主役になる気はありません!
伯爵家が所有する豪華な邸に住むエイラは、子供の頃から大人びていて物静かな娘だった。
エイラの父母は既に亡くなり、伯爵だった父は先に亡くなった母が死んですぐ新しい妻を迎えていたが、新しく母となった者は、エイラにとってあまり良い母親とは言えなかった。
さらにその連れ子である2人の義理の姉は、父によく似た鋭い目つきをして、エイラをよく睨んでいた。
「それじゃあエイラ、大人しく留守番しているのよ」
「はい、お母さま」
「私たちが居ないからって、掃除や洗濯の手を抜いては駄目よ」
「はい、リーゼお姉さま」
「今度街を出歩く許可をあげるからそれで我慢なさいね」
「ありがとうございます、ターシャお姉さま」
にこりと微笑んだエイラに、眉間に僅かばかりの皺を寄せた継母と義理の姉たちは、それじゃあ行ってくるわ、と告げてエイラに背を向けた。
「お母さま、お姉さま、いってらっしゃいませ」
父が亡くなってから、エイラの扱いは大体このような感じだった。
掃除や洗濯に食事の支度、おおよそ伯爵家の娘がするようなことではなかったが、エイラは今の状況にある種の充実と達成感を得ていた。
「お嬢様。よろしかったのですか?」
継母と義理の姉たちが乗る馬車を見送っているエイラの背に、仲の良いメイドから声がかけられた。
「何が? もしかして舞踏会に行けなかったこと? だとしたら大丈夫よ?」
後ろにいるメイドの方へ嬉しそうに笑みを浮かべながら踊るように振り返ったエイラは、それにと続ける。
「それに、こんなそばかすまみれの顔で舞踏会に行ったら、お母さまやお姉さまたちに迷惑をかけてしまうわ」
「お嬢様、そんなことは」
戯けたように言ったが、それは本当のことだとエイラは思っている。そもそも、そうなるような容姿でなければエイラが困る。
「いいのよ、慰めは。本当のことだもの」
それより早く邸の中に戻りましょ? エイラはそう言って邸へ足を進めた。
(というより、そばかすまみれの不美人な娘、そう見えてもらわなければ私が困るのよ。せっかく亡くなったお母さまが残した化粧道具を使ってるんだし)
子供の頃からエイラは大人しく物静かで、とても子供とは言えないほどよく物事を考えていた。
(それにしても、これでフラグが立たずに済んだかな?)
それも当然のことだったのだろう。前世の記憶をようなものがあれば、誰もが子供のままではいられない。
(王子様とかお城の贅沢な暮らしは憧れるけど、命あってこそだしねー)
エイラが持つ前世の記憶のようなものでは、ここはスマホゲームの世界で、様々な童話や物語を基に作られたロールプレイングゲームだった。
そのことにエイラが思い至ったのは、父の書斎に飾られている灰色の宝石が付いた剣を見た時だった。まさしくあれは、灰かぶり姫を題材にした物語、灰尽の乙女編で登場するエイラの専用武器だ、と。
ゲームで語られる物語の内容では、エイラは継母や義理の姉に虐げられ、まともな人生を送ることが出来ずに王子主催である舞踏会の日を迎え、邸に1人置いていかれる。
継母に邸の運営を任せていた伯爵家ではろくな使用人が居らず、全ての家事をほとんど1人で行っていたエイラは、希望のない人生に絶望して命をたとうとする。
それを見かねた通りすがりの魔女は、エイラを魔法で清潔な状態にしてきれいなドレスやカボチャの馬車などを与え、最後にガラスの靴を履かせると、舞踏会に行くように言った。
ここまではおおよそ元の物語と似たようなものだったが、この先は完全なゲームオリジナルだった。
エイラは魔女に与えられた物を身に付け、父の書斎の剣を持って舞踏会へと向かい、そして継母と義理の姉2人と仲の良さそうな者たちを全員、剣で切り裂いていくのだ。
(そして王家はその罪を減らす代わりに謎の魔物と戦うように命令するのよね。貴重な戦力だしある程度は丁重に扱われてたみたいだけど)
「血塗られたダークな物語のキャラクターになるなんてゴメンだわ」
「お嬢様?」
「ううん。なーんでもない」
このあとなんだかんだで戦いに巻き込まれたり王子とラブコメするんだろうね