23.空の湖④
「――レヴィ、どうしましたか?」
…また、ルイシス様に心配げに見られてしまった。
「…そういえば、ウァ・フェアルには、別名もあったなぁと、思いまして。」
「別名ですか?」
「はい。…『魂の結び鳥』だと思います。」
…私もいまいち自信がない。だけど、どこかで知ったような気がするんだよね…。
「レヴィはどこでそのことを?」
「…たぶん、本で知ったんではないと思います。」
……ゲームの知識でもない、と思う。ゲームにはこのシーンがなかったからな…。
「僕は聞いたことがありませんでした。」
「なんかルイシス様が知ってないと間違っているような気もしてきました…。」
…この勤勉王太子殿下が知ってないとなると、間違って覚えてるような気がしてくるんだけど…。
でも、確かに魂の結び鳥なんて、どこで知ったんだろう。覚えているんだから、誰かに教えてもらったのかも…。……はてはて、前世の私じゃ絶対にないから…レイヴィアはどこで聞いたことがあったのだろう。
『ヴィア、ウァ・ファアルはね――。』
…誰?
突然響いてきた声。…だけど不思議と、怖くなくなってきたのは、その声が暖かく優しかったからだ。…周りにはそれらしき人はいないし、ルイシス様の反応を見るにルイシス様には聞こえて無さそうだし…。
「――レヴィ、どうしましたか?…泣いていますよ。」
「……だれ。」
『ヴィア、こちらへおいで。』
「…レヴィ?」
ルイシス様の匂いと、ふんわりとした感触が目元に感じられる。
『私がぜんぶ教えてあげる。だから、おいでなさい、ヴィア…。』
「お姉さまに触らないでくださいまし――!!!…お兄さま、もっと早くして!」
…ソフィの声。ルイシス様の声。フィルの声。………誰かの声。
『ヴィア。秘密の園へ、いらっしゃい。』
――みんなの声が遠い。意識が持っていかれるような、ふわふわした感じがする。
……ねぇ、あなたは誰なの?
◇◇◇
「レイヴィア、と名付けましょう。」
「……いいのか?」
ルゼが渋るのも無理はない。だって、レイヴィアの‟レイ”は非道の軍人‟レイ・アルヴィン”からとっているんだもの。
「いいの。だって、‟悪”が私は嫌いじゃないもの。…‟悪”が嫌いだったら、貴方との婚約を受け入れてなんてなかったわ。」
‟悪”は、一番綺麗で強い想いを抱き続けた人だって、私は知ってるもの。
――だから、冷酷って有名だった公爵令息の貴方とだって、婚姻したでしょ?
「――あ、あの頃のことは忘れてくれ…。」
「いーえ、ずっと覚えてるわ。子猫を助けようと木に登っただけなのに木の上で誰かを銃で暗殺しようとした、なんて噂が流れたことも、ずーっと覚えてるわよ~?」
「…この子はレイヴィアで、本当にいいのか?」
あ、話逸らしたわね…。
……ルゼは意外と優しくて暖かい。…ほら、ルゼみたいに‟悪”って噂が流れている人が、実際に‟悪”とは限らないでしょ?
「えぇいいの。…それに、最強だったレイ・アルヴィンの名を継いだのなら、不吉な藍の髪でも強く生きれそうじゃない?響きも綺麗だし。」
「…そうだな。」
――レイヴィア。あなたは特別なような気がするの。…こういうのを、親バカっていうのかもしれないけどね。……だけどどんなに他とは違ってしまっても、私の授けたあなたの運命だからね。
『――ヴィア。深い深い、夢の中。浅い浅い、水の中。沈む沈む、雪の中。煌めく煌めく花の中。囁く囁く新緑の中。…私は眠っているわ。ルゼは私を探し続けている…。――だから私を見つけてルゼに言ってあげて。…さっさと目覚めなさいってね。』
――あなたは、シルフィお母様なんですか?
『えぇ。…それで、あなたはレイヴィアでしょう?』
――は、い。…だけど、シルフィお母様は私が嫌いだったのでは、ないのですか?
『周りの記憶を変えたからよ。私が心臓の持病でではなく、精神を病んで死んだようにも変えたかしら…。』
――どうして、そんなことを?
『…全て、あなたに危険が及ばないためだったの。』
――私に?
『えぇ。私の眠る場所の手掛かりになると、気づかれないようにね。』
――シルフィお母様の、眠る場所?
『私の眠る場所にはね、私のろくでもない実家のエイムズ伯爵家が求めた宝物も眠っているの。…だけど当然、私の眠る場所にはそう簡単にはたどり着けないようにしたわ。』
――エイムズ伯爵家から、守るために?
『それもあるけど…ルゼに私を、諦めて欲しかったからっていうのもあるわ。長く探し続けて、私をすんなり諦められるように。…だけどまったく逆の結果になっちゃったわ。――それに、記憶を変えたせいで、ルゼがあなたから離れてしまった…。』
――…お父様は記憶を変えても変えなくっても、私が嫌いになったと思います。
『……あら?…まぁ、今までの罰としてルゼから直接言わせることにするわ。』
――???
『――あとはルゼの口から直接聞いてね。…それじゃ、誰かの足の痺れが酷くなってしまうだろうから話に戻るけど…』
――足の痺れ???
『……私はね、ヴィア…あなたに眠る場所の鍵を託したの。だから、私があなたを愛していたと知って、あなたが鍵だと気付いてエイムズ伯爵家が何が何でもあなたを奪おうとしないように、周りの記憶を変えたの。――だけどそのせいで、あなたが辛い思いをしてしまった…。』
――私、は。
『ごめんね、ヴィア。』
――……シルフィお母様は、暖かいですね。
『ふふ、精霊の力を借りているから、生前の姿とほぼ一緒なの。』
――……私、は…レイヴィアでは、ありません。
『…あら、どうして?』
――中身が、違うんです…。
『…あら、そんなこと。』
――そ、そんなこと。
『えぇ、そんなことよ。だからヴィアは特別な感じがするって思ってたのね。…親バカだからじゃなかったわ。――ヴィアはね、殴るわけでもないのに手を振り上げられるとビクりと怖がったり、泣くのが少なかったりしたの。どこか、悟っているようだったわ。泣いても無駄だって。』
――……。
『ヴィア。あなたには元から記憶があって、それを思い出しただけなのよ?…それも、私が授けた運命だったのだから、なにもおかしくはないわ。……たとえ不吉だと言われても。記憶が多くても。…私の大切なヴィアには、変わらないのよ。』
――シルフィお母様……。
『…もう少し話したいけれど、誰かさんの後での足の痺れとか精霊の魔法とかも限界になりそうだから、あとは私が眠る場所に着いてから、もう少し話しましょうね。』
それじゃ、さようなら、ヴィア。あ、ルゼにさっさと目覚めなさいって言うの、忘れないでね。
◇◇◇
……シルフィお母様、綺麗だったな。果たしてあれは夢だったのか、本当のことだったのか、どっちなんだろう…。
見慣れない天井が目に入る。…それから、見慣れた銀髪も。
「……起きたか。」
「…お父様が、どうしてここに?」
そう、銀髪に灰色の瞳のラウゼル・ルキ・シャルラム公爵が椅子に腰かけベッドの傍らにいたのだ。
「偶然こちらへ来ていた。」
「…シルフィお母様の眠る場所を探しに、ですか?」
深い深い夢の中。浅い浅い水の中。沈む沈む雪の中。煌めく煌めく花の中。囁く囁く新緑の中。
私がこのフレーズを聞いて最初に思い浮かんだのが、この別荘の近くにある湖だった。
この湖の別名は、‟空の湖”。空のもたらす恵み全てが、この湖に集っているから、だったかな。
……そして、シルフィお母様が言っていたフレーズに含まれているものも空のもたらす恵みがすべて含まれているのだ。…あとは、前世を思い出してないときのレイヴィアの記憶から知ったんだけど、空の湖がお父様がシルフィお母様に婚姻を申し込んだ場所らしいから、思い入れのある場所でもあるし。
「…なぜ、知っている。」
「シルフィお母様に教えてもらいました。」
「…シル、に?」
「はい。あと――」
「――さっさと目覚めなさい」
驚いたような顔をするお父様。…新鮮でちょっと小気味いいな。
「…って、シルフィお母様の眠る場所を見つけたらお父様に言うんです。…シルフィお母様に言われました。」
「…シルなら言いそうだ。」
少し緩んだ表情。…シルフィお母様、私、シルフィお母様が言っていたこと、ちょっと分かったような気がします。
「……お父様、私、シルフィお母様の眠る場所を、探したいです。…それでまたお話するって約束しましたから!」
「…いいだろう。…イリア、レイヴィアの着替えを。」
「…かしこまりました。」
お父様がドアの向こうのイリアに声を掛け、椅子から立ち上がる。
――立ち上がった時、足が地味に震えていたのがちょっと面白かったとか、思ってません…。




