ザッバーン!!!!
サクちゃんって、きっと強がってるけど弱い人だ。対して僕は、血なまぐささが拭えない殺人鬼だ。シャワーの水滴が当たる感覚が心地良いのは、僕の穢れが取れていくような気が、気休め程度にするからだ。
「ミア、温泉に浸かろっか」
とサクちゃんは僕の手を引く。僕はその手を引き止める。僕が温泉に浸かってしまったら、この真っ黒な手で温泉を黒く染めてしまいそうで、怖かった。今、繋いでいるこの手を振り解こうとした。
「僕は、シャワーだけでいい」
「それは俺が嫌だ」
彼は何がなんでも僕の手を離さなかった。
「何で?」
「ミアを一人にさせたくない」
手を繋いだまま、少女漫画みたいなキザな台詞を、真剣味を帯びた眼差しで、彼は言った。その後で、自分の過ちに気が付いたのか、やってしまった感満載で、すごく照れている。そんな彼の一連の動作を見て、また愛おしい気持ちになって、ああ、彼はこんなにも僕のことを愛そうとしてくれてるのに、僕が僕のことを愛さないでどうするんだって、否応なしにそう思えた。
彼の手が僕の腰に触れる。彼は温泉の中でも僕のことを一時も離さない。過保護のようだ。お湯に浸かりそうな髪の毛を束ねてくれて、「足元、気を付けてね」ってお嬢様のようにエスコートまでしてくれた。
「僕、そんなに弱くないけど」
「俺がやりたいだけだよ」
僕の照れ隠しに百点満点の微笑みと返答をしてくれた彼に、僕は全裸だということも忘れ、抱きついてしまった。「ちょっ、ミア……?」彼がぐるりと目を回して、周囲を見渡す。そんな彼を他所に僕は自分のことだけでいっぱいだ。
「……嬉しい♡」
けど、この瞬間、サクちゃんと目を合わせた瞬間。まず最初に、彼の非常に困った顔が目に入ってきた。作り笑いでは誤魔化せないほどの。ああそっか、サクちゃんは嬉しくないんだって、やっとここで気がついて、僕は彼からスッと離れた。
「ミア、?」
「サウナ、入ってくる」
と温泉から出ても、何故か彼は追ってこなかった。その上、知り合いっぽい人に話しかけていた。僕のことなんかどーでもいいように。サウナ苦手なのにヤケクソで入ったサウナ室には誰もいなかった。もうここで干からびて、そのままミイラになってしまいそう。だけど、それで良い。サクちゃんが来ないんだから。
扉が開いた。元々、サウナに入ってたみたいに、上気した真っ赤な頬のサクちゃんがそこにいた。彼はフラフラとしたおぼつかない足取りで僕の隣りに座る。
「ミア、何ともない?」
と心配されたが何も起こりようがないこの状況。何かあったのはサクちゃんの方だった。彼の身体には今までなかった赤いアザのようなのがたくさん付けられている。
「サクちゃん、何があったの?」
「何ともないよ」
嘘つき。僕は嘘つかれたのが気に入らなくて、彼の赤いアザを指で強く押した。
「これは?」
「触んないで」
サクちゃんが身体を動かして、僕の指を避けて逆手にとって、僕と恋人繋ぎをする。表情には出さないがとても静かに怒っているようだった。僕は怖気付いて、絡めた指を解いた。
「……ごめん」
「こちらこそ、ごめんね」
サクちゃんが謝る必要ないよ、って言おうとした瞬間、何故か続々と人達が入ってくる。さっきまでガランとしていたサウナ室が賑わう。僕の隣りで彼が苦虫を噛み潰したような顔で震えていた。
「行こう、サクちゃん」
僕は彼の手を強引に引いて、水風呂へと飛び込んだ。