埋もれるもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふむ、今日は世界の武器の研究かね、つぶらやくん。また新しいアイデアでも浮かんだかい?
世の中、詳しい人ってとことんまで詳しいからね。インターネットをしてみると、つくづく感じるよ。世界の人とつながるって、こんなにも自分の知識を塵芥のレベルにまで、追いやるものなのかと。
そうなると、中途半端な知識はたちまちバッシングを食らう。ちょっとでも間違っていたり、遅れたりしていれば、たちまちニワカ扱い。画面越しの白眼視が目に浮かぶようだよ。
書き手としても、とことんリアルに行くか、ファンタジーであることの前置きをするか……悩むところと察するよ。
こうさ、「若いころの苦労は、買ってでもしろ」って教訓。現代ではうのみにできない状況多いよね。買って出た苦労で、手に入れたのが未来の借金、場合によっては生涯回復できないレッテルを貼られることさえある。だったら、失敗恐れて縮こまるのは、本当に責められることなのか?
失敗を許さない空気、環境。つまりこれは、私たちを取り巻くものが、失敗を許してもらえないほどに、とてつもなく危ないものになっていることの、証左とはいえないだろうか。
身近にある危険について、私も昔、おかしなことを経験している。そのときの話、聞いてみないかい?
むかし。私が学校から帰ってくる途中で見かけたのが、始まりだ。
通学路の途中にある公園に、大人たちが集まっている。手に手に袋を持ち、地面へかがみ込みながら、何かをしきりに拾っているらしかった。
ゴミでもあるのかなと、そっと近づいてみるが、思っていたより公園はきれいだ。集まったメンツは、公園に入ってきた私のことを気にせず、作業を続けている。
顔見知りはいないかとうろつく私は、やがて彼らが何を相手取っているか、知ることになった。
アリだ。注意いなければ、踏みつぶしたことさえ気が付かないだろう、小さい生き物。それでいながら、ひとたび気に入ると、巣を壊滅させることさえも平気で行ってしまう、なじみ深い相手だ。
それを、公園に集まった人たちは、せっせとシャベルですくい上げ、手に持つビニール袋の中へ入れていく。
ちょうど時期が、夏休み前ということもあって、自由研究か何かに使うのかと思ったよ。結局、知った顔は見つからなくて、声もかけづらい。その日は撤収することにした。
翌日。学校へ忘れ物をしたことに気づいた私は、早起きして一番に学校へ向かった。
予鈴の一時間半前で、また児童らしき影は全然ない。校門も閉まっているのが遠目に見え、どうにか開けてもらおうと、私は門の格子に手をかけながら、校庭に出ている先生へ声をかけようとする。
先生は数十メートル離れたところで、袋を手にかがんでいる。その格好は昨日、公園で見た連中にそっくりで、私の呼びかけにも空いた手を伸ばし、「ちょっと待った」の合図。
当時、まだ視力はそれなりだった私が、ぐっと目を凝らしてみると、やはり先生はアリを相手取っているのが分かったんだ。
だが、今回はアリをすくっているんじゃない。土の上にまいているんだ。
袋の口をほとんど地面へつけ、アリをちょろちょろと出しながら、ゆっくり前へ進んでいく。一度袋から出たアリについては、アフターフォローもないらしく、右往左往しようがほっぽりぱなしだ。
ところが、その先生の歩みが、5メートルほど進んだ時。
地面に降り立ったアリが、ぽーんと空を飛んだ。
高さは1メートルくらい。アリの図体からすれば、高層ビルもかくやといったところだろう。実際、高層ビルから落とされても、アリは体重が少なすぎて、地面に落ちても普通に生きていられると聞くけど。
そのしばし宙を舞うアリたちを見て、ピタリと止まる先生の足。その顔は真剣そのもので、何度もとんぼを切りながら、落ちゆくアリをにらんでいる。対するアリたちも、着地してからはこそりとも動かず、地面の上へ伸びたまま。
何が起きたか分からず、ポカンとしている私の前で、先生は校門を開けるより先に、背後にあった体育倉庫へ。重ねたコーンをいくつか持ってくると、アリが舞ったあたりの地面を囲ってしまい、立ち入り禁止の準備をし始めてしまったんだ。
その後、門を開けてもらってから、先生と少し話をしたんだ。
確証がないから、あまり大っぴらにしないで欲しいと言いおいて、先生は「砂地雷」が出回り始めている、と語ってくれたんだ。
「地雷は、君も知っているだろう? 地面に埋められて、標的が近づいたり、体重をかけたりすると爆発して被害を与える兵器だ。
標的以外を巻き込まないよう、たとえば対戦車用の地雷だと、人間が踏んづけても爆発しないようになっている。だが、世の中その逆を行く、恐ろしい手合いがあるんだ。砂地雷もそのひとつ。
先ほども見ただろう? アリが地面についたとたん、宙に吹き飛んだのを。
アリの体重でさえも反応する、極小の地雷。そいつが「砂地雷」の実態さ。
この地域じゃ「埋火」という名前で、昔からひっそり伝わっていてね。創作の忍者が使う、火遁の術なんかはこいつをエンタメ向けに派手にしたものだともいわれている。
誰が仕掛けているかは分からない。だから報告があがると、こうしてあらかじめ防止に努めるよりないんだよ。事態が落ち着くまでね」
それから在学している間、ときたま妙なポイントが立ち入り禁止になるたび、私は「ああ、砂地雷か」と思うようになった。
知らぬが仏とはよくいったものでさ。私はそれから全力で走るのが怖くなったし、石を踏んづけたりして感じる、足裏の痛みにもびくつくようになった。
いつ自分が砂地雷の被害に遭うかと、恐ろしくてさ。友達がする怪談話をおしのけて、しばらく私の中での怖さトップの座に君臨し続けていた。
卒業してからは、さすがに意識を他のことに取られることが多くてね。被害にも遭わずじまいだったし、砂地雷の怖さも薄れていった。
だが、一人暮らしを始める直前、母校での不思議な事故を聞く。
なんでも、走り幅跳びである生徒が砂場に着地したとたん、そこの砂が弾けるように、あちらこちらへ飛び散ったんだって。その生徒も足を大けがして、病院へ運ばれたんだ。
ガラスの破片が刺さったとか生ぬるいものじゃなく、足首から先が完全にただれて、皮がべろんべろんに剥けていたらしい。指なんか危うく切断する直前までいってしまったとか、なんとか。