9.小さき王の苦悩
その小さき王は、声だけではなく中身もかなりのイケメンだった。
必ず仲間の下まで連れて行くと約束したにもかかわらず、私達は未だ地下の研究室にいた。室内の収納が済んでいないからだ。
「これ、ここに置いておきますね」
今すぐに駆け出したい衝動に駆られているであろうに彼は、グッとその思いを抑え、率先して小物類を収納しやすいようにと集めてきてくれている。
文句一つ言わない。心配になるほど、いい人だ。
「手伝ってもらって、すみません。終わったらすぐ、お仲間を探しに行きますから。ここの片付け、今やっておかないと、もうここに来ることもないと思うのでーー」
私の言葉に、彼はニコリと微笑んだ。のだと思う。牙を剥いたようにしか見えなかったけどもーー
「と、とにかく急ぎましょう」
もちろん安請け合いしてすぐに出発しようとしたのだ…… 私は。私だけは!
それを止めたのは、他の誰でもないハツカデモルモトの王である彼自身だった。
「自分の都合で貴女方を巻き込んでしまう以上、それ以上のわがままは言えません。どうぞ、この部屋での用事を先に済ませて下さいますよう」
イケボがそう頭を下げた。
あまりのイケボっぷりに「全然構わないから直ぐにでも行こう!」って口を開きかけたら、首元でミギエさんの愛刀が光ってた。
うちの暴君、怖い。
まぁ、『トランクルーム』へ荷物を詰め込むだけだから、それほど時間を食う作業ではない。サッと触ってシュ!
このくらいの広さなら10分もかからず終わるだろう。現に、後は最後のテーブルに集められた武器類を残すのみ。
「あっ、あっ」
さっさと作業を終わらせようと短剣を手に取った私に、ミギエさんが注文を出した。
テーブルにある武器類を使って、私専用のそれを作るようにと。
そういえば【腐食した出来の悪い片刃のナイフ】は、一度も使わないうちに鍵の束になってしまったんだっけーー
まぁ、ここは無人島じゃないから仕方ない。
「ありがとう。そうさせてもらおうかな」
「あっ、あっ」
「そうだね、非力な私でも使えるやつ選ぶよ。それで、ミギエさんの分は?」
「ああっ、ああっ」
「え、まだ育ててる最中だからまた今度って…… そんな色んな意味で怖いこと言わないで」
何をどう育てているというのだ!
私は、満足気に【腐食した出来の悪い小型ノコギリ】の手入れを始めた右手のことは見なかったことにして、怪我のないよう武器類をしっかりとテーブルの上に置いて、『銀の匙』を発動した。
「貴女様方は、一体、どういう方々なんですか?」
階段を上がりきり地上へと繋がる扉の鍵を、例の鍵の束から見つけ出そうとしていたところ、小さな一角兜を装備した小さき王に恐る恐る話しかけられた。
「どうって、普通のゴブリンと右手ですよ?」
「普通のって! 部屋のもの全てあっという間に消して見せたり、鋼の板からこのような私専用の兜を瞬時に作り上げたり出来るのが、普通のゴブリンなわけないでしょう!」
「え、今更そんなこと言われても…… ずっと黙って見てたから、そんなに珍しいことでもないのかと思ってたし……」
「そんなわけないでしょう! あまりの事に頭の中を整理するのに時間が必要だっただけです。そもそも大変失礼ですが、私はこれまでこれほど流暢に言葉を理解される魔物の方を存じ上げませんし、ミギエ様に至っては私の理解の範疇を超えています」
「……それに関しては、返す言葉もございません」
確かに、言われてみればその通りでーー
流石に剣と魔法と魔物の異世界においても、私達の存在は異端に映るらしい。
そういえばただのゴブリンだった頃の私の思考力は酷いものだった。あれがゴブリンに限らず、この世界の魔物のほとんどに言えることだとしたらーー さもありなん。
ーーとはいえ、彼の疑問に対してどう答えを返したらいいものか…… うーん、頭を悩ませる。
「あっ、開いた!」
そうこうしているうちに、4本目の鍵で扉が開いた。
こうなれば、とりあえず有耶無耶にしてしまう他ない。
「ここから先は、何があるか分かりません。何があっても、大声を出したりしないように。出来るだけこの盾の後ろになるように、決して身を乗り出したりしないで下さいね。私弱いので、基本助けに行ったり出来ませんから。本当に弱いので! すぐ死にますからね! フリじゃないですよ? 押さないで下さいね!」
予めそう注意しておく。
注意しすぎて、かなり怪訝な顔をされてしまった。反対に怪しい?
ちなみに、ミギエさんに促され私が製作したのは、全身をスッポリと覆える程度のライオットシールド。
あーでもないこうでもないと、素材鑑定して等価交換選択画面を切り替えて『トランクルーム』からアレコレ取り出したりして。ーー試行錯誤の末、やっと完成させた【軽くて丈夫なゴブリン仕様のライオットシールド】である。
もちろん前を確認するための透明窓も付けた。これがないと間違いなく転んでしまう。
そこにはなんと! ポリカーボネート素材がはめ込まれている。
実は研究室には色々な鉱石も貯蓄されていて、その中にはダイヤモンドの仲間の鉱石も含まれていた。炭素があれば何でもできる!
等価交換にするために、素材となる短剣や鋼の板等をミギエさんに愛刀で手頃な大きさに切断してもらい、私用の盾やハツカデモルモト用の一角兜を作ったのだ。
無論一発で成功とは行かず……
お陰で私の経験値は、風前の灯である。
「いよいよですね」
小さき王が、ゴクリと喉を鳴らした。
扉の向こうからは、何やら賑やかな歓声が聞こえて来る。
そして大勢の人の気配。
ここから先は、こっそりと気配を殺して隠密行動。ーーというわけにはいかないようだ。
右肩のミギエさん、左肩の小さき王、それぞれと最終確認を終え、私達はいざ地上階への扉を開いた。
「ぎやぁぁぁぁぁあ!!」
その瞬間、目の前に迫る断末魔の叫びが、私達を出迎えた。
と同時に、おろしたてのライオットシールドに強い衝撃を受ける。
ひ弱な私でも衝撃に耐えられるよう、普通とは少し形を変えて、全体で衝撃を吸収しやすく改良してあるそれがいい仕事をしてくれたようで、何とか階段下まで吹っ飛ばされずに済んだ。
「あああああああ! 何という事だ!」
絶対に大声は出さないと約束したはずの小さき王が、悲しみのあまり堪えきれずに絶叫を上げた。
透明なポリカーボネート部分から見えるのは、たった今激突してきたのであろう変わり果てた姿の瀕死の同族。
その先には、大小様々な檻に閉じ込められた同じような仲間達の姿があった。
怯えたように悲鳴を上げる魔物達。
この逃げ場のない状態で、既にある程度の攻撃を受けたのであろうーー 皆、一目でそれとわかる重傷を負っている。
さらにその先には、戦闘服に身を包んだ騎士らしき者達とそれを遠巻きに眺める煌びやかな衣装を身に纏った人間達がいた。
「何だ、あれは……?」
誰かがこちらを指差し、声を上げた。
思いもよらぬ突然の来訪者に、人間達が気付いたらしい。
皆、怪訝な顔つきで慌てている。ザワザワと困惑した声があちこちで上がり始める。
何人かの騎士がこちらに向かって歩み始めた。
「許せない…… 我々が何をしたというのだ!!」
ハツカデモルモトの小さき王が、瀕死の仲間に駆け寄り声を上げて泣き叫んだ。
「あっ! あっ!」
ミギエさんは、右肩越しに必死に私を呼んでいる。
私は……
私は……
私は……
何故か、目の前が赤く染まっていた。
盾を置いたまま、ゆっくりと歩き始めている。
思考が回らない。感情が追いつかない。ただただ、目の前で怯えている分身達の声が、頭の中を駆け巡る。
どうして、こんな残酷なことが出来るのだろう……
どうして、こんな残酷なことが出来るのだろう……
どうして、こんな残酷なことが出来るのだろう……
どうして!!!
そして、頬を伝う深青の涙に気づいたのとほぼ同時にーー
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
私はその場で、発狂死した。