9. 底の底
命の槍は発動の瞬間、膨大なエネルギーを発散。生まれた爆風と極光により、発動者である村長を除いて誰一人、邪竜への着弾を目視出来なかった。
△△△△△△
「…ぁ」
光に焼かれた目が徐々に回復し、真っ白だった視界に色がついてきたとき、人影は一つ。
砂埃が晴れた先にいたのは立ち尽くす村長だけだった。
邪竜の姿はそこにはなく、あの巨体を肉の一片も残さず消し飛ばしたことは容易に想像がついた。
それだけの、残酷な奇跡だった。
自分の命が助かって嬉しいなどと思える訳もなく、40人を超える”家族”が一斉に死んだ事実に
涙も流れぬ黒い絶望が心を血みどろにしていた。
だから、聞こえてきた村長の声に、驚愕という感情すらも追いつかない
「防ぎ切られただと…!」
発動直後、魔法を行使した本人だけが目にしたその光景は、光が敵を貫き呑み込む姿ではなくその寸前、邪竜が急制動をかけ翼を盾にする姿だった。
結果、その巨体を弾き飛ばし一瞬で遥か雲の向こう側へ。得られた戦果は両翼にぶち開けた大穴と貫ききれず抉り焼いた胸の傷
言葉にすれば、あの化け物を相手にもろ手を挙げて喜ぶような内容である。しかしその実、家族という代償を捧げる覚悟をしていた村長もまた、絶望にその身を焼かれていた
そう、どんな痛手を与えたにせよ防ぎ切られたのだ。
故郷を砂丘へと変え家族の命を消費した切り札が
あの雲の上からもう一度その姿を見せるのか。そうなれば、後ろで今も泣くことすらできない子供たちを、守れる手立てなどもうない。この老いぼれの命の他に、賭けられるものがない。せめてもう何も、奪わないでくれ
何時間にも思える沈黙。しかし実際には数分の時をもって村長は口を開いた。
「邪竜は、撃退した」
変わりなく流れる雲、現れる気配のない邪竜に撃退は一応の完了とする。いつまでも邪竜の見えない姿に怯えて動けないでいるわけにはいかないから。
ではこの状況で次にやらなければならないことはなにか。
それを知っているのもまた、村長だけだった。
「恐らくすぐに、エルフが攻めてくる」
絶望に次ぐ絶望。光は未だ、見えぬままに