
と、隊列を組もうとしたチェニアが三人を見回すと真っ青になった顔が同時にブンブンと横に振られた。
「えっと、あの······先頭を──」
──ガタガタガタガタガタ──
(た、頼む、チェニア、せ、先頭だけは······)
(信じてるっ!信じてるけど先頭は~っ!)
(一番死亡フラグがっ!だ、ダメだ······)
「あー、えー······」
もう一度メンバーを見回したチェニアであったが、埒が空きそうになかった。
はぁっと深いタメ息を吐く。
「分かったよ。私が先に立つね」
「えっ?」
「チェニアが?」
「先頭?」
こうして、後方支援兼司令塔かつ、リーダーという人間が最も危険な先頭を立つ奇妙な隊列が完成したのであった。
そして、今に至る。
「·········」
チェニアは時折後ろを振り返っては、三人の心の声をそっと覗いた。
(ど、どうしよう。俺アタッカーなのにチェニアを一番前に立たせて······)
(あ、あたし斥候じゃん!な、なのにチェニアを先に行かせちゃうなんてっ······)
(ぼ、僕はチェニアの随伴ポジションなのに、彼女を危険に晒してしまっている······)
後ろめたさに満ちた声の後には恐怖の感情が続いた。
(で、でも。前に出た瞬間『お前みたいな脳筋要らなかったんだよな』とか言われてグサッと······)
(モンスターに出くわして構えた瞬間『さあて、捨てゴマに最期の役目を果たして貰おうか』とか言われてサクッと刺されて······)
(あるいは先頭で消耗され続けてボロボロになって、助けを求めた瞬間『楽しかったぜ?お前とのパーティーごっこは』とか言われて置き去りに······)
「·········」
(いや、君らの中にいるその裏切り者は一体誰よ)
三人が想像する人物像に該当する人間は四葉には居なかった。恐怖が産み出したイマジナリーエネミーなのだから当然である。
(それとも、そんなに私の事とか信用出来ないのかなあ)
チェニアは少し悲しい気持ちになったが、そもそも自分も隠し事をしている身であるから、三人を責める事は出来なかった。何より、他人の考えている事を知る術の無い人間の恐怖というものは、当人達にしか分からない事であるため、そこには同情していた。
よって。非合理的と思いつつも、自分が先頭の隊列を続行するチェニアなのであった。
(でも、こんな状態じゃ戦闘どころじゃ······)
などとチェニアが考えていたところで、通路が途切れ、一行は広い空間へと出た。
「ここは······」
不気味な湿気と冷気、不穏な気配と静けさ。独特な、ある種のにおいが漂っている。チェニアは直感した。
(多分、主がいる。いわゆるボス。ここはボス部屋。最下層の最終部屋だ)
となれば、しっかりとした陣形に組直すのが賢明だと考えたチェニアが後ろの三人を振り返る。
「みんな、多分ここはボス部屋だから陣形を······」
──ガタガタガタガタガタ──
(ボ、ボボボス······)
(こ、こういうボスは異常に強くて······)
(勝てないから逃げるしかなく囮を······)
「······ねえ、みんなっ──」
流石にボス部屋においてはあまり悠長な事は言ってられず、少し叱咤してでも三人に正気に戻って貰わなければならない。
そう考え、強めに呼びかけようとしたチェニアの背にゾワリとした不気味な寒気が走った。
それは冒険者としての、あるいは持って生まれた彼女の優れた防衛本能とも言えた。
何かがいる。強大な力を持った何かが。
「!」
とっさにチェニアが魔法壁をパーティーを覆うように張る。
魔法使いの覚える基本的な防衛魔法の一つであり、手軽かつ強力なバリアであったが──
──ズガアアァッ──
「っ!」
「うお?!」
「きゃあっ!?」
「わあっ?!」
何かが魔法壁に衝突し、一瞬で壁に亀裂が生じる。その亀裂から突き抜けるような衝撃波が飛び出し、四葉の一行を吹き飛ばした。
「くっ······!?」
チェニアがなんとか踏ん張る。他の三人もすぐに体勢を立て直した。
『グルルルルルル······』
そんな四人の前に巨大で恐ろしい影が揺らいで現れた。
『グオオオオ······』
「これは······」
チェニアが目を見張る。
四葉の前に現れたのは家程の大きさの狼、フェンリルであった。希に目撃されるレアモンスターで、ワイバーンに並ぶ脅威のモンスターとして有名だが、通常は灰色の体毛。
しかし、そのフェンリルの体毛は白銀にうっすらと輝いていた。
「フェンリル?でも、白銀なんて······」
さらに、大きさも通常種に比べて二回り近く巨大であった。
大きさ、体毛、そして圧倒する気配。何もかもがチェニアの知るフェンリルとは違った。
『ググウウウルルル······』
「来る!!」
チェニアの声と同時にフェンリルの鉤爪が風鳴りと共に振り下ろされる。
四人はそれを咄嗟に躱した。躱しざまにチェニアが指示を飛ばす。
「アイ、スキルで防御力強化!トミー、スキル付与と同時に前へ!コリンは牽制射撃しつつ閃光玉とワイヤーネットの用意!」
何時もならその指示ですぐに展開する一行であったが──
「あ······え······」
「あ、あ、ああ······」
「え、えっと······」
まごついていた。
「?!みんな!」
『グオオオオッッ』
──ズガアアァッ──
次々に降り注ぐ攻撃を辛うじて避けながら、四人はジリジリと後退していった。
フェンリルの攻撃は狡猾であったらしく、一行は壁際に追い込まれる形となり、退路を完全に断たれていた。
「これは······!」
(しまった!後が無い!)
チェニアに焦燥が走る。
間違いなく、今戦っている相手は今まで四葉が相手にしてきたモンスターの中で最強の敵であった。苦戦は当然と言えた。
しかし何より、四人が何時もの連携を取れていないのが劣勢の大きな要因であった。
『グルルルル』
牙の間から唸り声を漏らしてフェンリルがにじり寄る。身構えるチェニア。しかし、他の三人は既に狼狽えていた。
「あ······俺のせいで······」
「あ、あたしが······」
「ぼ、僕は、僕は······」
「っ······!」
血の匂いを含んだ吐息がすぐそこにまで迫っていた。
「············ふーっ······っ!!」
一呼吸入れたチェニアの表情が引き締まる。そこには普段の緩んだものは無く、闘志が剥き出しにされていた。
『グルオオオオオオオオッッ』
「天と聖の力よ、我に集いて一筋の光明となりて魔を打ち払え!『オーロラバースト!』」
チェニアの明瞭なる声が響き渡り、部屋の空気が震える。フェンリルの恐ろしい大顎目掛けて向けられた杖の先端に七色の光が集積されたかと思うと、それは次の瞬間には目も眩むような光の波動を放った。
『グルオオオオオオオッ』
注がれ続ける光の洪水に、巨体が押しやられる。
間合いが開くと同時にチェニアが杖を持ち直し、再び詠唱する。
「灼熱の大剣、今こそ刃を滾らせろ!『フォゥコ・スパーダ!』敵を薙ぎ払え!」
薄暗い部屋が真っ赤に染まる。その場に夕陽が現れたかのように、赤い世界へと変貌する。
宙には炎を纏った巨大な剣が浮かんでいた。
「っ!!」
チェニアが杖を振り下ろすと、その炎剣も火柱を立ててフェンリルへと落ちた。
咆哮がビリリとダンジョン中を震わす。
杖がヒュッと回る。
「原始の炎よ、今生にて甦り、眼前の敵を討ちたまえ『ブレイザー・フレイム!』」
幾本も現れた炎のレーザーが絶え間無く横一閃に駆け、フェンリルの体に突き刺さる。
『グゥオオオオオンンッ』
白銀の巨体が暴れ、つきまとう炎をふりはらう。
両手で杖を抱くようにしてチェニアが静かに呪文を唱える。
「光よ、時の呪縛となりて嘶け!『チェイン・クロス!』」
どこからともなく顕現した光の鎖がフェンリルの巨体へと巻きつく。その呪縛は凶暴な意思を完全に押さえつけていた。
しかし──
「ぐぅっ······」
チェニアが思わず苦悶に表情を歪める。大技を短時間に連発した彼女の魔力は急激に消耗されていたのであった。
特に、チェニアの使用した光魔法は、聖女の為に作られた教会の秘技であり、通常の魔法使いには扱う事すら困難な技であった。強大な力と引き換えに、とてつもない魔力を消費するのだ。
それまで呆然と眺めていた他の三人、トミー、アイ、コリンら三人がハッと我に返る。
「チェ、チェニア!」
「チェニア?!」
「チェニアっ!」
駆け寄る三人に向けてチェニアは強い口調で叫んだ。
「みんなしっかりして!!」
『?!』
「なんの為にここまで来たの?!何をしているの?!みんなの力はこんなものじゃないでしょう!!」
それはチェニアが初めて見せる憤りの叫びだった。
『グルルルルル······グルオオオオオオッッ』
その時であった。
鎖に封印されていたフェンリルが凄まじい咆哮を上げたかと思うと、身体を縛る鎖に牙を立て、そのまま噛みちぎってしまった。
呪縛から解き放たれた巨体が唸りを上げてチェニアへと猛進する。
「あ!チェニア!」
「危ないっ!」
「下がって!」
三人が思わず声を張り上げるが、既にフェンリルの恐ろしい爪はチェニア目掛けて振り下ろされていた。
「チェニアー!!」
──ガキィンッ──
火花が激しく散った。チェニアの目と鼻の先まで迫った凶刃を、すんでの所で大剣が受け止めていた。
「アイ!頼む!」
トミーが叫ぶと同時にアイの体が弾かれるように動き、弾丸の如くフェンリルの下を駆け抜けた。
『ギャオオオッ』
駆け抜け様に、何度も斬りつけていた。
「トミー!チェニアを!」
次いでコリンの声が張り上げられ、トミーがチェニアを抱き上げて横に飛び退く。その脇を槍程もあろう巨大な矢が貫いていき、フェンリルの首筋に深々と突き刺さった。
『グルオオオオオオオオオオオオオッッッ』
怒りの咆哮が部屋を、ダンジョンを震わしたが、四人はもう動じなかった。
(そうだ。そうだよ)
流れるような連携が次第にフェンリルを追い詰めていく。攻勢は完全に入れ替わり、今度はフェンリルが後退し始めた。
(これが私達四葉だ)
そして、ついにフェンリルが壁際に追い込まれる形となった。
(これが私達のパーティーだ!)
それから二時間程して。
四葉の一行はフェンリルの素材を大量に抱えて地上のキャンプへと帰還した。
山のような戦利品を前にしてチェニアが三人を見回す。三人は傷だらけ泥だらけで、激戦の痕が生々しく残っていた。
「みんなお疲れ様。結構苦戦したね」
そうしてチェニアがニッコリと笑った。
「でも、こうしてみんな無事に帰れて良かった」
「······ああ。もちろん」
「······うん。みんなで」
「······そうだね。うん」
三人はバツの悪そうに目を逸らしていた。
そんな三人の心の声を聞いてチェニアは苦笑した。
『自分は何にあんな怯えていたんだろう』
白銀のフェンリルを討伐してから数日間、四葉は長い休暇を取った。流石のSランクパーティーも激戦に疲弊していた。
それでも、休暇が明けると四葉はまた前と変わらずに高難易度クエストに赴くのであった。
四葉は今日もクエストに行く。
彼らはウイードスギルドの象徴でもあり、最強の象徴でもある。
しかし──
「このクエストにしよっか」
このパーティーのリーダーの少女にはそんな事は関係ない。彼女には最強の称号よりももっと大切な物がある。
「今日も頑張ろうね」
「ああ、チェニア」
「ええ、チェニア」
「うん、チェニア」
例え秘密を互いに隠して抱えていても、かけがえのない信頼が彼女らにはある。
今日も彼女らには幸運な未来が待っているはずだ。
「しゆっぱーつ」
『おおーっ』
────冒険はまだ続く······────
大変お疲れ様でした。この物語の完全な終わりではありませんが、一つの区切りとなっております。
というより、今現在の話のストックがあと四つ程しかないので、少し間を開けることにしました。
近い内にまた再開すると思いますので、その時もご愛読していただければ幸いです。
長々と失礼いたしました。




