24.空の湖⑤
「…外で待っている。」
「分かりましたわ、お父様。」
お父様が退出すると、イリアが着替えさせてくれた。動きやすいワンピースドレス。腰に巻かれた淡い水色のリボンがゆらゆら揺れてるのが可愛い。
「――お嬢様、体調の方は…。」
「全然平気!」
「良かったです。……お嬢様は半日ほど眠っていらっしゃいましたから。」
「そ、そんなに…。」
シルフィお母様といた世界では、せいぜい一時間ぐらいの感覚だったんだけどな…。
「えぇ、王太子殿下やフィルス様も大層心配にしておられましたよ。…ソフィーユお嬢様に至っては王太子殿下を殺さんばかりのいきでした。」
「ソ、ソフィ…。」
「…もちろん私も…ついでにアヴィも、本当に心配しました。どうか、身の周りにお気を付けください。本来なら、これから行くであろう場所も止めたいところですが…。」
優しい手つきで髪をすかれて、結われる。
「――お嬢様は、止めても振り切って行ってしまいますよね。」
「…ごめんね、イリア。」
「えぇ、分かっていましたとも。…さぁ、出来ましたよ、お嬢様。」
身支度が整ったので、イリアがドアを開ける。
「…帰ってきたら、マシュマロ入りココアをお出ししますね。」
「……楽しみ!」
紅茶はアヴィだけど、ココアはイリアが絶品。イリアのマシュマロ入りネコちゃんココアは可愛いし甘くって美味しいんだよね…。
部屋から出た先で、涙目のソフィーユによろめいちゃうほどに抱き着かれたのはまた別のお話。
◇◇◇
真っ白な布の上に広がる藍の髪。閉じられた瞳は、俺と同じ灰色。
『こんなの私の子供じゃないわ…!!』
記憶の中のシルは、いつだってレイヴィアを恐怖の目で見ていた。…シルは、明るく楽観的な性格だったはずだったのに、記憶の中のシルはいつだって、優しさなど一欠けらもない豹変した姿だったのだ。――そして、シルは死んだ。レイヴィアが俺の唯一の家族になった。
…俺は、唯一の家族であるのに、レイヴィアを見ると湧き上がってくる感情から逃げるかのように、レイヴィアを遠ざけた。
レイヴィアを前にすると、分からなくなってしまうから。シルに責められているように、感じてしまうから。
――なにより、憎悪を向けられて傷ついて欲しくなかったから。
俺がふとした瞬間ににじみ出てしまうかもしれない憎悪のせいで、傷ついて欲しくなかったのだ。繊細な飴細工が簡単に割れてしまうように、傷つくだけで折れてしまいそうに思えてしまった。
…しかし、俺はただただ、馬鹿だっただけなのだ。
レイヴィアがどう感じるかを考えもしていなかった。…家族に突き放される痛みを、俺は知っていたはずなのに。その痛みを、与えてしまった。だから、たとえ性格が曲がってしまってもおかしくはなかった。俺は、突き放してしまう多少の償いとして、気のすむままに何でも与えた。
…なのに、ある日を境に性格が変わってしまった。…在りし日のシルのような性格に。まるで、曲がったものがまっすぐに戻ったようだった。
俺は、シルとレイヴィアを重ねてしまった。…そして、俺はやり直すかのように、家族の暖かさのため、妹と弟と母を迎えた。将来のため、王太子殿下という婚約者も与えた。
……しかし。
『今更父親面しないでください。』
……あぁ、その通りだ。今まで散々放っておいたのにな。今更何をやったって、俺がレイヴィアを突き放した過去が変わるわけもないというのにな。
――レイヴィア。
こんな俺に協力するのも嫌だと思うが、俺にシルを見せて欲しい。
なぜ、根拠も無しに、長年探し続けても見つからなかったシルが、レイヴィアには見つけられるような気がしたのかは分からないが。
ただ、もうすぐシルに会えるような、そんな気がした。
「……レイヴィア。」
久しぶりに、その名を囁いたような気がした。心の中でしか発してこなかったその名を、いつかレイヴィアに向けられる日は、来るのだろうか。
『ルゼ、足の痺れ、凄くなりそうだね。ヴィアと離れるのは寂しいけど…またね。』
……シルの声? …シルはあんな暖かい声で、レイヴィアの愛称‟ヴィア”を囁いていただろうか。
――しかし、ぼんやりとした灰色の瞳が見え、俺はそんなことなど忘れてしまったのだった。
「……起きたか。」
「…お父様が、どうしてここに?」
俺が来るなどとは思っていなかったのだろう。…しかし俺は、もう一度その声が聴けたことに、安堵するのだった。
レイヴィアの略称はレヴィ、愛称がヴィアです。
お父様は公の場では「私」を、プライベートでは「俺」を使い分けてます。
ブクマなどなど、ありがとうございます(*- -) あと一話?二話?で空の湖終わります。
……それにしても、前の更新日見ましたか?? 奇跡ですね!これから更新頻度あがります!!




