寝惚けた奴らをみんな叩き起こせ
「おい東山!!お前なァ、真面目に授業受ける気あんのか!?」
教師の怒鳴り声で僕は目を覚ました。給食後、暖かい冬の木漏れ日に照らされる窓際の特等席だった。
「すみません、あります……」
寝惚け眼を擦りながら、僕は教科書さえ出ていない、まっさらな机で寝ていたことに、この瞬間に気が付いた。だが、次の瞬間にはその机は蹴り飛ばされていて、ガタンと教室中に大きな音を響かせた。
「なあ、これで何度目だ?何回も繰り返してるっちゅーことは『全く反省してねぇ』ってことだろうがよォ!!」
さらに重なる怒号。
「すみません、反省してます」
謝罪マシーンと化した僕。
「お前、脳みそ腐ってんのかァ?お前が全く反省してねぇから、こんなことが起きてんだろ?え??……ほら、どうやったら治んだよ。言ってみろ。あ?バカは死ぬまで治んねぇかあ??」
心臓の辺りを何度も指で突っつかれ、前髪を掴まれ引っ張られ、上から目線で挑発的に煽られ見下された。婉曲的に『死ね』って言われているのだろう。
「……すみません」
死ぬからもう、赦してください。そう僕がなけなしのプライドをぐっしゃぐしゃにへし折って、神や仏のようにコイツのことを崇め、泣き顔で懇願すれば、彼は満足して授業を再開するのだろうか。そんなのはどうでもいい。この苦しさが無くなればそれで良い。だから、僕は今日も真っ赤な嘘を塗り重ねる。
「お前は廊下にでも立ってろ!!」
見せしめの家畜のように制服の袖を引っ張られ、廊下に押し出されたそこで、「僕は授業を受けなくていいんだ、ラッキーじゃん」なんて足りない脳みそで恐怖に抗って、必死に考えてた。
授業が終わり、僕が教室に入ろうとすると、その教師はまだ僕に腹を立てていたようで、「お前がここに入ってくんじゃねぇよ」とまた教室からつまみ出された。そして、みんなが行き交う廊下の隅で僕は長々と説教を受けて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった醜い顔を晒していた。
「すみません、もうしません……」
「だからァ、お前のその言葉は軽いんだよ!!こっちだって叱りたくて叱ってんじゃねーんだ。分かってんのか?」
じゃあ、叱らなきゃいいじゃん。そんなに声を荒らげりゃあ喉は枯れる。僕のことなんか放っておけよ。
「……おい、また黙りかよ。何か言えよバァカ!!なあ、言えって。おいおい、俺への嫌がらせか?こうやって俺に無駄な時間ばっか過ごさせやがって、こっちも暇じゃねーんだって!!」
「……すみません」
「あ"?聞こえねぇなァ??」
「すみません!もう赦してください!!」
と号泣しながら、僕はその場にしゃがみこんで、丸くうずくまっていた。この瞬間に、僕の何かが死んだ。
コンクリートブロックの割れ目から生えている雑草はこの寒さでも逞しく生きている。それを見て、自分の弱さを鑑みる。神様、お願いです。災害や戦争で理不尽に奪われる生命の代わりに、どうかこの僕の命を奪ってください。と空を仰いでも、天変地異は起こりはしなかった。
野球部の声、金属バットの快音。校舎が見えてきて、足取りが重くなる。体調不良で吐いてぶっ倒れたいほど、嫌悪感でいっぱいだ。チャイムが鳴る頃には、グラウンドに一人。爛々とした太陽が、僕を嘲笑っているようだった。
「おはようございます。今日も元気に仲良く、学習に運動に頑張りましょう!」
という校内放送をせせら笑いながら、真っ直ぐな廊下を狂人ように蛇行した。僕にとって、これは蛇足だった。死ぬ前の、ちょっとしたご褒美のはずだった。
「東山 晦悪、は休みっと……」
と出席名簿を手に、僕の名前を呼んだその教師の頭を、僕は思いっきり金属バットで殴った。
「なあ?今どんな気持ちだ??散々いびり散らかした生徒の手で殺されてゆくのは、どんな気分なんだよ!!言ってみろ。……え??あははっ、聞こえねぇなァ?先生も黙りですかあ??」
僕は先生に倣って、罵声を浴びせていた。金属バットで滅多打ちにしながら、返り血なんて気にせずに。しばらくして疲れ果てて、殺意の情動も消え去って、何も言わないソレを見て、僕は「ふっ」と鼻で笑った。あーあ、僕が強く望んだものは、結局はこんなものだったんだと。
教壇からクラスのみんなを見たのは、初めてだった。勿論、こんなに見られるのも、初めてだった。誰かの金切り声を筆頭に、「おかし」も忘れて避難するみんなが僕は可笑しかった。そして教室には、僕ともう一人、僕と同じようなニヤけ顔した男の子だけが残った。
──これが僕のサクちゃんとの出会いだ。
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