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28.空の湖⑨


「…ラウル、ねぇ、ここってどこ?」

『タマシイノ キオク。』

「…でも、真っ暗だよ?」

『コレモ キオク。』

真っ暗なのが記憶? ――だけど、よく目を凝らしてみると、ドアを叩いている誰かが見えた。

段々と、雨の音も聞こえてきた。…そして、雷が光って、部屋の中を一瞬明るくして――。


――…どうして、私がいるの?


「ラウル、これって、誰の魂?」

『…シルノタマシイニシタ ツモリダッタ。ダケド ダレカノト ツナガッチャッテ。…ダレノタマシイナノカナ?』


――みたくない。


「ラウル、戻して。もとに、戻して。」

『チョット マッテ ネ。』


……もう、みたくない。…なのに、目をつぶっても、耳を塞いでも、景色と音は流れ込んでくる。



『もう何も欲しがらないから、言うことを聞くから、いい子になるから…っ。お願い、ここから、出して…っ。ねぇ、誰か――』


――もう、みたくない!聞きたくない!


『――ここから、出して。』


雷が再び轟いた。地に響くような音に、気持ち悪くなる。呼吸が乱れて、身体が震えて、訳も分からなくなる。



「――どうして…。」


◇◇◇

『シル シル シル。レイヴィア ガ。』

「ヴィア…!」

ルゼが抱えていたヴィアに再び魂が戻ったのに安堵する。…だけど、その様子に再び胸騒ぎを起こした。


「ごめ…なさ、い……。」

ヴィアは、身体を震わせ、呼吸が乱れた状態になっていた。ルゼが抱えていたヴィアを、大輪のブロワリアが咲いている上にそっと置く。


「…ラウルは誰の魂と結んで記憶を見せるつもりだったの?」

『シル ノ。ダッテ レイヴィア ワカンナソウニ シテタカラ。デモ ダレカノニ ナッチャッタノ。』

「ウァ・フェアルの魂同士を繋ぐ精霊術が、失敗したのか?」

「いいえ。…失敗したのではなく、元々そういう精霊術なの。命令されて、命令主の人の魔力と自身の精霊の魔力で精霊術を使えば、必ず命令通りに魂同士を結び付けられるけど、精霊単体の魔力で魂を結ぶ精霊術を使った場合、命令は関係なしに最も近い範囲にいた魂と結び付けられてしまうのよ。」


――そして、あの場で一番近い距離にいた魂はルゼのもの。だけど、この前レイヴィアが話してくれた通り、もう一つの記憶がヴィアにあるのだとしたら、最も近い範囲にあったそのもう一つの記憶の魂と結び付けられてしまう。


『シラナカッタ ノ… ゴメン ネ レイヴィア…』

「教えてなかった私にも責任はあるわ、ラウル。だから、そんなにシュンとしなくても平気よ。」

ラウルは純粋で素直で、何年経っても子供のような性格の精霊がゆえに、落ち込みやすいところが多々ある。…前にも失敗をしちゃって、家出みたいなことしたことがあったのよね。


「……ごめ…なさい…。」

「……ヴィア。」

もう、魂は身体に正しく戻っているだろう。…だけど、いまだに呼吸が整わない。


――それほど辛い、過去の記憶をみさせてしまったのね…。


「…ヴィア、もう大丈夫よ。皆、あなたを大切にしてくれる人ばかりよ。」

「そんな訳ない。だって、私は、違う。今だけ、だもの。」

「いいえ、今だけなんかじゃないわ。…もう、過去ではないわよ、ヴィア。」

「……シルフィお母様、私、は――。」

「ヴィア、もう大丈夫よ。…安らかに眠りなさい――《眠りの花》。」


魔法で睡眠香を持つ花を出して、ヴィアを眠りに落とさせる。

そして、手を握り、ヴィアの絹のように細く撫で心地の良い髪を撫でているうちに、ヴィアは安らかな寝息をたてて眠り始めた。


「――シル。レイヴィアは誰の記憶をみた?」

「…ヴィアにはね、二つの記憶があるの。きっとヴィアがみたのは、前の魂の記憶でしょうね。」

「その、前の記憶は、レイヴィアがあんなになってしまうほどに、惨いものだったのか?」

「…そうなのでしょうね。ルゼも、知ってるでしょう?幼い頃から、ヴィアが誰かが手を上にあげるのを見るだけで、顔をこわばらせていたのを。」

「――あぁ。」

「きっと、微かに残っている前の記憶の魂が、そうさせたのでしょうね。」

「……。」

「そして、ここ数ヶ月でヴィアは前の記憶を思い出した…と考えるのが妥当でしょうね。…ルゼ、ヴィアには知っている素振りを見せてはダメよ?ヴィアは、気にしているだろうから。」

「…どんな記憶を持っていようが、俺の娘であることは変わらないのにな。」

ルゼが慣れた手つきでヴィアの顔にかかっていた髪をよける。


「…ルゼって不器用よね。ルゼが今までヴィアに上手く接せなかったのも、私にも責任があるけどね。どうせ、シルはどう思うだろうか…とか変に考えてたんでしょ。」

「う、うるさい。…誰かが俺の手で傷つくのは、もう見たくなかったから。」

「ヴィアが夜に悪夢を見てしまっている時、堂々とではなく、こっそりと様子を見に行くのも、そおの変な気遣いのうちに入っているのかしら?」

「な、なぜそれを…。」

甘いわね…。私が知らないとでも…? 魂が現世に行けるとき、現世でお留守番しているラウルから何でもかんでも報告してもらっているのよ…!


「――ねぇルゼ。私、もうすぐ帰らなくっちゃいけないのよね。あと…二日もないかしら。」

「…そうか。」

「まぁ、来年また帰ってくると思うけどね。……あと、ヴィアに私のこととルゼのこと、教えてあげてね。」

「…あぁ。」

「あとは…新しく出来た家族にも、よろしく頼むわね。子供二人と公爵夫人も、ちゃんと大事にするのよ?」

「…フィーリアとは、形だけだ。」

「ルゼ。それでも、よ。女は華で、大事にしてあげないと、枯れちゃうわよ?こまめに贈り物とかしないとね。」

「…努力する。」

「私はヴィアに母としての務めをしてあげられなかったけど、あの方はきっとヴィアに母としての暖かさを与えてくれるわ。子供二人も、ヴィアを純粋に慕い、家族の大切さを教えてくれると思うの。…ルゼ、家族は大事にしてね。」

「…分かった。」

「それから、ヴィア。ヴィアは、あなたが決して嫌いなわけではないからね。」

「…しかしレイヴィアは、俺に嫌われていると思っている。」

「その誤解も、行動と言葉で示して解いていけばいいわ。」


ルゼは不器用すぎるから、出来るかは分からないけどね。…昔からあいかわらず変わっていないな、と頬を緩ませていると、どこかに飛んでいっていたラウルが焦った様子で戻って来た。


『シル シル。 ニンゲン ガ レイヴィア ト ルゼ サガシニ キテル。』

「――そう…。そしたら、そろそろ戻さないとね。」

眠りの花の魔法で眠ると、下手したら数日ぐらい目覚めないので、目覚めの魔法もかけておきましょう。


「――《目覚め》。…あ、ルゼ。目覚めの魔法にはちょっと時間がかかるから、その間に出口、探しておいたら?」

「で、出口は探さないといけないのか…?」

「えぇ。…そういえば、言ってなかったわね。」

「…探してくる。」

「ここに来れるかも心配だから、ラウルも連れてってね。」


――ルゼとラウルにひらひらと手を振り、ルゼたちがここから去ったのを見届けると、手を振るのをやめて、手のひらを見た。


…微かに透けている、手。


「……私は、死んだんだから。」

…だから、ルゼに愛されなくなっても、当たり前。悲しいなんて、思ってはならない。生者と死者は、違うのだから。



この手を引っ張って、あの家から逃げ出させてくれたのは、ルゼ。初めて愛を教えてくれたのも、ルゼ。手を握り、人の暖かさを与えてくれたのも、ルゼ。死を望むだけだった日々から、救ってくれたのも、ルゼ。



――悲しいなんて、思っちゃ駄目。…分かってる。



なのに。



心が離れてしまうのが、こんなにも怖くて、嫌だ。視界がぼやけて、生温かいものが頬をつたう。


もう死んでいる。そして、ルゼにはああ言ったけど、来年も現世に来れるかも分からない。…だからこそ、未練など抱いてはいけなかったのに。未練を振り切るかのように、生温かいものを拭う。


「――こんなになるなら、いっそのこと、堂々と嫌われたほうが、良かった…。」


ルゼに記憶を変えるとき、私が子を嫌い侍従までも虐げる悪者となった記憶にしていれば、目的も全て果たされたのかもしれない。…なんて、今更後悔しても、もう遅い。



「―――シルフィお母様。」

「……ヴィア、起きたのね!」

涙を拭き、笑顔を作ってヴィアの方へと向く。


「今、ルゼが出口を探しに行っているわ。だけどルゼのことだから、出口を見つけてきっともうすぐ戻ってくると思うわよ。」

「…お父様は、シルフィお母様のこと、絶対に嫌いになれませんよ。」

――拙い独り言を、聞かれてしまっていた。


「聞いていたのね、ヴィア。…あれは戯言。ルゼが一向に新しい恋愛を始めないから、つい零した独り言よ。」

「…執務室の壁には、シルフィお母様の肖像画があります。」

「ヴィア…?」

「シルフィお母様の部屋は、変わらずに屋敷にあります。シルフィお母様の愛蔵書だって、ボロボロに擦り切れているのに、そこにあります。シルフィお母様が手入れしていた花園だって、お気に入りのドレスだって、装飾品だって、食器だって、屋敷に残っています。まるで、まだシルフィお母様が生きているみたいに、いつか帰ってくるのを待っているみたいに、ずっとずっと、そこにあります。全部、誰の命令か、分かりますか?」

「……。」

「お父様の命令で、です。お父様は何年も何年も、シルフィお母様を想っています。シルフィお母様が生きていたという証拠がある限り、お父様はシルフィお母様を嫌いにはなりません。」


――本当に、似ている。


「お父様はシルフィお母様のことを、今も昔も、ずっと大好きでいます。…だからこそ、お父様は、たとえ身体だけだとしても、シルフィお母様に再び会うために、眠る場所を探し続けました。愛していたからこそ、お父様は求め続けたのですよ、シルフィお母様。」


『――愛しているからこそ、俺は約束を破らず、シルを堂々と求められるよう、昇進した。』


…親子だからなのかしら。ルゼとヴィアは、本当に、似ている。


「――…ヴィア、ありがとう。」

「…私は何もしていませんよ?」


何故感謝されているのか分からないと言った風に、首を傾げる可愛らしいヴィアに、呼吸が乱れ、身体が震えてしまうほどの恐怖を感じる辛い過去の記憶があるなんて、思いもできない。


だけど、もし、その記憶の恐怖から逃れることが出来なくなってしまったときは、どうか隠さずに、周りを頼って欲しい。ヴィア、あなたは愛されているのだから――。


「――ヴィア、周りに頼るのも大事よ。何も、全て隠してしまうことはないからね。…ヴィアの未来が、幸せでありますように…《祈りの花》。」

とっておきの上級魔法の加護をヴィアにかけた。綺麗だと純粋に目を輝かせているヴィアは、この加護がどんな優れものなのか、分かっていないだろう。…分かってない方が、いいのかもしれないけど。


『シル シル。ルゼ デグチ ミツケタ。』

「…レイヴィア、帰るぞ。…シル、それじゃあ。」

「分かりました。…シルフィお母様、さようなら。」

どことなく名残惜しげなヴィアとルゼは、あいかわらずどこか似ている。


「――ねぇ、ヴィア、ルゼ。じゃあ、また来年、ここで会うことを約束しましょうか。」


いつもなら…昔から、約束をすることにはどこか引け目を感じていた。だけど今日は、口だけの儚い約束でもいいから、約束をすることに抵抗を感じなかったのだ。


「はい!」


小指を三つつなげ、指切りをする。 それだけなのに、どこか嬉し気なヴィアに、どこか驚いている表情のルゼ。


「…ルゼ、どうしたの?そんな驚いた顔して。」

「……シルから約束を差し出すのは、初めてだ。」


――そういえば、そうかもしれない。私はどこか、諦めが早いようなところがあったから。


だけど、今日は約束をしてみる気分になれた。…それは、きっと――ヴィア、あなたのおかげ。


あなたは、本当に、優しい子だから。



「お母様、約束できれば破らないでくださいね!」


「――えぇ、もちろん!」


次は、意地でも来てやるんだから!!


ブクマなどなど、ありがとうございます(*- -)


空の湖編、終わりが見えてきました…!! 今回の投稿は文字数がいつもに比べて断然多いです。だけどプレビューで確かめ読みしてたときはいつもとはそんなに違いを感じませんでした。どういうことでしょうか…。

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