ピザ屋の彼女になってみたい
サクちゃんはあのキモい男のこと、ATMって言っていたけれど、僕はそれなら100万くらいないと割に合わないなって、ずっと思っている。
「さっきくすねといて良かった」
と彼は悪そうな顔で僕らが使ってないロッカーを開ける。きっとあのキモい男のロッカーだ。サクちゃんは万札だけを抜き取ると財布を戻そうとする。
「サクちゃん、もっと取らないの?」
残っているのは小銭やクレカ、免許証。僕は小銭を手に取って、コーヒー牛乳を二本買った。
「お風呂上がりのコーヒー牛乳は格別だね」
僕の手からコーヒー牛乳を受け取ったサクちゃんのその笑顔のが、僕は格別だった。
銭湯から出ると、冬の凍てつくような風が僕らの身体をまた冷やそうとしていた。
「ミア、くっついていようね」
彼は僕の腰に腕を回してそう言った。僕はその距離の近さにその甘えたようなサクちゃんにキュンキュンしてしまって、体温が高くなった。
「サクちゃんと一緒だと寒くない」
僕はだらしなくにやけていた。
「俺もだよ」
そうかっこよく微笑んでいる彼も僕と同じ気持ち、それが今は一番嬉しい。
僕らの秘密基地の近くにあるコンビニの駐車場で僕らは意味もなくグリコをする。
「ちよこれいと、っと。グーリーコ!」
「今度は俺の勝ち!ぱいなつぷるっ!ミア、文字数少ないのに何でグーだしてるの?」
「えーだって、サクちゃんがパーだすと思ったから……」
「わざと負けてるってこと?」
僕が恥ずかしげに告白してるのに、サクちゃんは僕が勝負に本気じゃないことに対して、口を尖らせている。
「んーっ!これ以上サクちゃんと離れたくなかったの!!……言わせないでよ」
あーあ、言っちゃった。恥ずかしい恥ずかしい痛い痛い恥ずい。
「え、なにそれ。めっちゃ可愛いじゃん!!」
サクちゃんはグリコでできた僕達の差を飛び越えて、ハグしてきた。そして、僕の耳元で可愛い可愛いと連呼してくる。その愛おしそうな声。そんなんされたら照れる以外の感情ないじゃん。
「サクちゃん、もう、恥ずかしい、からあ……!」
幸せってこういうことなんだと、悟った。その瞬間、泣き出してしまいそうになる。アイツを殺す前にこうなれたら良かったのに。
「あ、ピザ屋だ!」
スっとサクちゃんは僕の傍からいなくなって、盗んだ一万円札とピザを交換する。ありがとうございますってちゃんとお礼をするところ、好感が持てる。
「ありがとうサクちゃん」
「二人分にしては頼みすぎたね」
「いいじゃん。僕の最後の晩餐、付き合ってよ」
ピザMサイズ二枚。両方ともクォーターにして実質ワンホール、ピザ8切れ全て違う味を楽しめる。
「じゃあ、忘れがたき今日という日に」
「「乾杯!」」
コーラで乾杯して、美味しい美味しいと二人で言い合って、お腹いっぱいだと笑い合った。
「ミア、最高だよ。もうこれ以上ないってくらいに」
床に寝っ転がった彼はそう言って、幸せそうに笑った。
「サクちゃん、」
「ふふっ、ミア何で泣いてるの?」
彼の手が優しく僕の頬に触れる。
「僕、サクちゃんと離れたくないよぉ。ずーっと一緒にいたい!!」
「なぁに?俺達はずーっと一緒じゃないの?」
酔ったようにサクちゃんは、馬鹿っぽい僕の喋り方を真似して、そんな深刻な問題にしないようにしている。
「僕は、人殺し、だから……捕まっちゃう、から……」
「ミアは俺のものだよ。他人になんか絶対に渡さない」
僕が泣き止むまで彼はずっと僕を抱きしめてくれていた。そして、サクちゃんは泣き止んだ僕の太ももに、XXX-2413-39X0と自分の電話番号を油性マジックペンで書いてくれた。
「ふふっ、消えないといいな」
「消えないよ。そーゆーおまじない付き!」
「これでいつどこにいてもサクちゃんに電話できるね」
「ミアの声が届く範囲にいつも俺はいるつもりだけど」
とちょっぴり拗ねるサクちゃんが可愛かった。僕の不安を取り除いてくれるお医者さんのようだ。
蝋燭を消して、床の上に寝っ転がり、二人で一枚の毛布を共有した。明日はどんな日になるのか、ワクワクしながら目を閉じては寝られなかった。
「サクちゃん、まだ起きてる?」
「寝てる」
「起きてるじゃん」
「ふふっ、どうしたの?」
「今日最後の晩餐しちゃったから、僕に明日はないんじゃないかって思ってさ」
「そんなことないよ。もっと死ぬまでにしたいことないの?」
「サクちゃん、こっち向いて」
「ん?」
「好きだよ」
と軽く口付けをした。
「そんなんじゃ足りない」
サクちゃんは何度も何度も僕にキスをしてくる。身体も密着させると、サクちゃんの固くなった何かが、僕の太ももに当たっている。
「サクちゃん、気持ちいいねこれ」
「んっ、気持ちいい……」
頭がぼーっとして、何も考えられなくなる。途端、キスが止む。彼が距離を置く。
「嫌だ、離れないで」
僕はその差を埋めようと手を伸ばす。その手首を掴まれ、身体に触れるのを拒んでるようだった。
「ごめんね、ミア。気持ち悪いことをして……」
「気持ち悪くなんかないよ!?」
「ううん、俺が許せないの」
自己嫌悪たっぷりのサクちゃんにキスしようにも拒まれてしまって、何もさせてもらえない。だったら、
「触って?」
と彼に手首掴まれている手を自分の方に持ってきて、逆に手首掴み返して、僕の身体に触れさせようとした。僕のが何十倍気持ち悪い。彼の手が僕の胸に触る。
「心臓がドクドクしてる」
「うん、僕も生きてるからね」
「死なないで、ミア」
「死なないよ。死にたくない。サクちゃんと一緒にいられるから」
「そうだね。死ぬまで一緒にいよう」
そう言って、見つめ合ったまま恋人繋ぎをして、ニコッと笑ってからサクちゃんは目を閉じた。僕も彼につられて目を閉じると何だか幸せな夢を見られる気がした。