⑩──嵐の焚き火
──ゴロゴロゴロ······ゴオオン······──
重く垂れ下がった灰色の雲の合間に金色の雷光が瞬き、山々の合間を巨人のいびきのような音が這った。
「これはすぐに来るね······」
というチェニアの予言通り、一分と経たない内に重い雨粒が落ちてきて、それは瞬く間に辺りを歓声のような音に包み、群れをなして降り出した。
その勢いは凄まじく、軒代わりにしている木の枝葉の合間から易々と雨垂れを滴らせた。
「うわあっ、これはヤバいな」
と、トミーが頭を上着で庇いながら言う。既にその簡易的な傘もすっかり水に浸り、ほとんど意味を成さなかった。
「素材がダメにならないといいけど······」
コリンは荷物を庇うように服などを重ねた。
そうやって三人が濡れ始めた所で、土砂降りに煙る中を素早い影が走り寄ってきた。
「みんなっ、こっち、こっちっ」
頭からびっしょりになったアイが手招きし、木の根元に立っていたチェニアとトミーとコリンの三人も荷物を持って雨の中へ飛び出した。
ますます強まる雨風は容赦なく一行を襲っていた。
「あそこっ、あそこに洞窟がある!」
と、強風の唸り声にかき消されまいと大声でアイが叫び、雨に煙る向こうにそびえる崖に空いた洞窟の黒い口を指差した。
四葉の一行はすぐにその洞窟へ飛び込んだ。
肩で息をつきながらチェニアが外を振り返る。真昼なのに薄暗くなった鈍色の景色は、巨大な風のうねりと雨の渦が逆巻いており、時おり白紫に世界が眩んだ。
チェニアがメンバーらに振り向く。
「みんな、大丈夫?」
「あ、ああ」
「なんとか」
「凄かったね」
ぐっしょりと濡れて、ボタボタと水を垂らす外套を皆が脱ぐ。
「うお、こりゃひでえな」
トミーが脱いだ外套を絞ってみると、大量の水がビシャリと岩肌を打った。他の三人も習うようにやってみると、いづれもビシャビシャと大量の水が足下に落ちるのであった。
「うう~、服もグショグショ······」
と、アイがモジモジと身をよじる。当然、外套だけではなく、着ている衣服も軒並みずぶ濡れなのであった。
「と、とりあえず火を起こそうか」
コリンが荷をほどいて手早く焚き火の準備にかかる。幸いにも、燃料の類いは専用の袋の中に入れてあったために濡れておらず、十分に使えそうであった。
「みんな、替えの服持ってる?」
チェニアが確認すると、三人とも頷いた。
「このままだと風邪引いちゃうから、火を起こした後着替えよっか」
「ああ、そうだな」
「火、点いたよ。じゃあ、僕らは少し外の方に向いてるね」
「あ、うん。ありがと」
トミーとコリンの二人が洞窟の外を見ている間にチェニアとアイの二人は服を着替えた。そして、男性二人が着替えてる間に、チェニアとアイの二人で軽いスープの用意をした。乾燥させて砕いたコーンと、じゃが芋のペーストを乾燥させた物に、干し肉を少し加えたポタージュのような飲み物だ。
薄暗い洞窟の中に赤い灯がポウっと揺れている。スープの匂いが漂う。
外はいよいよ嵐となり、咆哮のような風鳴りが山や森を揺らしていき、つぶてのように飛ぶ雨粒が大地を殴りつけていた。
重い灰色に垂れ込めた空が真っ白に割れたかと思うと、遅れて地を這う雷鳴が洞窟の中までをも震えさせた。
そんな嵐の様子を四人は眺めていた。
「凄い嵐だね」
「ああ、もう少し留まっていたらどうなってたことか」
「アイのおかげで助かったね」
「ううん。ごめん、あたしがもっと早く見つけられれば濡れなくて済んだかもしれないのに」
「とんでもないさ。アイのおかげで皆こうして無事に火に当たっていられるんだ」
「そうかな。うん。そうなら良かった」
洞窟の入り口からは時折冷たい風が入ってきて、四人を身震いさせた。焚き火がチリリッと音を立てた。火は揺らめき、風が治まるとまた静かに頭を立てた。
火の側にテントの骨組みなどで作った簡易的な物干し竿を設け、そこに濡れた服を干す。
鍋の中身がふつふつと音を立てて、四人はそれぞれのコップにスープを入れていった。白い湯気が四つ立ち込めて交ざりあう。
「おいしいー」
「ふう、あったまるね」
体の内側から温まり、四人の中に染み込んでいた冷たい不安はようやく消えた。
時折燃料の薪を継ぎ足し、火を絶やさないようにしていく。
四人の顔が赤く染まり、瞳には炎が揺れていた。
「暖かいね」
チェニアがポツリと呟くように言った。
四葉の一行は今日も今日とて高ランククエストに向かい、対象のモンスターの居る森林地帯へ赴いていた。
ところが、その途中急に空模様が怪しくなり、嵐の接近を予感したチェニアはクエストを一時中止にする判断を下して、アイに雨風を凌げる場所を探すよう指示を出した。
そして、予想通り激しい豪雨に見舞われたのであった。
──ヒョオオオオオオッッ······──
吹き荒ぶ風が洞窟の中を吹き抜けていく。入り口から奥まで十メートルと無い洞窟であったが、小さい穴がどこかと繋がっているらしく、不気味な音が鳴っていた。
「·········」
「·········」
「·········」
「·········」
──チリチリチリ──
(······ヒマだなぁ)
と、チェニアは思った。
(スープも飲んだから食事っていうのもあれだし、かと言って何もしないでじっとするのはなぁ。うーん)
「······ねえねえ」
チェニアが他の三人を見回す。
「しりとりしよっか」
「え?」
「しりとり?」
「今?」
コクっと頷くチェニア。
「うん。ヒマだしさ。何かやって時間潰そうよ」
『··············』
すると、その言葉を聞いた三人の目が何故か光った。
「ふ、ふふふ」
「ふふふふ······」
「ふっふっふ······」
トミー、アイ、コリンの三人が不敵に笑ってみせる。
「ちょっと待っててくれ」
「良い物あるの」
「こんな事もあろうかと」
と、三人は一斉にそれぞれの荷物に手を伸ばして何やらゴソゴソとやり始めた。
「?」
チェニアが首を傾げていると
「ほい!」
「じゃーんっ!」
「これっ!」
と、三人が同時に手を出した。その手の上にはトランプの山札が乗っていた。
しかも、三人が差し出したトランプはなんと全部全く同じ物であった。
一堂に出されたトランプを見て三人がギョッと目を丸くする。
『···············』
「·········」
(まーた皆して固まってる)
もはや、恒例となりつつあるチェニアのサトリの時間が始まる。
(う、嘘だろ!?なんで他の二人もトランプを?!)
(しかも同じ商品じゃんっ!あ、そっか、あたし達の行きつけの商店同じだわ······)
(う、こういう所でなら役に立てると思って前々から用意しといたのに······)
(『よりによって全く同じトランプ······』)
と、心の声は哀愁漂う悲壮感を帯び始めていた。
(くっそー!こういう所でなら有能さをアピール出来るかもと思ってたのに、むしろ二人の面子を潰すようなマネをしちまった?!)
(ど、どうしようっ!?気を利かせたつもりが気を悪くさせているじゃんっ!?)
(ミステイクだ!僕が余計な事さえしなければこんな気まづい事にはっ······)
顔にはあまり出さずにオロオロする三人。
(で、でもせっかく持ってきたんだし······)
(出来れば使って欲しいなあ······)
(こうやって出したからには······)
どうする事も出来ない三人はやがて意気消沈したようにシュンと項垂れた。
(や、やっぱ引き下がるか······)
(後は二人のどっちのトランプ使うか話し合ってもらおう······)
(角が立たないよう、僕はクールに去ろう······)
そんな風に落ち込みかけてる三人の声を聞いたチェニアはなんとも言えない気持ちになり、小さくため息を吐いたが、すぐにニコリと笑顔を作った。
「わあっ、みんなトランプ用意してくれたんだ」
「え?あ、うん」
「まあ······」
「一応」
「いいねえ。暇だしポーカーでもやる?」
と、チェニアが提案してみると、三人はそれぞれ苦笑いした。
「あ、ああ。そうだな俺のは要らないな」
「あはは、二人とも気が利く~。あたしのはいっか」
「僕のトランプよく考えたら安物たったな、ははっ」
そして一斉に手を引っ込めた。トランプは一枚も無くなった。
「·········」
(いやいやいやっ)
「ねえ、やろうよポーカー」
「お、おう。もちろんいいけど······」
「う、うん。あたしのトランプは気にしないで······」
「トミーかアイのトランプ使おっか······」
(何遠慮してんだ二人とも!どっちかのトランプ使わないと何も出来ないじゃんか!)
(もうっ、せっかくあたしは身をわきまえたのに!)
(二人が取り下げたら意味ないじゃないか!)
(······はぁ~。もう、本当にこの三人は······)
「えー、コホン」
チェニアが一つ咳払いをする。
「ねえ、みんな。せっかく同じトランプが三つもあるんだからさ。全部混ぜて使わない?」
『え?!』
三人が驚いて顔を上げる。
「だ、だけどさ」
「そんなのでポーカーやったら······」
「めちゃくちゃになっちゃわない?」
「まあね。ならさ、ルールも変えればいいんだよ」
チェニアが微笑む。
「まだまだ嵐は止みそうにないし、時間ならたっぷりあるよ」
かくして。
嵐の中の洞窟カジノにおいて、四葉特別ルールポーカー大会が開催されたのであった。
「よしっ!やったぜ!トリプルスリーカードだ!」
「うわっ!僕のはトリプルツーペアだ。負けた」
「勝負はまだまだこれからっ。やった!あたしの豪運!じゃじゃんっ!ストレートレベル9!」
「うおっ?!まじかよ!アイすげぇ!」
「これは負けてられないな。よし······きた!セブンスツーペア!」
「あ、コリンすごーいっ!」
「ふふふ······」
子供のようにはしゃいで、滅茶苦茶なルールの中で純粋に楽しむ三人をチェニアは微笑ましく眺めていた。
いたって適当なルールであった。カードは山札三つ分あるので、単純に手札を三倍の十五枚にして、役も増やしたのだ。ペアなら最大で七組まで揃えられ、スリーカードも五組まで作れる。
他にもフラッシュは困難なので特別ルールを作ったり、ストレートもレベル制を導入したり。
さらには賭け金の代わりにおやつのドライフルーツやおつまみの干し肉をベットに出す始末。
と、つまるところ──
(滅茶苦茶なゲーム)
クスリと笑うチェニア。
(ふふ、それに私が負けるはずがない)
サトリの目を光らせながらチェニアはイタズラっぽく笑った。
(インチキしてるからね。オリジナルルールのインチキポーカー。ゲームとしての整合性なんてあったもんじゃない。でも、それで良い)
「やった!ダブルフラッシュとストレートのペア!」
「う、うわああっ!って、それはなんて役だ?」
「うーん。フルハウスマックスとか?」
「お、いいなそれ」
「やった、あたしの勝ちね」
「······えへへ」
どんなふざけたルールでも。童心に帰って仲間と遊びに夢中になる。こんな時間こそチェニアが求めていたものであり、夢だった光景なのだ。
しばらく脈絡の無いゲームに四人は熱中した。
いつの間にか嵐は止み、すっかり青空に戻って、太陽が顔を覗かせた所で四人はやっとその事に気づいた。服もすっかり乾いていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




