新学期に根拠の無い期待などいらない
事件の一年前の四月、入学式。新品の学ランに身を包み、桜の花びらが散っている通学路を歩き、機械的に動いている先輩方に出会った。その瞬間、俺は入学早々、「入る学校を間違えた」と悟った。
「西海くんさぁ、凄いよね。自主的に理科研究部を作りたいだなんて」
と教師に迷惑そうな顔をされた、五月。部活動は強制参加なのに、文化部が吹奏楽部か美術部の二択しかないという希有。それに嫌気がさして、理科の教師と帰宅部希望の奴らをまとめて口説き落として、俺は理科研究部という名の帰宅部を生み出した。
けれども、そのほとんどが幽霊部員で、基本的に理科室にいるのは部長の俺と
「にしみん部長、綺麗に標本にできたんじゃん?」
と俺に変なあだ名を付けて馴れ馴れしく呼んでくる、顧問の春原だ。春原はここの学校では珍しい、融通が利く教師で、俺が捕らえた蛇の飼育費をポケットマネーから出してくれるほどだった。その後で、俺が生徒会の会計になり、不正受給した部費でピザを食べたけど。
「あーーー、猫を殺してみたい」
生き物を〆るのが趣味になっていた、中二の春。部室でこの言葉をよく口にしていた。グロ注意というのが大好きで、みんなとは違い、そういう系のR18の動画を漁りながら。春原には「いつか人間を殺りそうだ」と揶揄された。
新クラスに東山はいた。担任は、学校一のハズレだった。その時の東山の印象は、お金持ちのお坊ちゃんで世間知らずの甘ったれ。俺が母親のパート先で1990円で売られているカーディガンの、さらに従業員割引で3割引されたものを着ているのに対して、東山は定価で2~3万はゆうに超えるブランドの質の良いカーディガンを着ていた。ぶっちゃけ、住む世界が違うのだ。だから別に、東山があのパワハラ教師に怒鳴られ、泣きじゃくっていたところで何も思わないし、寧ろ、巻き込まれたくないからと意図的に避けていた。そんな俺の態度があのクズ教師は気に入ったようで、内申点のためになった学級委員は、アイツが俺を扱き使うための蔑称になった。
「学級委員、手伝って」
と一日一回は雑務を押し付けられて、面倒な仕事を回されて、最もウザかったのは、校外学習のグループ決めを任されたことだった。みんなの意思を尊重して、好きな人と同じグループになれるようにグループ決めをします、と大々的に宣言されたその裏で、実際にグループ決めで頭を捻らせたのは俺だ。放課後、みんなから集計したアンケートを元に、グループを決めるのに三日ほど費やしたが、クラスメイトの裏の顔が垣間見えたことぐらいしか面白みがなかった。さすがに東山が同じグループになりたくない人で、あのクズ教師の名を書いてたことには笑ったけれど。
「西海は優しいんだな。友達がいない奴らと同じグループになってやるなんて」
とグループ分けを提出した時に言われたが、俺に恋愛感情を持っている奴のいい思い出とやらにされたくないし、陰キャの奴のが自己主張しないから扱いやすいってだけだった。その時にも東山と一緒だった気がするが、あまり覚えていない。お望み通り、たぶん教師から逃げていたと思う。
保健室に行くという口実で、クソつまらない授業を抜け出して、理科準備室にある古びたソファで横になる。ここだけは学校という戦場にある俺の唯一の避難所だったので、安心して眠ったりゲームしたりして快適に過ごしていた。
「にしみん部長、またサボり?ていうか、そのアザ……」
「ああ、これ?近所のヤンキーにやられちゃったあ」
と左目の下にある青くなったそれを見て、心配してそうな春原に、心配させまいと俺は陽気に嘘をついて、ニコッと笑った。なのに、
「失礼だけど、君のお父さんに、じゃなくて?」
と春原は空気を読まずに嘘を見破るから、情けなくて俺はソファの上で丸くなった。教室に居づらいのも、このアザのせい。
「……アル中のクズ、さっさと死ねばいいのに」
酒に酔って暴言吐いている父親に、少し反論したら、ぶん殴られた。反論した俺の自業自得なんだけど、春原は優しいから、「君は何も悪くないよ」と俺のことを盲目的に庇ってくれた。
「もしあれだったら、土日もここへおいで。部活って名目で、いくらでも使えるし……」
「それはいい、俺の問題だし。ていうか、春原は彼女いないのー?」
「いっ、痛いとこ突くなぁ」
って、春原はどうしようもなさそうに笑うけど、俺は別にそれで良いって思ってた。
「それよりもさ、何このダンボール」
「ああそれ、制服だよ。中古の制服を集めて、学校で安く売るんだってさあ」
「へえ。で、ここが物置にされたんだ」
と強く頼み込まれると断れない性格をしている彼をちょっぴり憐れんだ目でジトっと見つめていたら、
「より隠れ家感があって良いじゃん?」
ってポジティブな言葉で返されたから、思わず「ふっ」と微笑んでしまった。こうやって、少し笑える日がたまにあって、基本的に地獄な学校生活でも何だかんだで卒業まで過ごしていくんだろうと、呑気に思っていた。次の日が来るまでは。
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