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story3(1)_side葉月




 ああ、最近こういうの多いな……。


 ため息を吐き過ぎているせいで、幸せが逃げてしまっている気がする(運命とか神様とかそういう類いのモノはあんまり信じていないのだけれど)。なんて思ってしまう私は相当疲弊しているに違いない(幸せというのは、私にとっての“平穏”。すなわち、煩わしいのとか、面倒くさいのとか、そういう事に巻き込まれないことなのだけれど)。


 今、目の前にいて面倒くさい絡みをしてくるもう酔っぱらいなのか何なのか分からない男に私は呆れていた。


 信号待ちをしていたところに、突然「これ、落としませんでした?」と言って現れたのだ。


 当然、落し物なんてしていない私は「いえ」と答えた。しかし、男はめげることなく「本当に? よく見てよ?」なんて言って食い下がる。


 よく見なくても私は落し物なんてしていないんだから、あなたの用事は終わりでしょうに。


 面倒くさいの来たな、と思いながらも一応ちらりとだけ視線を向けて「落としていない」と再び伝えた。男の手の中にあるのはコンビニとかでよく売っている有名なスナック菓子。カップ容器に入っていて、一度食べ出したら止まらない、あのお菓子だ。


 いやいや、そんなもの落とす人いないでしょ!


 笑ってしまったらこの男の思うツボだと、唇を噛んで堪える。


「あ、じゃあこっち?」


 そう言って取り出したのは先程と同じ種類の、しかし別味のお菓子だった(さっきのは赤いパッケージのやつで、今見せられているのは緑色のパッケージだった)。


 ……。


 反応を表に出さない私を誰か褒めてほしい。


 後々、「この間さ、こんな変な人に会ったんだよね~」と話のネタぐらいにはなるだろうけどさ。胡散臭すぎるこんな男となんか長い時間関わっていたくない。っていうか、普通に怖いから。絡み方からして、明らかに怪しいし面倒くさいし、これ以上話のネタを増やしてくれなくて大丈夫だから早くどっか行って下さい。


 一度呼吸を整え、目の前にある信号を睨み付ける。何でもいいから、早く信号変わってくれないかな。こういうのって重なる時重なるんだよなぁ。


 何やらまだ続けている男の話を右から左に流していると、やっと信号が青に変わった。


 それと同時に男から早く離れたくて足早に信号を渡る。しかし、男はついて来た(何故だ……。結構冷たくあしらったつもりだったのに)。


 お菓子作戦は失敗したにも関わらず、尚もついて来るなんて(()めてくれ)。


「俺、芸人やっててさぁ――。名前は――って言うんだ。って言っても、有名なあの芸人じゃあないよ――」


 聞いてもいない自分のプロフィールをペラペラと喋り続けている。


「ねぇ、今からさご飯行こうよ」

「行きません。私、急いでいるので」


「えー、じゃあ連絡先だけ!」

「無理です」


「そんな事言わずにさぁ。俺、君の事めっちゃタイプなんだよ」


 あんたのタイプなんか知らんわ!


 あー、しつこい! 気持ち悪い!


 いったいこの男はどこまでついて来るつもりなの。


 早く諦めて何処か行ってくれ。


 拒否オーラを全身から出しながら足を止める事なく進み続ける。――が、男は全然諦めてくれない。


「あ、彼氏いるとか?」

「そーです」


 実際にはいないけれど、何処かに行ってくれるならと平気で嘘を吐く。


「彼氏と仲いいの?」

「そーですね」


 仮に私に彼氏がいたとしても、あなたにそんな事関係ないでしょ、と言いたくなる。


 あんまりにもしつこいので彼氏が嫌がるから連絡先は教えない、と伝えた。


 これで諦めてくれるかなと思ったけれど――、


「結構、束縛激しめ? 何だったら俺、相談乗るよ?」


 ――だってさ(何故そうなるの……)。


 あなたに乗ってもらう相談なんて無いし。


 え、コレどうやったら諦めてくれるんだろ。


 無視なのかな? もう、無視が一番なのかな?


 今までの会話の感じからして、逆上して後ろからグサッと、なんて事はしなさそうだけど。


 でもな……、どうしよう。自分から去って消えてくれるなら未だしも、居るのに視界に入っていないというのは怖い。背後とか一番怖い。私の見えないところから何されるか分かんないし。


 もう走った方がいいなこれ、と肩に掛かっている鞄の紐をぎゅっと握りしめる。


 男をどうやって撒くか。そればかりに気が行っていた私は周りのことなんてまるで見えてはいなかった(それくらい追い詰められていたということです)。


 突然、自分と男の間にさっと誰かが入ってきた。


「おっさん、この女性(ヒト)に何か用?」


「えっ……?」


 先程まで饒舌に喋っていた男も突然割り込んできた人物にポカンとしている。


「迷惑なんだよね。これ以上しつこくするんなら出るとこ出るけど?」


 驚く暇もなく急激に動いていく展開に私は黙って見ていることしか出来ない。――というよりも、助けてもらっているこの状況にも関わらず私の思考は別のところへと飛んでいった。


 ……あ、金髪。


 ふと、先日カフェに来た若者のことを思い出す。


 何故だか分からないけれど、突然ポンッと頭の中に彼が現れた。そう言えば、あれから店に来てないな。メニュー気に入ってもらえなかったのかな。気に入ってもらうも何も彼が頼んでいたのはホットコーヒーだけなのだけれど。でもウチの店、コーヒーにも拘ってるんだけどなぁ。


 呑気にもそんな事を考えている内に目の前の男性(ヒト)があの男を追い払ってくれたらしい。


 気づいた時にはお菓子の男は姿を消していた。


「大丈夫ー、おねーさん?」


 顔を覗き込まれ、ハッと目を見張る。だって、目の前にいたのは先日カフェに来たあの若者だったから。


 相変わらずお洒落さんなことで……。


 彼をまじまじと見つめてしまう。


「おねーさん?」


 顔を見たまま何も言わない私を心配したのか再び声をかけられて、そこでやっとお礼を言っていない事に気がついて頭を下げた。


「あっ、ありがとうございました」


「いや、困ってそうだったから」


 ククッと笑った若者に何故笑われた? と首を捻る。


「それにしてもよく絡まれる女性(ヒト)だよね~」


 前にも絡まれているのを見たような言い方だ。そんな事あったかな? あ、店でお客さんに話しかけられてる所とか? 確かに店でも時々しつこく話し掛けて来る人はいるけれど。大概は自分で何とかする(というか、出来るようになってしまった)。が、どうしてもの時はユキさんが厨房から出て来てくれる。面倒かもしれないとか考えなくていいから、とりあえず俺を呼べと言われるけれど、ユキさんの手が止まってしまうということは、お店の諸々が止まってしまうということで。それは他の関係ないお客さんにも迷惑をかけてしまうということだから。できるだけユキさんの邪魔はしたくないし、小さな事で一々ユキさんの手を煩わせたくない。前にそれをユキさんに伝えたら――、


「葉月が普通の客で俺を一々呼び出さないことくらい分かってんだよ。俺に迷惑かけるくらいなら少しくらい自分が無理すればいいって勝手に自己完結して、俺のこと呼ばないだろ? こいつ面倒くさそうだなっていう葉月の勘は大概当たるんだから、そう思った時点で俺を呼べ。葉月が思う“少しくらい”は全然“少しくらい”じゃないんだからな。その無理や我慢が、葉月が思ってるよりも葉月の負担になってんの。元々一人で抱え込みやすいのもあるんだし、できるだけストレス溜め込むな」って。


 そんな事ないと思うんだけどな。わたし、大丈夫だよ?


 葉月は自分で分かってないんだよってよく言われるけど。うん、よく分かんないよ。


 でも、金髪の彼が来てくれた日にお客さんに絡まれたりしたっけな? そんな記憶はないんだけれど。記憶に残らないぐらいの軽い絡まれ方だったのかな。それなら、あり得るかもしれない。


「この短期間ですごいすごい」なんて他人事のような台詞が耳に入ってきて、何がすごいのと思わずムッとしてしまう。


 こっちの苦労も知らずに……、なんて。


 他人事なのだから、ムッとしても仕方ないのは分かってはいるけれど、先程の男への苛立ちもまだ残っていた私は彼を睨んでしまった。


「あー、ごめんね。おねーさんからしたら大変だったよね」


 申し訳なさそうに言葉をかけてくれる彼。


 ……少し悪いことをしてしまった。


 彼は何も悪くない。寧ろ助けてくれたというのに。


「いえ」


 何と言って言いか分からず、私はぺこりと頭を下げた。


「あー、送っていかなくて大丈夫?」

「え?」


 思わぬ申し出に驚いてメガネの奥を見つめる(あ、今日のメガネは色付きだ。青色……やっぱりお洒落さんだなぁ)。


「いや、日も落ちて来る頃だろうし……」


 心配してくれているのか、と分かり自然と表情が緩む。


「大丈夫です、ありがとう」


 彼と話をしている内に私の気持ちも段々と落ち着いてきた。周りにも目を向けられる程の余裕が出てきて、そこでやっと彼の向こう側に人がいることに気が付いた。先日カフェに来ていた彼の友達――スイーツ男子二人と黒髪君(彼らの名前は知らないから勝手に命名)。四人で遊んでいる時に私が絡まれているのを見つけて助けてくれたのか。


「また、よかったらお店来てくださいね」

 

 じゃあ、とぺこりと頭を下げた私は彼の反応を待つこともなく、そのまま歩き出す。その瞬間から思考は別のモノへと素早く切り替わった。


 “日が落ちて来る頃だろうし……”という彼の言葉を聞いてから内心そわそわしていたのだ。


 今日はスーパーにも寄らないといけないし(食材買わないと)、日が落ちる前に早く帰らなきゃ。


 いつものスーパーへと着いて、買うもののリストを頭に浮かべながら私は買い物かごを取りに急いだ。



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