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story2(1)_sideキミ



「シーノー!!!」


 遠くから飛んで来る自分に向けられた声を全力で無視する俺。


 だって、門から建物までのこの人通りの多い場所で呼ばれてるのが自分とか無茶苦茶面倒じゃんか。大学という狭いコミュニティの中で悪い意味で目立っているという自覚はそれなりに持っている(見た目がチャラそうだとか、悪そうだとかそんな下らない理由だけど)。だから、敢えて自分から目立つような行動を取る必要はない(というか、下らないことでしか盛り上がれないような連中にわざわざこっちから話のネタになる事を与えてやる必要はない)。


 いつも一緒にいる面子だが、そういうところには疎いというか筋肉バカというか。俺に向かって走ってきている気配を背中で感じながらも、やっぱり面倒くさいので無視を続ける。その距離から呼んで俺が反応することなんて無いんだから、いい加減学習すればいいのに。


 そんな事を考えながらもいつも通り、華の大学生なんてモノを今日も今日とてやっている。退屈の極みでしかない。


 とは言っても、授業はまぁそれなりにちゃんと受けるし、騒いで他人に迷惑もかけたりしない。いつも一緒にいる彼奴等だって同じだ。ただ、ほんの少し周りの奴らより身なりが派手なだけ。そこら辺にいる真面目の皮を被った飲みサーだ何だと騒いでいる奴らよりはよっぽど人としてはマシだと思うんだけど 。大抵の男どもは何だか見た目的にヤバそうな奴らだ、と言って俺達を避けていくし(高校の時、喧嘩三昧だったとか何だとかの噂が出回っているらしい。まぁ、ホントの事だけど)、大抵の女どもはすり寄ってくるか怖がるかの二択に分かれる(どっちにしても鬱陶しい)。


 だから、新鮮だった。先日のあの女性(ヒト)の反応が。まぁ、目が視えていなかったのもあるかもしれない。が、あの女性(ヒト)は視えていても何故だか同じ反応をしてくれるような気がした。


 ――四宮葉月(シノミヤハヅキ)


 男達に追いかけられていたところに偶然居合わせ、その流れで彼女を家の近くのコンビニまで送り届けることとなった。


 名前しか知らないあの女性(ヒト)


 目の視えないあの女性(ヒト)


 だけど、誰よりも瞳が綺麗だった。


 また、会えないかな……。


 ――なんて、俺はどうかしちゃったのかな。……らしくない。


「ちょっと、ちょっとぉ~! 無視するなんてキミちゃん酷いじゃないっ」


 おどけた口調で話しかけてくる声が直ぐ横で聞こえて改めて自分が今、大学にいる事を思い出した。


 思考の沼に沈んでいた俺を再び現実に引き戻したのは、先程遠くの方で恥ずかし気もなく叫んでいたコイツ――マルこと丸山俊介(マルヤマシュンスケ)


「キミちゃん言うなよ」


「だって、シノが俺の相手してくれないんだもん」

「諦めろ、マル。シノが俺達の相手してくれないのはいつもの事だろ。コイツ、マイペースだし」


 ひょいっとマルの横から顔を出してコメが言う。本名は米崎将吾(ヨネザキショウゴ)。マルの相棒、になるのかな? この二人は大体いつもセットで一緒にいる。


「なぁ、マル。春一(ハルイチ)は?」

「どーせ、そこら辺のベンチかどっかで寝てるんじゃねーの」

「あー、だな」


 二人の会話を聞き流しながら、俺達がいつも溜まり場にしている場所へと向かう。溜まり場は俺達と、適当にそこら辺にいる奴の名前を借りて作ったファッション研究サークル(どんなサークルだよとか言わないの。そんなサークル本当は無いんだから)の活動場所として借りている大学内にある一室だ。建物へと向かう道すがら、いつものようにベンチで横になり本を顔の上に乗せている男を発見した。


「あ、ほら春一いた」

「ったく、こんなところで寝るくらいなら先にあの場所行っとけばいいのにな!」

「な!」


「春一ぃ~起っきろぉ~」


 イツメンの最後の一人秋山春一(アキヤマハルイチ)を見つけ、マルとコメがいつものように起こしにいく。


 そう、大体俺達はいつもこんな感じで自然と合流していき、そして校内の溜まり場へと行くのだった。


「なぁなぁなぁなぁ! 今日さ、この後シノん家行く時に見つけたあのカフェ行かない?」

「ああ、この間見つけたとこか! いいじゃーん、行こうぜ! あそこならゆっくりできそうだしな」


 そして大体、マルコメの二人が騒いで――


「何それ、いつ見つけたんだよ?」


 春一が相手をする。春一は俺等のまとめ役的な。――というかリーダーだね。高校では春一に頭上がる奴居なかったもん。見た目によらず(とか言ったら怒られるけど)強いんだよね。ものすっごく。


「あー、前ん時春一居なかったもんなぁ」

「いい感じのとこ見つけたんだよ、マジで!」


「へぇ、そうなんだ。シノも知ってるのか?」


「知ってるわけないでしょー。つか、じぶん家の近くのカフェとか一人で行かないっしょ?」

「だな」


 質問に答えると、それもそうかと言って納得する春一。


 どちらかと言えば厳つい身なり(というか、顔?)のマルコメが「あの店のスイーツが――」とか言って女みたいにはしゃいでいるのを春一と二人で呆れながら見ているのはいつもの事だった。




 マルコメに連れてこられた俺ん家の近くのカフェ。こんなところにこんな店あったのか、と思ったのが正直なところ。


 普段は駅から(ちょく)で家に帰るから、別にそんな家の近所とかうろうろしないし。


 ――なんて、知らなかった自分に正当な理由を与えてみる。


 店に入って適当な席に着くと店員が注文を取りに来た。順番に頼んでいき、いよいよ自分の番という時に顔を上げた俺はそのままその店員から目が離せなくなってしまった。


 だって、そこにいたのは俺が出来ればもう一度会いたいなんて思っていた、先日の一件からなかなか頭から離れてくれなかった、あの四宮葉月(シノミヤハヅキ)だったから。


 視線が交わり固まった俺に「あの、ご注文は?」と戸惑いながら尋ねてくる彼女。驚きすぎて固まっていた俺は何で? が頭の中を占めすぎて暫く言葉が出なかった。そして数秒後、春一に促されてやっとの事で自分の分を注文した。が、正直何を頼んだかは覚えていない。


 注文を聞き終えて去っていく彼女の後ろ姿を目で追う。後ろ姿どころか、他のテーブル席へ行ったり、厨房に行ったりと忙しく動いている彼女の一挙一動を目で追っていた。


 ……視えてる、のか?


 この前とは違い、杖も付いていなければ普通に料理を運んだりもしている。


 でも、この前は確かに視えていなかった。


 俺は一人、混乱していた。マルコメが見つけたカフェスイーツベスト3なんて正直言って興味ない。そんな二人の会話に律儀にも付き合ってやる春一は本当に偉いと思う。


 そんなことを考えながら彼女のことを見ていると、俺達の注文したものが出来上がったのか此方に向かって歩いてくる。俺はホットコーヒーを頼んでいたらしい。


 彼女が盆の上からテーブルへと飲み物やスイーツを並べる間、じっと見つめてみるが大したリアクションはない。何の絡みもなく(春一とは何かやり取りしてたような気もするけど)そのまま、「ご注文は以上でお揃いでしょうか」と確認した後、すたすたと厨房へと引っ込んでいった。


「なになにぃ? シノ、あのおねーさんの事あつーい視線で見つめちゃって」

「シノのタイプってあーいう感じだったっけ?」

「知り合いか?」


 自分を見る三人の視線から逃れるようにコーヒーに手を付けゆっくりと口へ運ぶ。


「いんや、何でもなーいよ」


 適当にごまかしながら、再び思考は彼女の事へと持っていかれていた。


 視えているにしろ、視えていないにしろやっぱり彼女の反応はどこか新鮮な気がした。マルコメは厳ついし(厳つい上に服装は黒っぽいのが多いから余計に怖がられるんだろうな。大抵の女子は怖がる。いや、女子だけじゃなくて男子も怖がる)、俺も春一もまぁ見た目は派手だし、恐そう見えるんだろうから(春一なんて近寄るなオーラバンバン出してるし)好き好んで俺達に近付いてくる奴はいない(喧嘩したい奴等は別だろうけど)。高校時代は実際に喧嘩とかしてたし。傷が癒えない内に新しい傷を作るなんてことは日常茶飯事だった。春一は俺みたいに髪を染めたりしてないし、マルやコメみたいに厳つくもない。けど、一見一番まともそうに見えるのに、実は俺達の中で一番喧嘩が強かったりする。コイツはクールに静かに怒る(闘志を燃やす)タイプなのだ。某不良バスケ漫画の何とか君みたいな?


 そう考えるとこの中で一番まともなのは自分なんじゃないかとさえ思えてくるのは自然じゃないかな? 金髪でメガネだけど。(こいつ等に前に俺が一番まともじゃない? って言ったら、あり得ないとかお前が一番ヤバいとか言われたんだよね。確かに喧嘩してる時楽しくなっちゃって周りが見えなくなる時はあるけど、さ。それにしても酷くね?)


 彼女はそんな俺達に怯むことなく、普通に接客してるし。俺がさっきじーっと見つめてた時も全然動じないし。まぁ、仕事だからと言われればそれまでなんだけど。


 話しかけてもいいんだけど、どうやらこの間助けたのが俺だとは気付いていないみたいだ。そうなると、ただの面倒くさいナンパ野郎だと思われる可能性もあるわけで。それは何か嫌だしな……。


 マルコメや春一が喋っている内容が俺の耳を右から左に通過していく。店にいる間、俺はずっと彼女の事を目で追っているのだった。




 名前だけ、知っている彼女。四宮葉月(シノミヤハヅキ)


 名前だけ、知られている俺。篠塚公人(シノヅカキミト)


 彼女の中の今の俺の情報は恐らくそれだけ。


 ちょっとでも増やせないだろうか、なんてことを柄にもなく考えてしまう。


 声……、とかで気付いたりしないのかな。他の人よりも彼女のアンテナは鋭く、色んな情報をキャッチしているように見える。そして、それは警戒心が強いことも意味していた。あれだけピンっと色んな所に張り巡らしていて疲れないのかな? もっと、肩の力抜けばいいのに。――なんて、思うけどきっと彼女はそうやってずっと生きてきたんだ。俺がとやかく言う事じゃない。


 一度助けただけの女の人生にまで思考を巡らせてしまった自分に気付いてふっと息を漏らす。


 全く、俺は何をしてんだろーね。


 俺が思考の沼に沈んでいる間に結構な時間が経っていたらしい。そろそろ出るか、と奴等が話しているのが聞こえ、俺も会計をするため順番にレジに並ぶ。


 自分の分は自分で払うスタイルの俺達。まぁ、時々誰かのおごりになることもあるけど。(その殆どはマルだ。何であいつあんなに喧嘩以外の勝負事には弱いんだろ。トランプとかゲームとかすると大概あいつが負ける。因みに俺は負けたことないよ)


 一人ずつ会計をしていき、最後に俺の番になった。四宮葉月(シノミヤハヅキ)は相変わらず淡々と手際よく業務をこなしている。


 コーヒー1杯分の値段でこれでもかと言うほど今日は彼女を見続けていた。そして、一番近い距離の今。俺は今日一でじっと彼女を見つめる。


 やっぱり、瞳綺麗だな。睫毛ながっ……。


 レジを打っている彼女は伏し目がちで睫毛の長さがよく分かる。


「あの……」


 きっと支払いもせず、見つめていたからだろう。戸惑いがちに声をかけられた。


「あ、すいません」


 そう言って千円札を出す。


 敢えて、会話は続けない。今はそれがいい気がした。


 お釣りを返される時に少し触れた手。彼女の指はスラッと細く、綺麗だった。


 俺は手の中の小銭をレシートごとそのままジャケットのポケットに突っ込む。そして――、


「御馳走様でした」


 少しだけ頭を下げて店を出た。


 …………格好つけちゃった。というか、これは格好つけた事になるのか?


 あれやこれやとまた心の中で考えてしまう。が、外で待っている奴等にそれを悟られないようにとポーカーフェイスを装い、俺はポケットの中の小銭に触れてチャラン――、と指先で遊ぶように鳴らした。



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