迎えて送る
僕の仕事は、迎えて送る事。
何を言っているのか分からない?
ハハ、そうだよね。
詳しく言うと、雇い主の元で必要がなくなった奴を僕が迎え、人生の終着点に行くまでの時間を過ごさせる。
いわば、闇の仕事。
友人なんていない、家族もいない、ここに来る奴らの叫び声を聞いているだけの仕事。
正直やりがいはないが、ここに来る奴らの様に人生を終わらせたくはない……自分の生きる為に糞以下の事をするんだ。
だからか知らないが、定期的に記憶を無くす事がある。
仕事の事は覚えていても、ここに来た奴らの事をほとんど忘れてしまう。
雇い主に聞いても答えてくれないから、薬でも知らぬ間に……いいや、きっと僕がどこか壊れているに違いない。
喪服の様に真っ黒な服、いらっしゃいませと迎え、いってらっしゃいと送る。
終始泣き叫ぶ奴を見ても、ちっとも心は動かされない最低な僕。
……それでも、あの日……僕は初めての感情が芽生えた。
それは、とある夜の事。
いつもの様に送られる奴らが騒いでいて、僕はそれらを鎮める為に声を張り上げる。
だが、今回ここに来たのは体が小さく、数も多い。
全員を鎮めるのは、至難の業であった。
「嫌ぁぁあぁああああっ!」
「そこ、静かにするんだ!!」
「ここから出せ!! 早く出すんだ!!!」
「おいっ、話を聞いているのか!?」
僕が悪戦苦闘しているそんな時、彼女は勢い良くやってきた。
……冗談じゃなく勢いがあり、僕の体に激しい音を出してぶつかった位。
そんな彼女は、僕程ではないもののかなり身長があり、今まで騒いでいた奴らも彼女が現れた事に驚いて一瞬で大人しくなった。
この世界の住民は、様々な容姿で様々な事を抱えている。
勿論彼女も同じだろう。
僕の体にぶち当たったにもかかわらず、ただただ何も映っていないガラス玉の様な目で、座り込んだまま動かない。
「新入りさん、ここでのルールはただ一つ。時が来るまで大人しくしている事。このルールを破った場合は、それ相応の罰を与える事になる。」
僕がこの職業についてから今まで、数えきれない程繰り返した台詞。
これを黙って聞いてくれる者は、過去に何人いたのだろうか。
大多数は騒ぎ、苦しみ、起こり、恨み、動かなくなる事で落ち着く。
元々用無しになった奴らだから、怪我をしていたり寿命がもう長くなかったり。
最後の叫びを聞き、実質看取るのも仕事のうちだ。
「新入りさん、返事は?」
「……ん。」
新入りの彼女は、弱弱しい声で返事をした。
力なく縦に首を振る姿は、不謹慎ながら美しいと思ってしまう。
そんな感情を奴らに持つのはご法度だが、僕も一応男だししょうがないで済ませてしまおう……いや、厳格な態度が崩れるから駄目だ。
「はぁ。」
僕の短い溜息が、用無しの溜まり場に木霊した。
数時間後、彼女以外の奴らは力尽きた真夜中。
誰かのすすり泣く声で、僕はゆっくりと目を覚ます。
「っ……ひっ…く……うっ。」
こういう時、いつもの僕なら無視をする。
あまりにも大声で泣かれると流石に黙ってはいれないが、この先に自分の未来が無いと分かっていて笑う奴など滅多にいない。
いたとしても、それはとっくに壊れている奴。
彼女は間違いなく前者だ。
「……どうした?」
クソッ、僕の馬鹿!
話しかけるだなんて、雇い主にバレたらなんと言われるか分かったもんじゃない。
ああ、この言葉に何も返事を返さないでくれ……いや、無視されるのも嫌だな。
「……私、フラれたの。」
返事来たぁぁぁぁああっ、困るけど嬉しい!!……とか思いたい所だけど、涙を流し続けながら「フラれた」と言われると、女経験0の僕にはどうしたら良いのかが分からない。
「えっと……。」
「困りますよね、すみません。……おやすみなさい。」
ここで彼女との会話を切れば、僕が咎められるなんて事ないだろう。
しかし、ここで放っておくのはどうだろうか?
今こそ本能に従うべきなのでは?
「君……悩み事があるなら、吐き出しちゃっても良いよ。どうせ、ここには僕ら以外にまともな奴はいない。」
「…年間……。」
「ん?」
「…年間同棲していた恋人に、捨てられたの。」
彼女の声はか細くて、最初が聞き取れなかった。
それでも、同棲していた恋人に捨てられたのは、かなり重い類の話だと僕でさえ分かる。
「愛し合っていたのに……ううん、私は体が弱かったから仕方がないの。こんな私と過ごしてくれただけでいいのに、いざ捨てられるとめんどくさい女になる。」
彼女はそう言って、僕に体のある部分を見せてくれた。
「えっ。」
僕は何も言えなくなる。
彼女が見せてくれたのは、体に開いた穴。
それも、穴の周りの皮膚までかなり痛み、手の施しようがないと医者じゃない僕ですら分かるレベル。
「私は十分生きたんだ、あんな世界で生き延びられて、こうして一人じゃなく……誰かに看取ってもらえる。恋人に看取ってもらうのが夢だったけど、こんな姿見られたくないかな。」
今にも砕け散りそうな儚い笑みを僕に向ける彼女。
抱きしめたい、僕は強く思う。
だが、それは叶わない。
だって、僕には手が無いから。
彼女の元に近づきたくても、彼女が僕に寄ってこない限り叶わない。
だって、僕には足が無いから。
「寄りかかってもいいよ。」
この時、僕の声はどんなものだったのだろうか。
決め台詞の様に聞こえて、本当は涙声だったと自分では思う。
それでも、彼女に声が届けばいい。
高い声でも低い声でも、彼女に届くのならどんな声でもいいのだ。
「あり……がと…ね。」
彼女は僕に寄りかかったきり、二度と動く事はなかった。
動かなくなった彼女の恋人は、まともな奴じゃないはずだ。
こんな世界のこんな場所に送るだなんて、相当な糞野郎に違いない。
この穴を開けたのも、そいつかも知れない。
今となっては知る由もないけれど、僕は彼女を捨てたそいつを許さない……絶対に。
こんなにも綺麗な姿でここに来て、僕の心を一瞬で奪い、持ち逃げた彼女の事は一生忘れる事はないだろう。
例え、これからもこんな仕事を続けようと。
「うっ、ゴハァッ…オエェ……げほっゴほっ、うェ。」
!?
なんなんだ!?
急に体が暖かいぞ!!?
「……っ、大丈夫か!?」
「ご、ごめんねぇ。トイレ、間に合わなくって……うっぷ。」
「そんな……お前の体の方が大事だよ。すまない、俺が悪阻を代われたらいいのに……。」
「夫君、ありがおええぇ…………夜ご飯…に、パスタ食べなきゃ……良かっ、たよ。」
「大丈夫、落ち着くまで背中、さするから。」
「うん、もう大丈夫……トイレ行ってくる。」
「……さてと、このゴミ箱はもう結構使ってるし、このまま捨てるか。」
ちょ、おい……僕の体を持ち上げるな!!
まさか、僕を捨てるのか!?
「ふぅ、男だけ楽なんてあんまりだ。」
聞け!!
話を聞け!!!
「とりあえず、袋を捨てて……。」
ああっ、彼女が遠ざかっていく……待ってくれっ!!……あれ?
僕はなんで叫んでるんだ?
……って、また記憶が無くなってる。
「はぁ、スッキリした。」
「それなら良かった……辛かったら、いつでも頼ってな。俺には聞く事しかできないが。」
「ありがとねぇ、大好きだよ。」
さてと、俺は仕事に集中しなければ。
それから、僕の出番が来る事は無かった。
ー終ー