26.空の湖⑦
「…なぜ、こんなところにいる。」
――そう、庭園の隅で座っていた私が声をかけられたのは、新月にあった舞踏会の日だった。
「ここが、好きだから。」
「…ここにあるのは、全て枯れそうな花なのに?」
「えぇ。…枯れそうな花に、命を吹き込むのが好きなの。」
「は?」
ふふ、驚くのも無理はないわね。…だけど文字通り、私は命を吹き込むのが好き。
「本当は、お父様に人前で見せちゃダメっていわれてるんだけど、あなたは優しそうだから、見せてあげようかしら。」
「俺が、優しい?」
…どうして驚いたような顔をするのかしら。本当のことなのに。
「…えぇ、優しいわ。ねぇ、どうしてそんなに驚いたような顔をするの?」
「…俺が、社交界では冷淡と言われていることを知らないのか?」
「…そういえば、そんな噂もあったような。」
「世間知らずを絵で描いたようだな。」
「――お父様はお屋敷の外に出してくれないし、お姉さまは私が社交界に出るのを嫌うから、仕方ないことよ?」
「……すまない。」
何で謝るのかしら。素直でどこか抜けていて、冷淡なんて噂が流れているのが不思議なくらいだわ。
「謝らくってもいいわ。全然気にしてないもの。」
「…外に出たいと、思わないのか?」
「…そうね、ちょっとは思うわ。だけど、私はこのお屋敷から逃げ出せずに、死んでいくと思うから、諦めてるの。」
「――ここでは、死なせない。」
「…あなたに出来っこないわ。だってお父様が私を逃がすはずがないもの。」
「なら、約束する。俺が、迎えに来る。」
そんなに真剣な瞳で、出来っこないことを言うなんて、変なの。――だけど、ちょっとは出来そうな気がしてしまう。
「――…なら、私も死なずに待ってるわね。…別に約束、破っても良いのよ?」
「破らない。…死なずに待ってろよ?」
「えぇ、もちろん。…じゃあ、もし次会えた時、私の秘密、教えてあげる!」
「楽しみに、している。」
小指を繋いで、指切りをする。言葉だけの儚い約束だけど、叶ったら嬉しいなって、ちょっと思いながら。
「――あ、名前。あなたの名前は?…私は、シルフィ・アルラフィジー。」
「…ラウゼル・ルキ・シャルラムだ。」
ラウゼル。…月光のような銀髪に、霞のような灰色の瞳のあなたは、ラウゼル。
「覚えとくわ!…あなたも、忘れないでね?」
「…あぁ。」
幼い子供の、ほんの口約束。…あれから十年後、まさか八歳の頃の約束が叶うなんて、私は思いもしなかった。
‟約束を、破らなかっただろう?”
えぇ。
…だけどね、十五歳で召喚した守護精霊に、あなたの略称である‟ラウル”と名付けた私も、大概あなたに会いたかったのよ?
ルゼ。
あなたの愛称を、再びあなたの前で囁けることを、私は望んでいたのよ?
――あなたに再び会える、その日まで、祈り続けましょう。
祈り。…それは、私が一番好きな花、ブロワリアの花言葉でもある。
◇◇◇
「…随分と不思議な所だ。」
「そうですね。」
ここは、本当に不思議で、綺麗な場所。足元には浅く水があって、雪みたいな結晶が静かに降っていて、ほのかに光るブロワリアの花が空中に咲いていて、葉のかすれる音と風の音が鳴りあっている。
「あの歌どおりです。足元には浅い水、空には雪と、ブロワリアの煌めく花。周りには緑の囁きのような音。…だけど、深い夢要素は見当たりませんね。」
「…そればかりは、シルに聞いてみないと分からないな。」
――それにしても、シルフィお母様はどこにいるのだろう。どこまでもどこまでも、同じ景色が広がってしかいないなぁ…。
「――レイヴィア。」
「…何ですか、お父様?」
隣を歩くお父様に話しかけられた。
「…シルは、夢で会った時、どのような様子だったか?」
「…お父様とのこととか、私のこととかを話してくれました。シルフィお母様は、とっても優しくって、暖かい人だなって思いました。」
「…そうか。」
そういえば、お父様の記憶の中ではシルフィお母様は私を嫌っているということになっているんだった。…でも、お父様もどこか腑に落ちない部分があったのかもしれない。私がシルフィお母様に優しくされても、不思議に思ってはいなさそうな表情だ。
「…レイヴィア。今まで、申し訳なかった。」
「…急に、何ですか?…申し訳ないも何も、私は誰に好かれようが好かれまいがどちらでも良いので、大丈夫ですよ。お父様は私を嫌っていても、良いのですよ?」
だって、人の感情は操作できないし。相手がどう思おうが、私は口出しも何も出来ないのだ。
「――俺は、嫌いなわけではなかった。」
「…お父様?大丈夫ですよ、気を遣わなくっても。嫌っても当然です。だって私は…」
「違うんだ。俺は、お前を」
何が違うというのだろう。…藍の髪だから、私がシルフィお母様を狂わせたと記憶にあるから、私が嫌いだったのは違わないのでは?
何やら言いたそうなお父様。…そこに、頭上から声がかかった。
『…さっきから見てたけど、ルゼったら、本当に不器用ね。』
――シルフィお母様の声。お父様は一転変わって、意表を突かれたような顔をしている。
『それから、ヴィア、さっきぶりね。…そしたら、二人とも私のところへいらっしゃい。そろそろ一緒にお話しをしたいから。』
「わっ!」
ほのかにブロワリアの香りがする風に包まれ、成す術もなく、無事に着地できますようにと私は祈るしかなかったのだった…。
「――ごきげんよう、ヴィア、ルゼ。」
…そして、無事に着地できたけれども、昔から絶叫系とかが無理な私はボロボロの状態だった。お父様はぴんぴんしていた…。…体力馬鹿め!
…そしてお母様、意外と雑。
「ご、きげんよう、シルフィお母様…。」
全然ごきげんよくないけど……。
ブクマなどなど、ありがとうございます(*- -)
ラウゼル・ルキ・シャルラムは略称がラウルで、愛称がルゼです。
奇跡が続いていることに感無量…。奇跡を続けていけるよう頑張ります。
それから、空の湖編まだあと二話ぐらい続きそうです…。ずるずる伸ばしちゃってすみません…。…言質?そんなもん知りません。(誠に申し訳ございません。二話に収められるように頑張ります。)




