⒌家族③
ノックして、中へ声を掛けて応接間へのドアを開けると、まだお父様しかいなかった。
一礼して、応接間に入る。
「お父様、ご機嫌麗しゅう。」
「…あぁ」
私を見て、顔を少し歪めたお父様。
…そんなに私が嫌い? 私だって大っ嫌いだよーだ!
仲悪親子がバチバチと睨み合ってる所に声が掛かった。一時休戦!
◇◇◇
「レイヴィア様、初めまして。フィーリアと申します。こちらはソフィーユとフィルスです。」
「…フィルスです。宜しくお願いします。レイヴィア様。」
「わ、私はソフィーユです。よ、よろしくお願いします、レイヴィア様!」
何回も会っているであろうお父様の前でも恐縮している。きっと凄く緊張しているだろう。そりゃあそうだ。だって、急に家族が増えるんだもの。
「…初めまして、会えてうれしいですわ。それと、家族となるのですから、様付けは不要ですわ。私も家族相手にかしこまりたくはないもの。仲良くしましょうね」
表向きはこう言っているが、私には野望が別にあった。私は……仲良くなって、お姉さま、と呼ばれたい!ソフィーユとフィルスにお姉さまと呼ばれてみたいのだ!
心の中で野望を煮えたぎらせている私に、強烈アタックがかかった。
「…お姉さま?」
かわいい―――――――――っ!
ソフィーユはにかみながら言ってる…。可愛い…。
「そうよ。これからよろしくね。ソフィ―ユ」
冷静さを装って、必死に落ち着いて声を掛けた。
ふっふっふっ…次は義弟のフィルスがターゲットだ…。
「レイヴィア。この三人に屋敷を案内しろ。」
…お父様に命令されたので、席を立つ。しかし、私はま諦めていない!お姉さま呼びを諦めていない!
「…それではお義母様、ソフィーユ、フィルス。ついてきてください」
◇◇◇
一通り案内したあと、最後に庭園を案内した。
「綺麗ですね!お母様、お兄様!…あ、あそこ、水が噴き上がってます!」
「まぁ…綺麗…」
親子の仲睦まじい様子に和む。
…やっぱり、ハナネガ通り、フィルスは無口だな。
「あれは噴水です。傍に寄ると涼しいですよ」
家に噴水なんて、公爵家めっちゃリッチだよね…。だけど、ハナネガのスチルで見た、王宮の庭園は…もっと桁違いだった。
ソフィーユが噴水のそばに寄っていった。「凄いです!」という可愛いリアクションに癒される…。
…そして、フィーリアお義母様も、ソフィーユの側へ行って、噴水を間近で見て、惚けた表情に。
フィルスは無言でソフィーユとフィルスのもとへ行った。
私は、薔薇が咲き誇る生け垣を背景に、その様子を眺めていた。
◇◇◇
「母さん…。母さん…!」
血しぶきが広がっている床に転がっている美しい貴婦人の体を、少年が揺する。揺すられるたびに、貴婦人の痛んだ薄茶の髪はサラサラと揺れる。
「母さま…、なんでおいてくの…。」
貴婦人と美少年と同じ、ベージュブロンドの髪の少女が傷だらけの腕を震わせて嗚咽を漏らす。
少年は、名をフィルスといった。少女は名をソフィーユといった。
今はもう亡き貴婦人は名をフィーリアといった。
少年と少女はベージュブロンドの髪に、菫の瞳をしていて、顔立ちはとても整っていた。
そして、少年と少女の母は、薄い茶色の髪に、菫の瞳をした、とても美しい婦人だった。
――しかし、今の少年は、痛々しい傷が目立ち、みすぼらしく、少女も美しいはずの鮮やかな菫の瞳は淀み、未来に希望を持っていないかのような目をしていて、少女の体もやはり、痛々しい傷があった。
貴婦人の体は、傷つけられて、傷つけられて、もう限界、というような体だった。
…そして、突然、扉が開いた。
扉の向こうに立っていたのは、場違いなほど美しい容姿に、藍色の髪、灰色の瞳をした、口元に、怖気が走る笑みを浮かべた少女。
少女の名は、レイヴィアといった。
少女は貴婦人の死体を見ると、眉を下げた。
「あーあ、玩具が一つ減っちゃった。」
この言葉を聞いて、少年は怒りに体を震わせた。
「母さんはお前なんかのものじゃない!母さんは…母さんは…!」
少年の妹の少女が泣いている。母様を返して、返して…、虚しい願いを呟きながら泣きくじゃっている。
しかし、少年は泣かない。ただただ、怒りと憎悪などの赤黒い感情が混じった眼で、残念そうにしている少女を睨んでいる。
泣いている少女と、怒りに震える少年を見て、先程まで残念そうにしていた少女は、令嬢しからぬ声で、ケラケラと笑った。
「ハハハハハ!玩具を一つ捨てた甲斐があったわぁ!」
ケラケラと笑いながら、少女は貴婦人の死体をピンヒールで踏んだ。
それを見て、泣きくじゃっていた少女の顔に、怒りが灯る。
「やめて…!母様を踏まないで…!」
「あらぁ、ただの玩具ごときが主様に口答えしないの。玩具は口答えしないでしょぉ?」
そう言って、そばに控えさせていた侍従に「この生意気なオモチャを私の遊び部屋に。」と少女は言った。
遊び部屋。狂ったように笑う少女の遊び部屋。あそこは遊び部屋という名の地獄といっていい。あそこは血の匂いと人々の悲鳴がこびりついている。
少年の妹の少女は、遊び部屋に消えた。
――時は経ち、少年は学園に通う年齢になった。そして、少年と少年の妹の少女は、心の傷をとある存在に癒され、前を向いて生きるようになった。
そしてある日の舞踏会にて。
少年とその妹を傷つけてきたあの少女――いや、もはや令嬢となったあの人は、死んだ。
「がはっ」
自らが虐げ、遊んでいた少年…フィルスに、とある少年とその妹を傷つけてきた少女…レイヴィアは刃物で刺されて死んだ。
血を吐いて、あっけなく、死んだ。
「惨めなものだな。…だけど、母さまは、僕は、ソフィーユは…ッ、もっと、惨めだった!」
刃物が近づいてくる。逃げたいのに逃げられない。
…でも、私なんかに逃げる資格はない。
虐めたのは、私。傷つけたのも、私。
―――ごめんね。謝って、済むものではないけれど。
紫のスミレの花言葉。…それは、「愛」。
◇◇◇
「…。」
夢から覚ると、何故か、泣いていた。
…これって、なんの涙だろう……。
傍に、侍従はいない。時計を見ると、もう0時を過ぎていた。イリアたちは就寝しているだろうか。…起こさないよう、そっと厨房へ行って、暖かい飲み物を飲もう。きっと、落ち着くはず。
そっと廊下へ出る。どこまでも広い廊下が、とても怖い。こんなに広いと独りじゃ不安…。
わずかな灯りを頼りに、壁伝いで歩く。迷う気しかしない…。
…泣き声が聞こえる。…まさか、おばけ…?私が戸惑っているうちに、泣き声は小さくなっていく。…おばけかな?おばけかな?…もう、厨房行ってるとか、そんな場合じゃない!早く部屋に戻って、さっさと寝よう。そうしよう。
ここが私の部屋の扉!…だと思う。暗がりで、よく分からない。…でも、お化け(?)の泣き声はどんどん大きくなっていて…。怖くなって、部屋に勢いよく飛び込む。
「ふー」
「…レイヴィア様?」
へ?
なんで私の部屋にフィルの声が響くのだろう…。まさか、と振り向くと…そこは私の部屋ではなかった。フィルスの部屋だったのだ…。
◇◇◇
「――部屋間違えてごめんなさい!」
「…大丈夫です、レイヴィア様」
「本当にごめんね、フィルス!起こしちゃった…?」
「大丈夫です、元々起きていました」
「そ、そっか。…私、自分の部屋に戻るね!」
素の言葉遣いが混じったりもしながらも、部屋から急いで出ようとする。…しかし、扉の前で私の足はピタリと止まった。
「――部屋、どっちだろう」
静寂が包んでから、フィルスが「連れて行きますね」と言った。なんと優しい…!
◇◇◇
「住んでるお屋敷なのに、住みたてのフィルスに案内してもらって申し訳ない…」
「…大丈夫です、暗いので迷いますよ」
フィルスが持っているランタンが頼もしい。本当に恥ずかしいですわ…。
「あ、お父様だ」
階段の下からお父様が見えた。こちらを冷たく一瞥すると、そのままどこかへ行ってしまう。
「…仲良く、ないんですか?」
「そうよ。だって、ほぼ…じゃないわね、全部私のせいで、お母様が死んじゃったのだもの」
「……」
「あ、大丈夫よ。フィルスも後で知ることになっただろうし」
「親が、あんなで寂しくないのですか?」
「…寂しくないよ。お父様とお母様に嫌われてても、私が死んじゃうわけじゃないしね!」
――私の部屋の前に着いた。礼を言って離れようとすると、フィルスが腕を掴んできた。
「…僕、レイヴィア様の事、高慢ちきで高飛車で、意地悪なやつだと思ってたんです」
それ、悪役令嬢のレイヴィア像にかんっぜんに当てはまってる…。
「――でも、違った。…レイヴィア様は、そんなんじゃありませんでした。」
「…ありがとう、フィルス」
でもね、私は将来そうなってしまうかもしれないの。悪役令嬢だから。
「…レイヴィア様…姉さま。僕と、ソフィと、母さまは、姉さまの家族になります」
「…うん」
「だから、泣きたいなら泣いても良いし、我慢しなくてもいいんです」
「…フフッ、分かったわ」
フィルスがまっすぐで、いい子で、その優しさに触れて、何だかとても嬉しい。
ドアを開ける。
「…ねぇフィルス。大きくなったら、悪を憎んで、愛する人と幸せを掴むのよ」
悪役令嬢の私を憎んで、嫌って、愛するヒロインと、幸せになってね。
「おやすみなさい、いい夢を」
バタリと、ドアを閉じる。
少しだけ、味わえた。家族のぬくもり、とやらを。義理でも、家族に想われている、というのは、嬉しいものなんだな。
…悪役令嬢レイヴィアの私が、もし追放エンドを迎えたら、全て手放さなければならない。だから私は、大事なものを作ってはいけない。手放せなくなってしまうから。
でも、少しだけなら。
手放せる程度に大事なものを作っていこう。
…今夜は良い夢が見れそうだ。




