喜びの歌
原稿用紙10枚の短いシナリオです。美奈川珠希(28)という謎の女の子と、記憶を喪失した男、紀代宮慎(28)に起こった、クリスマスイブのささやかな奇跡の話です。読んでいただけましたらありがたく思います。
「喜びの歌」
○病院の6人部屋
紀代宮慎(28)ベッドに眠っている。
ゆっくり目を覚ます。
紀代宮「僕は・・どこにいるんだろう・・」
看護師「やっと、目が覚めたんですね、
あなた、3年も眠ってたんですよ」
紀代宮「ここは?どうして?」
看護師「ここは病院です。お仕事中、突然
倒れてそのまま眠られていたのです。
よかったです、目が覚めて、紀代宮さん」
紀代宮「紀代宮・・それが僕の名前ですか?」
看護師「も・・もしかして覚えておられない?」
紀代宮自分の手を見る。
紀代宮「頭がぼんやりして思い出せない・・」
看護師、病室を走って出る。
看護師「先生―!先生―!」
紀代宮「僕は紀代宮慎・・」
○クリスマスの電飾に飾れた商店街
街路樹は、イルミネーション、
クリスマスの装飾がされてる。
紀代宮慎、歩道のベンチに座って
いる。大きな紙袋を持った、
家族連れが笑顔で歩いている。
はしゃぐ子供。
紀代宮(M)「僕は紀代宮慎、三年間眠って
いたらしい、今は、2021年12月
24日、僕これからどうすればいいん
だろう」
紀代宮ポケットに手入れて、
小銭を掴んで手の平に乗せる。
紀代宮「病院代払ったら残り305円、お腹は減っているけど、何か食べたいと思わない」
紀代宮が前をむくと、コートを着
た奈杜那恵(25)と上河内昴
(25)が歩いている。紀代宮に
気がつき、驚いた表情で振り向く。
紀代宮(M)「この人たち、僕を見ている。
僕のこと知っている人たちだろうか?」
紀代宮が二人に気がつくと
奈杜那恵(25)不自然に前を向いて
紀代宮に気がつかないふり。
上河内「先輩っ!紀代宮先輩じゃないっ
すか?目が覚めたんですか?」
紀代宮、顔を上げる。
紀代宮「あなた誰ですか?」
上河内笑ながら、恵の肩に手を
回す。恵、目を伏せている。
上河内、綺麗にカールした恵の
栗色の髪を撫でる。
上河内「可愛いっしょ、先輩の元カノ
奈杜那恵ですよ。今は僕の彼女です。
春には結婚するんです」
紀代宮「そうですか、それはおめでとう
ございます」
恵「上河内くん、もう行こう。映画、
始まっちゃうよ」
紀代宮、うつろな表情で、恵を見る。
上河内「だめだ、この人完全に壊れてる。
恵、関わらないほうがいいよ」
紀代宮耳を澄ます。・・
紀代宮「どこからか音楽が聞こえる」
いつの間にか、ギターを抱えた
美奈川珠希(28)が紀代宮の隣に
立っている。
サンタクロースの衣装を着ている。
珠希「(大声)メリークリスマス!幸せな方、
お祝いの歌をプレゼントしますわ〜」
手に持った花びらを、上河内と恵に
振りかける。
紀代宮「お嬢さん、あなたは誰ですか?」
珠希、ギターをかき鳴らす。
珠希「通りすがりのサンタクロースでーす。
紀代宮くん、一緒に歌いましょう」
あんまり上手じゃない。でも
なんとなくベートーベンの第九の
4楽章を歌っている。
珠希「ちゃ〜ららら、いつひー、リーベー
ボクのフネ〜」
恵と上河内、ぽかんと立ち尽くす。
紀代宮「なんですか。その歌」
珠希「つべこべ言わずに腹から声を出し
て歌いましょう!」
紀代宮仕方なく適当に歌う。
珠希、ノリノリ。
紀代宮「ちゃあ、ららら、ちゃららら」
上河内、目を逸らす。
上河内「バカらし、行くぞ、恵」
上河内、恵の腕を強引に掴んで
引っ張る。
恵「さよなら、慎くん」
恵、ちらりと、紀代宮を見る。
紀代宮、遠ざかる上河内と、
恵の背中を見る。無表情。
紀代宮「あの女性、知っている気がする」
珠希「紀代宮くん、あんなつまんない女
ほっときなよ、もっと楽しい事しましょう」
珠希、紀代宮の手を掴んで駆け出す。
紀代宮も仕方なく駆け足になる。
○クレープ屋さん
紀代宮、珠希、列の最後尾に並ぶ。
珠希「チョコバナナが美味しそうだな〜、
紀代宮くん何味がいい?」
紀代宮「いや、僕305円しか持って
ないから、やめときます」
珠希「そうか〜残念だなあ〜」
珠希の順番がくる。
店員「何味にしましょう」
珠希「チョコバナナクレープ、生クリーム
多めで」
店員「クリスマスでくじ引きしてるんで、
どうぞ」
珠希「紀代宮くん、かわりにクジ引いて」
紀代宮「う・・うん」
紀代宮、くじの箱に手を入れて一枚
取り出し、店員に渡す。
店員「おめでとうございます!ペアで
観覧車乗車券が当選しました!」
珠希「うわ〜紀代宮くん、くじ運いい!
観覧車行こう、紀代宮くん残り食べて」
珠希、食べかけのクレープを紀代宮
に渡し、紀代宮の手を引いて観覧車
まで走る。
○観覧車の中(夕方)
観覧車に乗る、西の空に夕焼け。
遠くに玉ねぎ型の天井の建物が見える。
珠希、建物を指さす。
珠希「今日ね、あそこでクリスマス
コンサートがあるんだ。チケット一枚
だけあるの、紀代宮くん行ってくんない?」
紀代宮「あなたのチケットでしょう」
珠希「うん、でも私には必要ないの。
紀代宮くんに行ってほしいの」
紀代宮、珠希を見て言う。
紀代宮「僕、一人では嫌だよ」
紀代宮、不器用に微笑む。
観覧車、地上に近くなる。
珠希微笑みを紀代宮に返す。
紀代宮「君は行かないの?」
珠希「そう、私はいけない。行きたく
なかったら捨てていいよ。紀代宮くん、
今日はとっても楽しかったわ。私に付き
合ってくれてありがとう、じゃあね」
観覧車が地上に着いて、ドアが開き、
珠希、急いで出る。紀代宮手を出す、
紀代宮の手をすり抜けて珠希走る。
紀代宮「待って!名前をまだ聞いてない」
珠希、遠くにいる。走り去ろうとして、
思いとどまり、振り返る。そして
両手でピストルの形を作り紀代宮に
向ける。口で発射音を言う。
珠希「ばーーん!」
紀代宮、無意識に自分の左胸を抑える。
珠希「またね、バイバイ」
珠希少し微笑み、風のように走り去る。
その場に立ち尽くす紀代宮、右目から
大粒の涙が流れる。
○中寺サンプラザホール
紀代宮、チケットを持って
中寺サンプラザの玉ねぎ型の屋根を
見上げる。
紀代宮「中寺サンプラザホール・・
ポップドールズライブ?」
○中寺サンプラザホール・客席
一つずつスペースをあけて、客が
入っている。ザワザワしている。
ステージにスポットライトがあたり
小がらな美奈川珠希がギターを持って
現れる。他のメンバーは後ろで
セッティング中。
ぼんやり、舞台を見る紀代宮、
一つスペースをあけてスーツ姿の
椿本研(35)がやってくる。
椿本「失礼、一つあけてお隣の席、座って
もいいですか?」
紀代宮「どうぞ、もちろん」
椿本「僕は、演奏前の、静寂が
大好きでね、楽しみですねライブ」
紀代宮ちらりと椿本を見る。
微笑みながら舞台を見る椿本。
紀代宮「音楽がお好きなんですか?」
椿本「ええ、しかもホールで見る本物の
演奏が大好きなんです」
椿本「あなたはどうですか?」
紀代宮、腕組みして少し考える。
紀代宮「僕も、演奏前の時間が好きかも
しれないです」
椿本「へえ、そうですか」
紀代宮「胸が熱くなるっていうか、心が
あったかくなっていくっていうか」
椿本「それはよかった。始まりますよ」
照明が消えて、静寂が訪れる。
ホールにギターの爆音が鳴り響く。
紀代宮、拳を握り静かに立ち上がる。
そっと自分の左胸を掌で押さえる。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。もしよろしければ、評価、感想などいただけましたらありがたく思います。出逢いに感謝いたします!