story3(3)_sideキミ
――夕方。学校終わり。
いつもの面子で今日はどこ遊びに行くかと話していると、あれ? ――とコメが急に立ち止まる。
「なぁ、あれってこの前のカフェの店員さんじゃね?」
俺達は足を止めて、コメが指さした方に目を向けた。すると、そこには男に絡まれている四宮葉月。
あの女性、また絡まれてんのかよ……。
少し呆れながらも彼女に会えたという事に自然と俺の口角は上がる。
「ちょーっとここで待ってて」
俺は三人を残して四宮葉月と男に素早く近付く。
「えっ、ちょっ、シノ?」
「おっ、行くのか!?」
驚いているマルコメの声を聞き流しながら俺はサッと二人の間に体を滑り込ませた。
「おっさん、この女性に何か用?」
「えっ……?」
男は突然割り込んできた俺を間抜けな顔で見つめている。
「迷惑なんだよね。これ以上しつこくするんなら出るとこ出るけど?」
スマホをちらつかせながら、冷たい視線を送ってやると、男は分かりやすく体をビクつかせた。面白いくらい分かりやすく、引いてんねぇ。ちょっと足とか震えてない?
彼女はというと、後ろにいるから表情は分かんないけど、大丈夫そう。何かじっと見つめられている気はするけど、俺に怖がっている様子は無さそうだし。彼女の様子を気にしつつも、男からは絶対目を離さない。
何かしたら、ただじゃ置かないよ? という意味を込めて笑ってやると脱兎のごとく去っていった。
この間の奴等ほど気性は荒くないし、根性もなかったようだ。
完全に男が見えなくなったのを確認してから俺は後ろを振り返った。
何か考え事をしているのか、彼女は俺が振り返った事に気付いていない。
「大丈夫ー、おねーさん?」
声をかけると驚いたように、ハッと目を見開いて固まった。そして、そのまま何も言わずに俺を見続けている。あんまりにもじっと見つめられるもんだから、ちょっと恥ずかしくなってきた。視線に堪えきれなくなって再び呼び掛けるとハッとした後に、ぺこりと頭を下げられた。
「あっ、ありがとうございました」
相変わらずの深いお辞儀にクスリと笑いが漏れてしまう。
「いや、困ってそうだったから」
何で俺が笑ったのかと不思議そうにする彼女に俺はそのまま続けて言う。
「それにしてもよく絡まれる女性だよね~」
そう言うと、また彼女は首を傾げた。
あ、そっか。俺が前に助けた時は、視えてなかったから。あの時助けたのが俺だってこの人認識してないんだ。
自分の失言(これって失言なのか?)を取り繕うように次の言葉を発する。
「この短期間ですごいすごい」
そう言うとムッとした表情になった。彼女の表情の変化にピクリと反応してしまう。そのまま見続けていると睨まれてしまった(睨まれても怖くない。寧ろ、ちょっと可愛い)。
絡まれる本人からすれば笑い事じゃないよね(本当に失言しちゃった)。
「あー、ごめんね。おねーさんからしたら大変だったよね」
「いえ」
一応は許してくれたようだ。
でも、何故だか少し申し訳なさそうにしている。
俺が失礼なこと言ったんだから、彼女が申し訳なさそうにする必要なんて無いのに。
そう言えば、そろそろ日が落ちる頃か。そう思って声をかけるとそんな事を言われると思っていなかったのか、目を丸くしている。
コンビニから家までどれ程の距離があるのかは知らないけど、ここからあのコンビニまではまだ少し距離がある。暗くなってまた、変な奴に絡まれるかもしれないし。――というか、本当に未だにこの女性は俺がこの前コンビニまで送った男だという事に気付いていないのかな。ま、敢えてここで出す話題でもないだろうけど。それよりも今は――、メガネの奥をまじまじ と彼女に見つめられて照れる。
他人を寄せ付けない割には、人のことをじっと見つめる癖でもあるんだろうか。それ、誰にでもやらない方がいいと思うけど。
「いや、日も落ちて来る頃だろうし……」
そう言うと彼女の表情が緩んだ。
「大丈夫です、ありがとう」
にこりと笑った彼女はふと俺の向こう側を見る。どうやら彼奴らにも気付いたようだ。
「また、よかったらお店来てくださいね」
カフェの時の営業スマイルとは違う笑顔を残して去っていく彼女から俺は暫く目が離せなかった。
“また、よかったらお店来てくださいね”
その後にはきっと、“みんなで”という言葉が続くはずだ。だけど、彼女は言わなかった。だから、俺は自分のいいように解釈することにした(ちょっとドキッとした、なんて……らしくないねぇ俺)。
「珍しいじゃーん、シノが自分から女の子助けにいくなんて」
彼女が去って言ったのを見計らってか、奴等が駆け寄って来た。うん、正直言ってお前等のこと忘れてたよ。面白いもん見ちゃった、的な顔で全身でワクワクすんのやめてくんないかな。興味津々なのが嫌と言うほど伝わってくる(あー、面倒くさい。こういう時は春一もマルコメ側につくから余計に面倒くさいんだよなぁ)。
「何言ってんの。俺困ってたら助けるけど?」
俺はしれっと首を傾げて見せる。
「シノが格好よくヒーロー的な感じで女の子助けたら絶対その子シノに惚れちゃうじゃん!」
「ま、シノは女受けする見た目だもんなー。腹立つぐらいイケメンだし、いやもう、腹立つの通り越しちゃうぐらいイケメンだし!」
マルコメが何だかやいやいと騒ぎ出す。変なスイッチが入ったのか、テンションがいつも以上に高い。
「それなのにぃ、シノちゃんは本気になんないからぁ。結局女の子泣かせちゃうんだよねぇ。罪な奴め」
「それは、勝手にその子達が盛り上がって、勝手に泣いちゃうんだって。俺はちゃーんと断ってるでしょ」
うんざりだと顔を歪めていると春一までもが会話に加わってくる(ほら、やっぱりマルコメ側だ)。
「シノの場合、そのゆるーい空気感にみんな騙されんだよな。変に優しいって感じちゃうんじゃね? ゆるーい空気感もゆるーい喋り方も全部態となのに誰もそれに気付かない。自分の興味無い奴に実は一番優しくないのにな。さっきのあの男を見る目、殺気駄々漏れだったぞ」
そうかな? これでも、抑えてたつもりだったんだけどな。
それよりも……、春一君すんごく失礼。
そうだ、そうだー。シノちゃんは冷たーい。シノは冷酷だー。とか騒いでるマルコメは無視だ、無視。
それよりも、こいつだ。クールな顔してさらりと酷いこと言ってくれちゃって。
「んなこと言ったら、春一のが優しくないでしょ~。バッサリ、キッツい言葉も難なく言っちゃう辺り」
春一のクールな男らしさに惹かれる女子達は少なくない。俺も女が寄ってくる方だとは思うけど、こいつの方がモテるんじゃないかと思うほど、女子達はコロンと春一に落ちてしまうのだ。本人は不本意らしいけど。
「二人とも女泣かせなんだよ。寄ってくるだけ有難いと思えこのヤロー」
「このモテ男どもが。ちょっとはその羨ましい体質俺らにも分けろー」
さっきまで春一に便乗していたはずなのに、2vs2に持ち込むマルコメ。俺達に口で勝てるわけないのに。喧嘩でも負ける気しないけどね。
「え、ガキ?」
「ふっ、お前らガキだな」
何かわーわー言っている二人は放っておいて、今日はカラオケでも行くかなんて言いながら、俺と春一は歩き出した。
うん、なんか上手いこと話逸らせたみたい。葉月さんとの事はこいつ等にもまだ言うつもりないし(何故って? そんなの俺にも分かんないけど)。
話が逸れたことにもマルコメはきっと気付いていない(春一は……分かんないけど)。お前らのそういうトコ、結構嫌いじゃないよ(調子に乗るのは目に見えているから、絶対口に出しては言わないけどね)。