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余談  ○月×日 彼が言葉を失う日


普通に文書いちゃった。

書きたかったから仕方ないね。


 その時の具体的な日付は覚えていない。

 あの夏休みの時のように自由帳があれば日数を書いたメモを作れたのだろうが、残念ながらその日はまだ私たちはただ日常を送るばかりだった。


 あの頃私は、先輩への好意を自覚し始めた頃だった。

 言い換えれば、先輩と関わるのが恥ずかしい時期だった。


 先輩と話したいのに、話すと言う行為はどうも恥ずかしくて、その頃は平常時より先輩と関わることが少なくなっていた。


 高校で、しかも別学年の先輩だ。避けようと思えばいくらでも避けられる。それでも時々様子を見にいこうとして、後輩がいると言う状況はみな違和感を覚えてすぐにバレだろうと思い断念する。そんな日々の繰り返しをしていた。


 当時は学年で違うバッヂがなんとも恨めしかったものだ。……ああいや、今思い返しても、思いは変わっていない。寧ろ、強まったくらいだ。といっても、恨む理由はまったく違うのだが。

 当時は自分の学年がバレることを恨み、今は———


 先輩のことをもっと早く知れた、と恨んでいる。




 ある雨の日だった。

 それまで先輩とはちょくちょく会っていたのだが、その日は最後に先輩に会ってから一週間が経っていた。

 だから私は、流石に淋しくなって友達とは帰らずに、先輩と帰ろうと決意した。


 先輩の教室に行くのは少しハードルが高いので、私は昇降口で待っていることにした。


 待っていた、と言う事実も恥ずかしくはあったが、久しぶりに会いたいという気持ちの方が上回っていた。


 シトシトと雨が降り続き、そろそろ夏に入ろうとしているとは思えない冷たい風が体を撫でる。

 雨の日に待つんじゃなかったと言う気持ちが少しずつ積もっていった。


 いい加減待ち疲れて、私は先輩を逆恨みした。

 会えたら少し文句を言ってやろう。そう心の中で思った時に、ある可能性に気がつく。


 ''先輩が休んでいる可能性''だ。


 一応その可能性も考慮して、職員室へと向かう。(うちの学校は一足制で靴箱がないのだ)


 幸いまだ部活時間前で先生は残っていた。

 そこで先輩の担任の先生に先輩について聞いてみた。

 すると彼はこう返してきた。


 「ん? あいつなら一週間前から休んでるぞ? 知らないのか?」


 ああ、やはり先輩は休んでいたのか。そう思うと同時に、私はある単語に引っ掛かりを覚えた。


 (一週間前って、少し長くない?)


 そう、先輩は別になんてことない風邪程度で一週間も休む口ではない。

 しかも、一週間前といえば私が最後にあった日だ。その時の先輩は別におかしなところなどなかったはず。一体なぜ先輩はそんなに休みを?


 先生に尋ねてみるが、先生はプライベートなことだから教えられないと言う。


 そこまで隠されると逆に気になると言うもの。

 先輩が恥ずかしくても私には関係ない。家に突撃してやろう。


 そんなふうに考えて、私は意気揚々と先輩の家に向かったのだ。

 ……その先にあるものなど知らずに。


 私は傘を片手に玄関のチャイムを鳴らし、軽い挨拶と自己紹介をして少し待つ。

 すると、扉が開かれて先輩の母親が出てきた。


 そこで私は、彼女の顔に違和感を覚えた。


 (なんか、元気がない気がする……)


 彼女の顔は一見普通で、いつも通りの元気な顔に見える。

 しかし、なぜかその時の私には彼女が無理をしているように思えた。


 その謎が解ける前に、彼女は私に話しかけてきた。


 「あ、小鳥遊さんですか? うちの子の友達だって言う」


 そう言われて私は先程までの思考を一旦隅におく。


 「あ、はい。それで、その———」


 そこまで言うと、彼女は私の話を遮ってこう言ってきた。


 「ごめんね、あの子には今大事な用があって会えないの」


 彼女曰く、その所為で学校にも行けてないのだと言う。


 「あの子のこと心配してくれたんでしょ? ほんとごめんなさい」


 そうやって誠意を持って謝られると、こっちは何も言えない。

 私は仕方なくその場を立ち去———らなかった。


 「どうして嘘をつくんですか? おばさん」


 「……え?」


 私が帰らないなんて思っても見なかったのか、彼女は大きく狼狽えた。


 「嘘なんてついてないですよ。あの子には用事があるんです」


 彼女はあくまでシラを切るつもりらしい。


 (でもその目の泳ぎ方では無理があると思うよ?)


 私はその言葉を飲み込むと、彼女に反論する。


 「でも、その割には部屋の電気、ついてないんですね」


 「あ……え?」


 彼女は目を見開いて部屋を見る。だが、部屋の電気は消えてなどいない。


 私の嘘に引っかかったことに気づくと彼女は黙り込んでしまった。


 (先輩のお母さん少し気が弱いんだよなぁ。悪いことしちゃったかな)


 そんな考えも過ったがその時は先輩に会いたかったのでスルー。


 「なんで、嘘なんてついたんですか?」


 同じ質問を改めてしてみると、今度はちゃんと返してくれた。


 「今は……誰にも会わせない方がいいかなって」


 その答えに私は首をかしげた。


 「先輩、何かあったんですか?」


 しかし、彼女は何も答えず、会えばわかるとだけ零した。


 よくわからなかったが、あってもいいということだと受け取った私は先輩の部屋へと歩いて行った。

 私は扉の前に立つと、三度ノックをして名前を名乗る。すると、ドタバタと物音がして、驚いた顔をして先輩が扉を開けた。


 「こんにちは、先輩!」


 そこで私はここまでに至る経緯を先輩に説明した。

 話を終えると、先輩は音もなくため息をついた。そして、机に向かうと紙に何かを書き始めた。


 何をしているのかと思ったが、先輩が手を出して待てのジェスチャーをしてきたので黙る。


 「何か」を書き終えた先輩は私の前に来ると、その紙を押し付けてきた。


 その内容は———もう、お分かりだろう。


 その時は本当に驚いた。声を失った理由にも、それから何があったのかも全てに。


 それから私はただ泣いていた。

 あの日、一週間前に私が恥ずかしがることなんてしなければよかったと、本気で後悔した。


 そのときの先輩の顔はとても優しそうな、それでもどこか諦めたような顔だった。

 私の知る明るい先輩の顔は、どこにもなかった。


 紙によると、今は殆ど毎日病院に通っているんだそうだ。

 だから、そんなに心配することはない、と。これはショックによるもので、一生続くものじゃない、と。

 私を心配させないために、しつこいくらい書かれていた。


 先輩の家を出る時には、もう辺りはすっかり暗くなっていて。

 帰り道、何もできない自分が悔しくて悔しくて、ずっと下を向いて歩いていた。


 月の光も、最早暗さを引き立てるばかりだった。




 それから数日、私は普段通りに過ごした。頭の中から先輩が離れることはなくても、それでも私にできることはないんだと考えていたから。


 そして、あの日からだいぶ過ぎたある日、自分の荷物から、一冊のノートがこぼれ落ちた。


 それを拾って、鞄に詰めようとして———私は閃いたのだ。



 先輩と自由帳でおしゃべりをしよう! と。


一応この話の主題は二人の恋物語なので、この話は「余談」扱いです。

また、先輩が声を失った理由も書きません。ご自由に想像してください。


これにてこの作品はおしまい。

次の作品でお会いいたしましょう。

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