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story1(1)_side葉月




 ざっ――、ざっ――、ざっ――、ざっ――、



 先程から足音と共に感じる、自分に付いてきているような人の気配。嫌な予感しかしない。


 気のせいならそれでいいのだけれど、こういう時の私の勘はよく当たる。自己防衛本能が働くのか、幼い頃より“嫌な感じ”には敏感だった。


 この人からは距離を取って歩いた方がいい、とか彼処に近付いてはいけない、とか。


 体質というのか、病気というのかは分からないけれど、自分が()()()()()なってからは余計に人の気配には敏感になった。


 というのも、私は数年前から夜になると著しく視力が低下し、ほぼ何も見えなくなってしまう体質になった。体質というカテゴリーに自分ではしているけれど、きっと一般的には“病気”というカテゴリーになるんだろうな。医者に行っても原因は不明。身体的なことなのか精神的なことなのか、それすらも分からないと言われた。


 だからと言って自分のこの体質を悲観している訳でもない。確かに初めてこうなった時には驚いたけれど、それも数日経てば慣れてしまった。諦めなのか、ただ冷めているだけなのかは分からないけれど、起こってしまった事はそれとして受け入れ、今の状態で何が出来るのか、それを考える方がよっぽど現実的で自分にとって優先すべき事だ、と早々に思考が切り替わっていた。そう考えてみるとやっぱり自分にはどこか冷めている部分が少なからずあるのだろうと私はまたどこか客観的に自分を分析していた。


 私の目は日が落ちる頃に段々と視えなくなっていく。夜になると光は何となく認識出来るけれども、物体を認識することは出来なくなる。そして翌日、日が昇り朝になるとまた視力は回復する。天気の良し悪し等は関係なく、夜なのかそうじゃないのか、それによって視える視えないが決まるらしい。


 普段は明るい内に上がらせてもらえる知り合いのカフェで働いている。遅くなってしまった時の為に一応折り畳み式の杖も持ち歩いているし、よっぽどのことがない限り、生活していて困るような事は特段ない。


 今日は店が混んでいた為、確かにいつもよりも上がる時間が遅くなっていた。いつも通り帰りスーパーに寄って、食材を買い、家に帰る――はずだった。スーパーを出てから妙に後ろが気になった為、用心しながら歩く。このまま家まで付いてこられるのも面倒だし、適当に歩いて撒ければ、そう思っていたのだけれど、後ろの人はなかなかに離れてはくれない。これは流石に気のせいではなかったと気付いた時には、既に繁華街の方まで来てしまっていた。もう日も落ちかけてきているし、目の前の景色もぼんやりとしている。いったい自分はどれだけの時間歩き回っていたのだろう、と思わずため息を吐きたくなった。


 どうして付けられているのかも分からないし、自分から声をかけて、変なことになるのも面倒くさい。どうしようかな、と考えながらも私は肩に掛けているバッグから杖を取り出した。


 いざという時は、もう面倒なことになっても仕方がないかと思いながら杖を握る手に力を込める。


 きっとまだ後ろにいる。気持ち悪いなぁ。


 後ろにばかり気を取られていたからか、前から来る集団――と言っても四人だけど――には声をかけられるまで気付かなかった。


「ねぇねぇ、おねーさん」


 ……しまった。気付いた時には遅かった。


 雰囲気からして、自分よりも年下の若い男達。


 あーあ、面倒くさいのに絡まれた。


「ねぇ、これからどこ行くの? 今から俺達と飲みに行こうよ!」

「いえ、帰るので結構です」


 酒の匂いを漂わせている辺り、もう既に出来上がっているようだ。


 酔っぱらいとか、ホントに面倒くさい。


「えー、帰っちゃうの?」

「はい」


 年下だろうが何だろうが敬語を崩さないのは、これ以上踏み込んでくるなという意味での防衛。


 あなた達と仲良くなるつもりなんてないから、早くそこを退いてほしい。


 男達の間を抜けて行こうとするも、さっと体で遮られてしまった。本当に面倒くさいな、コイツ等。


 内心で口が悪くなってしまうのは、許してほしい。イラッとはしたけれど、それを表には出すことはないし、あくまでも穏便に済ませたいのだ。知り合いでもない男達がどういう人間かなんて今の私には知る術もないし、何がきっかけでこの男達を怒らせてしまうかも分からない。無視して刺されるとかもごめんだし、適当に最小限の会話だけしてさよなら。これが一番なのである。


 しかし、今回の若者達はなかなかに手強い。全然退いてくれない。どうしよう。本格的に視えなくなってきていることもあり、私は少し焦っていた。その焦りを表に出すようなことは絶対にしないけれど。だって、弱味を見せたら、きっとそこから付け込まれてしまうから。


「帰るので、退いてください」

「えー、んじゃあ連絡先だけ」


「無理です」

「えー、何で? それもダメー? いいじゃん、ねぇ」


 腕を掴まれそうになった私は反射的に体を横にズラしてそれを回避した。そこまでは良かった。そこで男達が退いてくれていれば、それで事なきを得たのに。


「おねーさん、コイツに教えたくないならさぁ、俺に教えて?」


 別の奴が出てきた。


 いや、そういう問題じゃないんだよ。あなた達と繋がりたくないの。馬鹿なのかな、この人達。そうだ。きっと、馬鹿なんだ。


「何だよ、それー。俺がダメってかー?」

「お前がダセェからだよー」

「はぁ、お前よりマシだしー。俺のがいっつもモテてんだろーが」


 知らねーよ! そんな事、私には関係ないんだよ!


 酔っ払っているせいもあるのだろう。何が面白いのかも分からないこの状況でゲラゲラと大声で笑う男四人。


 もうホントに勘弁してほしい。


 早くどっか行ってくれないかな。とも思ったけれど、恐らく無理なので自分からどっかへ行くことにした。


 くるりと向きを変え、歩き出す。そこを通してほしいと、さっきまではそればかりを考えていたけれど、何もこの道を行くことはないのだ。別の道を行けばいい。そう気づいて早々に退散する私。


「ちょっと、待ってよおねーさん。まだ話終わってないっしょ」


 背後から伸びてきた気配に肩を掴まれないようにと咄嗟に踞み込んでしまった。


 その時だ。手に持っていた杖の先がくいっと上に上がり、何かに当たった。その何か、は恐らく人だ。というより、後ろから手を伸ばしてきた男だ。たぶん。


 やってしまった……。ここにいたら、絶対に面倒なことになる。


 気付いた時には走り出していた。


 あれほど面倒な事になるのを避けていたのに、最後の最後でやってしまうなんて。


 いや、そもそもあの男達がしつこかったのが悪いんだ。人の真後ろから触ろうとするなんて、何考えてんだ。私は(なんに)も悪くない。


 自分を正当化しながら、私は走って逃げる。逃げる。逃げる。


 ボンヤリとではあるが、まだ辛うじて視えている。人の気配を読みつつ、打つからないように気を付けながら出来るだけ遠くへ、と走った。


 ん? あれ……? 何か後ろから追いかけてきてない?


 と思って後ろに少しだけ顔を向けて集中してみると、先程の男達が自分を追いかけてきていた。


 うわ、嘘でしょ……、本当に怒らせちゃった。


「待て、コラ!」なんて物騒な言葉が後ろから追ってくる。


 きっと、杖が当たってしまった男は痛みで暫く悶絶し(どこに当たってしまったのかは視えない私には分からないけれど)、それを見ていた男達はいきなりの事に驚きながらも「大丈夫かっ!?」なんて言ってその男に声をかけていたのだろう。そして、痛みが少し引いてきた頃に、その男が「あの女、許さねぇ」とか言ってそれで今に至る――、みたいな。



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