22.空の湖③
「いーえ、絶対に私ですわ!」
「いいえ、ここは婚約者である僕ですね。」
「いえいえ、レイヴィアお嬢様の専属メイドである私が。」
「それを言うなら専属執事である僕が。」
「……弟として僕が。」
――うーん、何でこんなことになったのかしら? 護衛たちに視線でチラリと「どうすれば?」と念を送るも、「お嬢様ガンバレ!」みたいな感じで返されたし…。
……はてさてごきげんよう、悪役令嬢の道をまっしぐら、チャームポイントはある意味目立つ藍色の髪、レイヴィアです。
今は絶賛バカンス満喫中☆…のはずなのですが。
湖に来て、二人乗りの魔導式ボート(自動で動くボート)に乗るってなった時に、誰が誰と乗るかで争って、数分前から私は蚊帳の外状態なのです。私が誰とでも良いよーって返事したことが悪かったのかな…。
――湖綺麗だな……。
私は皆の決着がつくまで湖を眺めていたのだった。……何か前にも似たようなことあったような気がしなくもなかった。
…結局、ルイシス様が私と同じボートに乗ることが決まり。
ソフィとフィルが何やら「なんでそのことを…」とか「卑怯…」とか呟いていたので、ルイシス様に弱みとかで脅されたんだと思う…。ルイシス様の情報網、恐ろしや。
――それにしてもなんで、ルイシス様は私と同じボートに乗りたがったんだろう…。……なぜに?
◇◇◇
「――レヴィ、落ちないように気を付けて下さいね。」
「わ、わかってます。」
身を乗り出したりして湖の表面を触ってみようとか、しようとしてませんし…。いや本当に、しようとしてませんし!!
しようとしてないけれども、ちぇって湖を見てる私の視界に、ひらりと何かがよぎった。
「……ルイシス様、精霊です!」
先程とは一転、思わずはしゃいだ声を上げてしまう。…だって、この世界に転生して初めて見るんだもの!
「そうですね。…あれは――」
透き通った水色の体に、リボンみたいな二つの尾がついている、綺麗な水辺に生息するあの精霊は――
「「ウァ・フェアル」」
「…でしたよね。」
「はい。…レヴィはよく勉強しているのですね。」
「一応公爵令嬢ですので…。…でも、ルイシス様のほうが勉強してますよ。」
「いえいえ、僕はそんなに…」
……はてはて。
王族の話を否定するのは恐れ多いなと感じながらも、やっぱり言いたかったので口を開く。
「ルイシス様は、嘘をついています。」
「…嘘ではないですよ?」
ニコリと笑ってやっぱり認めようとしないルイシス様。…思わず、私はルイシス様の手首を握ってルイシス様の手のひらを見た。
「ペンだこが、出来ています。」
…痛そう。紙で切ったであろう切り傷もある。…私はこれほどまでは、勉強していない。
「…ルイシス様がこれほどまで、頑張った証拠です!」
「…レヴィは、よく気付きますね。」
「手のひらを、どことなく隠しているようだったので…」
――傷は、私にとっては痛くって嫌なものでしかないけど。頑張った証拠にもなるときも、ある。
……頑張った証拠の傷なんて、料理を作るときに不慣れで包丁で切った切り傷とか、独り立ちするために必死で勉強した時に出来た切り傷ぐらいしかしらないな。
『痛、い、よ……。』
「…レヴィ?」
「何でもないです!」
脳裏に浮かんだ仄暗い声を打ち消すかのように、明るい声で返事をする。…今は、あんな目にあうこともないんだから!
――本当に? あなたは悪役令嬢なのに? 嫌われて、そんな目にあっても当然なのに?
……だ、れ。戸惑う私なんておかまいなしに、二つのリボンみたいなのがひらひらと目の前を通り去って行く。
………ひらひらと揺れた二つの紐を見て、もう一つ、本に書いてあったことを思い出した。
『ウァ・フェアル』。……別名、『魂の結び鳥』。




