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 眩しく輝くオレンジ色の太陽から放射する熱気がまだ少し冷たい大気に晒されていた頬を心地良く温める。

 太陽に霞む街並みがグレーに歪み、遠くの山並みに差し掛かる暖色が上空に向かって茜色に変色していく緩やかなグラデーションが、暖かい季節への移り変わりを告げていた。

 スタッフや演者だけが出入りできる裏口に面したバルコニーは、せいぜい三~四人程度が同時に立てるほどの空間しかないが、それでも周辺にここより高い建物がないため、西の空に沈みゆく太陽を一直線に見据えることが出来る。

 何時のことだったのかは定かではないが、臨海公園のベンチに腰かけて水平線の彼方に沈む夕日を二人で見つめながら、一つのヘッドホンを片耳ずつ挿して一緒に色々な音楽を聞いた日のことをユウコは思い出した。

 工事中の埋め立て地から若木のように伸びるクレーンの陰がボンヤリと水上に浮かび上がり、その影が日暮れと共に完全に見えなくなるまで、藍色の空に星が瞬き始めるまで、ずっとそこで二人は一緒に同じ時間と音楽を共有しながら寄り添っていた。

 ひび割れたデジタルプレイヤーのディスプレイを覗き込みながら、懐かしい記憶の中で隣に寄り添うタスクの体温をユウコは思い出す。


「ああ、こんなところにいた。ーー捜したよ。

 あと十分でリハーサルだからセイイチさんが呼んでるよ」


 半分だけ開け放っていたバルコニーの扉の隙間から顔を覗かせたKがそう言って、腕時計を示すように何も無い手首を指先でトントンと叩いた。しかしユウコがデジタルプレイヤーを手にしていることに気づくと、Kは何かに納得したように小さく頷いて静かに扉の奥に姿を消した。


 会場の中では多くのスタッフ達が準備に追われていた。客席の真ん中に立って多くのスタッフ達に細かな指示を出すセイイチはかなり気を張っているようにも見えるが、常にサングラスをかけているので、その表情を読み取ることは難しい。そんなセイイチの姿を見ていると余計に緊張感が増してしまうような気がするので、ユウコは深呼吸をしながらステージに視線を移した。

 ステージ上には演奏に使用するギターが何本か置かれているが、その中には祖父から譲り受けた愛着のある古いギターも並んでいる。スタッフが音のチェックのため一本一本音色を確かめているが、その時、照明の動作チェックのためか、その古いギターにスポットライトが当たり、丁度そばにいたスタッフが何かに気づいてユウコに声をかけた。


「ユウコさん、これなんですか?」

「え? なにが?」


 スタッフがアコースティックギターのピックガードの剥がれた部分を指さしてしげしげと眺めている。


「ほらここ、なんか汚れ? 文字みたいにも見えるけど……

 ”す”?」

「ああ、いいのいいの、気にしないで。」


 ユウコが慌ててスタッフをギターから引き離すと、眉を顰めながらも自分の仕事へと戻っていく後姿を見届けて、ユウコはホッと胸を撫で下ろした。

 スタッフが指摘したピックガードの剥がれた部分を見つめて薄く微笑むと、ユウコは懐かしい記憶を辿る。スマートフォンのデータを呼び出して一番古いディレクトリにアクセスすると学生時代の写真を呼び出す。そこに表示された写真を見て嬉しさと恥ずかしさに思わず頬が緩んだ。


「よし、じゃあはじめようか」


 リハーサルの準備が完了したことを告げるセイイチの声が会場内に響き、ユウコが反射的に「はい」と返事をすると、画像を表示したままのスマートフォンをステージ脇の手近な場所に置いてユウコがステージへと戻っていった。


 画面にはまだまだ初々しい学生服姿の少年少女が狭い画角に無理やり押し入るように顔を寄せ合って写っていた。二人は少しはにかみながらぎこちない笑顔でカメラを見つめていて、少年の表情はどこか不機嫌そうにも見える。

 少女の手に握られた流線型の黒いプレートには、白いペンで恥ずかしい文句が認められていた。


「好きです」

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