story4(1)_sideキミ
また俺と会ってほしいとお願いしたにも関わらず、いつ何処で会うのか決めていなかった事に気付いたのは翌日になってからだった。
朝、いつも通りベッドで目を覚ました俺はのろのろと起き上がるとそのまま台所に置いてあるやかんに手を伸ばし、水を入れて火にかけた。そして、コーヒーの粉が入った瓶を取り、唯一家にあるマッグカップにその中身を適当な分量だけ入れる。シューッと沸いた音を合図にカップにお湯を注ぎ入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出し、カップの中の色を調整。うん、……いい色だ。
何か食うもんあったっけ?
と思いながら数日前に買った食パンがある事を思い出し、それをトースターにぶち込んだ。
体の中に入っていくコーヒーの苦味とトーストの甘味で段々と頭が覚醒してくる。コーヒーは家で飲む時はインスタント派。しかも牛乳入り。外ではブラックしか飲まないけど。
トーストにはマーガリンとジャムが一番いい。外で甘いものとか滅多に食べないから、あいつ等には甘いものが嫌いだと思われてるけど、別に嫌いじゃない。甘過ぎるものは苦手だけど、俺だって糖分を欲する時は欲するし。
まだ少しぼぉーっとする頭を抱えながら、家を出る準備をする。顔を洗えば、いっつも大体目が覚めるからまぁ大丈夫だろう。
今日は何着て行くかな。あ、寝癖。ワックスどこ置いたっけ? あ、歯磨き粉もうすぐ無くなる。
昨日は葉月さん、よくOKくれたよなぁ。俺への警戒心はきっとまだ解けてないんだろうけど。でもまぁ、また会ってくれるって言ってたし、拒絶はされてないはず。
そこでやっと気が付いた。いつ何処で会うか決めてないじゃん……。
何やってんだ、俺。
◆
葉月さんと確実に会うとしたら、彼女が働いているあのカフェに行くしかない。そう思って来てみたけれど、そう言えば俺葉月さんにこの姿で認識されてなかったんだった……。そう気付いたのは既にホットコーヒーを注文した後だった。この間、ナンパ男に絡まれているところを助けたからか、一応顔は覚えられているらしい。「いらっしゃいませ――」と言いながらこちらを振り向いた彼女はあっ、という顔をしてそしてペコリと頭を下げた。
彼女の中ではきっと三度目ましてな俺だけど、そうじゃなくてもっと俺達何度も会ってるんだよと言いたい気持ちもあるにはある。だけど、それを敢えて言わないのは何だかこの感じが終わってしまうことが勿体ない気がしているからで。彼女に気付かれたら終わり。どこかゲーム感覚で楽しんでしまっているのかもしれない。
だって、警戒心が強くてきっと誰よりも他人というものに敏感な筈の彼女が一向に気付く気配がないのだから。ここまで来たらいつになったら気付いてくれるのか、それを確かめたいと思ってしまう俺の脳は、いたって正常なんだと思う。
前にも思ったことだけど、声とかで気付いたりしないものかな? いつもゆるーい話し方をしているからか、割りと特徴的な喋り方だと言われることが多い。彼女は変なところで鈍いのかもしれない。
大学をサボって来たし、どうせ長い時間をカフェで過ごすことになるだろうと思って持ってきた参考書を広げてはいるが、それも形ばかりで一向にページが進まない。それは、忙しなく動き回っている彼女のことが気になるというのもあるけど、それよりも何よりも常連なのか何なのか分かんないけど、馴れ馴れしく話し掛ける客(勿論、男)が多い気がするのも一つの要因になっている。それと、厨房から時々出てくる恐らくここの店主。その男も何だか彼女と距離が近いような気がして、俺の頭の中は目の前の参考書どころじゃないのだ。
最初は変な女性だなってただそれだけだったのに。自分に興味を示さない彼女に興味を持ってしまった(――って、こんな事言ったら俺超痛い奴。俺に興味を示さない女はいないって言ってるみたいじゃん。でも実際俺に接触してくる女って、何て言うか……俺の苦手なタイプなんだよねぇ)。
偶然とはいえ、俺に接触してきた彼女は俺に一ミリも興味なんて示していなくて。真っ直ぐ見つめてくるその瞳が俺の何を見ているのか知りたくなった。真っ直ぐで痛々しくて強くて弱い。そんな矛盾した彼女にもしかしたら俺は最初から惹かれていたのかもしれない。
というか、俺への興味も何も最初に出会った時彼女の視力は機能していなかったんだから、見た目で判断されるとかはまずあり得ない事な訳で。頭では分かってる。けど、視えているとか視えていないとか関係なく、彼女はきっと変わらない。そう感じるのは、俺の願望が少なからず混じっているからなんだろう。
一人語りなんて、らしくない。あれこれ考えていることがバカらしくなって俺は冷めかけているコーヒーに手を伸ばした。




