⒖町歩き(という名のデートらしい)①
「レヴィ、今日は来てくれてありがとうございます」
…私の中では『今日は魔王城に倒されに来てくれてありがとうございます』に聞こえました。
「……女装想像してました、誠に申し訳ございませんでした。」
テッテレー、勇者は降参したー。
どうか不敬で処刑にはなりませぬようにと下を向きながら願う。
「……」
沈黙が流れた。下げた頭を上げて目の前の光景を見るのが怖い…。
「…あ、あの」
しかし、沈黙が流れっ放しで何も言われないのも何だか怖かったので、恐る恐る頭を上げた。
――ん?
ルイシス様、鬼の顔で構えていると思ったら、横を向いて肩を震わせている。
…怒りたくて、怒りで震えてるのかな。
「…本当にレヴィは目が放せませんね」
「…すみません」
変な行動しすぎて目が放せないって怒られた…。ルイシス様はきっと、私のことを世話をしている犬とかみたいに思ってるんだろうなぁ。
「怒っていませんよ」
「本当ですか…?不敬罪で捕まったりしませんか…?」
「…いいですね。レヴィがいつでも私の側にいますし…。考えておきます」
考えないで!?そんなにルイシス様、私の行動が心配ですか?!
「じょ、冗談…ですよね」
「さぁ?本気かもしれないですよ?…少なくとも、私は正気です」
「…もし私を捕まえることがあったら、せめてお布団はフカフカでお願いします」
死ぬときはせめて、フカフカお布団の上が良いので。間違っても、前世みたいに固いコンクリートの上は嫌なので!
「私がいる限り、レヴィが牢に入ることは無いですよ」
「…み、未来で愛する人が出来ますよ!フワフワの髪に綺麗な瞳のとーっても可愛い子が…!」
ヒロインちゃんとか、ヒロインちゃんとか、ヒロインちゃんとか!
「…そうですか」
――ちょっと怒ってる?…どこに怒る要素があったのでしょうか。
「ル、ルイシス様?」
「…レヴィ。それより、後ろに控えているのは誰ですか?」
「あ、この子は私の執事のアヴィです。紅茶を淹れるのがとっても上手なんです。」
「……もしや、前に拾ってきた子なのですか?」
「はい、そうですが…何か?」
「いえ、何でも――…それではアヴィ、私の婚約者の執事となった以上…体を張って私の婚約者を守ってくださいね?」
私の婚約者が強調されていたような気がした…。
「…既に心得ております」
アヴィが完璧な執事スマイルで。そして誰かが倒れるような音がして、前を見ると、壁に寄りかかった王宮メイドさん達が。…しかし、年配のメイド長と思われるお方は微動だにしていない。
…そういえばだけど、アヴィが屋敷に来て、一つ困ったことがある。アヴィの魔性の色気?(私には分からぬ…)にやられてしまう人やら、アヴィの部屋に忍び込んで窃盗をするストーカーじみた人やらが続出しているのだ。
アヴィの窃盗被害は私が圧力をかけたおかげで、最近は少なくなっているけど…。魔性の色気?やらの方は、皆に耐性をつけてもらうしかないしかないんだよね…。
「――王太子殿下、シャルラム公爵令嬢様!遅れてしまい、申し訳ありません!」
…コック帽子を被った誰かが、ワゴンを押して掛けて来た。
「…レヴィ、紹介しますね。王宮お抱え菓子職人のゼン・レミーア殿です。」
「ゼン・レミーアです。最近雇われたばかりですが、王宮お抱え菓子職人をやらせてもらっています!」
ゼン・レミーアは、息を整えながらも、自己紹介をしてくれた。
「お初にお目にかかります、レミーア様。レイヴィア・シャルラムです」
「様付けなど恐れ多いので、どうぞゼン、とお呼びくださいませ」
「…ゼン…さん」
せめてゼンさんと呼ばせてください…。若そうなのに、王室お抱え菓子職人になれるなんて凄すぎるので…。
「ゼンさんでもだいじょぶです!…そうそう、お早いうちにお召し上がりください」
ワゴンから出されたのは、銀色のボウル的な何かが被された何か。テーブルの上に置かれたそれを、まじまじと見つめる。…このボウルはフタ、かな?
「異国の食材で作ったのです!氷属性の方が冷やしてくれていたのですが…氷属性を使う方が熱で倒れてしまって、冷えて固まるのが遅れてしまいました…」
そのままドヨドヨと沈んでいくゼンさん。…意外と後ろ向きなお方で?
「だ、大丈夫ですよ、待っている間、楽しくお話してましたし」
あの会話の内容が、楽しかったかどうかは置いておいて。
「お菓子、楽しみです!」
「…うぅ。ありがとうございますぅ~」
「レミーア殿、いい加減後ろ向きな所を治してはどうですか?」
「りょ、了解です!…あ。お菓子が溶けちゃいます!召し上がってください」
被せられていた、銀色のボウル的な何かが外され、ひんやりと冷気が漂った。
「このお菓子はですね~」
「チョコレート…」
思わず、呟いてしまった。
そう、お皿の上にのっていたのは…チョコレート、だったのだ。
「そうです、これはチョコレートというお菓子です!…シャルラム公爵令嬢様は知っているのですね」
「あ、えーと…本で出てきたので!」
「そうなのですか!さすが王太子殿下の婚約者ですね~!」
「あ、あはは…」
――前世で食べたなんて言えない…。
「それではどうぞ、召し上がってください」
ゼンさんがそう言ったので、チョコレートを一粒手に取って、口に運ぶ。…美味しい!
「これ、凄く美味しいです…!上に乗っていたものはベリーを干したものですか?」
「はい、ドライフルーツとも呼ばれているものです。最近、平民の間で日持ちもするし美味しいと流行っているのです」
「レヴィ、気に入りましたか?」
「はい。ルイシス様、ゼンさん、ありがとうございます」
…ところで、この原材料って、カカオだよね。どこで手に入ったんだろう…。
「――あの、この原材料って…」
「カカオ、ですよ。異国で栽培されているものです。…最近開かれている、異国市で売られていたようです」
ルイシス様が、私が一番気になっていた情報を、私が口に出さずとも教えてくれた。…さすが王太子です!エスパーの能力も…!
「シャルラム公爵令嬢様は異国市に行きたいのですか?」
「…少し」
…前世の料理に使う食材もあるかもだし。
「異国市は今日の夕方までですよ~?」
「え」
「レヴィ、行きたいですか?」
「…はい」
正直な所行きたいですわ!でも…王宮から帰る頃には終わってるだろうし…。
「それでは行きましょうか」
…そう言ってニッコリと微笑んで、即決するルイシス様は、やっぱり王族なんだなぁ、と思い知らされたのだった。
そしてゼンさんが、お土産にとチョコレートをお持ち帰らせてくれました!ありがとうございます!
――二十分後、平民の服に着替えて、変装した私とルイシス様は馬車乗り場にいた。…たったのニ十分で全部手配できるとか…王族は…お偉いんだなぁ。侍従のアヴィたちの服も、護衛も用意できてるし。
事実にしみじみとしながら、私は馬車に乗ったのだった。
◇◇◇
「それでは、ここからは別行動としましょうか。買い物が終わったら、ここに来てくださいね」
「分かりました、ルイシス様――じゃない、シス…ル…様」
ルイシス様、といつも通り呼ぼうとして、ニコリと微笑まれ、急いでシスル…様と言い直す。
「様、はつけなくても良いのですよ?」
「恐れ多いですので。…それより、あれ!見に行っても良いですか?」
「良いですけど…あそこは食のエリアですよ?」
「知っていますよ?」
「…アクセサリーはいらないのですか?」
「いりません」
それでは、と食のエリアに向かって走る。
髪を隠している帽子が飛びそうになって、慌てて抑える。…藍色の髪を今持ってるのって、ここいらでは私ぐらいだからね…。
食のエリアは、いい匂いが充満していた。最後の日だからか、何もない部分がが目立つけど。
――あれアズキだ! あれは大豆!? もしやこれは…お米だ!
けれども、前世の料理によく使われていた食材たちは、見た目があれだからか、たーんと売れ残っていた。
…もちろん、全て購入させていただきました!
◇◇◇
「ねぇアヴィ。ソフィとフィルとフィーお母様へのお土産を買いに行きたいんだけど…」
「それなら、あちらのエリアに行きましょうか。美のエリアです。王太子殿下もそこにいるかと」
「ありがとう、アヴィ」
アヴィに引き連られてやって来た美のエリアは…キラキラしていた。
「アヴィ、これ、ソフィ好きそうかな?」
ソフィの瞳の色と同じ、菫色の石のイヤリング。雫の形をした菫色の石の中には、小さなお花が一つ、浮かんでいる。
「…レイヴィアお嬢様がくださった物なら、ソフィーユお嬢様は何でも喜びますよ。ソフィーユお嬢様は…レイヴィアお嬢様のことが…恐ろしいほど好きですから」
「…?」
最後らへんは恐ろし気に呟いたアヴィ。…まぁいっか。これにしよっと。
「おっと、お嬢ちゃん良いもの選ぶね。そいつは人気のモノでなぁ。アーシュラン王国のヴィオラ石を使ってるんだ。」
「中のお花は何ですか?」
「そいつぁ花が凍ったもんでよぉ。ヴィオラ石っつうのは洞窟の中で育つ花の蜜が長い年月掛けてかたまったものなんだ。偶然花が入り込むこともある」
「そうなんですか。…いくらで?」
「10000リアだ」
お金の入った袋をアヴィからもらって、ひーふーみーと数えていると、店主さんがぼやいた。
「ヴィオラ石はあっちではいつでも採れっからなぁ、アーシュランでは安く扱われるんだ。だけどこっちでは高く売れるからよぉ。」
…商売も大変だな。10000リアを渡して、商品を受け取って、次はフィルとフィーお母様へのお土産を探し始める。
――そして、フィーお母様へは品のあるデザインのネックレスを、フィルへは綺麗な小さいブローチを買った。
買い物を終えたので、このエリアにいるはずのルイシス様を探すことにした。
しかし――。
「…アヴィ、イリアがどっかに行っちゃった」
――その後、メイドのイリアが迷子になってしまったことが判明し、探し回ったり、迷子になっていた子供の親を探したり…。
結局、ルイシス様をこちらが見つけるのではなく、ルイシス様がこちらを見つけてくれた。
「レヴィ、探しましたよ」
「ル…シスル様」
「買い物は終わりましたか?」
「…はい」
…めちゃくちゃ疲れましたけれども。
―――もう夕方。もうすぐ異国市が終わる。
「レヴィ、疲れているなら、休息ついでに夕飯を食べていきましょうか」
なんで私が疲れていることが分かったの!? …やはりエスパーだったか!
◇◇◇
そして、私は案内された店を茫然と眺めた。
…私、知ってる。
このお店って…ヒロインちゃんがいるお店だ…。




