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29.緑の悪夢

体調を崩してました。

なるだけ毎日更新したい。

 その日、世界は震撼した。


 突如、緑色の霧が世界を包んだ。

 それは強烈な甘い匂いを発し、人々の脳を揺さぶった。そして一部を狂わせた。

 数分後、霧は一瞬にして消え去り、天空に光の柱が昇った。

 ――次の瞬間、大地は唸り、荒れ狂う強風が世界を襲う。

 人々は逃げ惑い、そして戦慄した。神の怒りに触れたのだと叫ぶものもいた。

 以降、その歴史に多大なる陰を落とすこととなったこの現象は、人々の記憶に大いなる恐怖を植え付けた。

 それは後に緑の悪夢と呼ばれ、世界を混乱の渦へと導く原因となる。

 時間にして数分の出来事だったにもかかわらず、その直後から世界各地で奇妙な異変が報告され始めた。



 魔人帝国ベレスでも同様の異変が起こった。

 時の皇帝ラズドゥール・ジャバ・サナヤダ・クク3世は、一刻も早い原因究明と事態収束のため、参謀長メタッツ・ナマズと軍最高司令官ジョベルス・ランプを自室へと招き入れた。

 通常であれば、執務室や会議室を使うところなのだが、今回このような形にしたのは、2人にどうしても見せておきたいものがあったからである。

 その光景に、ナマズとランプは驚愕した。


「こ、これは……まさかあの!」

「そうだ。アレを与えた」

「なんという……」


 大人10人はゆうに座れようかという豪華絢爛な巨大なソファの上には、城内から集められた8人の子供達が座っていた。

 5歳〜10歳までのその8人は、皆一様に薄い微笑みを浮かべ、各々それぞれが得意分野なのであろう炎や水、氷、風といった様々な魔法を己が体の前で展開している。

 ファイヤーボール、ウォーターボール、フロストポール、ウィンドボール……初級魔法とはいえ、それを放出せずに常に維持し続けるのは、大人でも難しい高等技術である。

 人間族よりも魔力量が多くあらゆる魔法に精通する魔人族とはいえ、その内在する魔法力を使いこなせるようになるのは、12歳を超えたあたりが主流であった。目の前の子らのように、年端もいかない子供達がこれほどの魔法を使えるなど前代未聞の出来事。


「この状態を1時間以上続けている」

「なんと!」


 2人は驚きのあまり口を押さえ、その眉を大きく歪ませた。

 通常ならばこれ以上の朗報はない。魔人族として大きな戦力を手に入れることになるのだから……

 しかし、2人の視線は彼らのその魔法を実際に作り出し維持している左手に注がれていた。

 小さな彼らのその腹から生えた異質な緑色の左手に……



 世界中を襲った緑の悪夢は、あらゆる種族の10歳までの少年少女を生きる人形へと変えた。

 ついさっきまで走り回り、大声で笑い、泣き、人間らしい生活を送っていた彼らを、あの緑の悪夢が奪い去った。

 霧の晴れた直後、彼らはその動きを止めた。虚げに開いた目は宙を見つめるばかりで、口は半開きのまま言葉を発することはなく、一切の反応を示さない。食事も排泄も睡眠さえ取らず、彼らは人形のように横になったまま動かない。彼らの時間は止まってしまった。完全な人形そのものだった。

 大人達は狂乱した。

 あの手この手を使い我が子を元に戻そうと奔走したが、彼らに変化は見られなかった。世界中が悲嘆に暮れた。

 そして日が経つにつれ、それらは絶望へと変わった。



 魔人国ベレスの皇帝ラズドゥールもまた、悲嘆に暮れた親の1人だった。

 彼は13人の妻を持ち、5人の子がいた。

 上から15歳、12歳、9歳、7歳、5歳。その子らも例に漏れず緑の悪夢の犠牲者となった。

 ラズドゥールの狂乱は、見るに耐えないほどであった。目の中に入れても痛くないと常々公言していた我が子が3人も生きる人形へと変わり果ててしまったのだ。

 彼は国中の医者を召喚した。他の子などどうでもいい。まずは我が子の回復が先だと、臆することなく口にした。

 国民もまた、それに従った。皇帝こそが正義なのだ。

 しかし、いかなる大魔術師でも、子らを元に戻すことは出来なかった。

 そんな折、ラズドゥールは禁断の方法に手を出した。

 1年程前、エルフの国への献上品を届けた際に賜った不死の左手――それを粉末状に加工して子らに与えたのだ。

 もちろん、効果を確かめもせずに我が子に与えることなどできない。適当に選んだ城内の兵士の子5人を先に実験台として……


「薬を与えた直後から目覚ましい回復をみせた。翌日には目を開けてこちらをしかと見るようになり、言葉も発し笑顔も見せた。そしてさらに翌日には食事を取り、眠りもした。だからこそ、それらを我が王子や王女へも与えたのだ……」


 ラズドゥールの声は悲嘆に満ちていた。


「完全に回復したように見えたが……7日の時が過ぎた頃、アレが生え始めた」


 アレとは、あの緑の手のことだろう……

 ランプが低い唸り声を上げる。


「アレが生え始めると、また食事や睡眠を取らなくなった。言葉もだ。だが、笑顔でこちらの要求には応える。あのように魔法を介してだが……」

「私が試しても?」


 ランプの言わんとしていることを、ラズドゥールはすぐに察した。


「いや、それはならん。あれらは私達が思うそれとは、威力のケタが違う。うかつに近づいた侍女と騎士が2人して黒焦げになって死んだ」

「なんと!」

「本当ですか!」


 2人が驚嘆の声を上げる。

 子供の魔法程度で火傷をする事はあっても、大の魔人族が死ぬなど……


「これは驚異的な力……戦力になりますぞ?」


 ナマズの興奮に、ラズドゥールの顔色が曇る。


「この力を利用すれば、長年の宿敵である人間族をーー」

「――私の子を駒に使えというか?」

「――っ! いえ、失言でございました。申し訳ありません」


 ナマズはその顔を真っ赤にして、その体を大きく震わせその場に平伏した。興奮のあまり犯した大変な失言。8人の中の3人は、皇帝の子である。


「も、申し訳ございません!」


 本来であれば、失言を侵した宰相の首など即刻跳ね飛ばすであろう気性の荒いラズドゥールが、それをしなかった。


「まぁいい。今回だけは許す」

「え? ……あ、ありがたき幸せ」

「そんな事よりだ……」

「いかがされました?」


 皇帝が不快な民を殺さないーーそれだけでランプは、どうやらより深刻な事態が起きているらしいことを察した。


「ここにいる5人の子の親は、既に始末した」

「まぁ、当然でござりましょうな」


 国内のみならず、世界中で緑の悪夢は同じような被害をもたらしていることが確認されている。

 このような状態ーー腹から緑の左手が生えているーーとはいえ、生きた人形よりはまだマシであろう子らを……さらに言えば、今後軍事的に大きな戦力になり得ること間違いないであろうこの子供達の存在を、今外に知られるのは芳しくない。


「始末する際、1人逃げた。しかもそれがエルフ国の担当だった外相の副官の妻だった」

「まさか!」

「どうやらエルフに感づかれた。緑の悪夢に関して、どんな些細なことであろうとも報告せよと言ってきた。さらに、緑の悪夢で人形化した子をいくらか渡せとな」

「その子の中に……?」

「ああ。例の逃げた女の子の名前があったわ」


 ラズドゥールの舌打ちが響く。


「それで……どうなさるおつもりで……?」


 魔人族はその特性から繁殖率が極端に低い。生まれた子は1人1人が国の宝として、大切にされている。

 しかしそれは表向きの話。生まれた直後に測られる魔力測定で一定量をクリア出来なかった子は、忌子としてエルフ族へと献上されているのが実態だった。

 つまりエルフ国は、緑の悪夢に侵された子らを、忌子として献上しろと言ってきたのだ。


「ナマズ」

「ハッ!」


 相変わらず平伏したままのナマズへと、ラズドゥールが声を掛ける。


「人間族の方はどうなっている?」

「ハッ。今朝方、アルバンス王国へと潜入していた者達からの報告が入りまして、どうやらひと月ほど前、あのエルバルグ辺境伯が屋敷もろとも失踪したという事件の噂を耳にしたと……」

「なんだと? それはまことの話か?」

「はい。なんでも大討伐の晩餐会の日に、その招待客もろとも全てが闇に消え失せたとーー」

「――そんなことあるわけないだろう! 大方、緑の悪夢に便乗した誘導作――」

「――いや、まことかも知れん」

「陛下!」

「緑の悪夢で光の柱が発生したのは、確かあの辺だったはずだ」

「それは……確かに……」

「エルバルグの失踪と今回の緑の悪夢には、何らかの関係があると見て間違いないかもしれんな。あいつは確か、人間にしては出来のいい魔術師だったはず……」

「報告では、既に領内に王国軍の姿があるとかーー」

「ーーなんだと!」

「まぁ、いずれにせよ、もっと情報が必要だな。ナマズ!」

「ハッ。承知しております。それからその……かねてより仰せつかっておりました『常闇の森』の攻略に関しての件ですが、北のダンジョンへと赴いておりました勇者マクナリフの一行がようやく戻りましてございます」

「そうか。ではすぐにでも出発――いや、その勇者マクナリフをここに呼べ」

「え? 一介の冒険者をここにですか?」

「よい。今回に限り、我が直々に命令を下そう。なにせこの可愛い可愛い子らを彼らに預けるのだからな。フフフ……」

「え? では、エルフ国には?」

「何も8人全て寄越せとは言われておらぬ」


 妙案を思いついたとばかりに、ラズドゥールの目が上機嫌に光った。


「むしろこの戦力で『常闇の森(あのもり)』の攻略が可能ならば、今後はエルフなど必要なくなるだろう?」


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