心は複雑、行動は単純
西海くんの秘密基地に到着した。僕は、もう家には帰れないだろうと思って、お菓子やら着替えやらを家から持ってきていたが、西海くんはそれらをお金で買っていた。何でそんなにお金持ってるの?って聞いても、「内緒!」って人差し指を立てられた。たぶんお年玉が現金で貰えるタイプの家庭なんだろう。僕のお年玉は両親がクレジットカードに貯蓄してあるから自由に使えないんだ。
「ミアはどんな漫画が好き?」
ここには粗大ゴミや紙ゴミから集められた、椅子やテーブル、漫画雑誌などが置いてある。彼が集めた漫画コレクションの中から、僕は恋愛漫画っぽいのを手に取った。
「これが良い」
「へえ!少女漫画とか読むんだあ」
と背もたれを前にして椅子に寄りかかっている彼は、僕のそのチョイスを見てニンマリとしてる。
「んーん、漫画自体あまり読んだことないよ。だけど西海くんが読んだものなら読んでみたい」
でもその理由が、西海くんが少女漫画から恋愛を学ぶタイプだったら笑えるから、って聞いたら、その椅子からひっくり返るかな?
「ふふっ、可愛いこと言ってくれんじゃん!」
西海くんはジュースをコップに注いで、一杯煽る。もはやお酒みたいに。そして飲み終わると、また僕に無意味な微笑みを向けてくる。
「何?」
「いや、別にぃ?ただ、いつも一人だったから、誰かがいるのが嬉しくって……」
「ここにいつも一人でいたの?」
「そうだよ」
「何で?」
「何でって、そりゃあ……家に帰りたくないからさ」
「何で?何で帰りたくないの??」
「……帰りたくなる家しか知らないミアには、この気持ちは分かんないよ」
そう言われてやっと、僕は西海くんの言いたくないことに触れてしまったんだと、気が付いた。だけど、この雰囲気をどうにかする術も知らないので、僕は漫画のページをめくった。
「西海くん、これの続きって無いの?」
「無いよ、雨にやられちゃったんだ」
「えーっ、めちゃくちゃ良いところなのに!」
それは俺のがずっと思ってるよ、って大人びた顔で微笑まれた。漫画の二人は同棲を始めたばかりで、何だかこういうふとした瞬間にときめいちゃってるの、デジャブだ。
「ミアはその後の二人がどうなったら嬉しい?」
「え、結婚して幸せになって……ずっと幸せでいれば良いと思う!!」
「ミアっぽいね。だけど、結婚が幸せだなんて迷信だよ」
世の中の通説に対して斜に構えて嘲笑う彼。
「……じゃあ、西海くんの幸せって何?」
「俺?俺はあ、こうやって、ミアと一緒にいられること、かな?」
という百点満点の笑顔。
「う、嘘つき!!」
「はあ?嘘じゃないけど……」
「ううっ、お願いだから、僕に優しくしないで!!!」
僕はわけもわからずに、西海くんから距離を置いた。
「はっ、意味わかんねー。何が気に食わないの?俺の何処が嫌なの?」
それに反抗するように、西海くんは距離を詰める。
「何処も嫌じゃないよ。だけど、それが怖い」
「じゃあ、ミアが嫌がることしてあげよっか?」
って、僕の、ファーストキスは、べろちゅーだった。
「いっ、」
「い?」
「嫌じゃないよ……全然、嫌じゃない……」
と僕が半泣きで強がって言うと、彼はもっと行為をエスカレートさせて、僕のパンツの中に手を滑らせてきた。愛し合うを体現するかのように、何の違和感もなく滑らかに事が進む。
「ミア、ごめん。んっ、だけど、生きたい……!」
苦しそうな彼の表情。僕がこの言葉の真意を知るにはまだ五年早い。自慰さえもできない青臭さの残る僕は、同年代の彼に倣って、ちょっぴり大人になった。
「はあ、はあ……西海くん、何これ……?」
僕はガクガクっと全身を痺れさせて、床にペタンと座り込んだ。内側から溢れ出た白濁乳の液体は、彼の手を汚す。けれど、幸福感でいっぱいだった。
「初めてだった?」
「……うん」
身体が快楽に支配された感覚と、脳内麻薬の味を知った。人間って、こんな単純なんだと思った。
「ミア、ちゅっ、大好き♡♡」
彼は放心状態の僕を抱きしめてくれた。空っぽの脳味噌には彼のリップ音が艶めかしく響いた。
「僕も、僕は殺人犯だ。人間を殺した。幸せになんかなれない」
「俺は殺人犯のミアを愛したいんだ。君が人間を殺したから愛してみたいんだ。分かる?」
「変人」
「ふふっ、何とでも言ってよ。『俺はミアが好き』それは変わらないからさ」
というドロドロになってグチョグチョになって愛し合ってたのが嘘みたいな爽やかな笑顔だ。
「西海くん、」
「朔良、俺の名前」
「サ、サクラくん(?)」
「くん呼びダメ」
「え……サク、ちゃん(?)」
「ん?なぁに??」
「ごめんね、嘘つきって言って。言いづらいこと聞いて」
僕も大好きって言えなくて、ごめん。僕はこれ以上、君を好きになるのが怖いんだ。僕の近い将来には死が予約されているから。
「あー、気にしてないよ。俺、よく殴られんの。父親から。だから、帰りたくない。単純でしょ?」
軽々しい口調で誤魔化した痛み。僕にも経験がある。それが共鳴して、彼を愛おしく思わずにはいられなかった。
「……サクちゃん、僕らずっと一緒にいよう?」