⑫──報告書
「·········ふう。よし、と」
自室で机に向かい、何やら書き仕事をしていたチェニアは、ペンを置いて伸びをした。
「んん~っ、終わったー」
机の上には一枚の紙が置かれている。それは、ギルドからリーダーに配られる報告書だ。
報告書とは、パーティーの様子やクエスト中に発見した事柄を書き記し、ギルドに報告するという名前のままの役割を持った書類だ。この書類に記された情報を元に、ギルドは各地の気候、地理、モンスターの生態系などを把握し、情報を統合するのだ。
また、メンバーが病にかかっているか、金銭的に困っているかなどを把握する事で、町の状態や状況を知る一助にもなるのだ。
チェニアはメンバーの様子、ダンジョンで発見した隠し部屋などの情報を記載して報告書を完成させていた。
「さて。一段落したことだし、何かお茶でも飲もうかな」
そして自室から出る。出た所でチェニアはふと足を止めた。
「待てよ······」
ある一つの思いつきが彼女の中に芽生えた。
「······うん、悪くないかも」
そして、居間にメンバーが全員集合した。
「はい、という事でみなさん。集まってもらったのは他でもありません。これから皆さんにギルドのお仕事を体験してもらおうと思います。いえ~い」
『???』
トミー、アイ、コリンの三人は揃って頭にハテナを浮かべた。
「えっと、チェニア。質問いいか?」
「はい、どうぞー」
「俺らは何をすればいいんだ?」
「よくぞ聞いてくれた」
チェニアはパサッと三枚の紙を三人の前に掲げた。それらは全て白紙の報告書であった。
「えー、こちらが皆さんにやってもらいたいお仕事。報告書でございます。名前の通り、パーティーのクエスト活動を報告するための書類です。わーい、すごいぞー、拍手」
──パチパチパチパチ──
「えっと、ところで」
拍手を止めてアイが質問する。
「その報告っていうのは、どんな内容を報告すればいいの?」
「えっとねー、色々あるんだけど、とりあえず今回みんなにやってもらいたいのはメンバーの報告かな」
「メンバーの報告?」
と、今度はコリンが聞き返した。
「それは具体的には何を書くの?」
「うーんと。なんでもいいんだけど、強いて言うならこのメンバーはこういう良い所がある。とか、このメンバーの問題点はここだ。みたいに、長所短所書いてもいいし、パーティー内における重要性とかそういうのを書いてもいいよ」
『············』
「あ、もちろん、自分の事書いても構わないよ。自分はこういう所が強みだーとか、こういう所を活かしたいとか」
「······なるほど」
「メンバーの報告かぁ」
「改めて考えて、かな」
「うん。そんな感じで。何か質問ある?」
トミーが手を上げた。
「それってリーダーじゃなくても書いていいのか?」
「うん。基本はリーダーがやるけど、別にリーダー補佐的な人間がやっても平気」
チェニアが見回す。
「他に質問は?」
三人は神妙な顔を交わしあっていたが
「いや」
「特には」
「無いよ」
と口を揃えて答えた。
その回答にチェニアも満足したように頷いた。
「よし。じゃあみんなよろしくね。書き終わったらこの封筒に入れておいて。あと、もし書き直したくなった時のために予備の紙も置いとくね」
そう言ってチェニアはギルドから支給されている封筒と余分な報告書をテーブルの上に置いた。
「私は他の用事で少し出掛けてくるから、その間に報告書の方よろしくね」
『行ってらっしゃい』
家を出たチェニアは一人そっとほくそ笑んだ。
(こういう経験もしておけばみんなも冒険者としての自覚をより強く持つだろう。そうすれば自信にも繋がるはず。それに──)
ニヤっと悪戯っぼく笑うチェニア。
(これを機に三人が、あるいは誰か一人が報告書得意になってくれれば私の仕事も減るぞー。仲間の経験にもなって、私もちょこっと楽出来る。一挙両得だー)
軽い足取りで出掛けていくチェニアなのであった。
残された三人は、早速それぞれの部屋に戻り、机に向かった。手元には報告書がある。
(さて、どうするか)
トミーはまじまじと手元の紙に目を落とした。
(報告書か。まあ、始末書とかも書いてたし、意外に得意?かな)
早速ペンを持って走らせていく。
(えー、日付。宛名、ギルド、ウイードス支部ギルドマスター様。件名、パーティー四葉の報告に関して。本文。日頃お世話になっております、この度、パーティーの詳細報告の件に関して······)
淡々と仕上げていくトミー。事務的な書類作成は慣れたものでそれ程の時間もかけずに報告書は纏まった。
「よし。こんなもんかな」
改めて読み返してみると、非常に無難で要所を端的に纏めた報告書に仕上がっていた。逆に言えば、面白みに欠けた事務に徹した文章でもあった。
もちろん、報告書なのでそれで何の問題もないはずなのだが──
(んー。なんかイマイチだよなあ。俺の書く企画書とかって平凡というか、機械的すぎるんだよなあ。そのせいでプレゼンが退屈だって言われたりした事もあったな)
そんな事を思い出したトミーは、そこであることに気がついた。
(待てよ。これってもしかして一回チェニアが見たりするのか?)
トミーは少しの間その書類に目を落としていたが、ふと思い立ったように部屋を出ていった。
すぐに自室に戻ってきた彼の手には新しい白紙の紙報告書があった。
今しがた完成させた報告書をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てると、トミーは新しい紙に向き合った。
(もしチェニアがチェックを入れるとしたらマズイ!あんな平凡な報告書じゃボツにされる!そう、社畜時代のように!)
トミーはペンを咥えて唸った。
(もしかしたら、『何この報告書。つまんない。クビ』とかってなるかもしれない!それだけはなんとしてでも避けなくては!)
必死に頭を振り絞った結果、トミーはこう思いついた。
(そうだ!ありのままのプレゼンみたいなのじゃダメだ!もっとロジカルで専門用語っぽい何かを並べ立てた文章、つまりイシキ高い系の文言を書けばいいんじゃないか?!)
そうすれば解読自体難しくて良し悪しの判断も難しくなる。と、トミーは考えた。
(よーし。それならえーっと、社会学者の名前なんだっけ?フロイト?ユング?あれ?あれは心理学者だっけ?社会学者はフロムだっけ?いっか、適当で!異世界だから誰も分からんだろう!)
こうして、論文調でありながら、何を言いたいのかイマイチ分からない報告書が出来上がったのであった。
『四葉の実力をピタゴラス的概念に当て嵌めて考えるなら(もちろん、これはフェルマーが定理する相関的な考えを否定せずに、偶発的かつ具体的な事実を俯瞰して見つめた場合の話であり)それはまさにSランクという称号、あるいはトロフィーと呼ぶべき一種の崇拝的偶像概念を用いて表現する事が可能であり、それらの影響がギルド全体の職務に対する意識向上の現象との相互関係を現すのは明白な事は論じるまでも無いが、組織論的にこの体制、あるいはシステム、または構造と称する物はそんな漠然とした内容ではなく、普遍的かつ神学的な側面を有するのだ。それはつまりこの厳格な問題に起因する、または言語学的な例証による科学への挑戦とも言える実験と検証であるなら──』
長いのでここまでにしておき、最後の結論。
『以上の事を踏まえ、チェニア、アイ、コリンら三名は非常に優秀であり、かつ人格的にも優れた人間であるということを結論とする』
「よし!」
当の本人が読み返しても内容がサッパリ理解出来ない仕上がりになったが、トミーは満足していた。
(いいじゃんか~!なんか難しくて専門的な事を雄弁に語っている感じだ。これならギルドマスターも思わず唸るだろう!)
その報告書を封筒に入れて清々しい笑みを浮かべるトミーなのであった。
(うーん。なんか地味。読書感想文みたい)
というのが、自身の書き終えた報告書に対するアイの率直な感想であった。
報告書には、メンバーのそれぞれの特徴や日頃の言動とクエストでの役割について簡素にまとめられ、それに対する自分の気持ちが書いてある。無論、誉めちぎった感想が。
とは言え、本人が思うようにただの感想文のようであった。
(結局、『皆はすごいとおもいます』みたいな事しか書いてない。これじゃあなー)
と、そこでアイはあることに気がついた。
(あれ?もしかして、この報告書ってチェニアが見たりする?)
一人俯いて考えていたアイであったが、思い立ったように部屋を出ていき、新しい報告書を持って帰ってきた。
(こんなのじゃ『アイ?なにこれ?小学生?小並感?ていうか地味でつまんない。クビ)ってなるかも!そうならないように、えっと~、えっと!)
知恵を振り絞った結果、アイは思いついた。
(そうだっ、絵を描こう!イラスト付きでメンバーの特徴を書けばいいんだ!そうすれば一目で分かりやすいし、見てる方も楽しいし!)
「うんっ、いいっ」
アイがペンを走らせる。カラーインクはなかったので、代わりに貴重な鉛筆的筆記用具を使ってデッサン的なイラストを仕上げていく。
そしてややして。
「出来た!」
ゲームキャラクターの原案的な何かに変わり果てた報告書は、実にコミカルかつポップで、事務的な面影の欠片すら残していなかった。
絵の横にある説明文を一部抜粋。
『チェニア・白いダボダボローブがチャームポイントの可愛い魔女っ娘。荷物・このポーチは愛用品!お父さんから貰ったんだって!手元・ちっちゃい手!でもたくさんの魔法を放っちゃう!顔・いつも眠たげでダウナーな感じが日向ぼっこしてるニャンコみたいっ可愛い!』
トミーやコリンも似たように特徴が書かれていた。
「ふうー、久しぶりに絵描いたー。これならつまらないって思われないよね」
ポキポキと指を鳴らしてアイは伸びをした。とても充実した表情であった。
(これじゃ駄目なんじゃ······)
と、コリンは書き終えた報告書を見て不安を抱いた。箇条書きで質素な報告書はどれかと言うと、注意事項のようになってしまっている。
(こんなの出したら『コリン、君には失望したよ。まさかこんなつまらん奴とはな。クビ』ってなるかもしれない!よ、よし!)
先の二人よろしく、コリンも新たな紙を持ち出し、再びペンを取った。
(僕はメンバーで最年少だ。他の皆に比べればこういう作業は明らかに劣る。なら、僕なりの書き方──)
コリンは持てる知恵をフル活用し、閃いた。
(そうだ!歴史漫画にあるような古典的で勇ましい表現でクエスト時の皆の様子を書こう!)
そして気合いの乗った羽ペンが軽やかに滑空するのであった。
『そこへ来るはウイードスが武士、質実剛健たるトミーなりけり。その豪刃たるや妖を瞬き一つの間に切り伏せ、隆々たる出で立ち。疾風の化身なるアイの双刃、唸りを上げて肉薄するや、刹那に戦場を駆け抜け、後に残るもの死して屍なし。青天に響くは嫋嫋たる声、魔道士チェニアの送り唄なりけり。嗚呼、あれを見よ。彼らこそえすらんくぱーてぃ四葉なり』
「よし!これなら良いだろう!」
良い汗を拭いながら、今しがた出来上がったエセ叙情詩を胸に抱くのであった。
それから三時間程して。チェニアが帰ってきた。
「さーて。みんなはどうかな?」
と、居間に入ると
「お帰り!」
「チェニア!」
「終わったよ!」
トミー、アイ、コリンの三人が封筒を前に待ち構えていたのであった。まるで、主人の帰りを待っていた犬のようだとチェニアは思った。
「チェニアっ」
トミーがニカッと歯を見せる。
「良いのが出来たぞっ」
「そ、そう?」
珍しく自信たっぷりのトミーにチェニアがたじろぐ。
「チェニアっ」
「う、うん?」
「あたしの自信作っ」
アイも堂々としていた。
「チェニアっ」
「は、はい」
「僕の傑作だよっ」
「そ、うなんだ」
コリンも胸を張っている。
(みんな珍しく自信たっぷりだ。もしかして意外な才能があったのかな?)
ともあれ、チェニアも満足そうに頷いていた。
「みんなご苦労様。じゃあ、これギルドに提出してくるからね」
ギルドに赴き、受付嬢に手渡しながらチェニアは感慨深い達成感を味わった。
(うんうん、みんな頑張ってくれたみたいだし、私も鼻が高いよ)
後日、ギルドマスターから呼び出されたチェニアは『もうちっと真面目にやっとくれんかの~?』と、ゆる~く説教されたという。
お疲れ様です。次話に続きます。




