⒔ケンカ
「…ねぇイリア。私、とんでもないもの万引きしてきちゃったのかしら?」
「…そう、ですね」
シャルラム公爵亭にて、私とイリアは身綺麗になったアヴィを見て冷や汗を一筋垂らすのだった。
だって、元から美形やのうって思ってたけど、洗ったら更に美形になった!キラキラオーラがエグイ…。
しかも後で気づいたけど、男を殴って正当防衛(過剰防衛かも…)して、アヴィを連れてきちゃったのよ!?
実質強盗か万引き犯だよね…。
ということで、アヴィに服を渡して、着替えてきてもらって、アヴィ引き連れてた男を見つけて~って衛兵に命令した。公爵家の衛兵は有能だから一日もたたずに見つけられるだろう。それでアヴィ引き連れてた男にお金払おう。…ま、まぁ、お金払って終わる問題じゃないんだろうけど。
アヴィを待っている間、イリアの淹れてくれた美味しい紅茶を飲んでいると、ドアが勢いよく開かれた。
何事か、とドアの向こうを見る。
そこに立つのは…ソフィとフィルだった。
「お姉さま!」「…姉さま」
「「大丈夫でしたか?」」
揃って聞かれる。何かがすさまじくて、のけぞりながらも――
「男に殴られそうになったけど、殴り返したから、全然大丈夫!」
「…大丈夫って何…。大丈夫って何…。――姉さま、それは大丈夫だとは言わない」
大真面目な顔をして、フィルに窘められた。何が大丈夫じゃなかったんだろう…。
そんなフィルに対して、
「一生の不覚…。末代までの恥…。」
ソフィはぶつぶつ呟いて、侍みたい。どこでそんな言葉覚えた…?
「私が付いていれば…。私がお姉さまの尊さに負けていなければ…。滝修行…。精神を鍛えなければ…」
「ソ、ソフィ?」
いよいよ滝修行など言い出した。そんなのどこで知ったの…?
フィルはもう、ソフィを元に戻すことを諦めたかのよう。
アヴィは一見表情を変えていないように見えるが、私にはわかる。アヴィはひたすら困惑している。
「滝…。滝…。滝修行…。精神を強く保たなければ…。早く書庫に行って滝修行スポットを調べなければ…」
「…ソフィ。遠くに行っちゃうの?」
思わず本音がぽろりと。可愛いソフィが遠くに行っちゃうなんて…そんなの嫌だ…。でもソフィがやりたいなら応援しよう…。
「ぐはっ…。尊い…。お姉さま尊い…。この尊さには抗えませんわ…。国宝級ですわ…」
私はソフィとフィルの奇声と呟きには気づいていなかった。
「お姉さま…。滝修行に行っても、時間が無駄になるだけだと思いますので、私はやっぱり行きませんわ!だから安心してください!」
ソフィ、滝修行行かないのね!良かった…。
ほっとする私に、かかる声が――。
「お嬢様、着替え終わりましたけど――」
「「(お)姉さま、これ誰?」」
ソフィとフィルが揃っていて、圧がまたもや凄まじい。私は何も知らない、清涼剤なアヴィを目に焼き付けた。執事服似合ってる…。
◇◇◇
「えーと…かくかくしかじか…」
ソフィとフィルに問われて、目を泳がせながら話す。
「―――それでー、ルイシス様を置いて、家に先に帰ってきました…」
恐る恐る顔を上げて皆の反応を見ると、ソフィは顔を俯かせて肩を震わせ、フィルもソフィと同じような反応。
「あ、そうだ!ルイシス様怒ってなかった?」
「ルイシス様、ですか?怒っていませんでしたよ。むしろご満悦な表情で…」
俯いて肩を震わせているソフィとフィルに代わり、ソフィとフィル付き侍従が答えてくれた。
ふむ…。なぜご満悦な?
「…私とのお出掛けが嬉しいとか?」
口に出して、ないないと否定する。だって、ルイシス様はお出掛けで私の弱みを握ろうとしているんだものね。
それとも…平民としてあの町で暮らしているヒロインに出会ったとか!可能性は高い…。
…既に悪役令嬢としての戦いは始まっているわ!追放後の悠々自適快適ライフのため、頑張らなくっちゃ…!
気を引き締めてえいえいおーとする私に、俯いて肩を震わせていたソフィが声を掛けてきた。
「…お姉さま、お出掛けってなんですか!?」
「アヴィ連れて先に帰りたいって言ったら、ルイシス様が今度二人でお出掛け行くなら帰っていいですよって。私としても大豆とか探したかったし…」
ソフィとフィルは、先ほどとは違って、効果音を付けるなら、『ががーん』が入るような感じになった。
「腹黒野郎め…お姉様に置いて行かれてざまあみろと思っていたら…」
ソフィが何やら呟いている。呟きは聞こえないけど、負の感情でいるのは目に見えて分かった。
「…それで姉さま、そいつを雇いたいなら、義父上に言わなくてはいけないよ」
立ち直ったらしいフィルが教えてくれた。そっか…お父様に言わなくちゃいけないのか…。
「わ、分かった!あと、この子はアヴィだから!そいつじゃないよ?」
「…アヴィね。分かった」
その後、お腹を空かせているであろうアヴィを食事に向かわせて、私は決死の覚悟を決めて、因縁の相手、お父様の執務室に乗り込むのだった。
◇◇◇
「ゼファール、お父様と今話せるかしら?」
お父様が幼い時からいる、執事に聞く。ゼファールは、いわゆる「イケオジ」の称号がぴったりの、前世でいう枯れ専にモテそうな執事だ。
「少しお待ちくださいませ、お嬢様」
ゼファールが確認してくれている間に、お父様の執務室の周りに飾られている絵を見る。
そして、ふと目に留まった、淡い水色の髪に、煌めくエメラルドグリーンの瞳の美しい女性の肖像画。…私のお母様の肖像画。
顔立ちは私に少し似ているけど、髪色と瞳は全く違う。シルフィ・ルミ・シャルラム。名前も似ていない。
…この人は、私が原因で死んでしまった。私に怯え、精神を病み、死んでしまった。
だから、お母様を愛していたお父様は私が嫌い。大嫌い。
―――神様は、何がどうして、私をレイヴィアに転生させたのか。私がレイヴィアに転生したって、何かが変わることもないというのに。
レイヴィアが悪役令嬢になる未来が、変わるわけもないのに。
◇◇◇
「失礼します、レイヴィアです」
「新しく侍従を召し抱えたいのだな」
唐突に言われる。さっさと話を終えたいのですね。はい、私もです。
「…そうです」
「駄目だ」
まさか駄目と言われるとは思わなかった…。だって、お父様は私のことが大の嫌いだから、今まで欲しいもの全て与えて、レイヴィアの癇癪をおさめていたもの。
「…何故ですか?」
「駄目だから駄目だ」
理由も教えずに…。あいにく私は駄目って言われて引き下がる人間ではありませんので。
「理由を教えてくださいませ」
「駄目だ」
「何故ですか?」
「駄目だと言っている」
「だから、何故かと聞いているんです」
「…危ないからだ」
はい?今更?父親面?で?ごまかそうと?しているんですか?
「――今更父親面しないでください」
口から漏れたのは冷たい言葉で。でも、これは本心で。
「今まで放っておいて何ですか?私の事、嫌いなんでしょう。なら放っておいて結構です。何故危ないのかは分かりませんが、自分の身は自分で守れますので」
「―――駄目だ」
お父様…シャルラム公爵閣下から絞り出されたのは、またしても否定の言葉。
「…ならば周りを納得させるだけです」
「…何故お前はアヴィとやらにこだわる」
「…何故シャルラム公爵閣下に教えなければなりませんの?」
「お前の――」
「シャルラム公爵閣下を父だと思ったことはありませんわ。藍色の髪の私は嫌いなのでしょう?ならば私が死んでもどうでもいいではありませんか。」
「……今更父親面しないでください!」
――言ってしまったと思った頃にはもう遅い。
レイヴィアの記憶とも、少し残っているレイヴィアの心とも混ざり合って、こんなことを言ってしまった。
…でも、怒らせてシャルラム公爵家を破門にされたって、どうでもいい。アヴィは生きる居場所を作ってあげたいだけだから、ソフィかフィルに、侍従にしてあげてとお願いすればいい。ルイシス様との婚約は破棄すればいいし。
でも、言い過ぎたかな…と反省したが、シャルラム公爵閣下の一言で、一瞬で後悔した。
「…そうか。なら好きにしろ」
別に悲しそうな感じでもない。なら、反省しない。…一瞬でも反省した私が、バカみたい。
「…では好きにさせてもらいます。それでは失礼しました」
自分でも分かるほど、冷たく言い放つ。
アヴィを侍従として雇うことは了承されたのに。
なんで、こんなにも、もやもやしているんだろう……、




