ヤギと少年
あけましておめでとうございます!!
星野紗奈です(*'ω'*)
新年一発目は冬の童話祭2023参加作品の童話になります。
文量自体は昨年とほとんど変わりませんが、一続きの童話としては少し長めの作品に仕上げてみました。
お楽しみいただければ幸いです♪
それでは、どうぞ↓
少年のぬいぐるみは、ヤギのぬいぐるみでした。
おじいちゃんから貰ったぬいぐるみでした。
ひょろひょろに痩せこけた足が、ぶらぶら揺れます。
しなしなの顎で、かくんかくんと頷きます。
黒い瞳はもう大分濁りきっていて、ツノはへろへろに折れています。
そんな、ヤギのぬいぐるみでした。
少年は、ヤギのぬいぐるみが好きではありませんでした。
みんなは、楽しそうに言います。
うさぎやくまみたいに、かわいくない。
なんだかごつごつしていて、嫌だ。
汚くて、かわいそう。
少年は、みんなみたいなぬいぐるみが欲しくてたまりませんでした。
みんなのふわふわ、よちよちしたぬいぐるみが、特別に見えて仕方がありませんでした。
少年はおじいちゃんに聞きました。
ごつごつしているのはなんで?
命が詰まっているからさ。
こんなにしなしなになっているのはなんで?
生きてきたからさ。
かわいくないのはなんで?
おや、かわいくないかい。
おじいちゃんは愛おしそうに笑っていました。
少年は、笑えませんでした。
おじいちゃんがどうしてこのヤギのぬいぐるみを好きなのか、少年にはちっともわかりませんでした。
おじいちゃんは少年を見て、息をつきました。
少年は怒られるかと思って肩を震わせましたが、おじいちゃんは怒りませんでした。
命をいただくときは、いただきます。
助けてもらったときは、ありがとう。
これだけは忘れちゃいけないよ。
薄く目を開けると、おじいちゃんはやっぱり笑っていました。
おじいちゃんがなんでそんなことを言ったのか、少年にはちっともわかりませんでした。
少年は、ヤギのぬいぐるみが好きではありませんでした。
ぬいぐるみは欲しかったけれど、こんなものが欲しかったわけではないのです。
みんなのみたいな、柔くて、丸くて、あたたかいぬいぐるみが欲しかったのです。
少年は、ヤギのぬいぐるみを見つめました。
くたくたで、小汚くて、冷たいぬいぐるみでした。
みんながぬいぐるみを抱きしめて頬ずりしているのが見えると、少年はいつも羨ましくて仕方がありませんでした。
少年のぬいぐるみは、ヤギのぬいぐるみでした。
みんなみたいに頬ずりしても、痛くて顔が汚れるだけに違いありません。
けれど、なんだかそれが悔しくて、少年は初めてヤギの体をぎゅっと抱きしめました。
ごつごつしていて痛いし、ちっともあたたかくありませんでした。
しかし、力を弱めたらみんなにもっと馬鹿にされる気がして、少年はぐっと目をつむったままさらにぎゅっと抱きしめました。
するとその時、こと、と何かが音をたてました。
恐る恐る目を開いてみると、そこにはぴかぴか光る宝石が一粒落ちていました。
びっくりして思わず腕に力をこめると、ヤギの口から宝石が転げ落ちて、また、こと、と音が鳴りました。
宝石といえば、みんな喉から手が出るくらい欲しがって、血眼で探したものさ。
少年はふと、そんなおじいちゃんの言葉を思い出して、急いで地面からきらきらの宝石を拾い上げると、ポケットの中へぐいと押し込みました。
そうして家に帰ろうとしたとき、ずり、と近くで音が聞こえました。
振り向いてみると、足を引きずっている男の子がいました。
少年と同じくらいの年の男の子でした。
衣服が腕の中のヤギのように薄汚れていて、少年は男の子が裏町の人なのだろうということがすぐにわかりました。
片足から真っ赤な血が流れていて、少年は自分まで痛いような気がしてきて眉をひそめました。
怪我、大丈夫?
痛いよ、とても痛いんだ。
お医者さんに行きなよ。そうすればきっと治る。
お金が、無いんだ。
男の子はそれきり黙り込んでしまいました。
少年はまたおじいちゃんの言葉を思い出して、ポケットの中に不器用に手を突っこみました。
これ、あげるよ。これを持ってお医者さんのところへ行けば、きっと君のことを診てくれる。
そう伝えると、男の子は少年をじっと見つめた後、こくんと首を縦に振りました。
少年は宝石を男の子の指でそっとくるみこませると、再び帰り道を辿り始めました。
しばらくすると、今度は横から何かが伸びてきました。
少年は驚いて飛びあがりましたが、よく見るとそれは、小枝のような腕でした。
裏町に住むおばあさんの、痩せこけた腕でした。
急におどかさないでよ。どうしたの。
お腹が空いてたまらないんだよ。もうここを動くこともままならない。
食べものが欲しいの?
そうだよ。食べるものをくれないなら、さっさと消えてくれ。わたしゃ見せ物じゃないんだ。
おばあさんの真っ黒な瞳を見たとき、少年はなんだか気持ち悪くなって、思わず目を細めました。
どうした、わたしゃそんなに見るにたえないかい。そうかい、そうだろうねえ。
おばあさんが寂しそうな声でそう呟いたのを耳にして、少年ははっとして、ポケットの中をまさぐりました。
ねえ、これを持って行けば、食べ物と交換してくれるかな。
まさか、偽物じゃないな?
そんなことしないよ。これ、あげるから。
少年は、ごめんね、というつもりで、おばあさんの細い指の上に宝石をのせました。
細い指が、重たい果実をつけた木の枝みたいにしなりました。
おばあさんが骨のような腕を胸の前におさめたのを見ると、少年はそそくさとその場を離れました。
早足で歩いていた少年は、ふと、こんなことを思いました。
ヤギの吐いた宝石で、誰かが助かっているかもしれない。
もしかして、このヤギって、特別なのかもしれない。
少年は、胸の内でぷくぷくと泡が跳ねるような気持ちでした。
そのリズムに合わせて、少年はちょっぴり明るい気分で家に帰りました。
少年のぬいぐるみは、ヤギでした。
誰かの命を助ける宝石が詰まった、特別なぬいぐるみでした。
困っている人を見かけると、少年はヤギのお腹をぐっと抱きしめて、一つずつ宝石を渡しました。
宝石をもらって安心したように笑う人を見ると、少年はとても嬉しくなりました。
少年はそうやって、たくさん、たくさん人を助けました。
家に帰った時、おじいちゃんは少年とヤギを見つめました。
少年は何か悪いことを責められているような気がしましたが、おじいちゃんは何も言いませんでした。
少年はヤギを決して手放さないよう、その細い足をぎゅっと握り込みました。
それから、ヤギの体をぐっと胸に引き寄せました。
その時初めて、少年はヤギが痩せていたことに気がつきました。
おじいちゃんにもらったときよりずっとがりがりで、みじめでした。
少年は、宝石をあげた人のことを思い出してみました。
みんな、嬉しそうに笑っていた。
けれど、それはきっと自分の力じゃない。
全部、ヤギが吐いた宝石のおかげだ。
少年はなんだか、ヤギがかわいそうな気がしてきました。
そして、ヤギを元に戻してやりたいと思いました。
少年は、考えました。
ヤギのお腹の中には、いくつもの宝石が詰まっていた。
だから、元に戻すためには、宝石を食べさせなければいけないんだろう。
けれど、少年は知っています。
たくさんの人を助ける宝石は、とても貴重なものなのです。
命をいただくときは、いただきます。
助けてもらったときは、ありがとう。
おじいちゃんの言葉を思い出した少年は、呟きました。
ありがとう。
それから、ヤギのお腹をぐっと押しました。
いただきます。
少年は、何度も繰り返しました。
ありがとう。
いただきます。
ありがとう。
いただきます。
ありがとう。
いただきます。
少年が手に力を込めるたび、ヤギはごろりと重たい宝石を吐き出しました。
少年はいただきますとありがとうをたくさんこめて、ヤギのお腹がぺらぺらになるまで、何度も、何度もヤギを抱きしめました。
そうして宝石を全部吐き出させたとき、少年はひどく息切れしていました。
ちかちかする視界の中で、少年はぺったんこになったヤギのぬいぐるみを見つけました。
少年は息の荒いまま、近くに生えていた草をむしり取り、それをヤギのぬいぐるみの口から食べさせました。
ヤギのぬいぐるみのお腹が少しだけふかふかになるまで、めいっぱい草を食べさせてやりました。
少年のぬいぐるみは、ヤギのぬいぐるみでした。
おじいちゃんから貰ったぬいぐるみでした。
ひょろひょろに痩せこけた足が、ぶらぶら揺れます。
しなしなの顎で、かくんかくんと頷きます。
黒い瞳はもう大分濁りきっていて、ツノはへろへろに折れています。
そんな、ヤギのぬいぐるみでした。
君は、ただのぬいぐるみでいいよ。
宝石がなくなって、特別じゃなくなっても。
ただの小汚いお古のぬいぐるみでも。
君は、僕のぬいぐるみだ。
少年はそう言って、ヤギのぬいぐるみをそっと抱きしめました。
草の隙間で擦れた空気が、めえと鳴きました。
最後までお読みいただき、ありがとうございましたー!




