【1】荒野を渡る
一面、見渡す限りの岩、岩、茶色い岩!
乾いた風が砂を巻き上げて、視界を濁らせる。
この先にある町に着きたい一心で、僕は足を動かしていた。
カンカンに照らしてくる太陽に大きく息をしながら、さりげなく背後の気配を確認する。
「うるさい」
僕の後ろを歩く人が、この一言をタルそうに吐く。
「何も喋ってないんだけど…」
実際本当に喋っていない。
体力温存の為だし、何より喉が乾く。
「知ってるわよ、私をチラチラ確認するその視線がうるさい」
こんな理不尽で横暴な話をする人がいるだろうか。
いや、いない。この人を除いては。
「だって貴方、方向音痴だよね?!はぐれたら死ぬよね?!」
視線がうるさいって、そんなの嘘でしょ?!
まるで僕が気持ち悪い人間みたいな!傷つく!撤回を求める!
そんな言葉を一息で言いながら振り向いて、その不機嫌そうな青い瞳と視線がぶつかった。
「いや、着いて来ていれば、別に…」
歯切れ悪く、前を向き直してまた歩く。
でももう一回、後ろをチラリと振り返った。
長い赤い髪が風にひらめいて、この荒野を背景にするとまるで女神のような神秘さだった。
ため息を吐く瑞々しい唇。髪をかきあげる細く長い指。憂いの滲む青い澄んだ瞳。
どれを取っても僕を魅了してやまない。
見るからにしなやかで柔らかそうな肉体は輝く白さで、その滑らかな肌は惜しむ事なく露出されている。
造形だけでいうならば、こんな完璧な人がいるだろうか。
いや、いない。この人を除いては!
おかしな笑顔を隠しきれなくなって、また正面を向く。
そこで、気持ち悪い人の扱いを受ける理由に自分で気付くのであった。
「ねぇ、町までどれくらいなの?」
「まだまだあるね。今夜は野宿かな」
「そう」
短い会話をして、また黙々と歩く。
この人は理不尽ではあるが、意外と文句を言わない。
「何か困った事があったら言って」
口数の少ない人なので、返事がない前提で投げた言葉だ。
「そうね、喉が乾いたわ」
間髪入れずに返ってきた言葉に、僕はギョッとして振り返る。
「もしかして、水飲んじゃったの?」
嘘であってほしい。
さっきのうるさい発言の時より強く願っていた。
「とっくに」
空になった水筒を投げて寄越される。
この人は堪え性がないというか、本能的というか…
「流石に、水は無理だよ…」
言葉に詰まってやっと声が出た。喉がカラカラだ。
「知ってるわよ」
プイと横向く可愛い仕草を見やりながら、次からはこの人に水を持たせるのはやめよう。そう思った。
ずいぶんと歩いてきたが、未だ景色は変わらない。
移動は本当に大変だ。
水といい食料といい、水といい…調達が難しい。
何も口にできない日も稀にあるが、この人は意外に大丈夫なようで、その美しさも不思議と褪せる事もない。
日が沈み出すのを確認して、今夜の野宿の準備を始める。
まずは眠れるだけのスペースを確保して、火を起こす。
この横柄な人は座ったまま僕の仕事を眺めり、遠くを見たりするだけ。
せっせと準備を進めながら、冷えたらいけないからと毛布を肩に掛けてあげたりして世話を焼くと、嫌そうにこちらを睨んでくる。
(結構クセになる。)
体を清めさせてあげたいが、この土地に水場なんて皆無だろう。
そんな事より飲める水すらない。
僕に風除けを作らせながら、早くも横になるこの人が恨めしい。
準備は終えたが僕は一晩見張りだ。
眠らない体は、こうゆう時に便利で良い。
日は沈み、月が高く登っていた。
そして黒い空に輝く無数の星を、僕は飽きずに眺めて過ごしていた。
「綺麗だなあ…!」
よく見ていると強弱をつけて光っているのが分かる。
星がまたたく、という表現をした人は素晴らしい。
「そうね」
もう寝ていると思っていたのに、突然そんな相槌を打ってきた。
「起きてたの?」
驚いて振り向くと、つまんなそうな顔で僕と同じく夜空を見上げていた。
とても綺麗だと感じている表情ではなくて、おかしくて少しニヤける。
そんな僕に一瞥くれて、更に言葉を紡ぐ。
「星って、燃えているんだって。そして何千年、何万年とかけて光がここまで届くんだって」
「燃えている明かりなんだ」
だからまたたいているんだ、と感嘆してまた星に目を凝らす。
「燃えているなら、いつか燃え尽きるんだね」
「万物に無限なものなんて、ないものね」
星を見ながらそう呟いた。
「そうね」
と相槌がまた聞こえて、その後すぐに寝息が聞こえた。
僕に、希望を教えてくれる人。
この人の名は、スカーレット。
僕の命を容赦なく無遠慮に色付ける、苛烈な人。
まさに燃えているかの様な生き様のスカーレットに、分かりきった未来を見ていた。
「はかない…」
僕はこの時初めて、この言葉の意味を知った。