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story2(2)_side葉月



 今日もいつも通り。職場であるカフェで働いている私。店ではモーニングもやっていて、開店準備とか仕込みの手伝いとかの関係で出勤は朝の6時。いつも通りだから慣れてはいるのだけれど、決して眠くない訳ではない(もとより私は朝が苦手で、本当ならばまだまだベッドでふかふかの布団に(くる)まっていたいのだ。あー、ねむいな)。だから、欠伸を噛み締めながら、開店準備を進めるのもいつもの事。


「眠そうだな」


 そう、笑いながら私に声をかけるのはここの店主、――速水幸紀(ハヤミユキ)である。私の目の事も知っていて、色んなことでお世話になっている。私が心を許せる数少ない人の内の一人だ。他人に少しは甘えることを覚えろ、と教えてくれたのはユキさんだ。自分ではこれでも大分、甘えられるようになったと思っているのだけれど、ユキさんから言わせればまだまだ甘えが足りないらしい(と、言われても何をどうすればいいのか私には全くもって分からないのだから、どうしようもない)。


 出退勤の時間とかお休みとか、融通利かせてくれるだけで私としてはものすごく有難いから、それだけで十分なんだけど、そういう事じゃないんだよとユキさんは言う。じゃあ、どういう事? って聞いてもそれは自分で答えを見つけろと言われるからいつまで経っても私は分からないままなのだ。


「朝、苦手なの。ユキさんだって知ってるでしょ」

「毎日見てるからな。開店までにその低ーいテンション何とかしてくれてれば、俺は何でもいいよ」


「……うん、がんばるね」

「おう、がんばってくれ」


 私の低血圧(ローテンション)を理解してくれているユキさんはポンポンと私の肩を叩いて厨房へと引っ込んでいった。


 テーブルのセッティングを確認し、レジを開ける。窓拭きをして、店内をモップをかけながらスイスイと一周する。外に出て、箒と塵取りでお掃除。看板に汚れがないかを確認してから再び店内へ。私の朝のルーティーンは大体こんな感じだ。一通り動き回ることで私のローテンションも心なしか少しだけ浮上する(徐々に、ゆるやかにお仕事モードにしていかないと、しんどいからね。一度(ひとたび)店が開いてしまえば、そんな事も言っていられないから完全にスイッチが切り替わるのだけれど)。


 開店する時間になって、closeの看板をopenへと変える。さぁ、今日もいつも通りの日常が始まる。そう思っていた私に“いつも通り”とは少し違った出来事が訪れたのはその何時間か後だった。




 何だろう……。先程入ってきた若者達の中の一人がすごく私を見ている気がする。


 自意識過剰――、それで済ませられたら一番いいのだけれど。


 どこかで会ったことあったかな? なんて考えても仕方のないことを考える。


 私の知り合いにあんなお洒落な若者達はいない。


 自分の働いているカフェにやって来た恐らく大学生な彼ら。会話の内容が課題がどうだとか、あそこの店のアレが美味しいだとか何とも学生らしい。――というか、ちょっと可愛いとさえ思ってしまう。(あ、でも男の子に可愛いは厳禁なのかな?)


 会話に耳を傾けてしまっている辺り、私も彼等を――というか彼を気にしてしまっている証拠だろう。あの金髪のメガネの子。綺麗な顔立ちをしているし、引く手数多なんだろうな。だけど、そういう事(女性関係)にだらしがないように見えないのは、きっとメガネの奥にある瞳にどこか芯の強さのようなものを感じるからなのだと思う。


 ――と、他の客の対応をしている間にもそんな事を考えてしまっている自分に気付いて、一旦頭の中から色んなモノを追い出す。


 雑念、どっかいけ。今は仕事中だし、集中しないと。


 ……あ、お水とおてふき持っていかなきゃだ。


 彼等の注文を取りに行く為に、人数分のそれらを用意してテーブルへと足を進めた。


 順番に注文を聞いていき、彼で最後だと金髪メガネ君を見る。――が、じっとこちらを見たままでなかなか言葉を発しない。まだ注文するものが決まっていなかったのかな、と思いながらもずっとこのままでいる訳にはいかないので、ゆっくりと声をかけてみる。


「あの、ご注文は?」


 数秒間黙ったままだったが、友達にツンツンと肘で促されて漸くホットコーヒーと一言だけ言葉を発した彼は何だか心ここに在らずといった感じだった。


 注文内容を繰り返して確認し、その場を離れる。


 先程、目が合った時に彼が少し驚いたような顔をしていたのが気になったが、きっと自分の気のせいだろう。 そう思うことにした。だって、知り合いでも何でもない彼が私を見て驚くはずなんてないのだから。


 店はそこそこ混んでいてあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、せかせかと動き回る。今日はホールスタッフは自分一人。そんなに広くもない店内ではあるけれど、一人で動くにはちょっとばかし広いのだ。来店した客を案内したり、水のおかわりを入れに行ったり、レジを打って退店する客を見送ったり――。何だかんだで忙しくしている間もやっぱり彼からの視線は自分に向いているようで。


 他人よりも敏感だという自覚はある。どうでもいいような細かい事まで気にしてしまうことだってある。だから、気にしすぎだ、自意識過剰なのだと言われればそれまでなのだけれど、気にならない方が無理だし。私からしてみれば、気にならないという人にどうして気にならないのかと、逆に聞きたいくらいなのだ。他人からの視線や無言の圧力、見えない何か、面倒くさい何か。それら全てをできる限り把握しなければ、いざという時に動けないし、私は上手く立ち回れない。ちゃんと糸を張っておかないと怖いから。


 彼らが頼んでいたモノが出来上がったので、盆に乗せてテーブルへと運ぶ。可愛らしく盛られたスイーツの皿を並べて、最後に金髪の彼が頼んだホットコーヒーを置いた。


 砂糖とミルクをセッティングしていると、金髪メガネ君の隣の子が片手を上げて「それ、大丈夫です。使わないんで」と言った。どうやら彼はコーヒーはブラックで飲むのが好きらしい。だけども、何故彼は自分で断らないのか。そう思ってちらりと視線を向けてみたけど、じっと見つめられるばかりでその他には何もなかった。


 私の何をそんなに見られているのかは分からなかったが、反応してしまえば何だか負けのような気がして(別に勝負なんてしていないのだけれど)、自分から逸れることのない視線を感じながらも素知らぬ顔を通して私はテーブルから遠ざかるのだった。


 私が去るのを待っていました、とばかりに後ろから聞こえる前のめりな声達。恐らく金髪の彼以外の三人なのだろう。先程までスイーツの話をしていたやんちゃそうな黒っぽい服装の二人とそれを笑いながら聞いていたクールな黒髪の男の子。きっといつも話の中心はあのスイーツ好きな二人で黒髪の子が聞き役。金髪の彼は……、聞いたり聞かなかったりマイペースに好きな事をやっていそうだと勝手に彼等の相関図を頭の中に浮かべる。


「なになにぃ? シノ、あのおねーさんの事あつーい視線で見つめちゃって」

「シノのタイプってあーいう感じだったっけ?」

「知り合いか?」


 彼らの声に思わず耳がそちらを気にしてしまう。


「いんや、何でもなーいよ」


 ゆるーく放たれた声は何処かで聞いたことがあるような気がした(何度も言うけれど、あんなお洒落な若者達は私の知り合いにはいないのだけど)。


 その後も私は金髪の彼の視線を感じながらいつも通りの仕事をこなしていた。別にねっとりとした嫌ぁな視線でもなかったし、変に絡んでこられる訳でもないから気にしていない振りをしながら動いていれば何の問題もなかった。確かに気にはなっていたけれど、気持ち悪いとか嫌だとかは不思議と感じなくて一度(ひとたび)忙しくなると途中からは見られている事をすっかり忘れていたくらいだ(私にしては珍しいことなのだ。他人に対するアンテナは敏感過ぎるほど敏感だから)。


 再び彼の存在を思い出したのは会計の時。彼等は一人ずつ自分の分を払っていき、店を出ていく。最後が彼だった。


 レジを打ちながら金額を告げる。反応が返ってこない事に不思議に思ってレジに向けていた目を目の前の彼に移すと、目が合った。


 ――数秒間、見つめ合いが続く。その事に少しの照れを感じた私は堪えきれなくなって声をかけた。


「あの……」


「あ、すいません」


 ハッとした彼はそう言って千円札を出した。


 お釣りを返す時に少し触れた手。彼の手は当たり前だけれど自分のよりも大きくて、それでいて綺麗だった。(さっき千円札を出した時に手の甲に小さな傷が見えた気がしたけれど大丈夫かな?)


 お釣りを受け取った彼はそのままその手をポケットに突っ込む。そして――、


「御馳走様でした」と小さく笑って店の扉を抜けて行った。


 ……やっぱり、あの声何処かで聞いたことがあるような気がするな。でも、何処で?


「ありがとうございます。またお越しくださいませ」


 忙しなく動いている頭の中の言葉達とは別に、客を見送る為の言葉が自然と口をついて出てくる。もう体に刷り込まれてしまっているのだろう。考えなくても(というか、別の事を考えていても)私の体は自然と接客時の台詞が出てくるようになったらしい。


 ――あの声を私はいったい何処で聞いたの?


 いい感じに気崩されたお洒落な背中を見送りながら、有りもしない記憶を辿ってみる。


 結局、分からないまま私は「すいませーん」という声に引き戻されて再び仕事へと戻っていくのだった。




「なーんか今日、ふわふわしてたよな。大丈夫か?」


 お疲れ様でしたー、と言っていつも通り帰るはずが、帰り際にユキさんから声をかけられる。暗くなると視えなくなる事を知っているこの人が私を引き止めることは滅多にない。


「ふわふわってなにが?」

「葉月が」


「わたし?」

「おう、今日は何かふわふわしてたぞ」


 ふわふわ、……ね。金髪メガネ君の視線が気になって、――というか、私が気にしすぎなのかもしれないけれど、ユキさんにはそれがふわふわしているように見えたのだろうか?


 だって、あんなにも見つめられたら気にするなって方が無理じゃない?


 途中からはもう考えるのも面倒くさくなって、忙しさを理由に忘れた振りをしていたけれど。それはあくまでも振りなわけで――。そう、私は確かに気にしてましたよ? 頭や心の片隅でずーっと気にしていない振りを必死になってやってましたよ。でもね、でもね。仕事に支障を来したわけではないし、他人に迷惑かけるような事にもなっていないわけだから。別に何でも良くないかな?


 ――って、私は誰に何の言い訳をしてるんだ……。しかも、心の中の一人言でさ。


「あー、いやっ! 大丈夫ならいいんだぞ?」


 私が思考の沼にトリップしてしまったのを察したユキさんは、「悪いな、引き止めて。気を付けて帰れよ」と、私の頭をポンっと触ってからまた、厨房の奥へと引っ込んでいった。


「おつかれさまでしたー」


 ゆるーい挨拶を済ませて店を出る。今日はユキさんのせいで寝るまで彼の事が頭から離れそうにないな。――なんて、絶対にユキさんのせいではないのだけれど(いや、多少はあるかな?)、そこを無視してユキさんのせいにしたりなんかして、あと残り半分もない今日を彼に思いを馳せる日にしたのだった。


 ――私の知らない内に何処かで会ってたりするのかな。



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