表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

拝啓、敬具

拝啓



 大暑の候、如何お過ごしでしょうか。


 今年もまた、大嫌いなこの季節がやってきてしまいました。抜けるような蒼、眩しい入道雲、厭に生命力に溢れた緑と残りの命を謳歌する蝉たちの唄。そのどれもが、気の抜ける温度の希死念慮になって喉元まで込み上げるから、夏なんてのはやっぱりロクな季節じゃないって思います──貴方は好きだと言ったけれど。そして、それらが冬の墓地で擦ったマッチみたいな陽炎に揺らぐから、きっと貴方はあの空に溶けてしまったのでしょう。

 

 貴方に逢いたいと思う癖に、貴方がまだ此処に居ると信じ込んでしまっている為に、今日もまた浅い呼吸を繰り返しています。きっと貴方に必要だったのは、こんなうっすらとした希死念慮で同意を唱える、僕みたいな奴ではなかったのでしょう。貴方の隣には、何を見て何を知ってしまってもただ盲信的に生を望み続けられる、そんな奴が必要でした。貴方に嫌がられようとも、それを振り切ってただ生きてくれと叫べる、そんな奴が──いえ、それともこれは、自分だって死にたい癖に貴方に生きて欲しかった僕の、酷いエゴなのかもしれません。一体僕のどこに、生があんなにも息苦しかった貴方を止める権利がありましょうか。僕の隣に居て欲しかったとか、そんな理由だとしても、それなら僕が死にたいのはおかしなことです。


 或いは僕もあの時貴方と一緒に消えてしまえていたら、良かったのでしょう。貴方を強引に連れ戻せる程の「生」も、貴方と共に飛び立てる程の「死」も持ち合わせていなかった僕は、こうして夏が来る度に、貴方の遺物のふりをして、夏影に貴方を悼むふりをして、また惰性のような、貴方と共に往くことも出来なかったくらいの、そんな希死念慮を未だ抱えることに言い訳をしているのです。


 盆の頃には、胡瓜の馬と茄子の牛を逆に置いて供えます。貴方が望んで去った場所に、貴方を長く留めるつもりはありません。僕も胡瓜の馬に乗れれば良いのですが、どうせ今年もそんな度胸や気力のないままぼんやりと入道雲を眺めるだけの夏が過ぎるのでしょう。


 ねぇ、夏というのは、こんなにも生命力に溢れているのに──どうして死が喉元までこみ上げてくるのでしょうね。


 少し長く書きすぎてしまいました。伝えたいことや、或いは言い訳なんかは尽きませんが、毎年似たようなことしか書けやしないのでこの辺りで止めておきます。

 そちら側に往った貴方が、どうか此処に居た頃より幸せでありますように。


 では、また来年。



                    敬具

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ